金村義明

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金村 義明
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県宝塚市
生年月日 1963年8月27日(48歳)
身長
体重
185cm
90kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手一塁手
プロ入り 1981年 ドラフト1位
初出場 1982年9月14日
最終出場 1999年9月30日
経歴(括弧内は在籍年)

金村 義明(かねむら よしあき、1963年8月27日 - )は、兵庫県宝塚市出身の元プロ野球選手内野手)。現在は野球解説者フジテレビスポーツ報知)、タレント

在日韓国人3世で、旧名は金 義明(キム・ウィミョン、김의명)だった。現在は帰化して日本国籍を持っている。

目次

[編集] 来歴・人物

[編集] 高校時代

1981年甲子園大会に春夏連続出場を果たした〔中学受験で報徳学園中学から一貫教育を受けた〕報徳学園をエース・4番バッターとして引っ張り、夏の選手権大会では強豪校を下して全国優勝の栄誉を勝ち取る。春夏通算の打率は.577、本塁打は3本。同大会には工藤公康名古屋電気)、荒木大輔早稲田実)などが出場している。

[編集] 近鉄時代

同年のドラフト近鉄バファローズから1位指名を受ける(近鉄は阪急との競合にて交渉権を獲得。なお、阪急の外れ1位は山沖之彦)。当時、本人は長池徳士の大ファンであり、さらに阪急電鉄沿線に住んでいたことから阪急を志望していた(本人によると、阪急と既に交渉していたとのこと)。だが近鉄から指名を受け、泣きながら長池打撃コーチ(長池は1979年のシーズンを最後に引退していた)の自宅を訪ね相談したところ、長池や三輪田勝利スカウトから「近鉄で頑張れ」と言われ、近鉄への入団を決意。

入団直後は投手であったが、すぐに内野手に転向(1981年春の甲子園大府高槙原寛己投手と投げ合って敗れたことや、夏の甲子園で名古屋電気の工藤投手から二塁打を含む3安打を放ったことが自信になったとの説がある)。序々に頭角を現し、1986年からは羽田耕一に代わって三塁のレギュラーに定着、いてまえ打線の中軸として活躍する。その豪快なイメージから「いてまえ大将」のニックネームを頂戴する。かつて豪快だったパ・リーグのイメージを継承した最後の選手という声もある。しかし打率.258 本塁打127本という通算成績は後に三塁を守ることになる中村紀洋や他の近鉄いてまえ打線の選手(ラルフ・ブライアント石井浩郎タフィ・ローズ)に比べれば成績の面ではやや劣った。そのことに関しては本人も「成績の面では一流ではなかった」と認めている。1989年にはオープン戦で投手を務めたことがある。また1991年、1試合のみだが山下和彦古久保健二光山英和捕手を使い切ったために、捕手を務めたことがある。

[編集] 中日時代

中村紀洋の台頭に押される形で、1995年FAによって中日ドラゴンズに移籍。中日では三塁のレギュラーとして起用されたが全く打てなくなり、張本勲の仲介で韓国プロ野球移籍も考えた。

[編集] 西武時代

1997年の開幕直後に元同僚の小野和義との交換トレード西武ライオンズに移籍。西武では主に代打・一塁手・指名打者として出場し東尾修監督の期待に応え、近鉄・西武の2球団でリーグ優勝に貢献した。1999年、現役引退。引退試合となった9月30日の対千葉ロッテマリーンズ戦(千葉マリンスタジアム)では先発出場を果たしたが第1打席で交代している。

[編集] 解説者

引退当初は解説者としての採用がなく、フリーとして出発(「野球人」という肩書きで週刊ベースボールにおいてコラムを連載していた)。サンケイスポーツの記者と行動を共にしながら、自分で仕事を探したり出演交渉をしたりしていた。しかし、『ジャンクSPORTS』(フジテレビ)でのトークの面白さが注目されたことがきっかけで、2000年の途中からフジテレビの解説者となり現在に至る。

[編集] エピソード

近鉄入団時の守備走塁コーチであり、オリックスの監督であった仰木彬には深い恩義を感じていた。2006年に仰木とのエピソードを記した自著も出版している。1990年代中頃、仰木のガンを知ってしまったが、仰木から口止めを懇願され、彼が死ぬまでその事は誰にも言う事がなかった。珍プレーやジャンクスポーツなどで仰木の話題になっても、「大酒飲みで自分以上の遊び好き」等と語り、共演の際もそのスタンスを貫いていた。仰木が亡くなった翌々日(2005年12月17日)に放送された『ベリーベリーサタデー!』では、ショックが癒えていないのか番組開始直後から明らかに表情が暗く、担当コーナー「Weeklyベリスポ!」で、仰木の生前葬(イチローなどのメジャーリーガーや野球界の知人を招集)を話題に上げた際には、ついにあふれ出る涙を抑えきれず大泣きしてしまうハプニングになった。2006年4月放送のテレビ朝日放送の『徹子の部屋』の中でも、仰木の話題になると目に涙を浮かべながら恩師を懐かしんだ。仰木は金村とは晩年までゴルフなどで親交を続けていた。

