生放送

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生放送(なまほうそう)は、放送業界の業界用語のひとつで、ナレーション演技演奏スポーツ中継といった放送コンテンツを、一旦録音・録画することなく電波通信回線などの媒体でリアルタイムに視聴者・聴取者に伝えるような放送手段を指す。

一般的にはテレビラジオなどの電波媒体に対して使われることが多く、インターネットラジオなどインターネット上での放送は「ライブストリーミング」などと呼ばれる。

概要[編集]

ニュース天気予報は情報の速報性・正確性が求められるため、ほとんどが生放送で放映・放送されている。スポーツ番組などでは「生中継」(なまちゅうけい)と呼ばれる場合もあるが、放送時間の都合で事前に収録したものをある程度編集する「撮って出し」(とってだし)と呼ばれる方式をとっているものもある。番組内で生放送である旨の告知がない限り、一般の視聴者・聴取者が生放送と録画放送とを見分けることは極めて困難であるが、ニュース速報気象情報などのテロップアナウンス挿入や、災害等の突発的なアクシデント[1]などによってそれと分かる場合がある。民放のクロスネット局などでは、編成の都合上生放送番組を収録した映像で時差放送する場合もある。局によってはCM無しの完全版で送る局もある。また、出演者はいないが、一部UHF局で放映されている、コンピュータへのデータ入力に基づいて各種画像・音声データが自動的に放送される天気予報も生放送の範疇である。

放送の創成期には、VTR機材/録画用メディアが非常に高価で収録用機材の運用コストも高かったため、音楽番組はもとよりドラマや演劇などでさえ生放送がごく当然であり、出演者は突発的な事象に対応できるよう、絶えず緊張を強いられていた。だが、録音・録画技術が進歩し編集が可能となると、送り手にとってリスクの高い生放送は、生放送でなければ得られない効果(いわゆるライブ感)を求めたり生放送特有の緊張感が敢えて必要な場合に限定されるようになった。実際、英語ではLIVEと言う。

生放送は1980年代以降、減少傾向にあるのが実情である。背景には録音・録画に必要な機材や技術の進歩、テープの低価格化の他に、1回で2-3本を収録した方が効率が良いというのが有力である。放送局にとって、出演者をキャスティングする場合にはスケジュール調整がしやすいことや、出演者が急に出演できなくなるなどの突然のトラブルに対応しやすい、などの事情がある。一方、キャスティングされる芸能事務所側にとっても、生放送より収録を多くした方がより多くの仕事を得られ、利益を上げやすい上、スケジュール面での余裕にも繋がる。そのため、放送局、芸能事務所双方にとってプラスになるというのが大きい。また収録に参加する番組スタッフにとっても、突発的なアクシデントが画面を通じて世間に流れる事態を想定して常に緊張を強いられる生放送は精神的な負担が大きく、編集が可能な収録番組の方がリスクが少ないということがある。

また、生放送を主体としながらも、生放送開始前もしくは生放送終了後に次回放送分を収録する(これも事実上の2本撮りとなる)ケースもある(『スーパーJOCKEY』など)。これについては、出演者やスタッフのスケジュールの都合や、制作費の節約(2本撮りすることで生放送1回分の経費を軽減できる)という観点から行われるケースがほとんどである。

1990年代以降、各種編集機器の電子制御の高機能化が進むに連れて、毎週生放送という触れ込みでスタートした筈の番組がわずか数回で収録放送に変更されてしまうケースが増えてしまった。例としては、日本テレビ系列『ミンナのテレビ』、フジテレビ系列『とくダネ!発 GO-ガイ!』などがある。低視聴率や多忙な出演者のスケジュールの調整がままならない番組で多く見られる。

その他にも生放送には少なからぬデメリットが付きまとう。代表的なこととしては、その特性上、不測の事態によるアクシデントやトラブルが起きるリスクが常時つきまとう一面がまず挙げられる。また、想定されない突発的な事態や機器の操作ミスから放送してはならないような映像・音声が流れてしまったり、あるいは出演者・スタッフの言動がそのまま流れることから、本来は放送で流すことは相応しくない不用意・不謹慎・不穏当・破廉恥な内容が膨大な数の視聴者・聴取者に伝わることで、時に番組や出演者のイメージに瑕疵がついてしまう危険もある。2004年には、NFLの決勝戦スーパーボウルハーフタイムショーにおいて、ジャネット・ジャクソンが共演者に胸を露出させられるアクシデントが起こされた[2]

