阪神ファン
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阪神ファン(はんしんファン)とは日本のプロ野球球団・阪神タイガースを支持・応援する人のことである。タイガースファンとも言う。
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[編集] 概要
阪神ファンは、阪神タイガースが日本の兵庫県にある阪神甲子園球場を本拠地にしていることもあり、近畿地方を中心として日本全土に存在している。また日本国外にも少なからず存在している。
阪神ファンの実数は明確に調査されたことはないが、阪神タイガースがセ・リーグで優勝した2005年には、日本全土で2053万人存在していると宮本勝浩教授により推計されている[1]。阪神タイガースの観客動員数が、2005年、2006年、2007年と3年連続で300万人を突破しており、日本球界では阪神ファンが巨人ファンの次に多いと言われる。
阪神ファンの特徴として、優勝時の道頓堀に飛び込む行為などにより、他の球団のプロ野球ファンと較べても熱狂的として認識されている。阪神ファンには、自らその熱狂度を誇る、あるいは競うファンも多く、そのようなファンを特にトラキチと呼ぶこともある(あるいは自称する)。
関西以外の地域においては、「関西出身・阪神沿線在住の人間は総じて阪神ファンであり、熱狂的かつ派手に応援している」というイメージが広がっている。しかし当然ながら、関西出身・阪神沿線在住の人間の中にも、巨人ファンや野球自体に興味のない人間も多く、一般化はできない。
[編集] 呼称
- 阪神ファン・タイガースファン
- 最も一般的とされる。タイガースという球団名は日本のプロ野球以外にも存在する(デトロイト・タイガースなど)が、日本でタイガースファンと言えば通常は阪神タイガースのファンのことをさす。
- トラキチ
- トラ(タイガース)のキチガイという意味の略語であり、特に熱狂的な阪神ファンの呼称(あるいは自称)として用いられる。1985年の流行語大賞(銀賞)にもなった。
[編集] 阪神ファンの応援
阪神ファンの甲子園球場での応援は他チームの応援よりも過激である。巨人の上原浩治 は2006年WBCの際、韓国側の熱狂的な応援について質問されると「甲子園の応援の方が揺れてすごい」と答え[2]、また2007年北京オリンピックアジア最終予選後チャイニーズ・タイペイ戦での完全アウェーの応援について聞かれても「甲子園の阪神巨人戦が世界一」と語っている[3]。
[編集] 応援スタイル
ファンの応援スタイルは、ヒッティングマーチを歌いながらメガホン(応援バット、カンフーバット)を叩くというオーソドックスなものが浸透している。
- 服装
- 応援時の服装は様々であるが、レプリカユニフォームや法被をはじめ、黄・黒・白・グレーとピンク(女性用レプリカユニフォーム)のいずれかを使ったものが主である。他にも、オリジナルの服、刺繍を縫いこんだもの、プロレスラータイガーマスクの仮面を被っている者や、虎柄の水着、ブラジャー(上半身はブラ一丁で応援する人もいた)を着たファンまでいる。
- 六甲おろし
- 阪神タイガースの歌の通称。阪神ファンはタイガースの試合前、阪神の選手がタイムリーや本塁打を放ったとき、勝利確定後など、ことあるごとにこの歌を合唱する。(六甲おろしの詳細はリンク先参照)
- ヒッティングマーチ
- レギュラークラスの選手には、1人1曲ずつヒッティングマーチが作られており、打席に立った際に各選手のヒッティングマーチが合唱される。控え選手や活躍目新しい選手など、ヒッティングマーチの作られていない選手の打席の際には、全員共通の「ヒッティングマーチ2番」を、投手には「ヒッティングマーチ1番」を使用している[4]。
- 蛍の光
