三又又三

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三又 又三
本名 三又 忠久(みまた ただひさ)
生年月日 1967年5月27日(48歳)
出身地 日本の旗 日本岩手県花巻市
身長 175cm
方言 共通語
最終学歴 仙台育英学園高等学校卒業
師匠 コロッケ
コンビ名 ジョーダンズ(1992年 - 2007年2月)
相方 山崎まさや
芸風 漫才コントボケ担当(コンビ時代)、物真似すべり芸
事務所 オフィス北野
活動時期 1988年[1] -
同期 ジャリズム水玉れっぷう隊(ジョーダンズとしての同期)
爆笑問題さまぁ~ず月亭方正(コロッケの付き人時代からの同期)
過去の代表番組 ボキャブラ天国
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!
他の活動 俳優
受賞歴

三又 又三(みまた またぞう、1967年5月27日 - )は、日本お笑い芸人タレントジョーダンズボケを担当していた。元相方は山崎まさや。旧芸名および本名、三又 忠久(みまた ただひさ)。

岩手県花巻市出身。オフィス北野所属。身長175cm、体重85kg。

来歴[編集]

仙台育英学園高等学校卒業。父は医師で実家は開業医[2]、兄は歯科医を営む。コロッケの付き人経験があり、当時コロッケよりもらった芸名はハムエッグだった。

1992年山崎まさやとお笑いコンビのジョーダンズを結成し正式にデビュー、武田鉄矢演じるドラマ『3年B組金八先生』の主役坂本金八の物真似で人気を博する。

2005年10月、新宿シアターサンモールで武田鉄矢原作の漫画の舞台版『お〜い!竜馬 −青春篇−』を主演、企画、プロデュース。2006年8月に劇団「マッチョドラゴン」を旗揚げした。

2007年のジョーダンズ解散を契機として同年2月より、それまでの芸名を本名の三又忠久から三又又三に改めた。

近年では親交のある松本人志今田耕司木村祐一や後輩の千原ジュニア宮迫博之宮川大輔小籔千豊などの吉本興業所属の芸人に自身の持つクズエピソードを語られたり、後輩に「コイツ」「オマエ」と呼ばれるような弄られキャラとして確立されている。

格闘技への関わり[編集]

アマチュアレスリングの経験者で、仙台育英学園高校時代は60kg級で宮城県大会の2位になる。タレントとして活躍するようになってから、これを活かして、『やりすぎコージー』の「やりすぎ格闘王」、『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』の「芸人格闘王」、『レッスルコロシアム ザ芸能界!最強格闘王者グランプリMAX』『世界衝撃のスゴびっくり!大集合 格闘王スペシャル!!』などテレビ番組の企画でグラップリングを主体とした有名人との試合を行なっている。

立ち技格闘技のシュートボクシングの創始者で会長のシーザー武志とも親交を結んでおり、中継番組の司会をしたり、ゲスト解説者を務めている。シュートボクシングには、アマチュア大会の出場経験もある。

プロレスも好きで、新日本プロレスへは入団することも考えていたほどだという。特にアメリカの団体WWEに関しては、芸能界ではトップクラスの通である。[要出典]2005年2月さいたまスーパーアリーナでのテレビショー日本公演にも、観戦に訪れている。旗揚げした自らの小劇団「マッチョドラゴン」は、プロレスラー藤波辰巳の歌のタイトルであった。プロレスラーエル・サムライは小学校時代の先輩。

エピソード[編集]

  • 高校に4年間通っている(3年生を2回)。
  • 実父は内科医、実兄は歯科医で、共に開業医である(しかし内科医院は実父が高齢のため数年前に廃院)。又、姉がいるが、又三に似ているらしい。以前は、姉からモノマネのアドバイスや駄目出しをされていた。
  • 曽祖父は宮沢賢治と親友だったとのこと[3]
  • 野球が上手く、たけし軍団の軍団野球で4番でバッターボックスに立った経験を持つ。
  • ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!(日テレ系)』など、ダウンタウンとの共演が多い。
  • 風俗店のイメージキャラに選ばれそうになったが、事務所を通して断った。
  • 六本木シャンパンバー「Bar MataZo」を経営していた。実際に行った事がある品川祐品川庄司)曰く「綺麗でもお洒落でもないお店」。尚一度店は閉店した経験があるが、約一年後再び店を再開した。
  • 漫画家の小山ゆうと交友があり、その縁で前述の「お~い!竜馬」の舞台化も行った。
  • 作家の大沢在昌と交友があり、飲み仲間である。大沢との出会いは、六本木のある飲み屋で偶然出会ったことによる[4]
  • 共演者に対して、年齢問わず誰にでも必ず敬称で呼びかける草野仁から唯一「三又」と呼び捨てにされる稀有な存在。
  • テレビ朝日の番組情報バラエティ『特捜TV!ガブリンチョ』内において、当時の相方の山崎まさやに二重まぶたの美容整形手術を受けたことを暴露された。出演時、腕を骨折したためギプスをしていた三又が、ダチョウ倶楽部などの番組出演者に治療方法や回復経過の説明を求められた際、「腕を手術しました」と答えた三又に対し、隣にいた相方山崎が「こいつ、手術もしましたが、整形手術もしました」と突っ込みを入れたことにより発覚した。出演者一同は驚きを隠せなかったが、すぐに手術内容の特定を急ぐと、山崎が続けざまに「目を二重にしました」と発言した。それに対し三又は、「いやん」と発しながら片手で顔を覆った。
  • 『リンカーン芸人タワー』で、山本リンダの「狙い撃ち」や沢田研二「TOKIO」 他のコスチュームで歌っていたが、いずれも寒いネタの為、数秒で閉められた。(山本リンダのネタを行った際、宮迫博之が怒りのあまり蹴りを入れていた。) [5]
  • 金八先生の物真似以外にも、Tバックのパンツ一丁で山本リンダの「狙いうち」の曲に合わせては奇妙な動きを取る「三又ダンス」というネタがあるが、出演番組でやると必ず共演者から顰蹙を買うのが定番化している。因みにYouTubeでもこのネタが一応見られるが、何故か18禁指定になって年齢確認が必要な動画として扱われている。