芸能界においても、所属タレントの不用意・軽はずみな発言・行動によるタレントイメージの瑕疵の発生も、生放送ならば止め様がないが、対して収録番組には放送前に事前にチェックし編集で防止できるというリスクマネジメント上のメリットがあり、現在では生放送番組へのタレント出演に消極的な芸能事務所は多い。また、タレントの性格や言動、販売戦略などの要素も絡んで生放送NGというスタンスを取る、あるいは特定のタレントとの共演は事前収録の番組のみOKという条件を付ける芸能事務所やタレントも見られる。

生放送には不特定多数に向けて事実上編集されることなく即時発信されている性質がある。そのため、何らかの政治的目的を持つ者環境保護文化財保護・歴史的建造物保存運動などの各種活動家が、自己宣伝や自身・所属組織の主張を無理矢理に世間に向けて発信しようとしたり、あるいは自分たちに都合の悪い内容の放送を妨害する意図を持ち、故意に生放送の現場への乱入を試みることがあり、放送が妨害されたりさらには生中継が中断に追い込まれるなどといった業務妨害行為も、洋の東西を問わず引き起こされている。

同様に部外者である野次馬も生中継にとっては時に脅威となる。特にテレビの場合、社会的な注目度の高い事件や事故の現場、所轄警察署などの付近からの生中継では、そこに集まった多数の野次馬が面白半分に中継映像への「映り込み」を狙った行動を繰り広げたり、さらにはそもそも「映り込み」による自己顕示を目的に遠方から事件現場や中継現場に赴く者までもが現れ、それらの人数自体が迷惑となる形で中継現場が混乱状態となり、生中継が不可能という事態に陥ったケースは少なくない。かつて、報道番組ワイドショーなどの中継で一般市民への街頭インタビューが生放送で数多く行われていた時代には、地元住民や通りすがりを装って街頭インタビューを受けてテレビ画面に映されることを目的とした者や、街頭インタビューに応じた謝礼としてスタッフから貰えることがある放送局のノベルティグッズの収集を目的としてマスコミを追い掛ける者が現れ、事件の現場周辺や、いわゆる“定点ポイント”の中継地点[3]などに赴いては、マスコミ取材陣の周りをうろつき回るなどということも起きていた。

一方、ラジオ(特に中波ラジオ)では、帯番組として放送される情報・報道番組やスポーツ中継などが多いことから、必然的に生放送が多くなる。NHKラジオ第1放送では、96%が生放送と発表している[4]トーク番組や音楽番組等の生放送が必須でない内容でも生放送で制作されることが多く、その様な番組でもEメールなどを介した視聴者とのリアルタイムなやり取りが積極的に行われることがラジオ番組の特徴とも言える。

番組放送のライブ感を保ちつつも中継の映像・音声の送出を数秒から5分程度遅らせる「遅延送出システム」という技術が実用化されている。これは本来は生放送の番組制作用における効果用機器としての使用が意図されたものであるが、その機能上、生放送での突発的事態への発生を前提とした対策の1つとしても有効であり、米国・英国・日本などの放送技術先進国はもとより宗教戒律上の都合や政治的事情を抱える国の放送業界などでも幅広く導入されている[5]

NHKでは、祝日は定時ニュース等を除き極力生番組を減らすことが多い。

主な生放送の番組[編集]

報道番組(ニュース・天気予報)[編集]

NHK[編集]

NHK BS1[編集]

日本テレビ系列[編集]

BS日テレほか[編集]

テレビ朝日系列[編集]

BS朝日[編集]
  • News Access(お昼のNews Access、News Access 730)

TBS系列[編集]

BS-TBSほか[編集]

テレビ東京系列[編集]

フジテレビ系列[編集]

BSフジ[編集]

ワイドショー・情報番組[編集]

NHK[編集]

日本テレビ系列[編集]

読売テレビ[編集]
中京テレビ[編集]

テレビ朝日系列[編集]

朝日放送[編集]
メ〜テレ[編集]
BS朝日[編集]

TBS系列[編集]

毎日放送[編集]
CBCテレビ[編集]

テレビ東京系列[編集]

テレビ愛知[編集]
BSジャパン[編集]

