北野ファンクラブ
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| 北野ファンクラブ | |
|---|---|
| ジャンル | バラエティ番組 |
| 放送時間 | 毎週金曜 25:25 - 26:25(60分) |
| 放送期間 | 1991年4月12日 - 1996年3月22日 |
| 放送国 | |
| 制作局 | フジテレビ・イースト |
| 企画 | 北野武 鈴木哲夫(フジテレビ) |
| プロデューサー | 河合徹(フジテレビ) 吉田宏(イースト) 梅本満(イースト) |
| 出演者 | ビートたけし 高田文夫 ビートキヨシ ガタルカナル・タカ つまみ枝豆 グレート義太夫 デビル・ガールズ ほか |
| 音声 | ステレオ放送 |
『北野ファンクラブ』(きたのふぁんくらぶ)は、1991年4月12日から1996年3月22日までフジテレビで放送されていた深夜バラエティ番組である。キー局であるフジテレビでの放送時間は金曜日の深夜25:25 - 26:25(JST)で、いわば『ビートたけしのオールナイトニッポン』のテレビ版とも言える番組である。
ビデオソフト「北野ファンクラブ会報」(過去の放送の名場面+未放送シーンを取り上げた)、単行本「北野ファンクラブ」(北野武・監修、高田文夫・編著、フジテレビ出版、「北野ファンクラブ会員証」のおまけつき)が発売されており、2007年11月21日にはDVDが発売された。
同番組終了後も、たけしメインのフジテレビ系深夜番組は番組内容・タイトルを変えながら2009年現在も継続して放送されている。
目次 |
[編集] 番組概要
番組はオールナイトニッポン同様ビートたけしと高田文夫をパーソナリティに迎え、最近の時事問題から深夜放送ならではの下ネタまで幅広いジャンルから毎回話題を取り上げて爆笑トークを展開した。セットも予算の関係から「北野」の印判をイメージしたパネルと東京スポーツ、黒板数枚(グレート義太夫・ダンカンがイラストデザインやレイアウトをし、毎回チョークで書き込んだ)だけという地味なものであった。初期の放送では、床面にミステリー・サークルが大きく描かれたパネルが敷かれていた。
また番組内ではたけし軍団出演による、海パン一丁や全裸姿のキャラが登場するコントや当時の人気番組をパロデイ化したゲーム、亀有ブラザース(たけし、ガダルカナル・タカ、つまみ枝豆、グレート義太夫)の生バンドによる下ネタ(男性器の俗称をそのまま替え歌の歌詞にして連呼したり、女性器の俗称を業界用語風に言い換えたものを織り込んだ替え歌を毎回ピー音なしで放送するなど、放送コードスレスレの替え歌をほぼ毎週放送していた)を絡ませた替え歌コーナーが人気を呼んだ(オフィシャル単行本で、同コーナーの替え歌を掲載する企画も出たが、著作権等の理由で断念している)。放送数ヶ月で、髪型もオールバックから、ボッチャン刈りに戻している(この写真はオフィシャル単行本の裏に掲載)。
こういった深夜番組志向が功を奏し、コアなたけしファンにとどまらず夜型生活の若者たちの間で一気に人気が広まる。人気深夜トーク番組の「東西の雄」として『鶴瓶上岡パペポTV』と比較されることも少なからずあったが、晩期には放送曜日が同じとなり、放送時間も僅かながら重なる(『「北野ファンクラブ』が終了する10分前に『パペポTV』のオンエアが始まる)裏番組同士になった時代もあった(関東地区の場合)。最高視聴率は深夜枠レギュラー番組としては異例中の異例ともいえる7.9%であった(最終回のトークより。最低視聴率は0.7%)。
