呉昇桓
| オ・スンファン | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 오승환 |
| 漢字: | 吳昇桓 |
| 発音: | オスンファン |
| ローマ字: | O, Seung-hwan |
| 本人表記: | Oh, Seung Hwan |
| 三星ライオンズ #21 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 全羅北道井邑市 |
| 生年月日 | 1982年7月15日(30歳) |
| 身長 体重 |
178 cm 92 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2004年 KBO二次ドラフト |
| 初出場 | 2005年4月3日 |
| 年俸 | 5億5000万ウォン(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| 五輪 | 2008年 |
| WBC | 2006年、2009年、2013年 |
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この表について
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| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子 野球 | ||
| 金 | 2008 | 野球 |
呉 昇桓(オ・スンファン、1982年7月15日 - )は、大韓民国の全羅北道井邑市出身のプロ野球選手(投手)。右投げ右打ち。韓国プロ野球の三星ライオンズに所属している。
目次 |
来歴・人物 [編集]
大学時代 [編集]
野球を始めて以来ずっと、投手であったが、1999年に肘を故障し、一時的に外野手に転向。2003年は投球回数を制限する形で、抑え投手として登板した。元々将来性はあった選手だったが、大学時代の殆んどを故障した肘のリハビリで費やしたためこれといった実績を残せなかった。2005年、大学卒業の時の地域優先ドラフトで地元のLGツインズや斗山ベアーズが指名を見送り、2次ドラフトで三星ライオンズの指名を受けて入団。
プロ入り [編集]
三星側も1、2年間はリハビリで使い物にならないことを覚悟した上での指名だった。しかし、入団した時点で、すでに肘は完治していた。また、大学時代は試合にあまり出場しなかっため、肩は消耗しておらず、コンディションが良かった。
大学時代に実績を残していなかったことで、他のチームはノーマークであり、肘も完治していたため、結果的に1年目から抑えとして活躍。この年の韓国シリーズでは3セーブを記録し、MVPにも輝いた。翌2006年は47セーブを挙げ、中日ドラゴンズの岩瀬仁紀が2005年に日本球界で記録した46セーブを抜き、シーズン最多セーブのアジア記録となった。
2006 ワールド・ベースボール・クラシック韓国代表にも選ばれている。2次リーグの日本戦では、9回1死から具臺晟のあとを受けリリーフ登板し、新井貴浩、多村仁を連続三振にしとめ、チームの同大会6連勝に貢献した。しかし、同年ドーハで行われたアジア大会では、アマチュア選手のみで編成された日本代表のメンバーで、当時日本大学の学生だった長野久義にサヨナラ3ランを被弾した。
2007年、韓国プロ野球史上最少試合、最少シーズン個人通算100セーブを挙げた。[1]また、2008年には韓国プロ野球史上初の3年連続30セーブも達成し、3年連続で最多セーブのタイトルを獲得した。
2008年の北京オリンピックにも韓国代表として選ばれたが、オリンピック本選の前に行われたキューバとの壮行試合で2本の本塁打を浴びるなど、不振を極め、結局オリンピックでの出番は少なく、期待された抑えとしての役割は不完全燃焼で終わった。また、2009年の2009 ワールド・ベースボール・クラシック韓国代表にも選ばれ、準優勝に貢献するが、抑えの役目は林昌勇が担っていたため、出番は少なかった。
2009年には史上最速での150セーブを達成したが、投球内容は過去に比べて大きく悪化しただけでなく、故障によりシーズン途中で戦線離脱し、19セーブにとどまり4年連続最多セーブも逃した。しかもシーズン終盤の9月後半、今後のFA取得の日数を稼ぐため1軍で登板できる状態でもないのにもかかわらず1軍登録され、物議をかもした。
2010年はひじの故障に悩まされ、シーズン中に手術を受けたこともあり7月以降公式戦で登板することがなく、プロ入り後最少の4セーブにとどまった。だが10月の韓国シリーズには登板した。
