生放送

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生放送(なまほうそう)は、放送業界の業界用語のひとつで、ナレーション演技演奏スポーツ中継といった放送コンテンツを、一旦録音・録画することなく電波通信回線などの媒体でリアルタイムに視聴者・聴取者に伝えるような放送手段を指す。

一般的にはテレビラジオなどの電波媒体に対して使われることが多く、インターネットラジオなどインターネット上での放送は「ライブストリーミング」などと呼ばれる。

目次

[編集] 概要

ニュース天気予報は情報の速報性・正確性が求められるため、ほとんどが生放送で放映・放送されている。スポーツ番組などでは「生中継」(なまちゅうけい)と呼ばれる場合もあるが、放送時間の都合で事前に収録したものをある程度編集する「撮って出し」(とってだし)と呼ばれる方式をとっているものもある。番組内で生放送である旨の告知がない限り、一般の視聴者聴取者が生放送と録画放送とを見分けることは極めて困難であるが、ニュース速報気象情報などのテロップアナウンス挿入や、災害等の突発的なアクシデント[1]などによってそれと分かる場合がある。民放クロスネット局などでは、編成の都合上生放送番組を収録した映像で時差放送する場合もある。局によってはCM無しの完全版で送る局もある。また、出演者はいないが、一部UHF局で放映されている、コンピュータへのデータ入力に基づいて各種画像・音声データが自動的に放送される天気予報も生放送の範疇である。

放送の創成期には、VTR機材/録画用メディアが非常に高価で収録用機材の運用コストも高かったため、音楽番組はもとよりドラマ演劇などでさえ生放送がごく当然であり、出演者は突発的な事象に対応できるよう、絶えず緊張を強いられていた。だが、録音・録画技術が進歩し編集が可能となると、送り手にとってリスクの高い生放送は、生放送でなければ得られない効果(いわゆるライブ感)を求めたり生放送特有の緊張感が敢えて必要な場合に限定されるようになった。実際、英語ではLIVEと言う。

生放送は1980年代以降、減少傾向にある。背景には録音・録画に必要な機材や技術の進歩、テープの低価格化のほかに、1回で2-3本を収録した方が効率が良いというのが有力である。放送局にとって、出演者をキャスティングする場合にはスケジュール調整がしやすいことや、出演者が急に出演できなくなるなどの突然のトラブルに対応しやすいなどの事情がある。一方、キャスティングされる芸能事務所側にとっても、生放送より収録を多くした方がより多くの仕事を得られ、利益を上げやすい上、スケジュール面での余裕にも繋がる。その為、放送局、芸能事務所双方にとってプラスになるというのが大きい。

また、生放送を主体としながらも、生放送開始前もしくは生放送終了後に次回放送分を収録する(これも事実上の2本撮りとなる)ケースもある(『スーパーJOCKEY』など)。これについては、出演者やスタッフのスケジュールの都合や、制作費の節約(2本撮りすることで生放送1回分の経費を軽減できる)という観点から行われるケースがほとんどである。

1990年代以降、各種編集機器の電子制御の高機能化が進むに連れて、毎週生放送という触れ込みであった筈の番組がわずか数回で収録放送に変更されてしまうケースが増えてしまった。例としては、『ミンナのテレビ』『とくダネ!発 GO-ガイ!』などがある。低視聴率や多忙な出演者のスケジュールの調整がままならない番組で多く見られる。

生放送のデメリットとしては、その特性上、不測の事態によるアクシデントやトラブルが起きるリスクが常時つきまとう一面がまず挙げられる。また、想定されない突発的な事態や機器の操作ミスから放送してはならないような映像・音声が流れてしまったり、あるいは出演者・スタッフの不用意・不謹慎な言動がそのまま流れてしまい、膨大な数の視聴者・聴取者に伝わることで、時に番組や出演者のイメージに瑕疵がついてしまう危険もある。2004年には、NFLの決勝戦スーパーボウルハーフタイムショーにおいて、ジャネット・ジャクソンが共演者に胸を露出させられるアクシデントが起こされた[2]