フジテレビ系列[編集]

関西テレビ[編集]
東海テレビ[編集]

独立UHF局[編集]

スポーツ番組[編集]

NHK[編集]

日本テレビ系列[編集]

テレビ朝日系列[編集]

TBS系列[編集]

テレビ東京系列[編集]

フジテレビ系列[編集]

BS・CSほか[編集]

スポーツ中継[編集]

芸能・娯楽番組[編集]

バラエティ・音楽番組[編集]

半期に一度放送される特別番組[編集]

年に一度放送される特別番組[編集]

その他[編集]

通常収録番組の特別生放送されたものも含む。

  • とくダネ!発 GO-ガイ!(フジテレビ系列)
  • ムハハnoたかじん(関西テレビ) - 2005年1月より一時期のみ生放送されていた(現在は録画放送)。
  • 世界の絶景100選(フジテレビ系列)
    • 第6弾 生でNO.1絶景を大決定!豪華芸能人大集合SP(2006年3月30日)
    • 第12弾 ついに決定!死ぬまでに見たい100の絶景と地球一絶景大発表SP(2009年2月20日)
  • 太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。(日本テレビ系列) - 番組終盤で、マニフェストの視聴者投票結果とFAXの紹介のコーナー。
  • 田舎に泊まろう!(テレビ東京系、2009年1月4日3時間スペシャルほか)
  • ためしてガッテン(NHK総合、2009年2月4日)- インフルエンザ特集。
  • 学べる!!ニュースショー!(テレビ朝日系、2009年2月17日) - 劇団ひとり入籍による緊急生放送。
  • しゃべくり007(日本テレビ、2009年1月26日) - 生放送スペシャル。また、2009年から「24時間テレビ」で深夜に放送されるスペシャル版も生放送。
  • ひみつのアラシちゃん(TBS系列、2009年3月17日)予定を変更して、緊急WBCSPを放送。
  • ダウンタウンDX(読売テレビ制作・日本テレビ系列) - 2009年から毎年沖縄国際映画祭開催時期に沖縄のスタジオから生放送する。
    • 2009年3月18日 超DXスター根こそぎ大暴露衝撃の沖縄生放送SP
    • 2010年3月25日 超DXスター(秘)私生活&恥部根こそぎ大放出!!沖縄生放送めんそ〜れSP
    • 2011年3月24日 超DX沖縄から笑いと元気を贈る2時間生放送SP
    • 2012年3月29日 超DX in OKINAWA 今年もナマ放送で本音丸出しSP
  • ぐるぐるナインティナイン(日本テレビ、2009年3月19日)オープニングと1分間の告知キンレースのコーナーを沖縄から生中継。
  • 真夏のJNN祭り 「壁を壊そう!炎の240時間マラソン」(TBS系列、2009年8月22日)山本高広のマラソンゴールの様子を完全生中継。
  • クイズ!ドリーム学園(日本テレビ、2009年9月2日)宝くじの日に、宝くじに関するクイズを出題する番組。
  • ふれあい夢列島☆宝くじ☆シアワセ発見ジャーニー(日本テレビ、2010年9月2日)宝くじの日の特別番組。
  • 魔女たちの22時(日本テレビ)
    • 後半部分で、緊急生放送はるな愛世界一に密着を放送(2009年11月3日)
    • 後半部分で、緊急生放送!24時間テレビマラソンランナーを発表(2010年6月8日)
  • うたばん(とくばん)(TBS系)
    • 2009年10月20日 大日本名曲歌謡史昭和と平成のベスト50 大発表とくばんSP!
    • 2010年3月23日 無期限活動休止3時間SP
  • お茶の水ハカセ(TBS系、2010年6月29日)予定を変更して、ワールドカップパラグアイ戦直前緊急生放送を実施。
  • 真相報道 バンキシャ!(日本テレビ系、2010年10月3日)羽田空港国際化スペシャル(羽田空港新国際ターミナルから中継、一部施設は事前録画の映像を放送)
  • 行列のできる法律相談所(日本テレビ系、2011年4月24日など)24時間テレビ「愛は地球を救う」チャリティーマラソンランナーを発表SP
    • 『24時間テレビ』終了直後の放送回や、暴行事件により活動を自粛した島田紳助の復帰回など。
  • 土曜プレミアム爆生レッドカーペット」(フジテレビ系、2012年2月18日)なお、2013年から6月に実施される「AKB48総選挙」も生放送。)
  • 駅前物語(青森放送、1992年5月8日、「金曜ワイドあおもり」内。通常は事前収録だが、この日で「駅前物語」が100回を迎えた為、これを記念してこの日のみコーナー全編生中継を行った。)

