阪神タイガースの歌
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『阪神タイガースの歌』(はんしんタイガースのうた)は、日本のプロ野球チーム阪神タイガースの球団歌である。通称は『六甲颪』(ろっこうおろし)である。1936年に『大阪タイガースの歌』(おおさかタイガースのうた)として作られた。
これは現存する日本プロ野球球団の球団歌の中で最も古いものでもある(なお、日本プロ野球史上で最も古い球団歌は、日本運動協会の「日本運動協会野球歌」である)。これが1961年の球団名変更とともに改題された(後述も参照)。
作詞佐藤惣之助、作曲古関裕而、ト長調(現在ホームゲーム勝利時に流れるものは変ト長調、応援団の演奏は変イ長調)。
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[編集] 概要
1935年末の大阪タイガース創立に合わせて作られ、翌年3月25日に甲子園ホテルで開かれたチームの激励会で初披露された。また、出席した二百人程度の関係者には、中野忠晴が歌ったレコードも配布された。このレコードのB面は『大阪タイガースの歌』と同じメロディで歌詞が違う『大阪タイガース行進曲』であった。このレコードは、製造した日本蓄音器商会(現・コロムビアミュージックエンタテインメント)や球団・ラジオ局に保管されていなかったが、愛好者からの提供によって復刻され、2003年にアルバムCD『阪神タイガース 選手別応援歌 2003』に収録された。なお、現行版に至るまでの作詞には紆余曲折があり、そのうちの初稿版は藍川由美が歌っている(アーティストを参照。)
戦後、若山彰の歌唱によるものが甲子園球場でのタイガース戦で流されるようになり、それで歌詞を覚えた当時朝日放送アナウンサーであった中村鋭一が司会をつとめた人気番組おはようパーソナリティ中村鋭一ですにより、1970年代に多くのファンに広められた。1973年に発売された中村の歌唱によるレコードは、40万枚以上のヒットを記録し、1991年にはCD発売された。1985年にタイガースが日本シリーズで優勝してからは、全国的に知られるようになった。なお、『六甲颪』という通称は、中村が考案したとされる。
また、1961年には球団名が阪神タイガースに変更され、同時に球団歌も『阪神タイガースの歌』に改題されている。この際、歌詞中の「大阪タイガース」が「阪神タイガース」に改められ、これに合わせて曲の一部が変更された。歌詞の「オウオウオウオウ」は、直後に続く「大阪タイガース」の「大」の音の押韻であったが、歌詞が変更されたためにただの感嘆詞となった。また、実際には1音で歌われることの多い「阪神」の「神」に楽譜では2つの音符が割り当てられているのも、元の歌詞が「大阪」の「阪」だった名残である。変更に際し、作詞者であった故・佐藤惣之助の遺族、作曲者である古関裕而の了解を得て行われたが、古関自身は「大阪」の歌詞の方により以上の愛着を感じていたらしく、没後に行われた遺族へのインタビュー(探偵!ナイトスクープ)において、古関が生前、「あの歌詞に合わせて作曲したのに一方的に歌詞が変更された」と不快感を抱いていたことが明らかにされている。
球団歌として公認されたのは、1980年に発売された立川清登の歌唱のものである。阪神タイガースのホームゲームでは球場内に流され、ファンが合唱した1992年にはCD発売され、阪神タイガースファンの間で正調とされてきたが、1999年に廃盤された。その後、ファンの待望の声に応え、2005年に限定発売されたコンピレーションアルバム『大阪ソウルバラード2005』に収録された。
球場で立川の歌が使われなくなってからは、1993年に発売された唐渡吉則の歌唱のものが代用された。勇ましい行進曲風の調子が和らげられ、歌謡曲風にアレンジされていたが、毎日放送が制作に関わっていたことから問題になり、球場では伴奏だけのものを使用することになった。(ただし、倉敷マスカットスタジアムなど、オーロラビジョンのない地方球場主催の場合は、歌詞つきとなる。)なお、阪神甲子園球場では、球団のマスコットであるトラッキーのアニメーションとともに、歌詞がスコアボードに映される。