芸能界においても、所属タレントの不用意・軽はずみな発言・行動によるタレントイメージの瑕疵の発生も、生放送ならば止め様がないが、対して収録番組には放送前に事前にチェックし編集で防止できるというリスクマネジメント上のメリットがあり、現在では生放送に消極的な芸能事務所は多い。また、タレントの性格や販売戦略などの要素も絡んで生放送NGというスタンスを取る、あるいは特定のタレントとの共演では収録番組のみという条件を付ける芸能事務所やタレントも見られる。

その他にも、放送には不特定多数に向けて発信されている性質があるため、何らかの政治的目的を持つ者や環境保護文化財保護・歴史的建造物保存運動などの活動家が、自己宣伝や自身・所属組織の主張を無理矢理発信しようとしたり、あるいは自分たちに都合の悪い内容の放送を妨害する目的で、故意に生放送の現場への乱入を試み、放送が妨害されたりさらには生中継が中断に追い込まれるなどといった業務妨害行為も、洋の東西を問わず引き起こされている。また、特にテレビの場合、事件の現場や所轄警察署の付近からの生中継では、そこに集まった多数の野次馬が面白半分に中継映像への「映り込み」を狙った行動を繰り広げたり、さらにはそもそも「映り込み」を目的に遠方から事件現場や中継現場に赴く者までもが現れ、それらによって中継現場が混乱状態となり、生中継が不可能という事態に陥ることもある。

一方、ラジオ(特に中波ラジオ)では、帯番組として放送されるニュース番組情報番組、スポーツ中継などが多いことから、必然的に生放送が多くなる。NHKラジオ第1放送では、96%が生放送と発表している[3]。トーク番組や音楽番組等の生放送が必須でない内容でも生放送で制作されることが多く、その様な番組でもEメールなどを介した視聴者とのリアルタイムなやり取りが積極的に行われることがラジオ番組の特徴とも言える。

現在では、番組放送のライブ感を保ちつつも中継の映像・音声の送出を数秒から5分程度遅らせる「遅延送出システム」という技術が実用化されている。これは本来は生放送の番組制作用における効果用機器としての使用が意図されたものであるが、その機能上、生放送での突発的事態への発生を前提とした対策の1つとしても有効であり、米国・英国・日本などの放送技術先進国はもとより宗教戒律上の都合や政治的事情を抱える国の放送業界などでも幅広く導入されている[4]

[編集] 主な生放送の番組

[編集] 報道番組(ニュース・天気予報)

[編集] NHK

[編集] NHK BS1

[編集] 日本テレビ系列

[編集] BS日テレほか

[編集] テレビ朝日系列

[編集] BS朝日
  • News Access(お昼のNews Access、News Access 730)

[編集] TBS系列

[編集] BS-TBSほか

[編集] テレビ東京系列

[編集] フジテレビ系列

[編集] BSフジ

[編集] ワイドショー・情報番組

[編集] NHK

[編集] 日本テレビ系列

[編集] 読売テレビ
[編集] 中京テレビ

[編集] テレビ朝日系列

[編集] 朝日放送
[編集] メ〜テレ

[編集] TBS系列

[編集] 毎日放送
[編集] 中部日本放送

[編集] テレビ東京系列

[編集] テレビ愛知
[編集] BSジャパン

[編集] フジテレビ系列

[編集] 関西テレビ
[編集] 東海テレビ

[編集] 独立UHF局

[編集] スポーツ番組

[編集] NHK

[編集] 日本テレビ系列

[編集] テレビ朝日系列

[編集] TBS系列

[編集] テレビ東京系列

[編集] フジテレビ系列

[編集] BS・CSほか

[編集] スポーツ中継

[編集] 芸能・娯楽番組

[編集] バラエティ・音楽番組

[編集] 半期に一度放送される特別番組

[編集] 年に一度放送される特別番組

[編集] その他

通常収録番組の特別生放送されたものも含む。

[編集] 備考

オレたちひょうきん族』等のモデルとなった米NBCの人気番組『サタデー・ナイト・ライブ』は、現在でもコントを含め全て生放送である。

[編集] その他の分野

[編集] テレビショッピング

番組によっては一部、生放送のものもある。

[編集] ドラマ

1950年代 - 1960年代初頭までは、大抵のテレビドラマは生放送によるものが多かった。その後、VTRが導入されてからはロケーションなど、収録での制作が大半である。しかし、ドラマ中にあえて生放送を行ったケースがいくつかある。なお、生放送のドラマでも地上波・BS・CSでの再放送が行えるように、VTRテープによる同時録画も行われる。