- 相手投手がノックアウトされて降板する際、「さよならさよなら○○(降板する投手の名前)」とコールした後、皮肉を込めて「蛍の光」が大合唱される。それに続いて六甲おろしが大合唱される。かつては、まんが日本昔ばなしのエンディングテーマとしてもお馴染みの「にんげんっていいな」の替え歌が大合唱されていた。尚、「蛍の光」は相手球団への侮辱行為である為、インテリからは批判の声が上がっている。
- ジェット風船
- 7回の攻撃前、および勝利確定時、ジェット風船が一斉に上げられる。7回の攻撃前の打ち上げは、ホームではファンファーレの後に、ビジターでは六甲おろしを歌った後に打ち上げられる。ジェット風船の色は統一されずカラフル。
- あと一人
- 9回(または延長戦の場合はリードして決着が付く可能性がある回)守備で阪神タイガースがリードで2アウトの際、「あと一人」と合唱で連呼される。更に、2アウト2ストライクに達するとそれが「あと一球」と変わる。
[編集] 応援団およびファンクラブ
「阪神タイガース応援団」(2007年度まで阪神タイガース私設応援団)が、阪神の中で鳴り物応援を行う唯一の応援団である。(2008年現在)以前は「阪神タイガース応援団」の他に「中虎連合会」いう団体とで全体の応援を統率していたが、2004年に中虎連合会の幹部がヒッティングマーチに関する著作権法違反容疑で逮捕されたことなどもあり、阪神タイガース応援団のみという状況になった。2003年からは、球団公式ファンクラブが設立されている[5][6]。
「阪神タイガース応援団」および「中虎連合会」も参照
[編集] 応援スタイルに関する批判
- 「蛍の光」に対して
- ワンポイントによる降板など仕事をきっちり果たした、対戦チームの投手が降板する際なども「蛍の光」が歌われ、他球団のファンからは「一生懸命試合をしている選手に対して辛辣すぎる。相手を馬鹿にしている」との意見も多い。
- また、過去にはクロスプレーなどで負傷退場した対戦チームの選手に対して歌われたこともあり、これには多数の批判が集まった。
- 球団OBの江夏豊が2006年6月5日付のデイリースポーツ紙のコラムに「『蛍の光』は相手投手を侮辱するもので、これを喜んで歌う観客は阪神ファンとは呼べず、観戦する資格はない」と寄稿するなど、快く思わない人も多く、これを受けたヒッティングマーチ管理委員会が、新たに同点時及び阪神劣勢時の相手投手交代時に演奏する「オペレーションビクトリー」なるヒッティングマーチを作製、同年7月28日の対ヤクルト戦より演奏されることになったが、引き続き「蛍の光」は阪神優勢時に相手投手がイニング途中で交代した際に演奏され、完全撤廃には至っていない。
- 「にんげんっていいな」に対して
- 2003年シーズン、横浜スタジアムなど関東地方のビジター球場では「蛍の光」の代わりに「にんげんっていいな」の替え歌が使用されていたが、実際と異なる、相手投手を侮辱する内容であり(一例として、歌詞の中にある「(降板後)いいないいな早く帰れていいな」という部分があるが、ケガなどで病院に直行した場合を除き、実際に選手が球場を後にすることはない。実際に帰った場合は「職場放棄」とみなされ、罰則を受ける場合もある)、同様に他球団ファンから反感を買っていた。
- ジェット風船に対して
- ジェット風船が打ち上げられる7回阪神攻撃回の直前に、相手チームの攻撃が長引いてしまうと、待ちきれずに打ちあげるファンが見られることもある(俗に『見切り発車』と呼ぶ)。阪神の勝利時に打ち上げるジェット風船に関しては、ファンがそれを準備のため試合が続いている段階から膨らませるため、「試合の様子や勝利の瞬間が風船のせいで見られなくなる」といった批判がある。また、かつてはジェット風船の使用の禁止をアナウンスしている球場(横浜スタジアムなど)でも、平気で打ち上げるファンが大半であり、2006年に私設応援団が動くまではそれが通例的な扱いになっていた。