備考[編集]

オレたちひょうきん族』等のモデルとなった米NBCの人気番組『サタデー・ナイト・ライブ』は、現在でもコントを含め全て生放送である。

その他の分野[編集]

テレビショッピング[編集]

番組によっては一部、生放送のものもある。

ドラマ[編集]

1950年代 - 1960年代初頭までは、大抵のテレビドラマは生放送によるものが多かった。その後、VTRが導入されてからはロケーションなど、収録での制作が大半である。しかし、ドラマ中にあえて生放送を行ったケースがいくつかある。なお、生放送のドラマでも地上波・BS・CSでの再放送が行えるように、VTRテープによる同時録画も行われる。

擬似生放送の番組[編集]

事前収録だが、テロップを入れず、極力カットしない方針の番組や“撮って出し”方式。

スポーツ放送の場合[編集]

  • スポーツ中継では、生中継といっても常にリアルタイムで放送されているとは限らない。NHKBS1の2009年PGAツアー中継は、現地からの映像を編集して放送しておりリアルタイム(数秒遅れも含む)で中継されるプレーはないが、画面上にLiveという文字を表示させ放送を行っている。またWOWOWリーガ・エスパニョーラ中継でも、20秒ほどの追っかけ中継をLiveと称して放送していることがある。
  • 海外で行われるスポーツ放送の場合、時差などの関係により追っかけ中継を行う場合がある。その場合民放間では、その放送を行う局の放送時間より前には試合結果について放送しないという暗黙のルールがあるとされる[7]
  • 日本で行われる大会でもバレーボールフィギュアスケート等、生中継ではなく追っかけ中継を行うケースがある。この場合でも海外の場合と同じく、放送時間より前には結果を放送しないことが多い。
  • 2006年には、ドイツワールドカップの強化ゲームをテレビ朝日が放送したが、生中継ではなく実際には追っかけ中継だったため、一部視聴者から批判があった[8]
  • 2009年には、全米プロゴルフ選手権TBSが放送したが、画面にLiveという文字を掲出しながら実際には20秒ほどの追っかけ中継で放送していたため、一部視聴者から批判があった。
  • 試合終了時間が不確定なボクシング、格闘技では完全生中継は減少し、当日に編集に時間差で中継するケースが増えている。

生放送中に起こった有名な事件・出来事[編集]