  • どたんば(NHK) - 1956年11月10日に放送。三國連太郎のテレビ初出演作品でもあった。
  • 部長刑事(ABC) - 放送開始から7年間は生放送であった(1958年9月 - 1965年頃)。
  • 東芝日曜劇場(TBS、単発ドラマ枠時代) - 1956年の放送開始から1960年代初頭にかけては、ほぼ毎週生放送であった。
  • 私は貝になりたい(KRT=現TBS)- 1958年10月31日に放送。軍事裁判開廷からの後半66分が生放送。なお、主人公の清水豊松(フランキー堺)がMPに連行されるまでの前半34分は、5日前にVTRで収録。 ※『徹子の部屋』における生前のフランキーの証言による。
  • ムームー一族(TBS系列) - 月1回のペースで生放送が行われた。そのため、プロ野球の結果が入ったり、当時TBSのプロ野球解説者だった牧野茂などが飛び入り出演していた。また、同局ラジオの生放送番組『生島ヒロシ夜はともだち』のスタジオからや、出演者である郷ひろみのコンサートツアー先の地方都市からの中継を交えた生放送もおこなわれた。
  • 春の訪問者 ミセスとぼくとセニョールと! 〜夢飛行〜(毎日放送制作・TBS系列) - 1980年(放送回不明)。
  • ロックシンガーは闇に沈む(NHK総合) - 1985年秋に放送。岸本加世子田原俊彦刀根麻理子らが出演。
  • たったひとりのあなたのために(日本テレビ系列) - 1985年12月24日に『火曜サスペンス劇場』で放送。全編生放送。歌番組の生放送直前に、新人歌手への脅迫電話がかかるという内容。
  • お坊っチャマにはわかるまい!(TBS系列) - 第6話(1986年5月20日)。生放送で『忠臣蔵』を演じるというものであった。
  • アナウンサーぷっつん物語(フジテレビ系列) - 第4話(1987年5月4日放送分)。全編生放送で、当時代々木で開催中だった「国際スポーツフェア」会場からの中継などが織り交ぜられていた。
  • 越中おわら風の盆〜高橋治原作「風の盆恋歌」より〜(NHK-BS1) - 第3回(1989年9月3日放送分)。富山県八尾町で行われた恒例の『おわら風の盆』のクライマックスの生中継を挿入。ドラマ自体は、声の表現だけで展開された。
  • ザ・ワイドショー(日本テレビ系列) - 1994年1月-3月に放送。番組内のワイドショー『ラストワイド』が生放送で進行された。
  • ロングバケーション(フジテレビ系列) - 最終回(1996年6月24日)。結婚式のシーンをロンドン(設定はボストン)から衛星中継で生放送。
  • お熱いのがお好き? You like it hot?(日本テレビ系列) - 第8話(1998年8月19日放送分)。全編生放送による構成。
  • ムコ殿2003(フジテレビ系列)
    • 第5話(2003年5月15日放送分):桜庭裕一郎長瀬智也)のスタジオ生ライブを生放送。
    • 第8話(2003年6月5日放送分)
  • プリマダム(日本テレビ系列) - 最終回(2006年6月21日放送分)。クライマックスのバレエ発表会のシーンを生放送。
  • ママさんバレーでつかまえて(NHK総合) - 最終回(2009年12月28日放送分)。全編生放送。番組内では、NHKのテレビドラマとして、半世紀ぶりの生放送と紹介された。

