呉昇桓

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吳昇桓 (オ・スンファン)
阪神タイガース #22
基本情報
国籍 韓国の旗 韓国
出身地 全羅北道井邑市
生年月日 1982年7月15日(31歳)
身長
体重
178 cm
92 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2004年 KBO二次ドラフト
初出場 KBO/ 2005年4月3日
NPB/ 2014年3月29日
年俸 3億円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 韓国の旗 大韓民国
五輪 2008年
WBC 2006年2009年2013年
オリンピック
男子 野球
2008 野球
吳昇桓
各種表記
ハングル 오승환
発音: オスンファン
ローマ字 Oh, Seung-hwan
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呉 昇桓(オ・スンファン、1982年7月15日 - )は、大韓民国全羅北道井邑市出身のプロ野球選手投手)。右投げ右打ち。日本プロ野球の阪神タイガースに所属している。

来歴[編集]

プロ入リ前[編集]

野球を始めて以来ずっと、投手であったが、高校時代に肘を故障し、一時的に外野手に転向。大学時代は投球回数を制限する形で、抑え投手として登板した。元々将来性はあった選手だったが、大学時代の殆どをトミー・ジョン手術のリハビリで費やしたため、これといった実績を残せなかった。2005年、大学卒業の時の地域優先ドラフトで地元のLGツインズ斗山ベアーズが指名を見送り、2次ドラフトで三星ライオンズの指名を受けて入団した。

三星時代[編集]

三星側も1、2年間はリハビリで使い物にならないことを覚悟した上での指名だった。しかし、入団した時点で、すでに肘は完治していた。また、大学時代は試合にあまり出場しなかったため、肩は消耗しておらず、コンディションが良かった。

2005年、大学時代に実績を残していなかったことで、他のチームはノーマークであった。肘も完治していたため、結果的に1年目から抑えとして活躍。韓国プロ野球史上初となる「10勝、10セーブ、10ホールド」を記録して新人王を獲得した。この年の韓国シリーズでは3セーブを記録し、韓国シリーズMVPにも輝いた。

2006年第1回WBC韓国代表‎に選ばれて、チームの同大会6連勝に貢献した。シーズンでは47セーブを挙げ、中日ドラゴンズ岩瀬仁紀2005年に日本球界で記録した46セーブを抜き、シーズン最多セーブのアジア記録となった。

2007年韓国プロ野球史上最少試合、最少シーズン個人通算100セーブを挙げた。

2008年には韓国プロ野球史上初の3年連続30セーブも達成し、3年連続で最多セーブのタイトルを獲得した。 北京オリンピック野球韓国代表にも選ばれたが、オリンピック本選の前に行われたキューバとの壮行試合で2本の本塁打を浴びるなど、不振を極め、結局オリンピックでの出番は少なく、期待された抑えとしての役割は不完全燃焼で終わった。

2009年第2回WBC韓国代表‎にも選ばれ、準優勝に貢献するが、ひじの故障で抑えの役目は林昌勇が担っていたため、出番は少なかった。 レギュラーシーズンでは史上最速で150セーブを達成したが、投球内容は過去に比べて大きく悪化しただけでなく、故障によりシーズン途中で戦線離脱し、19セーブにとどまり4年連続最多セーブも逃した。しかもシーズン終盤の9月後半、今後のFA取得の日数を稼ぐため1軍で登板できる状態でもないのにもかかわらず1軍登録され、物議をかもした。

2010年はひじの故障に悩まされ、シーズン中に手術を受けたこともあり7月以降公式戦で登板することがなく、プロ入り後最少の4セーブにとどまった。だが10月の韓国シリーズには登板した。

2011年は完全復活を遂げ、2006年に自身が達成した年間セーブ数に並ぶ47セーブを記録し、3年ぶりに最多セーブのタイトルを獲得、チームの公式戦優勝に貢献した。また韓国シリーズでも3セーブを記録し、勝利した4試合で全て最後のマウンドに立ち、自身6年ぶり2度目となる韓国シリーズMVPを受賞し優勝の立役者となった。11月のアジアシリーズでは、日本代表・ソフトバンクとの決勝戦で8回途中から登板し、2点を失ったものの(自責点は0)リードを守りきり、三星の初優勝に貢献した。