2011年は完全復活を遂げ、2006年に自身が達成した年間セーブ数に並ぶ47セーブを記録し、3年ぶりに最多セーブのタイトルを獲得、チームの公式戦優勝に貢献した。また韓国シリーズでも3セーブを記録し、勝利した4試合で全て最後のマウンドに立ち、自身6年ぶり2度目となる韓国シリーズMVPを受賞し優勝の立役者となった。11月のアジアシリーズ2011では、日本代表・ソフトバンクとの決勝戦で8回途中から登板し、2点を失ったもののリードを守りきり、三星の初優勝に貢献した。
2012年7月1日、ネクセン戦で金龍洙の227セーブを抜く、韓国プロ野球新記録の個人通算228セーブを達成した。同年37セーブで2年連続最多セーブのタイトルを獲得した。
2013年3月、第3回WBCの韓国代表として3大会連続出場した。第1ラウンド3試合にすべて登板し、台湾戦ではセーブを記録したが、韓国代表は第2ラウンド進出に失敗した。
投球スタイル・エピソード [編集]
- オーバースローから平均149.3km/h(2012年シーズン)、最速156km/h伸びのあるストレートと縦に変化するスライダーやカーブを武器し、スピンの効いたストレートで空振りを奪い、投球回を上回る奪三振数を記録している。
- 冷静沈着な性格で知られており、本塁打性の大飛球を打たれても表情や顔色一つ変わらずに次の打者と対面、感情を滅多に表に出さないことで相手打者が彼の調子を読み難く、それが彼の抑え投手としての活躍に役に立っている。現地ではその打たれ強さと顔立ちから、スポーツ紙では「ドルブチョ(돌부처: 石仏の意味)」、インターネットの掲示板では「クッパンデザン(끝판대장: ラストボス)」などと呼ばれている。
- コーチ修行で三星に在籍していた落合英二から「お前には10はない。徹底的に9にこだわれ。だからそれも9回で終わりなさい」とアドバイスされたことがある。なお、落合は2010年から2012年までは三星の投手コーチをつとめた。
詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]
| 年 度 |
チ | ム |
試 合 |
勝 利 |
敗 戦 |
防 御 率 |
セ | ブ |
ホ | ル ド |
投 球 回 数 |
被 安 打 |
失 点 |
自 責 点 |
被 本 塁 打 |
四 死 球 |
奪 三 振 |
奪 三 振 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | 三 星 |
61 | 10 | 1 | 1.18 | 16 | 11 | 99.0 | 46 | 13 | 13 | 5 | 20 | 115 | 10.45 | 0.67 |
| 2006 | 63 | 4 | 3 | 1.59 | 47 | 0 | 79.1 | 43 | 15 | 14 | 1 | 13 | 109 | 12.40 | 0.71 | |
| 2007 | 60 | 4 | 4 | 1.40 | 40 | 0 | 64.1 | 41 | 12 | 10 | 6 | 19 | 69 | 9.69 | 0.93 | |
| 2008 | 57 | 1 | 1 | 1.40 | 39 | 0 | 57.2 | 34 | 9 | 9 | 2 | 16 | 51 | 8.02 | 0.87 | |
| 2009 | 35 | 2 | 2 | 4.83 | 19 | 0 | 31.2 | 28 | 17 | 17 | 7 | 17 | 51 | 14.49 | 1.42 | |
| 2010 | 16 | 0 | 0 | 4.50 | 4 | 0 | 14.0 | 13 | 7 | 7 | 4 | 5 | 19 | 12.21 | 1.29 | |
| 2011 | 54 | 1 | 0 | 0.63 | 47 | 0 | 57.0 | 27 | 4 | 4 | 2 | 11 | 76 | 12.00 | 0.67 | |
| 2012 | 50 | 2 | 1 | 1.94 | 37 | 0 | 55.2 | 33 | 12 | 12 | 1 | 16 | 81 | 13.10 | 0.88 | |
| 通 算 | 396 | 24 | 12 | 1.69 | 249 | 11 | 458.2 | 265 | 89 | 86 | 28 | 117 | 571 | 11.20 | 0.83 | |
- 2012年シーズン終了時
- 各年度の赤太字はKBOにおける歴代最高、太字はリーグ最高
獲得タイトル・受賞経歴 [編集]
- 新人王(2005)
- 最多セーブ(2006、2007、2008、2011)
- 韓国シリーズMVP(2005、2011)
外部リンク [編集]
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