自身と大塚光二が進行を務めるプロ野球バラエティ番組「ガンバレ日本プロ野球!?」(J SPORTS)の第1回目のゲストは仰木だった。

現役時代、西武に在籍していた鈴木健と容姿が似ているらしく、63年、西武と近鉄が最後まで優勝を争った際、ハタ山ハッチ(やくみつる)は自身執筆の『パロ野球ニュース』で両人と思われるトランクス姿の人物を描き、「今年はウチが優勝だ」と宣言する四コママンガを書き、同じコマに登場する中日の星野仙一監督が「お前は近鉄の金村か?西武の鈴木健か、どっちだ」と突っ込むネタを描いている。

2000年、在日韓国人3世であることを自著「在日魂」で公表した。

2009年12月24日、関西テレビニュースアンカーにて「民主党に投票した一人としては期待してたのに裏切られた」と発言し、帰化し投票権を得ていた事を明らかにした。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
1982 近鉄 7 17 17 0 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 7 0 .118 .118 .118 .235
1983 38 83 76 6 15 3 0 2 24 11 1 0 4 0 3 0 0 19 2 .197 .228 .316 .544
1984 54 115 94 11 16 3 0 2 25 10 2 0 6 2 11 0 2 23 3 .170 .266 .266 .532
1985 42 80 72 11 21 3 1 3 35 8 0 0 3 0 4 0 1 13 1 .292 .338 .486 .824
1986 130 493 437 66 120 23 6 23 224 67 3 1 10 4 39 0 3 83 10 .275 .335 .513 .848
1987 130 531 469 51 114 12 2 14 172 61 4 3 8 11 42 2 1 101 11 .243 .300 .367 .667
1988 99 379 323 37 93 17 0 14 152 48 2 1 5 3 48 2 0 65 7 .288 .377 .471 .848
1989 81 288 244 32 55 7 0 7 83 30 0 2 12 1 29 0 2 68 6 .225 .312 .340 .652
1990 113 450 376 67 103 25 1 17 181 51 7 7 5 2 64 3 3 85 6 .274 .382 .481 .863
1991 130 526 467 65 126 16 3 16 196 60 2 2 6 1 50 2 2 88 13 .270 .342 .420 .762
1992 102 390 335 50 87 11 3 13 143 44 5 3 4 1 48 4 2 66 7 .260 .355 .427 .782
1993 47 176 154 14 34 6 1 3 51 28 1 1 5 0 15 1 2 21 2 .221 .298 .331 .629
1994 80 279 254 34 76 15 0 8 115 28 2 1 3 3 17 0 2 47 3 .299 .344 .453 .797
1995 中日 28 88 79 4 14 4 0 1 21 5 0 1 2 0 7 0 0 15 6 .177 .244 .266 .510
1996 42 45 40 1 7 1 0 0 8 6 0 0 0 0 5 0 0 6 0 .175 .267 .200 .467
1997 西武 73 152 124 13 38 10 1 3 59 26 3 0 0 2 22 0 4 28 6 .306 .421 .476 .897
1998 41 52 38 2 10 2 0 1 15 7 0 1 0 3 10 0 1 11 0 .263 .404 .395 .799
1999 25 60 44 2 8 0 0 0 8 7 2 0 0 0 16 3 0 6 2 .182 .400 .182 .582
通算:18年 1262 4204 3643 466 939 158 18 127 1514 487 34 23 73 33 430 17 25 752 85 .258 .337 .416 .753
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 表彰

[編集] 記録

※1982年7月23日のジュニアオールスターゲーム(横浜)でもサイクル安打を達成している

[編集] 背番号

  • 28 (1982年 - 1986年)
  • 6 (1987年 - 1997年途中)
  • 24 (1997年途中 - 1999年)

[編集] 関連情報

[編集] 出演番組

現在の出演番組
過去の出演番組

[編集] 著書

  • 「在日魂」(講談社、2000年)ISBN 4062103494
  • 「元祖いてまえ男金村義明のプロ野球警戒警報!」(日本文芸社、2002年)ISBN 4537250909
  • 「プロ野球勝てる監督、負けるボス」(実業之日本社、2004年)ISBN 4408395536
  • 「仰木 彬 パリーグ魂」(世界文化社、2006年)ISBN 4418065369

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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