[編集] 擬似生放送の番組

事前収録だが、テロップを入れず、極力カットしない方針の番組や“撮って出し”方式。

[編集] スポーツ放送の場合

  • スポーツ中継では、生中継といっても常にリアルタイムで放送されているとは限らない。NHKBS1の2009年PGAツアー中継は、現地からの映像を編集して放送しておりリアルタイム(数秒遅れも含む)で中継されるプレーはないが、画面上にLiveという文字を表示させ放送を行っている。またWOWOWリーガ・エスパニョーラ中継でも、20秒ほどの追っかけ中継をLiveと称して放送していることがある。
  • 海外で行われるスポーツ放送の場合、時差などの関係により中継録画となる場合がある。その場合民間放送局間では、その放送を行う局の放送時間より前には試合結果について放送しないという暗黙のルールがあるとされる[5]
  • 日本で行われる大会でもバレーボールフィギュアスケート等、生中継ではなく中継録画を行うケースがある。この場合でも海外の場合と同じく、放送時間より前には結果を放送しないことが多い。
  • 2006年には、ドイツワールドカップの強化ゲームをテレビ朝日が放送したが、生中継ではなく実際には追っかけ中継だったため、一部視聴者から批判があった[6]
  • 2009年には、全米プロゴルフ選手権TBSが放送したが、画面にLiveという文字を掲出しながら実際には20秒ほどの追っかけ中継で放送していたため、一部視聴者から批判があった。
  • 試合終了時間が不確定なボクシング、格闘技では完全生中継は減少し、当日に編集に時間差で中継するケースが増えている。