上記の通り、キー局での放送時間は金曜の深夜であったが、関西地区では関西テレビがネットしておらず、独立UHF放送局であるKBS京都やサンテレビなどで番組販売という形で放送されていた。KBS京都では一時期水曜の夜10時から放送されていたことがあり、これを知ったたけしが番組中のトークで「こんな危ない番組をゴールデンタイムに放送しているバカな放送局がある」などと言った発言をしたことがある。それを知ってか知らずか、半年後にはKBS京都での放送時間も夜11時30分からの放送に変更された。
収録はほとんどが渋谷ビデオスタジオで行われていたが、ニッポン放送のスタジオや船の科学館、神立高原スキー場などで行われたこともある。平成教育テレビでの特別放送時は、河田町(当時)のフジテレビ本社で行われ、多数のスタッフとカメラに対し、たけしが嫌味を言ったこともある。反面、平成教育テレビでの特別放送では、普段のファンのみならず、一般人も視聴しており、過激発言や替え歌にクレームが殺到した。
[編集] 番組の終焉とその後
たけしがバイク事故で入院しテレビ出演できなかった期間も、高田とたけし軍団がこの番組を支えた。1995年春にたけしが復帰し番組も元の形態に戻ったが、これ以降たけしは精彩を欠くようになり(事故復帰後はたけしと高田の2人だけのトークよりも、たけし軍団やその他の芸人を交えてトークすることの方が多くなった)、翌1996年3月に番組は終了した。この番組終了後も同じくたけし・高田の司会による『北野富士』、たけし軍団や女性タレントがトークに加わった『足立区のたけし、世界の北野』と題されたたけし司会の深夜番組が継続して放送された。
[編集] 使用楽曲と音声について
番組のオープニングテーマは美空ひばりの「STAR DUST」。エンディングテーマは、番組初期は1クールごとに変わり、森田浩司「愛のX」、TWIN FIZZ「BODY」、KAZZ「青空に追いついて」などトライアングル・プロダクション所属のアーティストが歌うものが多かった。また、遊佐未森「恋かしら」もエンディングテーマとして使われる予定があったが、アーティストと番組のイメージが合わないという理由で実際には使われなかった。後期ではビートたけし自身が歌う「嘲笑」が長く使用されていた。また、「浅草キッド」も使われていた(歌詞は小説の冒頭で確認できる)。
この番組の音声は放送開始当初からステレオ放送であったがスタジオ内音声はモノラル収録したものを流していた(テーマ曲や編集時に加えられる音楽、BGMなどと効果音のみステレオ音声)。「亀有ブラザーズ」などの替え歌コーナーも番組中期頃までは実質的にはモノラル音声であった。この手法は、後に家庭用ビデオレコーダーのCMカット機能防止が目的と考えられる一部のバラエティ番組に活用されることとなっていった。なお、1993年11月5日放送分からはスタジオ内の音声もステレオ収録されるようになり、替え歌コーナーもステレオ音声へとグレードアップした。
[編集] 番組でのエピソード
・蓮舫がゲストで出演した際、高田文夫が蓮舫に対して猛烈な口撃をした。「お前サッポロ黒ラベル飲んで吐いてただろ」(注:当時蓮舫はサッポロビール黒ラベルのCMに出演していた)、「蒋介石殺したのお前の親父だろ」、「お前テレビ番組で少年隊の東山と共演した時に、股間拭いてただろ」、「本名は謝蓮舫?彼氏は謝国権か」、「お前の親父タイマイの密輸やってるだろ」等と散々バカにした挙句、「国へ帰れ!!」と一喝した。たけしはその余りにもムチャクチャなその罵倒に何も言えずただ爆笑していたが、「国へ帰れ」と言った時にはさすがにひっくり返っていた。蓮舫はただ大笑いしていた。後に篠山紀信は自身の撮影した写真集でこのトークが面白かったと述べている。
[編集] 主なコーナー
- フリートーク
- たけしのおねえちゃんに関するマヌケなプライベート話から、当時メディアで注目されていた人物をたけし・高田両人が徹底的にこきおろす話まで様々な話題を提供し続けた。以下の人物に対する風刺はパンチが効いていて印象深い。
