岸田繁

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岸田 繁
基本情報
別名 シゲール、きっしー
出生 1976年4月27日(33歳)
血液型 O型
学歴 立命館大学産業社会学部
出身地 日本 京都府京都市北区
ジャンル ロック
職業 シンガーソングライター
ギタリスト
作詞家
作曲家
担当楽器 ボーカル
ギター
ピアノ
ドラムス
シンセサイザー
活動期間 1996年 -
レーベル SPEEDSTAR RECORDS
事務所 BAD NEWS
共同作業者 くるり
著名使用楽器
ストラトキャスターギブソン・SGリッケンバッカー
  

岸田 繁(きしだ しげる、1976年4月27日 - )は、京都府京都市北区出身のミュージシャンロックバンドくるりボーカリストギタリストで同バンドのフロントマンである。

目次

[編集] 来歴

1976年京都府に生まれる。父親がクラシック好きであったため、幼少の頃からクラシックなどに親しんでいた。小学校時代は走るのは速かったが、球技などが苦手で目立たない子供だったと語っている。身長が低いことにもコンプレックスをもっていたとのこと。音楽面では京都市交響楽団の公演を父親とともに見に行くこともあったという。小学校6年生のとき、通っていた学習塾でいじめに遭いそれがきっかけで私立中学の受験を決意する。

地元では、女の子には好かれたが、年上の男性には気に入られなかったそうである。

立命館中学校時代からロックなどにも興味を持ち始める。また、オフコースなども愛聴していた。中学時代のころはバンドブーム隆盛時であったが岸田は嫌悪していたとのこと。ほどなくしてガットギターの練習を始めていった。レッド・ツェッペリンなどをコピーしながらギターを修得していったという。そして立命館高等学校1年生のときに佐藤征史と出会う。2年生のときから同級生とバンドを組んでいった。

1995年立命館大学産業社会学部に入学。同時に大学の音楽サークルであるロックコミューンに入る。そこで佐藤征史くるりの前身となるバンドを組む。また、サークルで森信行大村達身と出会った。紆余曲折を経て佐藤、森とともにバンド活動を開始する。1996年9月、アマチュアバンドコンテストに出演するためバンド名をくるりと命名し正式に結成。見事優勝し、くるりの活動を本格化させる。

1997年7月、第1回フジロックフェスティバルを観覧。台風が直撃し色々とひどい目にあったとのこと。会場内で出会ったシュガーフィールズ原朋信の自宅でレコーディングを行うことになったので、一度京都に戻りすぐに東京に向かった。レコーディング時に原からアンアーバーの曲を聴かされ、感銘を受けてくるりの代表曲である「東京」を作り上げる。11月にBad News Recordsよりインディーズ1stミニアルバム『もしもし』、2ndミニアルバム『ファンデリア』をリリースした後、1998年10月にSPEEDSTAR RECORDSより『東京』をリリースしメジャーデビュー

1999年4月、デビューアルバムである『さよならストレンジャー』をリリース。以後、くるりのボーカル・ギター担当として現在も活動している。2004年から京都大学の学生である川本真太郎とともに京都系バンドを中心としたミュージック・フェスティバル、「みやこ音楽祭」を開催している。

[編集] プレイスタイル

岸田のプレイスタイルはロー・コードのバッキングを多用するというものである。よって、速弾き等はあまりする事はない。他のギタリストと違い、少々動きが激しい。主に使用しているギターはストラトキャスターギブソン・SGカポタストを使用する際はリッケンバッカーグレッチ、半音下げや一音下げの場合はテレキャスターと使い分けている。アコースティックギターはギブソン社製のものを使用。初期の頃はレスポールも使用していた。使用しているアンプはハイワットマッチレスヴォックス(2008年現在)。 過去にはライブやレコーディング時に打ち込み系の曲でPro ToolsやCDJの前に立つ事もあった。

[編集] 人物

[編集] 出演

[編集] 映画

[編集] 外部リンク