[編集] 生放送中に起こった有名な事件・出来事

1946年8月25日、東京・内幸町の本局と静岡県伊東市立西国民学校を結ぶ、当時としては画期的な中継放送(当時は「二元放送」と呼称)が行われることになり、中継先からの放送用として放送前日に急遽作詞作曲されたのが『みかんの花咲く丘』である。
1983年9月13日放送分 - 『テレフォンショッキング』のコーナーで、ゲストのミミ萩原宮尾すすむを紹介したため、宮尾はその頃新幹線ひかり524号に乗車していたため、やむを得ずタモリがひかりに電話をかけ女性乗務員にスタジオ直通の電話番号を申し込んだ後、女性乗務員が確認のため電話番号を復唱してしまいいたずら電話が掛かってきた。それでやむを得ずブッチャー小林CM中サブ電話の番号を申し込みスタジオ電話はオフした。
1983年12月1日放送分 - 『テレフォンショッキング』のコーナーで、ゲストの佳山明生が登場する前に男が乱入して席に座り込んだ。すぐにスタッフに取り押さえられ、その様子の一部始終が放送された。
2001年7月30日放送分-『ザ☆定番ショー』のコーナー中、突然江頭2:50が乱入し、橋田壽賀子にキスをして番組出入り禁止処分を食らう。
2005年9月21日放送分 - 『テレフォンショッキング』のコーナー中、ゲストの山崎邦正タモリに「何か悩みがないですか?」の質問に、突然観客の男が「タモリさん、いいともが年内に終了するって本当ですか?」と質問をぶつけ退場させられ、CM明けにぬいぐるみが代わりにおかれた。
2012年1月11日放送分 - 千原ジュニアがマチュピチュの旅行の帰りの飛行機が濃霧で遅れて飛んでいるため欠席、代打で兄の千原せいじが出演した。
THE ALFEEの中継での音声トラブル(1983年9月8日『メリーアン』、1985年『恋人達のペイヴメント』と2回にわたり発生した。)
1988年11月3日-南野陽子が『秋からも、そばにいて』の歌詞のほとんどを忘れてしまう。演奏終了後に南野本人が謝罪。
1976年11月8日放送でのあおい輝彦1982年5月3日放送での三田寛子の歌の際、マイクトラブルのため途中で演奏を打ち切り、再度最初から歌い直す措置が採られる。
1983年11月21日放送でU2が曲を演奏していた最中、ギターアンプが故障するトラブルが起こる。
年月日不明-THEHIGH-LOWSのボーカルのヒロトがカメラマンを蹴ったり、演奏終了後にはカメラにつばをはいた。
ザ・タイマーズが突然FM東京を中傷する替え歌を歌い、演奏終了後に司会の古舘伊知郎が謝罪。
笑福亭鶴瓶が女性器性行為を意味する関西弁の隠語(この場合は放送禁止用語)を喋ってしまう。遅れて放送するネット局では音消しが入り、翌週(録画)では上岡龍太郎から「お詫びということは、先週何と言ってしまったことをお詫びするのか」と、問題発言をわざともう一度言わせようという意図でのツッコミをされている。
年月日不明 - 放送中、スタジオ内が停電
1977年5月14日 - 公開生放送中のセット火事取手市民会館)
1984年6月16日 - 会場の停電(入間市民会館)
さまぁ〜ず三村マサカズが、突然見知らぬ若者に襲われる。そして、三村はその若者に飛び蹴りを放って反撃。その一部始終が同番組内で放送された。
1983年 - 徳島ラジオ商殺し事件の再審決定のニュースを伝えた小林完吾アナウンサーが生放送中にくしゃみをしてしまい、「徳島ラジオ商ごるし…グシュン…失礼しました」とアナウンス。後にハプニング大賞で題材になる。
1985年 - 豊田商事会長刺殺事件ガラスを破って室内に侵入していく犯人や、血まみれの永野一男中継され、報道のあり方について議論が起こった。
1984年3月31日放送分 - 松本明子が放送禁止用語(女性器を意味する俗語)を叫んだ。
この回はオールナイトフジ(テレビ)のスタジオ内にオールナイトニッポン(ラジオ)のブースが組まれ、ラジオブース内でのやりとりを、テレビと同時(サイマル)放送しており、その最中に、ラジオ番組側の司会であった笑福亭鶴光などがそそのかして起きた放送事故である。
1985年1月19日放送分-とんねるず石橋貴明が生演奏中にテレビカメラを破壊。
1994年10月30日放送分 - 飯島愛がノーマル簡易更衣室で着替えている最中、残り時間が17秒の時に突然表示が消え、時間内であるにもかかわらず突然カーテンが落下してしまった(原因は電気系統の故障)。幸い飯島愛はビキニを胸にしてしたため、放送事故には至らなかった。
1998年7月5日放送分 - グラビア女優の沢口みき熱湯風呂に入るために着替えた際、胸が大きすぎて用意されていたビキニが入らず、バスタオルを巻いて入る羽目になった。
1998年9月6日放送分 - 中田英寿が出版した本のために入浴した2人のキャンペーンガールの着替えの時に両者共時間内に間に合わず手ブラ状態になってしまった。また、入浴した際もその一人がバスタオルの一部が外れて乳輪が半分映ってしまった。
以下年月日不明