- また、貴・りえ問題などに関してのインタビューもこの番組を通じて行われた。実際にスタジオに芸能レポーターを入れ、当人は病人コント風にやつれた老人の扮装で溲瓶片手に現れインタビューの模様を放映した。この時の放送を偶然みていた長嶋茂雄が「大丈夫ですか」と本気で心配したというエピソードもある。
- 変わったところでは一輪車おじさん(一輪車協会会長)、関東地方での番組スポンサーだったピザーラの社長など、このフリートークでの話題を通じて著名になった人物も多数いた。明治大学替え玉入試事件の受験生であったなべやかんを、事件後に初めてテレビ出演させて話題となった。
- B&Beat
- たけしとB&Bの島田洋七がコンビを組み全盛期の勢いそのままに繰り広げた漫才コーナー。1980年代前半では、ありえない組み合わせであった。後に太平サブローが加わり、BB-KINGとなる。当時、洋七の営業ネタに対するたけしの配慮があり、ほとんどがアドリブ、勢いだけで放送していた。その結果、冷や汗をかくようなシーンがほぼ毎週あり、本人達の反応とは別に視聴者からは楽しみなコーナーとなっていた。
- 全裸企画
- 番組初期に多かったもので、ほとんどが単発である。文字どおり、たけし軍団が全裸で登場しクイズやゲーム、全裸盆踊り、全裸ラジオ体操(掛け声は番組独自のもの)などを行っていた。全裸ラジオ体操を放送した後日、NHKから苦情が来たということはない。またコーナー内でガダルカナル・タカと浅草キッドによるアイドルグループ「フリチン隊」が誕生、全裸におぼん姿でシブがき隊のものまねや黒田節を披露している。また神立高原スキー場の山頂で寒風吹きすさぶ中で全裸ラジオ体操を披露、凍傷寸前の熱演だった。
- 海パン刑事
- ビートたけしが海パン姿で演じる刑事ドラマ(?)。ダンカン演じる「パンスト刑事」などの登場人物もあった。同時期にたけしが病気で収録をドタキャンした際、当時マネージャーだった八木裕(現オフィス北野専務取締役)が、パンツ一丁にネクタイ・ジャケット姿で「海パンマネージャー」と称して登場し、状況報告をした事もあった。この企画をモチーフにこちら葛飾区亀有公園前派出所では「海パン刑事・汚野たけし」なる人物が登場している。
- 中年ジェット
- 「海パン刑事」と同じ形式で放送されたドラマコント。ガダルカナル・タカが演じる「透明人間(本当は全裸姿であるが、本人は透明になったと思い込んでいる男)」と、たけしが演じる中年ジェットが毎回いろんなシチュエーションで対決する。ジェットが名前を呼ばれるたびにキーの合わないテーマ曲を延々と歌わされる設定で、結局たけしが喉を潰してしまい?コント続行不可能となり、コーナーも打ち切りとなった。一度だけ行われた新宿での公開収録でも客前で披露された。タカ演じる「透明人間」はスキー場やたけしのロスでの滞在先でも演じられ、コーナー終了後ではあるが派生キャラとして井手らっきょの「蜘蛛男」、グレート義太夫の「ビッグフット」なども登場した。
- びっくり仮面
- ドラマコントシリーズの一つ。たけしが演じる「びっくり仮面」が様々なシーンで乱入し、見つかると「びっくりしたなぁもう」と言うのがお決まりのオチであった。ギャグは三波伸介からのパクリであるが、当時すでにネタ元が若いファンには知られておらず、「びっくりしたなぁもう」がたけしオリジナルのギャグだと勘違いする者が多かった。
- 亀有ブラザース
- ビートたけしがヴォーカルとなり、ガダルカナル・タカ、つまみ枝豆、グレート義太夫による生バンドを率いて歌を披露する(キーボードはたけしがCDを出していた縁でビクター音産の小池さんが多かった)。オープニング(『ザ・ヒットパレード』のテーマの替え歌)以下、すべて下ネタによる替え歌。1992年7月19日未明のFNSの日スーパースペシャル1億2000万人の平成教育テレビでの深夜スペシャル枠(『北野武の平成ファンクラブ』)においてもかまやつひろし、玉置浩二らをゲストに迎えて亀有ブラザーズが生放送されたが、その時もほとんど観る人がいない通常の放送時同様にビートルズの"Let it be"を替え歌にして延々「アトピー」を連呼し、これを観たアトピー性皮膚炎の患者団体から抗議が来た。和田弘とマヒナスターズの替え歌の時はサビの高音が出ないため本人に別枠(スタジオは同じ)で歌ってもらったこともあった。