  • 空の劇場(NHKラジオ)
1946年8月25日、東京・内幸町の本局と静岡県伊東市立西国民学校を結ぶ、当時としては画期的な中継放送(当時は「二元放送」と呼称)が行われることになり、中継先からの放送用として放送前日に急遽作詞作曲されたのが「みかんの花咲く丘」である。
1983年9月13日放送分 - 『テレフォンショッキング』のコーナーで、ゲストのミミ萩原宮尾すすむを紹介したため、宮尾はその頃新幹線ひかり524号に乗車していたため、やむを得ずタモリがひかりに電話をかけ女性従業員にスタジオアルタ直通の電話番号を申し込んだ後、女性従業員が確認のため電話番号を復唱してしまいいたずら電話が掛かってきた。それでやむを得ずブッチャー小林CM中サブ電話の番号を申し込みスタジオ電話はオフした。
1983年12月1日放送分 - 『テレフォンショッキング』のコーナーで、ゲストの佳山明生が登場する前に男が乱入して席に座り込んだ。すぐにスタッフに取り押さえられ、その様子の一部始終が放送された。
2001年7月30日放送分-『ザ☆定番ショー』のコーナー中、突然江頭2:50が乱入し、橋田壽賀子にキスをして番組出入り禁止処分を食らう。
2005年9月21日放送分 - 『テレフォンショッキング』のコーナー中、ゲストの山崎邦正タモリに「何か悩みがないですか?」の質問に、突然観客の男が「タモリさん、いいともが年内に終了するって本当ですか?」と質問をぶつけ退場させられ、CM明けにぬいぐるみが代わりにおかれた。
2012年1月11日放送分 - 千原ジュニアがマチュピチュの旅行の帰りの飛行機が濃霧で遅れて飛んでいるため欠席、代打で兄の千原せいじが出演した。
THE ALFEEの中継での音声トラブル(1983年9月8日「メリーアン」、1985年「恋人達のペイヴメント」と2回に渡り発生した。)
1988年11月3日-南野陽子が「秋からも、そばにいて」の歌詞のほとんどを忘れてしまう。演奏終了後に南野本人が謝罪。
1976年11月8日放送でのあおい輝彦1982年5月3日放送での三田寛子の歌の際、マイクトラブルのため途中で演奏を打ち切り、再度最初から歌い直す措置が採られる。
1983年11月21日放送でU2が曲を演奏していた最中、ギターアンプが故障するトラブルが起こる。
年月日不明-THEHIGH-LOWSのボーカルのヒロトがカメラマンを蹴ったり、演奏終了後にはカメラにつばをはいた。
ザ・タイマーズが突然FM東京を中傷する替え歌を歌い、演奏終了後に司会の古舘伊知郎が謝罪。
オープニングのお天気リレー中継中、池に浮いた死体が映し出され、ボートに乗っていた福岡放送アナウンサーがその場で絶叫した。
笑福亭鶴瓶が女性器性行為を意味する関西弁の隠語(この場合は放送禁止用語)を喋ってしまう。遅れて放送するネット局では音消しが入り、翌週(録画)では上岡龍太郎から「お詫びということは、先週何と言ってしまったことをお詫びするのか」と、問題発言をわざともう一度言わせようという意図でのツッコミをされている。
年月日不明 - 放送中、スタジオ内が停電
1977年5月14日 - 公開生放送中のセット火事取手市民会館)
1984年6月16日 - 会場の停電(入間市民会館)
さまぁ〜ず三村マサカズが、突然見知らぬ若者に襲われる。そして、三村はその若者に飛び蹴りを放って反撃。その一部始終が同番組内で放送された。
1983年 - 徳島ラジオ商殺し事件の再審決定のニュースを伝えた当時日本テレビアナウンサーの小林完吾が生放送中にくしゃみをしてしまい、「徳島ラジオ商ごるし…グシュン…失礼しました」とアナウンス。後にハプニング大賞で題材になる。