若い女性が着替えるも予想以上に着替えに時間がかかってしまい、完全全裸状態でカーテンが落ち、スタジオが大混乱に。カメラマンが横のアングルからだが、女性の全裸を映してしまう状態に。
パイレーツ浅田好未が着替えた際に手に突っ込む状態に、相方の西本はるかが強引に引っ張った。
1996年6月17日放送分 - リスナーからのリクエストで放送した吉川晃司の「サヨナラは八月のララバイ」が音飛びを起こす。その他にもハプニングは多数ある(RADIO-izmでのハプニング事例も参照のこと)。
1997年6月28日放送分 - 神戸連続児童殺傷事件犯人逮捕の臨時ニュースで、警察署からの中継の際、野次馬が騒いで現場からの中継が到底不可能な状態に。すぐに映像はスタジオに戻り、キャスターが「現場はかなり混乱しているようです」とコメントした。
1997年 - 久米宏が特集VTR終了後のコメントで「商品のコマーシャルが出来ないNHKは馬鹿だ」と発言、その後「俺そんなこと言ったかなぁ」と言いながら謝罪。翌日の一部スポーツ新聞に掲載された。
1998年9月2日放送分 - 「それいけ! キクマ」のコーナーを放送している途中、菊間アナが転落する事故が起こる(詳細は菊間アナウンサー転落事故を参照)。
1988年5月22日放送分 - 第49回オークス堺正幸アナがコスモドリームのところ、サンキョウセッツといい間違える事態に(詳細はコスモとサンキョウと堺を参照)。
1998年11月1日放送分 - 第118回天皇賞で当時の人気馬サイレンススズカが4コーナーで故障発生で競走中止(同馬は予後不良)。レース後、MCの斎藤陽子が思わず泣き出してしまった。
1998年 - いたずら電話について話している時に、田村淳が当時の自宅の電話番号を言ってしまった。
2001年8月 - 台風による送信所の損傷により、終日ノイズが入ったり、無音状態が発生した。
2003年4月26日放送分 - お便り募集についての放送パートで、「おたよりをくれた方にはあやかの(カードにキスをする)キスマーク入りの図書カードを差し上げまーす」と発言。とっさに彼女の父親(池上彰)が「さすがにそれはありませんね、今のは行きすぎですね」と言った。
2003年9月 - 本番スタートから約2分後に映像が静止してしまい、その後海外の名所を取り上げた映像で穴埋めした後、NHKのスタジオから谷地健吾アナウンサーが謝罪した。その後の通常ニュースで武田真一アナウンサーがニューススタジオから謝罪した。原因は、中継機器の故障と見られる。
2000年夏頃-新人アナ提供読み披露で、政井マヤアナが日清食品を日本食品と言い間違えてしまい、終了後に号泣。
2003年6月 - 笑福亭鶴瓶の下腹部(陰部)が映ってしまう。
2003年6月27日 - ロシアから来日したt.A.T.u.が出演したが、オープニングには登場したものの突然出演を放棄する事態に発展。急遽thee michelle gun elephantの生演奏で穴を埋めた。
2007年3月2日 - 宇多田ヒカルがFlavor Of Lifeを歌う際、イヤーモニターのトラブルで、歌の頭のカウントが聞こえなかったため、出だしの一行が歌えなかった[7]
  • 報道特番(テレビ朝日系列)
2004年2月27日、テレビ朝日の松本智津夫被告の判決に関する報道特別番組で、CM終了直後、記者AがCM終了に気付かず「寒いんだよ!」「さむい〜」とウケ狙いで叫び、高井正憲アナと記者Bが大爆笑。そこで3人同時に中継開始に気づき、突然真顔になり何事も無かったように番組再開。 それまで深刻な顔で原稿を読んでた人の表情の変わりようと、深刻な報道内容に似合わぬ不謹慎さが波紋を呼んだ。その後「不適切な場面があったことをお詫びいたします」と、朝日放送の赤江珠緒アナウンサーが謝罪。
2005年7月25日 - 牧原俊幸アナが久々のドッキリに対応が出来なかったのか失敗寸前の一言を言ってしまう。
2005年8月 - 1時間の放送中、30分にわたって音声が途切れ途切れに。サテライトスタジオと本社を結ぶSTL回線の不調と思われる。中断中は音楽ファイルの送出で凌ぎ、本社のマイクから別のアナウンサーが繰り返し謝罪アナウンス。
2006年5月19日放送分 - 「パチンコ店90億円所得隠し捜索」のニュースで、捜索先と全く関係ないパチンコ店の映像を放送した。間違い発覚後、KBS京都のテレビ・ラジオのニュースや番組公式ホームページで訂正と謝罪をした。
2010年1月29日放送分 - 天気予報担当の森田正光気象予報士が『えなりかずき!そらナビ』(CBC制作)の出演終了後、名古屋から新幹線東京に向かってる最中、新幹線事故に巻き込まれ出演できず。そのため、後座番組で天気予報を務めている佐藤大介気象予報士が代役で出演した。ただし、兼任で出演している『NEWS23』には予定通りに出演した。
1986年4月29日放送分 - 司会の小堺一機がその日、新幹線事故に巻き込まれ出演できず。そのためレギュラーの塩沢ときらが冒頭から出演し、小堺は新幹線の公衆電話からスタジオに電話をかけた。