- 「あと一人」などのコールに対して
- 「あと一人」、「あと一球」コールや相手チームのバッターが2ストライクに追い込まれた時の「ウゥー、三振!」のコールが起こるが、これは相手チームの応援の邪魔になり、各所から反発がある。阪神の藤川球児投手はこのコールに関して、「ピッチャーには結構な心理的負担がかかる」との発言をしている[要出典]。
- ただしこれらのコールは他のプロ球団や大学野球の応援でも使用されている[7]。
[編集] 阪神ファンの動員力
[編集] 甲子園球場(ホーム)
1985年の日本一になるまでの時期や、チームが低迷していた時期(1990年代)は巨人戦以外では空席も目立った甲子園であったが、近年(2002年以降)ではレフトスタンドの外野ビジター応援席以外は全て阪神ファンという光景が、日常茶飯事になっており、その地鳴りのする応援は他に例を見ない迫力を作り出す。そのため、プロ野球中継の際には高確率で「甲子園は360度全て阪神ファン」のような球場の様子を見聞きすることが出来る。応援団とごく少数のビジターファンを除けばビジター応援席ですら阪神ファンばかりということもしばしばある。ビジター応援席でのホームチーム応援が東京ドームなどでは徹底的に禁止されているのとは対照的に、甲子園球場においてはビジター応援席での阪神の応援は特に禁止されていない。
外野ビジター応援席エリアは巨人あるいは千葉ロッテ応援団が来場の際は、エリアが広く取られる設定になっている。また、2007年度からは16番ゲート真上の上部外野ビジター応援席エリアも巨人・千葉ロッテ戦の際には、その応援団用エリアとなった。
[編集] ビジター
ビジターでの横浜戦やヤクルト戦、オリックス戦、西武戦では、ビジターチームの応援席がホームチームの応援席より埋まっている試合も多い。それ以外での対戦カードでも、ビジター応援席は阪神ファンで満員になり、ビジター側の内野席もほぼ阪神ファンで埋めつくされるということが日常茶飯事に起こっている。特に東北圏でのビジター試合では、関西地方在住以外の阪神ファンが多くなっていることもあり、ホームチームのファンより阪神ファンが多いこともしばしばある。ヤクルト戦、オリックス戦では本来ホーム側の応援席であるライトスタンドの一部まで占めることがある。同じ関西圏のオリックス戦ではスタンドの約9割が阪神ファンで占める。横浜スタジアム(横浜戦)ではライトレフトが完全隔離されており相互の移動は不可能となっているが、外野席が少ないためレフト側は早々に売り切れ、敢えてライト側に陣取る者もいる。そのため他球団のファンとのトラブルの元凶になることがある。
また、本来ならばスタンドほぼ全体がホームチームのファンで占める東京ドーム(巨人戦)、ナゴヤドーム(中日戦)、マツダスタジアム(広島戦)、福岡Yahoo!JAPANドーム(ソフトバンク戦)、札幌ドーム(日本ハム戦)、クリネックススタジアム宮城(楽天戦)でも、阪神ファンが多く、ビジター応援席やビジター側の内野席は、大半が阪神ファンで埋めつくされる。東京ドームの巨人戦で学割チケットを導入したが、阪神戦は対象外である。
[編集] 阪神ファンの特徴
六甲おろしにもあるように我等ぞ阪神タイガースと、阪神ファンは阪神タイガースに対し強い一体感を持っている。
阪神タイガースは、読売ジャイアンツと並んで第二次世界大戦以前より存在するため、古くからのファンも多い。そのためファン層は幅広い年代で存在し、特に偏りは確認されていない。
阪神ファンの存在する地域としては、阪神甲子園球場のある兵庫県や、近隣の大阪府を中心とした岡山県や福井県も含む関西が特に多いと言われる。また、徳島県・香川県・高知県と山陰2県、三重県伊賀地方や紀州地方も阪神ファンの多い地域である。星野阪神が優勝した2003年以降は、全国的に阪神ファンの数は増え、関西から離れた地域での試合に関わらず、時にホーム球団を凌ぐ動員力を阪神ファンが発揮するように、近畿地方以外の地域にも日本全土に幅広く存在する。関東地方では、神奈川県・茨城県に多く、東北地方でも宮城県に多いとされている。