1985年 - 豊田商事会長刺殺事件ガラスを破って室内に侵入していく犯人や、血まみれの永野一男中継され、報道のあり方について議論が起こった。
1984年3月31日放送分 - 松本明子が放送禁止用語(女性器を意味する俗語)を叫んだ。
この回はオールナイトフジ(テレビ)のスタジオ内にオールナイトニッポン(ラジオ)のブースが組まれ、ラジオブース内でのやりとりを、テレビとサイマル放送しており、その最中に、ラジオ番組側の司会であった笑福亭鶴光などがそそのかして起きた放送事故である。
1985年1月19日放送分-とんねるず石橋貴明が生演奏中にテレビカメラを破壊。
1994年10月30日放送分 - 飯島愛がノーマル簡易更衣室で水着に着替えている最中、残り時間が17秒の時に突然表示が消え、時間内であるにもかかわらず突然カーテンが落下してしまった(原因は電気系統の故障)。幸い飯島愛はビキニを胸にしていたため、放送事故には至らなかった。
1998年7月5日放送分 - 沢口みきが熱湯風呂に入るために水着に着替えた際、胸が大きすぎて用意されていたビキニが入らず、バスタオルを巻いて入る羽目になった。
1998年9月6日放送分 - 中田英寿が出版した本のために入浴した2人のキャンペーンガールの水着生着替えの時に両者共に時間内に間に合わず手ブラ状態になってしまった。また、入浴した際もその1人・宮澤ゆうながバスタオルの一部が外れ、乳輪が半分映った。
以下年月日不明
若い女性が着替えるも予想以上に着替えに時間がかかってしまい、完全全裸状態でカーテンが落ち、スタジオが大混乱に。カメラマンが横のアングルからだが、女性の全裸を映してしまう状態に。
パイレーツ浅田好未が着替えた際に手に突っ込む状態に、相方の西本はるかが強引に引っ張った。
1996年6月17日放送分 - リスナーからのリクエストで放送した吉川晃司の「サヨナラは八月のララバイ」が音飛びを起こす。その他にもハプニングは多数ある(RADIO-izmでのハプニング事例も参照のこと)X。
1997年6月28日放送分 - 神戸連続児童殺傷事件犯人逮捕の臨時ニュースで、警察署からの中継の際、野次馬が騒いで現場からの中継が到底不可能な状態に。すぐに映像はスタジオに戻り、キャスターが「現場はかなり混乱しているようです」とコメントした。
スポーツコーナーの放送中、当時NHKアナウンサーの松平定知が雑談中のスタッフに対して「静かにしろ!」言いながら鉛筆を投げつける事件が発生し、翌日の放送で謝罪した。
1997年 - 久米宏が特集VTR終了後のコメントで「商品のコマーシャルが出来ないNHKは馬鹿だ」と発言、その後「俺そんなこと言ったかなぁ」と言いながら謝罪。翌日の一部スポーツ新聞に掲載された。
1998年9月2日放送分 - 「それいけ! キクマ」のコーナーを放送している途中、当時フジテレビアナウンサーの菊間千乃が転落する事故が起こる。
1988年5月22日放送分 - 第49回オークス堺正幸アナがコスモドリームのところ、サンキョウセッツといい間違える事態に(詳細はコスモとサンキョウと堺を参照)。
1998年11月1日放送分 - 第118回天皇賞で当時の人気馬サイレンススズカが4コーナーで故障発生で競走中止(同馬は予後不良)。レース後、MCの斎藤陽子が思わず泣き出してしまった。
2005年9月11日放送分-豪雨より、番組開始から最初のCM突入まで音が出なくなる音声トラブルが発生した。
1998年 - いたずら電話について話している時に、田村淳が当時の自宅の電話番号を言ってしまった。
2001年8月 - 台風による送信所の損傷により、終日ノイズが入ったり、無音状態が発生した。