[編集] 出演者が生放送本番に遅刻したケース


[編集] 大型特番でのハプニング

1992年秋(第3回) - 休憩タイムの出前で、心ない視聴者の「追加100個!」の電話により大幅に配達が遅れた。
1994年春(第6回) - 恒例「赤坂5丁目ミニマラソン」にてジミー大西が観客からエアソフトガンで狙撃される。
2000年春(第18回) - 放送開始当初から、1時間「コンピュータトラブル」により、クイズ出題ができず。
2005年秋(第29回) - 「赤坂5丁目 大サーカス」で中国雑伎団メンバーが飛び移りに失敗。「フロアに激突」する。
2006年秋(第31回) - アシカショーで、アシカが芸をする意志をなくしたため進行が遅れ、終了後もスタジオに居座った。
2007年春(第32回) - 新名物「ローション相撲」で、司会の島田紳助島崎和歌子がローションまみれに。
2008年春(第34回) - ローション相撲で、河本準一が右肋骨骨折
2009年春(第36回) - ローション企画でポロリが続出。「生放送です」の声と供にタオルが投げ込まれた。
  • NHK紅白歌合戦(毎年12月31日) - 各年度のNHK紅白歌合戦ページも参照。
1955年(第6回)- 番組の進行が大幅に遅れたため、白組トリの藤山一郎が「ニコライの鐘」を1コーラスしか歌えなかった。
1968年(第19回)- 紅組出場の水前寺清子が開会時の宣誓で『昭和43年度』を『34年度』と読み間違える。
1982年(第33回)-サザンオールスターズ桑田佳祐三波春夫のバロディ衣装で登場し、後日始末書を書かされてしまう。
1984年(第35回)- 総合司会の生方恵一アナが都はるみの紹介を「ミソラ…」としてしまい、視聴者から抗議が殺到。
1985年(第36回)-白組出場の吉川晃司がステージ上でシャンパンを撒き散らしたり、演奏終了後にギターを燃やす等のトラブルを起こす。
1986年(第37回)- 白組司会の加山雄三少年隊の『仮面舞踏会』を仮面ライダーと紹介してしまう。
1990年(第41回)-白組出場の長渕剛が、ベルリンの壁からの生中継で約17分も熱唱し、その後の番組プログラムが大幅に変更されたほか同行のNHKスタッフに暴言を吐いてNHK出入り禁止処分を食らう。
1991年(第41回)-白組出場のとんねるずがボディペインティングパンツ一丁で登場しNHK出入り禁止処分を食らう。
1992年(第43回)-白組出場の本木雅弘が首にコンドーム風船を巻き付けて登場し、視聴者からの苦情が殺到。
2003年(第54回)- 紅組出場の小林幸子の特大衣装の演出が作動しなくなるトラブルが発生。
2005年(第56回)- 白組出場のWaTが歌っている途中、マイクスタンドが、倒れるトラブルが発生。
2006年(第57回)
  1. 白組出場のSEAMOの演出のCGが映らなくなるトラブルが発生。
  2. 白組出場のDJ OZMAのバックダンサーの女性の衣装が全裸に見えるボディスーツだったため、視聴者から苦情が殺到。放送中、総合司会の三宅民夫が視聴者に謝罪した。
2007年(第58回)-オープニングコントで、笑福亭鶴瓶がSMAPの『弾丸ファイター』を『睾丸ファイター』と発言。
2010年(第61回)-紅組出場の倖田來未が衣装の生着替え中に腕が袖から抜けず、衣装の一部が破れてしまう
当初は3時間の予定だったが、有野課長よゐこ)が延長をして挑戦失敗をした『カイの冒険』の最難の難所の98階を3時間繰り返し、結果として残り1時間で6時間に延長し、アルフィーアイドリング!!!再放送等のライブツアーの放送を中止に追い込み、最大9時間の生放送となり、アルフィーのファンとアイドリング!!!のファンを悲しませた。
2000年12月31日放送分(第2回)-時計を意図的に2分早め21世紀へのカウントダウンをフライングするという視聴者を巻き込んだ生ドッキリを行ったが、視聴者への十分な説明を行わなかった為苦情が殺到。番組終了後に松本志のぶアナが謝罪した。

[編集] 脚注

  1. ^ 例えば、視聴者の自宅が地震で揺れているのに、地元局のスタジオで行われている番組のテレビ画面では地震が起きていない、など。
  2. ^ ただし、後にジャネットが意図的な演出だったことを告白したことから、つまりこれは故意に仕組まれた一種の「やらせ」のアクシデントであったことが発覚し、放送局のCBSに対して罰金が課せられた。Super Bowl XXXVIII halftime show controversyを参照。
  3. ^ http://www.nhk.or.jp/r1/about/index.html
  4. ^ 前述のジャネット・ジャクソンのアクシデントが起こされた放送でも、遅延送出システムが採用されていた。
  5. ^ 月刊カンテレ批評 2005年10月号
  6. ^ テレ朝に大ブーイング…ドイツ戦追い掛け中継(ZAKZAK)
  7. ^ http://www.u3music.com/message/backnumber/ja/20070303j.html (2007-03-03)2009年3月3日 閲覧。
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