ゲイ疑惑[編集]

  • ブレイク前から内縁関係にあった女性と後年入籍・テレビで公開結婚式をあげたがのちスピード破局。その後ゲイ疑惑が噴出し問題となったことがある。真偽のほどは不明とされているが、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!(日テレ系)』のフリートークにてダウンタウン・松本人志が、年末年始にプライベートで行った温泉旅行にて、三又が後輩芸人に風呂に浸かりながら足の指でアナルを攻めていた、部屋に戻り全員の前でカミングアウトをした、後輩芸人の服を脱がして裸でプロレスをしたなどと暴露している。このため『ガキの使い』出演時はゲイ的なキャラクターで出演する事が多い。松本はそのフリー・トークで「三又じゃなかったかも…。初夢の話やがなあ~!」としめていた。[6]
  • 『人志松本のすべらない話』での宮川大輔の話によると、「トイレでお尻を拭いていると肛門に指が4本入ることがある」のこと。
  • 関西ローカルの『メッセ弾』番組内容で、ケンドーコバヤシによると、三又とケンコバが飲んでいて、お互いにプロレスが好きという話になり、盛り上がった後で三又が「ホテルで一緒に飲まないか」としつこく誘ってきたとのこと。ケンコバが拒否していると、「じゃあラーメンでも」ということに。ラーメンを二人が食べていると、ケンコバがラーメンをすする口元をずっと三又がじーっと見ていたという。
  • これらのゲイ疑惑からか、全員ゲイと言う設定のコミックバンド・仙台貨物の楽曲『芸スクール漢組!!』のPVに出演。際どい絡みもある、濃厚な作品となった。
  • 人志松本のすべらない話』での水玉れっぷう隊アキの話によると、トイレから先に出て行こうとしたアキを呼び止め、尿のついた手でいきなりビンタし、胸ぐらを掴み壁に押し付け「キスしよう」と迫ってきたとのこと。
  • 2005年7月2日放送の『やりすぎコージー』内で「ジョーダンズ三又はゲイだった!?噂を徹底検証!!」という名の企画が放送され、上記の温泉事件とアキのキス事件や、宮川大輔は誕生日にお揃いで色違いの靴をプレゼントされしかもサイズがピッタリだったという話や、千原せいじは家で二人で飲んでた際にせいじがミニコントのつもりで三又に亀甲縛りをしたら「Oh~」と喘ぎ声を出し、気持ち良さそうだったというゲイ疑惑を決定付けるようなエピソードが語られてる。
  • ゲイ疑惑を裏付ける様々な各方面での情報が存在するが、水道橋博士によると正確にはゲイではなくバイ(バイセクシャル)だとテレビ番組内にて語っている。問わず無類のアナル好きであることを明言しそこからゲイであるとの噂が芸人仲間内で一人歩きしたと本人は認めている。

出演[編集]

バラエティ番組[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

CM[編集]

 ※コンビ時代に武田鉄矢と共演。

 ※「そのパリッ好きだぜ編」は視聴者からの悪評が殺到し、僅か3日で放送中止になってしまった。[7]

PV[編集]

ウェブ配信[編集]

  • 三又又三のウェルカム東京(YouTube

ものまねレパートリー[編集]

以下に代表的なものを挙げる。

最も多用する持ちネタの武田鉄矢のものまね芸は、元々は三又の実姉が非常に得意としており、直々に伝授されたもの。そのため数ある持ちネタの中でも質を落とさないよう気を配り、大切に使っているという。武田鉄矢の有名な台詞である「このバカチンが!」は三又が真似したことがきっかけで広まったが、あえて実際の言い方とは変えている。

脚注[編集]

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  1. ^ ジョーダンズ結成時からの芸歴で数えると吉本NSC10期相当だが、三又は自身の芸歴をコロッケの付き人時代からカウントしている為(ジョーダンズ結成以前にピン芸人として付き人時代から活動している為)、ダウンタウン関連の番組などで7期生の雨上がり決死隊や8期生の千原兄弟らを後輩扱いしているエピソードがよく語られている。
  2. ^ 三又又三 あまちゃん出演に「クドカン演出ではなく三又演出」”. マイナビニュース (2013年12月20日). 2014年7月9日閲覧。
  3. ^ 2011年3月3日放送『秘密のケンミンSHOW』”. TVでた蔵 (2011年3月3日). 2014年7月9日閲覧。
  4. ^ 魔女の笑窪”. 三又又三の お~い!竜馬への道 (2012年2月15日). 2014年7月9日閲覧。
  5. ^ 最悪なことに「電飾トラブル」で、タイミ ングを失う始末。松本から「山崎まさやの方が好きやった」とグチられた。
  6. ^ 「ダウンタウンのガキの使いやあらへん で!!」DVD第7巻
  7. ^ 三又又三CMが評判悪く即終了、カルビー担当 三又又三CMが評判悪く即終了、カルビー担当 者反省「どうかしてた」。2014年11月13日

外部リンク[編集]