2003年4月26日放送分 - お便り募集についての放送パートで、「おたよりをくれた方にはあやかの(カードにキスをする)キスマーク入りの図書カードを差し上げまーす」と発言。とっさに彼女の父親(池上彰)が「さすがにそれはありませんね、今のは行きすぎですね」と言った。
2003年9月 - 本番スタートから約2分後に映像が静止してしまい、その後海外の名所を取り上げた映像で穴埋めした後、NHKのスタジオから谷地健吾アナウンサーが謝罪した。その後の通常ニュースで武田真一アナウンサーがニューススタジオから謝罪した。原因は、中継機器の故障と見られる。
2003年6月27日 - ロシアから来日したt.A.T.u.が出演したが、オープニングには登場したものの突然出演を放棄する事態に発展。急遽thee michelle gun elephantの生演奏で穴を埋めた。
2007年3月2日 - 宇多田ヒカルがFlavor Of Lifeを歌う際、イヤーモニターのトラブルで、歌の頭のカウントが聞こえなかったため、出だしの一行が歌えなかった[9]
  • 報道特番(テレビ朝日系列)
2004年2月27日、テレビ朝日の松本智津夫被告の判決に関する報道特別番組で、CM終了直後、記者AがCM終了に気付かず「寒いんだよ!」「さむい〜」とウケ狙いで叫び、高井正憲アナと記者Bが大爆笑。そこで3人同時に中継開始に気づき、突然真顔になり何事も無かったように番組再開。 それまで深刻な顔で原稿を読んでた人の表情の変わりようと、深刻な報道内容に似合わぬ不謹慎さが波紋を呼んだ。その後「不適切な場面があったことをお詫びいたします」と、朝日放送の赤江珠緒アナウンサーが謝罪
1986年11月25日放送分-有楽町3億円強盗事件の速報をニュースセンターから伝える最中露木茂アナ(当時)がカメラが切り替わったこと気づかず、報道局スタッフと雑談しているところが映し出されて、視聴者からの苦情が殺到した。
2005年8月 - 1時間の放送中、30分にわたって音声が途切れ途切れに。サテライトスタジオと本社を結ぶSTL回線の不調と思われる。中断中は音楽ファイルの送出で凌ぎ、本社のマイクから別のアナウンサーが繰り返し謝罪アナウンス。
2006年5月19日放送分 - 「パチンコ店90億円所得隠し捜索」のニュースで、捜索先と全く関係ないパチンコ店の映像を放送した。間違い発覚後、KBS京都のテレビ・ラジオのニュースや番組公式ホームページで訂正と謝罪をした。
2006年7月-番組冒頭で、極楽とんぼで相方だった山本圭一の少女淫行事件に対して、司会の加藤浩次が泣きながら謝罪した。
2010年1月29日放送分 - 天気予報担当の森田正光気象予報士が『えなりかずき!そらナビ』(CBC制作)の出演終了後、名古屋から新幹線東京に向かってる最中、新幹線事故に巻き込まれ出演できず。そのため、後座番組で天気予報を務めている佐藤大介気象予報士が代役で出演した。ただし、兼任で出演している『NEWS23』には予定通りに出演した。
1986年4月29日放送分 - 司会の小堺一機がその日、新幹線事故に巻き込まれ出演できず。そのためレギュラーの塩沢ときらが冒頭から出演し、小堺は新幹線の公衆電話からスタジオに電話をかけた。
2011年8月4日放送分-生放送中に『怪しいお米セシウムさん、汚染されたお米セシウムさん』という不謹慎なリハーサル用テロップが約23秒間映し出されるというトラブル(セシウムさん騒動)が発生し、放送後に視聴者からの抗議や苦情が殺到、放送翌日番組が放送休止となった後打ち切りとなる大事件に発展した。
2011年5月12日放送分-番組冒頭で上原美優の自殺を第一報で報道した際眞鍋かをりがその場で号泣した。
2013年9月14日放送分-ニュースコーナーの生放送中に、約7分間にわたって『ピー音』が通常の音声と混ざってしまうトラブルが発生した。