- また、メンバーが女装した「川口シスターズ」、力士の着ぐるみを着た「両国ブラザーズ」や、たけしがジョージ・マイケルに扮した「ブロンクスブラザーズ」、替え歌をカラオケ風の画面にした「亀有興商カラオケ」、歌謡ドラマ仕立てで歌う企画などもあったが、いずれも下ネタによる替え歌であることに変わりは無かった。
- 普段は後ろで踊っているデビル・ガールズが一度だけ単独で歌っている回がある(この時たけしは裏でひたすら踊っていた)。その際、普段とは異なりオープニングから性器の比喩の部分にもピー音が被せられていた(後で1曲たけしが歌っているが、同じ性器の比喩のところでピー音は被せられていなかった。歌い手が女性であることを考慮した措置であると思われる)。また、オープニングでピー音が被せられたのはこの時と最後の亀有ブラザースの演奏のとき(「足立区のたけし、世界の北野」。当時は北千住ブラザース)だけである。
- 早いよおじさん
- コントの中でいろんなキャラに扮した早いよおじさん(たけし)が「早いよ!」と突っ込む。水戸黄門の水戸光圀に扮した早いよおじさんが印籠を見せる前に悪代官が「私がやりました」と言ったのを「早いよ!」と突っ込むコント等。
- 鞍馬刑事
- たけしが鞍馬天狗の頭巾に背広の扮装で現れるコント。強引なオチが特徴。
- 刑事●林家ピー
- たけしが林家ペー、つまみ枝豆が林家パー子に扮する刑事コント。最終的にたけしが林家彦六に変身するオチ。本人がコントに参加したこともあった。
- パンツ宝塚
- たけしと軍団メンバーが上半身はベルサイユのばらで下半身はパンツ一丁の扮装で登場し、宝塚歌劇団の出し物のパロディーをするコントコーナー。オチは決まって「わっはっは」と大げさに笑った後で「すみれの花咲く頃」の替え歌「チ○ポの皮むく頃」を合唱する。
- 北野映画祭
- 東京スポーツ映画大賞との連動企画。番組では計3回を放送。崔洋一監督や所ジョージなど豪華なゲストも参加。
- 北野カルトQ
- たけしのバイク事故による入院中の折、急場をしのいだ企画。司会はガダルカナル・タカで、高田文夫はコメンテーターとして解答者にツッコミをいれていた。一般視聴者、たけし軍団やオフィス北野の社員、たけしの友人(当番組プロデューサーの吉田宏、テレビ朝日の澤將晃プロデューサーなど)が参加した。ただし、本家と違って初級が10点、中級が20点、超カルトクイズが30点と設定され、最終問題で2位以下が必ず逆転できる得点が予告なしに設定されたが、逆転したケースはなかった。10週勝ち抜きで温泉旅行獲得で、一般視聴者が見事達成した。問題の読み上げは本家と同じく牧原俊幸アナウンサーだった。
- 料理の凡人
- 上記企画と同時期に立ち上がった料理の鉄人のパロディ企画。たけし軍団と素人女性がペアを組み、テーマに沿った料理を作るというものだったが、あまりにもマズい料理が続出したため、審査員の服部幸應が激怒する場面もあった。後に、このコーナーはテレビ朝日『愛のエプロン』に発展したといわれている。
- 漫才の哲人
