林泰勳
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| 斗山ベアーズ #51 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | ソウル特別市 |
| 生年月日 | 1988年9月28日(24歳) |
| 身長 体重 |
185 cm 83 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| 初出場 | 2007年4月11日 |
| 年俸 | 9000万ウォン(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
ソウル高校‐斗山ベアーズ(2007 - )
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| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| WBC | 2009年 |
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この表について
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林 泰勳(イム・テフン、1988年9月28日 - )は、韓国出身のプロ野球選手。 斗山ベアーズ所属の投手。
目次 |
経歴 [編集]
ソウル高校卒業後、斗山ベアーズに入団し、2007年に高卒ルーキーながら主にロングリリーフで64試合に登板、7勝をあげ最優秀新人を受賞した。その後も活躍を続け斗山のリリーフ陣に欠かせない存在である。
2008年北京五輪野球韓国代表の最終エントリーに残ったが、大会直前のキューバとの練習試合で不安定な姿を見せるなど状態が悪いと判断され、尹錫珉に交代となり、五輪には出場できなかった。
2009年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、大会開幕前の強化試合で不安定な姿を見せた黄斗聖に代わり、急遽韓国代表に合流した。1次ラウンドの緒戦の台湾戦では9-0と大量リードを奪ったあとの4番手として登板するなど、大会を通して目立った場面での起用はなかった。シーズンはリリーフだけでチーム最多タイの11勝を記録した。
2010年はチーム事情によりリリーフから先発に転向し、9勝をあげた。当初広州アジア大会の韓国代表には選ばれていなかったが、プレーオフでの好投が目に留まり、顔面麻痺などで入院し出場を辞退した金廣鉉の代役として出場することになった。大会では香港戦のみの登板だったが、韓国代表の優勝により兵役免除の恩恵を受けることができた。
2011年5月下旬、連続リリーフ失敗や私生活でのスキャンダルが原因で2軍へ降格した。同年9月に1軍へ復帰した。2012年は当初先発で起用されたが結果を残せず、不振が続いた。
詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
勝 利 |
敗 戦 |
ホ | ル ド |
セ | ブ |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
奪 三 振 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 斗 山 |
64 | 7 | 3 | 20 | 1 | 101.1 | 77 | 2 | 36 | 5 | 93 | 28 | 27 | 2.40 | 8.26 | 1.12 |
| 2008 | 57 | 6 | 5 | 14 | 6 | 87.0 | 69 | 6 | 28 | 0 | 83 | 34 | 33 | 3.41 | 8.59 | 1.11 | |
| 2009 | 58 | 11 | 5 | 13 | 4 | 88.1 | 67 | 3 | 24 | 3 | 85 | 30 | 30 | 3.06 | 8.66 | 1.03 | |
| 2010 | 36 | 9 | 11 | 1 | 1 | 130.2 | 152 | 27 | 47 | 12 | 103 | 83 | 77 | 5.30 | 7.09 | 1.52 | |
| 2011 | 19 | 1 | 1 | 0 | 7 | 19.0 | 16 | 3 | 7 | 1 | 13 | 8 | 8 | 3.79 | 6.16 | 1.21 | |
| 2012 | 22 | 4 | 4 | 0 | 3 | 50.1 | 53 | 5 | 36 | 1 | 33 | 30 | 26 | 4.65 | 5.90 | 1.77 | |
| 通 算 | 256 | 38 | 29 | 19 | 51 | 476.2 | 416 | 46 | 178 | 22 | 410 | 213 | 201 | 3.80 | 7.74 | 1.25 | |
- 年度別の太字はリーグ最多
タイトル・受賞経歴 [編集]
- 最優秀新人(2007年)
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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