[編集] 阪神ファンの問題行動
応援スタイルや球場内外での行動に対し、同じ阪神ファンやOBからも批判の声が上がっている。このため球団側もイメージの低下を恐れて甲子園への缶・瓶類持ち込み禁止チェックや立ち見応援の規制呼びかけといったマナーの向上に熱心になっており[8]、球団による強権的なマナー向上の呼びかけが展開されている。
[編集] トラブル
阪神ファンが起こした代表的なトラブルとしては、以下の事例が挙げられる。
- 1972年10月7日、甲子園で巨人に敗れ巨人の優勝が決定した際、ファンがグラウンドに乱入して巨人の胴上げは中止となった。だがこれは、翌年の大騒動に比べればまだ大人しい方であった。
- 1973年10月22日、甲子園での最終戦で巨人に0-9と大敗し優勝を逃した際、不甲斐ない試合に激高したファンがグラウンドになだれ込み、対戦相手の選手らに暴行を働いた(世紀の落球とV9を参照)。これにより巨人のグラウンドでの胴上げは中止となった。29年後の2002年、巨人は再び甲子園でリーグ優勝を決めたがこの事件を受け厳重な警備体制が取られた。
- 1984年8月15日の巨人戦(後楽園)の試合前に、阪神ファン数十人がレジー・スミス外野手を取り囲み、人種差別と受け取れる罵声を浴びせる。その後数名がスミスに暴行を受け、スミスが書類送検される騒動に発展した。
- 1985年5月23日の広島戦(甲子園)で、北別府学投手がバスターで右翼ポール際に本塁打を放った際、判定を不服とした阪神ファンが線審にチェーンを投げつけ負傷させた。
- 同年6月30日の巨人戦(甲子園)で、開場後に天候不良で試合中止となったが、ライトスタンドに入場していたファン約1000人がグランドに乱入。「優勝前祝い」と称しリリーフカーを奪いグランド内を暴走したり、1塁側ベンチにも乱入するなど球場内は30分にわたり混乱した。その後、阪神球団及び甲子園球場はライトスタンドフェンス際にファンの乱入を防ぐための有刺鉄線を設置するなど防御策を推進。また、この混乱の際に一部のファンがレフトスタンドにも乱入し、既に入場していた一部の巨人ファンを取り囲み暴行するなどの行為もあった。
- 1992年9月11日のヤクルト戦(甲子園)で、八木裕選手が岡林洋一投手から放ったレフト方向への本塁打がエンタイトルツーベースに覆されたことを不服とした阪神ファン数人がグラウンド内に乱入し、逮捕者が出る事態へと発展した。
- また、同年10月10日には最後まで優勝を争ったヤクルトとの直接対決(甲子園)に敗れ、ヤクルトの優勝が決まると、野村克也監督の胴上げや優勝インタビューの際に阪神ファンから一斉に「帰れコール」が発生し、さらに引き揚げるヤクルトの選手や監督に対し大量のメガホンを投げつけた。これにはサンテレビの野球中継のゲストのダンカンが苦言を呈していた。
- 2001年、開幕戦の巨人戦(東京ドーム)で3-17と記録的な大敗を喫した試合、最後の打者がレフトにフライを打ちあげると捕球態勢に入った清水隆行に対し、レフトスタンドの阪神ファンからメガホンが投げ込まれた。
- 2003年、それまで16連勝と好調だった横浜戦で敗戦した際、9回裏藤本敦士の放った3アウト目となるレフトファウルフライを周囲への注意が散漫になりやすいスライディングキャッチをした多村仁めがけて一部の阪神ファンがメガホンを投げつけるという行為を働いた。多村は「本当に危ない。怪我するかと思った」とコメントしており、横浜ファンのみならず阪神ファンからも糾弾の声が上がった。当時の星野仙一監督も「こんな事やったら甲子園で胴上げはやらん」と激怒した。