近畿地方を中心にした西日本では、プロ野球の球団歌では収まらず大変親しまれている曲で、(許諾の有無は別として)スーパーや商店街のBGMとしてエンドレスで流されたり、結婚式などの慶事で奉唱されたり、生前阪神ファンだった人物の葬儀で出棺の際に挽歌として使用されることもある等、日常生活の中で頻繁に耳にする。また、阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝した2003年には、携帯電話の着信メロディのダウンロード件数が3日間で10万件に達した。
なお、歌詞の著作権は1992年12月31日に消滅した。また、曲の著作権は2039年12月31日に消滅するが、現在はコロムビアミュージックエンタテインメントの管理楽曲であるため注意を要する。
また、川崎信用金庫本店の所在地が佐藤惣之助の生家跡にあるため、阪神タイガースがリーグ優勝した年である2003年9月1日には同曲の歌碑が同店敷地内にある「佐藤惣之助生誕の地碑」の上に暫定的に設置されていた。
[編集] 歌詞
一、
六甲
青春の覇気
輝く我が名ぞ 阪神タイガース
※オウ オウ オウオウ 阪神タイガース フレ フレフレフレ
二、
熱血
獣王の意気 高らかに
無敵の我等ぞ 阪神タイガース
※繰り返し
三、
鉄腕強打
鍛えてここに 甲子園
勝利に燃ゆる 栄冠は
輝く我等ぞ 阪神タイガース
※繰り返し
[編集] アーティスト
- 中野忠晴(1936年)
- 若山彰(第二次世界大戦後初録音)
- 中村鋭一(1973年。朝日放送アナウンサー)
- 立川清登(1980年)
- 植草貞夫(1983年。朝日放送アナウンサー)
- 道上洋三(1985年。朝日放送アナウンサー)
- おはようパーソナリティ道上洋三です30周年記念CDアルバム「新しい朝」に1万人の六甲おろし(道上洋三+ABCオールスターズ&1万2千人のリスナー)と六甲おろし~1985年Ver.~(道上洋三)が収録されている。2000年にはオーケストラバージョンが発売されている。
- 唐渡吉則(1993年。スポーツコメンテーター)
- オマリー(1994年、『オマリーの六甲おろし』として『オマリーのダイナミック・イングリッシュ』に収録。原曲と英語バージョンを収録。阪神タイガースの選手)
- 岩本太郎(1997年。ベランダから熱唱する。)
- 若虎吹奏楽団(1998年、『'98阪神タイガース選手別応援歌』に収録。演奏のみ)
- GELUGUGU(2001年、『I LOVE SKA PUNK』に収録。スカコアバージョン)
- 快音団(2003年。パンク・ロックバージョン)
- 魁!ジョッパーズ(2003年。J-POPバージョン)
- よしもと大阪ねえちゃんズ(Y. O. N.)(2003年、『大阪チャン・チャカ・リン』に収録。吉本興業に所属する女性漫才師3人によるグループ)
- イエロー・ガールズ(2003年。イエローキャブに所属するタレント9名によるグループ)
- 沢田研二(2003年、『ROCK黄WIND』として『明日は晴れる』に収録。ロックバージョン)
- オーケストラ・アンサンブル金沢(2003年。オーケストラバージョン)
- SNUFF(2003年。パンク・ロックバージョン)
- 藍川由美(2004年、『栄冠は君に輝く』~古関裕而作品集に収録。初稿版、ピアノ伴奏版、現行版の3バージョンを収録)
- 冠二郎(2008年、シングル『浪花酔虎伝』のカップリングに収録)
[編集] 関連項目
- 六甲颪
- 阪神ファン
- いざゆけ若鷹軍団 - 福岡ソフトバンクホークスの公式球団歌。「六甲おろし」を意識して創られた。
- 巨人軍の歌 - 同じく古関裕而が作曲を手がけた。
[編集] 外部リンク
- 阪神タイガース応援、激虎! 歌を聞くことが出来る。
- 阪神タイガースの歌 歌のメロディーが流れる。
- 阪神タイガース私設応援団―ヒッティングマーチ管理委員会