- 料理の凡人をリニューアル。番組内で軍団が組んだコンビがネタを披露するゴングショー形式のコーナー。冒頭は料理の鉄人にならい、鹿賀丈史に扮したガダルカナル・タカ(後述の「かしまし建設」登場以降はつまみ枝豆が扮した)の語りからスタートする。B&Bの再結成をはじめ、ツービート(「松鶴家二郎・次郎」や「空たかし・きよし」の旧名で再結成された)、タカ・ダンカン・義太夫によるかしまし娘のパロディー(かしまし建設・太平建設)、最終回近辺ではたけしの「タケーシー高峰(ケーシー高峰のパロディ)」が登場するなど、長期間続く人気コーナーとなった。審査員はいつも辛口の高田文夫とボケきれない人(吉田プロデューサーや八木マネージャーが多い)。また、一時期予選が行われ「ハンダンズ」等が本選出場をかけて挑むが、大部分がたけしによって落とされてしまった。また、若手が演じている部分はカットされることが多い中、雨空トッポ・ライポと北京ゲンジ、最終回近辺限定でなべやかん(ビートキヨシとのコンビで)はそのまま放映されることが多かった。なお、ツービート(ビートキヨシ)がレギュラー化するとツービートの漫才だけ別枠で流されるようになり、次第にゴングショー的要素は形骸化していく。
- 北野のささやき
- これもたけし入院中の企画。TBS「クイズ悪魔のささやき」のパロディ。番組内のフリートークでネタにされ迷惑をこうむった人物が出演しその内容を告白。「悪魔のささやき」で「○○ビンボー」と紹介されていた画面は「○○メイワク」とパロディ化されていた。マネージャーを長年務めた菊池忠、神宮外苑の喫茶店・茜のマスター、デビル・ガールズ、北野屋の板さん、TBSの桂さんなどが出演した。
- 所ファンクラブ
- たけし入院中の企画。所ジョージと高田文夫によるフリートーク。番組トレードマークである「北野」の印判も、「所」に替えられていた。両方つっこみ型のため会話がかみ合わないところも見受けられた。また、1993年にイギリスで映画ソナチネが注目され始め、BBCや映画配給会社からの招待で渡英し1ヵ月ほどたけしが休んだ時期があり、そこでも所が代理で参加。このときも番組ロゴの印判が「北野」から「所」に変わっていた。
- 兼子ファンクラブ
- たけしチームとキヨシチームで対決し、キヨシチームが勝ったため行われた企画。たけしはフロアディレクター、高田はカメラマンに扮した。しかし、二人のイタズラによる邪魔と、キヨシ自身のトークのネタが続かなかったため、わずか数分で打ち切られた。その後は通常の北野ファンクラブに戻っている。
[編集] ゲスト
- 逸見政孝
- ポール牧
- 所ジョージ
- 蓮舫
- そのまんま東
- 大橋巨泉
- B&B(島田洋七・島田洋八)
- 岩崎宏美(漫才の哲人コーナー審査員)
- 太平サブロー
- 岡本夏生
- 崔洋一
- 岸本加世子
- 水野晴郎
- 西田和昭(ぼんちゃん)
- 奥田英二
- 北林谷栄
- 内田裕也
- 立川談志(ダンカンの元師匠。ダンカンは談志の前で破門後久方ぶりに落語を演じ、大いにけなされる)
- 一輪車おじさん
- その他一般参加者
[編集] スタッフ
- 企画:北野武 鈴木哲夫(フジテレビ)
- 構成:ダンカン そーたに おちまさと 小泉せつ子 竹内きよのり
- 黒板イラスト:ダンカン グレート義太夫
- 技術協力:東通 VISUALBAY ビームテレビセンター 東京サウンド企画
- 美術協力:アックス
- 企画協力:オフィス北野
- 協力:MEN'S
- ディレクター:芳住昌之 森本正直
- 演出:つきざわけんじ(MEN'S)
- プロデューサー:吉田宏(イースト) 梅本満(イースト) 河合徹(フジテレビ)
- 制作:フジテレビ・イースト
[編集] 外部リンク
[編集] 番組の変遷
| フジテレビ 北野武担当深夜番組 | ||
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| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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北野ファンクラブ
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