出演者が生放送本番に遅刻したケース[編集]

2013年9月16日放送分 - 司会の宮根誠司が台風18号による交通機関の乱れにより、8分遅刻。

大型特番でのハプニング[編集]

1992年秋(第3回) - 休憩タイムの出前で、心ない視聴者の「追加100個!」のいたずら電話によりサンドイッチの配達が大幅に遅れた。
1994年春(第6回) - 恒例「赤坂5丁目ミニマラソン」にてジミー大西が観客からエアソフトガンで狙撃される。
2000年春(第18回) - 放送開始当初から、1時間「コンピュータトラブル」により、クイズ出題ができず。
2005年秋(第29回) - 「赤坂5丁目 大サーカス」で中国雑伎団メンバーが飛び移りに失敗。「フロアに落下・激突」する。
2006年秋(第31回) - アシカショーで、アシカが芸をする意志をなくしたため進行が遅れ、終了後もスタジオに居座った。
2007年春(第32回) - 新名物「ローション相撲」で、島田紳助島崎和歌子がローションまみれに。
2008年春(第34回) - ローション相撲で、河本準一(次長課長)が右肋骨骨折
2009年春(第36回) - ローション企画でポロリが続出。「生放送です」の声と同時にタオルが投げ込まれた。
2012年秋(第43回) - コンピュータートラブルにより、「赤坂5丁目ミニマラソン」の選手選択画面がスクロールできない事態が発生。
1988年(第2回) - 総合司会の露木茂が、「こんばんは」を「こんばんにゃ」と噛んでしまう。
2000年(第14回) - 新人アナ提供読み披露で、政井マヤ(フジテレビアナウンサー)が『日清食品』を『日本食品』と言い間違えて終了後に号泣。
2003年(第17回) - 笑福亭鶴瓶の下腹部(陰部)を露出してしまう。
2004年(第18回)- 岡村隆史VS具志堅用高のスペシャルボクシング対決が4ラウンド戦ったにも関わらず、引き分け扱いに。視聴者からの苦情が殺到。
2005年(第19回)- 牧原俊幸(フジテレビアナウンサー)が久々のドッキリに対応できなかったのか失敗寸前の一言を言ってしまい、視聴者からの苦情が殺到。
2013年(第27回)- 生本番中、加藤浩次渡辺麻友AKB48)の頭部を蹴るなどの暴力行為を行い、視聴者からの苦情が殺到。
  • NHK紅白歌合戦(毎年12月31日) - 各年度のNHK紅白歌合戦ページも参照。
1955年(第6回)- 番組の進行が大幅に遅れたため、白組トリの藤山一郎が「ニコライの鐘」を1コーラスしか歌えなかった。
1968年(第19回)- 紅組出場の水前寺清子が開会時の宣誓で『昭和43年度』を『34年度』と読み間違える。
1982年(第33回)-サザンオールスターズ桑田佳祐三波春夫のバロディ衣装で登場し、後日始末書を書かされてしまう。
1984年(第35回)- 総合司会の生方恵一(当時NHKアナウンサー)が都はるみの紹介を「ミソラ…」としてしまい、視聴者から抗議が殺到。
1985年(第36回)-白組出場の吉川晃司がステージ上でシャンパンを撒き散らしたり、演奏終了後にギターを燃やす等のトラブルを起こす。
1986年(第37回)- 白組司会の加山雄三少年隊の『仮面舞踏会』を仮面ライダーと紹介してしまう。
1990年(第41回)-白組出場の長渕剛が、ベルリンの壁からの生中継で約17分も熱唱し、その後の番組プログラムが大幅に変更されたほか同行のNHKスタッフに暴言を吐いてNHK出入り禁止処分を食らう。
1991年(第41回)-白組出場のとんねるずがボディペインティングパンツ一丁で登場しNHK出入り禁止処分を食らう。[10]
1992年(第43回)-白組出場の本木雅弘が首にコンドーム風船を巻き付けて登場し、視聴者からの苦情が殺到。
2003年(第54回)- 紅組出場の小林幸子の特大衣装の演出が作動しなくなるトラブルが発生。
2005年(第56回)- 白組出場のWaTが歌っている途中、マイクスタンドが、倒れるトラブルが発生。
2006年(第57回)
  1. 白組出場のSEAMOの演出のCGが映らなくなるトラブルが発生。
  2. 白組出場のDJ OZMAのバックダンサーの女性の衣装が全裸に見えるボディスーツだったため、視聴者から苦情が殺到。放送中、総合司会の三宅民夫が視聴者に謝罪した。
2007年(第58回)-オープニングコントで、笑福亭鶴瓶がSMAPの『弾丸ファイター』を『睾丸ファイター』と発言。
2010年(第61回)
  1. 紅組出場の倖田來未が衣装の生着替え中に腕が袖から抜けず、衣装の一部が破れてしまう
  2. 白組出場のポルノグラフティが生演奏中に歌詞の一部を間違えてしまう
当初は3時間の予定だったが、有野課長よゐこ)が延長をして挑戦失敗をした『カイの冒険』の最難の難所の98階を3時間繰り返し、結果として残り1時間で6時間に延長し、アルフィーアイドリング!!!再放送等のライブツアーの放送を中止に追い込み、最大9時間の生放送となり、アルフィーのファンとアイドリング!!!のファンを悲しませた。
2000年12月31日放送分(第2回)-時計を意図的に2分早め21世紀へのカウントダウンをフライングするという視聴者を巻き込んだ生ドッキリを行ったが、視聴者への十分な説明を行わなかった為苦情が殺到。番組終了後に松本志のぶ(当時日本テレビアナウンサー)が謝罪した。

脚注[編集]

  1. ^ 例えば、視聴者の自宅が地震で揺れているのに、地元局のスタジオで行われている番組のテレビ画面では地震が起きていない、など。
  2. ^ ただし、後にジャネットが意図的な演出だったことを告白したことから、つまりこれは事前から仕組まれていた故意による「やらせ」のアクシデントであったことが発覚し、放送局のCBSに対して罰金が課せられた。Super Bowl XXXVIII halftime show controversyを参照。
  3. ^ たとえば東京では、年末繁忙期の上野アメ横築地場外市場など。
  4. ^ http://www.nhk.or.jp/r1/about/index.html
  5. ^ 前述のジャネット・ジャクソンのアクシデントが起こされた放送でも、遅延送出システムが採用されていた。
  6. ^ 2014年はBS1とのサイマル放送を実施した。
  7. ^ 関西テレビ月刊カンテレ批評』2005年10月号
  8. ^ テレ朝に大ブーイング…ドイツ戦追い掛け中継(ZAKZAK)
  9. ^ http://www.u3music.com/message/backnumber/ja/20070303j.html (2007-03-03)2009年3月3日 閲覧。
  10. ^ ただし例外として、第50回(1999年)と第51回(2000年)は「野猿」として出場したほか、木梨憲武は第47回(1996年)に「憲三郎&ジョージ山本」として出場している。