- 同年6月11日、岐阜長良川球場の中日-阪神戦において阪神が7-2で勝利した後に阪神ファンがグランドに乱入し中日ファンを挑発、中日ファンもグランドに乱入し乱闘となった。その際に防犯用トウガラシ系催涙スプレーの様のモノが噴射され観客53人が目やのどの痛みで治療を受け、内31人が病院搬送、7人が入院する事態となり、警察も捜査をした(結局事件は未解決のまま、うやうむやになったままである)。この一件に関し(当時の)山田久志中日監督、星野仙一阪神監督、片岡篤史、桧山進次郎、赤星憲広などが暴挙を非難するコメントを出した。(詳細は長良川球場を参照)
- 2005年6月2日の交流戦・福岡ソフトバンクホークス戦において、金本知憲への頭部付近への死球を危険球投球と判定され退場する三瀬幸司に対しゴミを投げつけたり、試合終了後に帰路につくホークス選手を乗せたバスをファン100人が取り囲みメガホンを投げつけたり罵声を浴びせるなどで進行を妨害した。
- 2005年の日本シリーズで、「千葉ロッテマリーンズのファンと口をきいた」という理由でそのファンに対し暴行、逮捕される騒ぎとなった。また、このシリーズでは他にも暴行や器物破損容疑で10人以上の逮捕者が出ている。
- 2006年9月16日、首位中日と5.0ゲーム差の2位で迎えたナゴヤドームでの直接対決3連戦の第2戦、山本昌に41年ぶりのノーヒットノーランを達成され、なおかつシーズンの同球場での10連敗目となる完敗を喫してしまった。一部の阪神ファンが左翼3階席通路の防煙垂壁(火災の際、煙が客席への流入を防ぐもの)につかまって応援していたが、この試合終了後に何らかの強い力が加わり、崩れ落ちているのが見つかった。現在も犯人は見つかっておらず、またプロ野球の歴史に残るであろう記録の試合の汚点となってしまった。
- 2006年のシーズン終盤には神宮球場のヤクルト対中日戦や横浜スタジアムの横浜対中日戦で、首位の中日を負けさせるために阪神の法被やユニフォームを着用してライトスタンドにてヤクルトや横浜を応援するファンが目撃された。2006年10月8日の横浜対中日戦では、中日の逆転時にグラウンドにメガホンを投げ入れ、試合終了後には横浜公園内にて中日ファンとの乱闘騒ぎも起こしている。
- 2008年5月7日の対巨人戦(東京ドーム)で巨人のアレックス・ラミレス選手のオーバーフェンスの打球を左翼席最前列にいた阪神ファンの男が手でブロックし、ボールがフェンス上部に当たりグラウンド内に落下。協議の結果、ツーベースになった。なおラミレスはこのシーズン一本差でホームラン王を逃し、阪神は球史に残る大逆転優勝「メークレジェンド」を許してしまった事にちなんでファンの間では「ラミレスの呪い」とも言われる。[9][10]。
[編集] 道頓堀川への飛び込み
[編集] 1985年
- 21年ぶりのリーグ優勝が決まった1985年10月16日、大阪市の繁華街ミナミを流れる道頓堀川では熱狂的なタイガースファンが優勝を祝って夜中にもかかわらず戎橋の橋梁から飛び込む姿が相次いだ[11]。
- さらに、ケンタッキーフライドチキンの創始者カーネル・サンダース像をこの年のMVP・バースに見立て胴上げして道頓堀川に投げ込まれる事件もあった。これにちなみ、その後の低迷を「カーネル・サンダースの呪い」などと呼ぶ冗談が一部のファンの間で流行し、『探偵!ナイトスクープ』で取り上げたことがきっかけとなり、都市伝説として定着した。
- 2009年3月10日、道頓堀川(新戎橋より下流約5m、水深2mのヘドロの中)より当時のカーネルサンダース像[12]の上半身が発見され、翌11日には下半身と右手も発見。24年を経て救出されたこととなる。
詳細は「カーネル・サンダース#カーネル・サンダース像」を参照
[編集] 2003年、2005年