2012年7月1日ネクセン戦で金龍洙(キム・ヨンス)の227セーブを抜く、韓国プロ野球新記録となる個人通算228セーブを達成した。同年37セーブで2年連続最多セーブのタイトルを獲得した。

2013年3月第3回WBC韓国代表として3大会連続出場した。第1ラウンド3試合にすべて登板し、チャイニーズタイペイ戦ではセーブを記録したが、韓国代表は第2ラウンド進出に失敗した。一方で、レギュラーシーズンでは三星ライオンズの3連覇に貢献した。

阪神時代[編集]

2013年オフ、契約金2億円、年俸3億円、三星に支払う移籍金5000万円の2年総額8億5000万円で阪神タイガースと契約した[1]。阪神が韓国人選手(在日は除く)を獲得したのは、球団史上初である。背番号はかつて藤川球児が着用していた22となる。 2014年3月29日、対読売ジャイアンツ戦の9回裏から登板し、無失点で日本初セーブを記録。

選手としての特徴[編集]

オーバースローから常時140km/h台後半、最速157km/h伸びのあるストレートと縦に変化する130km/h台中盤から後半のスライダー[2]を武器にして、稀に120km/h台のカーブを混ぜる。

韓国では「石直球」と呼ばれるストレート[2]で空振りを奪い、投球回を上回る奪三振数を記録している。

2012年の調査によると呉昇桓の直球の回転数は1秒間に約47回転で、韓国リーグ平均の約41回転を大きく上回る[3]

冷静沈着な性格で知られており、本塁打性の大飛球を打たれても表情や顔色一つ変わらずに次の打者と対面する。感情を滅多に表に出さないことで相手打者が彼の調子を読み難く、それが彼の抑え投手としての活躍に役に立っている。韓国ではその打たれ強さと顔立ちから「石仏」という愛称で呼ばれている。また、9回に圧倒的な姿を見せ「ラストボス」と呼ばれたりもする。

人物[編集]

コーチ修行で三星に在籍していた落合英二からいろいろアドバイスされた。落合は2010年から2012年まで三星の投手コーチを任されて呉昇桓のウイークポイントの改善に努めた[4]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2005 三星 61 0 0 0 0 10 1 16 11 .909 358 99.0 46 5 20 -- 0 115 -- -- 13 13 1.18 0.67
2006 63 0 0 0 0 4 3 47 0 .571 289 79.1 43 1 12 -- 1 109 -- -- 15 14 1.59 0.71
2007 60 0 0 0 0 4 4 40 0 .500 251 64.1 41 6 17 -- 2 69 -- -- 12 10 1.40 0.93
2008 57 0 0 0 0 1 1 39 0 .500 219 57.2 34 2 15 -- 1 51 -- -- 9 9 1.40 0.87
2009 35 0 0 0 0 2 2 19 0 .500 140 31.2 28 7 17 -- 0 51 -- -- 17 17 4.83 1.42
2010 16 0 0 0 0 0 0 4 0 ---- 60 14.0 13 4 5 -- 0 19 -- -- 7 7 4.50 1.29
2011 54 0 0 0 0 1 0 47 0 1.000 204 57.0 27 2 11 -- 0 76 -- -- 4 4 0.63 0.67
2012 50 0 0 0 0 2 1 37 0 .667 215 55.2 33 1 13 -- 3 81 -- -- 12 12 1.94 0.83
2013 48 0 0 0 0 4 1 28 0 .800 196 51.2 33 4 10 -- 2 54 -- -- 13 10 1.74 0.87
通算:9年 444 0 0 0 0 28 13 277 11 .683 1932 510.1 298 32 120 -- 9 625 -- -- 102 96 1.69 0.84
  • 各年度の赤太字はKBOにおける歴代最高、太字はリーグ最高

タイトル・表彰[編集]

KBO
  • 最多セーブ:5回 (2006年、2007年、2008年、2011年、2012年)
  • 新人王 (2005年)
  • 韓国シリーズMVP:2回 (2005年、2011年)

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 22 (2014年 - )

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]