ひつまぶし
| 主な地域 | 名古屋市周辺 三重県津市周辺 |
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| 発案時期 | 1887年頃 |
| 発案店(発案者) | あつた蓬莱軒 いば昇 |
ひつまぶし(櫃まぶし[1])とは、あつた蓬莱軒の登録商標(登録番号:第1996631号)であり、またウナギの蒲焼を用いた日本の料理である。名古屋市近辺で多く食べられており[要出典]郷土料理・名古屋めしとなっている。
ウナギの蒲焼を細かく刻んでご飯に混ぜて食べる料理であるが、同様の料理は、あつた蓬莱軒以外でも食べられている。
目次 |
[編集] 概要
- 調理
ウナギの蒲焼を細かく刻み、飯を混ぜ合わせる。
蒲焼は関西風の作り方で蒸さずにそのまま焼き上げられるため、よく焦げた皮は香ばしく脂がのっている。店によっては、鰻の身の下に錦糸玉子を敷き詰めるなどの工夫も見られる。
- 提供方法
小ぶりなおひつに入れた飯に乗せて出される。明治の中頃、ウナギの蒲焼の出前が多く、大勢で取り分けられるように細かく切って出したのが始まりで、さらに、運ぶ際に食器が割れないようにおひつを用いてご飯にウナギをまぶして出した。ひつまぶしがおひつに入っているのは当初、他の鰻専門店と同じように1人前ずつ瀬戸物のお椀に盛られていたが、配達した後に回収した店の若い衆が御椀を割ることが頻繁にあったため、多少乱暴に扱っても割れず、かつ複数人分をいっぺんに用意できる容器にするためであったとされている[要出典]。ウナギが刻まれているのは御櫃から取り分ける際に鰻の量を均等に分けて盛り付けるようにすることが目的であったとも、戦後の食糧難の時期にウナギの有効活用を図ったためであったともされる。
- 名称
関西で鰻飯を意味する「まむし」という語からひつまむしとも呼ばれており、名古屋では両方の呼び名が通用する
- 語源
諸説あり、定かではない。
- 上記の提供方法がひつまぶしという名前の由来とする説。
- 「まぶし」は散りばめる意味の「まぶす」からとする見方が大勢だが、一方でこの「まむし」の転訛とする説[2]。
- 発祥
諸説あり、定かではない。
- この食べ方は、明治時代に名古屋市内で始まったとする説がある[要出典]。発祥となった店は熱田区の「あつた蓬莱軒」とも、中区の「いば昇」とも言われている。
- メディアにより大阪・三重津市が発祥との説も紹介されている。[要出典]
- 細かく刻んだ鰻は浜松(静岡)・津(三重)方面では養殖のなかった時代からあるとされる。天然の鰻には質にバラつきがあるため小さい鰻は柔らかくなく鰻丼として客に出せるものではなかったため、細かく刻んで大きな櫃に入れてかき混ぜ『賄い料理』としてお茶づけなどで食べていた。このスタイルが確立した時期は定かではない。
[編集] 食べ方
ご飯の上に刻んだ鰻が載ったまま出されるので、これをしゃもじで"十"の形に切分ける。その後、以下の3種類の食べ方を順番に行う。
- 最初はこれをそのまま茶碗に一杯取り、そのまま食べる。
- 次はおかわりの様に2杯目を取り、薬味(わさび・のり・みつば等)をのせて食べる。薬味は葱・山葵(わさび)・海苔が基本で、ウナギによく合う3種である。これらの味の変化を楽しみながら味わう。
- 3杯目は2杯目の様にしたものにお茶(煎茶)もしくはだし汁(店単位で異なる)をかけ、さっぱりとお茶漬けのように食べる。この食べ方は、質の落ちた鰻をおいしく食べるために考案されたと言われている。
- 最後は1~3のうち最も気に入った食べ方で食べる。[要出典]
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[編集] 商標
「ひつまぶし」は、あつた蓬莱軒の登録商標(登録番号:第1996631号)である。