- 2003年8月、阪神タイガースがリーグ優勝を目前としていた頃、当時の星野仙一監督も水質汚染などを理由に、ファンに道頓堀川への飛び込みはやめるよう呼びかけていた。この当時、道頓堀川は川の側面に歩道を設ける工事を実施しており、また川自体も大腸菌やヘドロなど環境上の汚染が深刻であるため、橋梁からの飛び込み行為は絶対やめるようにという注意書きの看板が掲げられていた。また、リーグ優勝決定時には警官を出動させたり、付近の銭湯なども飛び込んだ人の入場を断るなど、行政や民間でも対策を行った。それでも阪神タイガースがリーグ優勝を決めた9月15日から16日にかけて、のべ5300人を超えるファンが道頓堀川に飛び込んだ。16日には泥酔したファンの1人が欄干上を歩いているうちに落下、溺死体で発見されるという事件が起きた。
- 2005年の2年ぶりの阪神のリーグ優勝時には、大阪市と大阪府警察本部は、戎橋に高さ3mの透明強化プラスチック製のフェンスを設け、また2年ぶりのリーグ優勝が確定しそうな日には「とんぼりリバーウォーク」への出入りを禁止にするなどの対策をとった結果、飛び込みを少数にとどめる事ができた。
[編集] その他、派生した飛び込み
- 優勝時の道頓堀への飛び込み行為が他球団のファンに影響を与える例として、1998年の横浜ベイスターズ優勝時(横浜市内の川に飛び込んだファンのうち1人が亡くなった)、1999年の中日ドラゴンズが優勝時(納屋橋から堀川に)、福岡ダイエーホークス優勝時(中洲の福博であい橋から那珂川に)、道頓堀では2001年の大阪近鉄バファローズ優勝時(その数は2003年の阪神優勝時よりは少なかった)などがある。
- また、道頓堀への飛び込み行為はサッカーファンにも飛び火しており、2002 FIFAワールドカップで日本が決勝トーナメント進出した際にも多くのサポーターが飛び込む事態があった。
[編集] 道頓堀川への飛び込みに対する批判・エピソード等
戎橋と甲子園球場は10キロ以上離れており、2009年3月20日に阪神なんば線が開通するまでは、公共交通機関で両地点を乗り換えなしで往来する事は不可能であったが、これらの騒動の為か、関西地区以外の人間の中には「甲子園球場と戎橋が至近距離」「甲子園球場は大阪府にある」と勘違いする者も少なくない。更に、戎橋は甲子園球場へのアクセスである阪神本線のターミナル・梅田駅のあるキタではなく、南海ホークスの本拠地であった大阪球場や、大阪近鉄バファローズの本拠地であった大阪ドームに近いミナミに位置する。なお、大阪ドームも阪神なんば線で大阪難波駅から2駅しか離れていない(ドーム前駅)。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 『産経新聞』 2005年10月14日夕刊
- ^ 『スポーツニッポン』2006年3月19日
- ^ 「宮本、上原、阿部、新井コメント 野球日本代表・凱旋帰国会見」『スポーツナビ』2007年12月4日。
- ^ ヒッチングマーチ歌詞カードPDF 阪神タイガース応援団-ヒッティングマーチ委員会
- ^ 公式ファンクラブ 阪神タイガース公式サイト
- ^ 阪神タイガースヒストリー 阪神タイガース公式サイト
- ^ 高校野球では「○○倒せーォ!」コール同様に禁止されている。
- ^ 観戦マナー 阪神タイガース公式サイト
- ^ その男性は逆シングルで手を出しており、福本豊などの解説者は「あれは野球経験者やで。球飛んできたから反射的に捕球しようとしたんと違う?」と語っている。
- ^ 「阪神ファンが妨害?ラミレス幻の逆転3ラン」 『スポニチ』2008年5月8日
- ^ 落語家・桂福若(桂福団治一門)が最初に飛び込んだと自称している。しかし、彼が飛び込んだと主張する日は日本シリーズの最終戦であり、また、リーグ優勝の時点で飛び込んだ人がいることも証明されている。福若は生粋の巨人ファンである。
- ^ 「あの!?カーネル・サンダース像見つかる 道頓堀川」 『asahi.com』2009年3月10日

