秋信守

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秋 信守 (チュ・シンス)
Shin-Soo Choo
テキサス・レンジャーズ #17
Choo Shin-Soo in Texas Rangers.jpg
テキサス・レンジャーズ時代
基本情報
国籍 韓国の旗 韓国
出身地 釜山広域市
生年月日 1982年7月13日(32歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2000年
初出場 MLB / 2005年4月21日
年俸 $18,571,000(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 韓国の旗 大韓民国
WBC 2009年
秋信守
各種表記
ハングル 추신수
発音: チュ・シンス
ローマ字 Choo Shin-Soo
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秋 信守(チュ・シンス、1982年7月13日 - )は、大韓民国釜山広域市出身の外野手MLBテキサス・レンジャーズに所属している。

略歴[編集]

渡米前[編集]

韓国釜山広域市で生まれる。韓国プロ野球ロッテ・ジャイアンツの正二塁手として活躍していた舅父の朴正泰の影響で幼少時から野球に親しみ、7歳から野球を始める[1]。少年時代の憧れの選手はケン・グリフィー・ジュニアであった。釜山高等学校ではエース兼4番打者として活躍し、高校通算打率.396、OPS1.385を記録[2]して韓国野球史上最高の有望株として注目された。高校時代に秋は、ずば抜けた活躍をしていて同級生達から「野球の神様」と呼ばれていた[3][4]。韓国代表にも選ばれ、2000年の世界青少年大会では投手として18回を投げ、32奪三振、防御率2.50の好成績で大会MVPを獲得(最優秀投手とベストナインにも選ばれた)[5]。高校卒業後、ロッテ・ジャイアンツからドラフト1位で指名されるが、入団を拒否して米国でプロを目指す道を選ぶ。渡米を決断した理由として「もっと大きな国で、もっとすごい選手の中でプレーすることを夢見ていた」と語っている[6]

シアトル・マリナーズ時代[編集]

2000年シアトル・マリナーズと契約した。渡米後は打者に転向し、4年間をマイナーリーグで過ごす。

2005年に初めてメジャーリーグに昇格した。この時期は主に守備固めや代走での出場が多かった。

2006年半ばに再度メジャー昇格。初打席でシーズン初安打を打ったが、以降は15打数1安打と低迷した。7月27日ベン・ブルサードとの交換トレードクリーブランド・インディアンスに移籍した。

クリーブランド・インディアンス時代[編集]

移籍した2日後のマリナーズ戦でフェリックス・ヘルナンデスからメジャー初本塁打を放った。インディアンスでは打率.297、3本塁打、22打点で可能性を見せた。

2007年は序盤メジャーに昇格したが、同じ左打ちの外野手でベテラン組のトロット・ニクソンデビッド・デルーチがいたことと、クリフ・リーDLから復帰したことに伴い、マイナーリーグに再降格。以降、メジャーに再昇格することなく、7試合の出場でシーズンを終えた。9月に肘の靱帯を損傷し、トミー・ジョン手術を受けた。

2008年はリハビリで15日DLに掲載されたまま、シーズンを迎えた。6月にメジャーに復帰し、打率.309、14本塁打、66打点の好成績を残して、9月にはア・リーグ月間MVPにも選ばれる。守備は左翼手指名打者などで併用されるようになった。打撃の好調で起用の機会は多くなった。

インディアンス時代の秋信守(2012年)

2009年第2回WBC韓国代表に唯一の韓国人メジャーリーガーとして選出。大会直前に古傷の肘を痛めたため、インディアンスから指名打者以外での出場を禁じられ、2次ラウンドまでは指名打者として出場した。大会通じて打率.188と打撃不振に陥ったが[7]、準決勝のベネズエラ戦と決勝の日本戦では二試合連続本塁打を放つなど、要所で活躍した。レギュラーシーズンでは開幕から右翼手として出場。打率.300、 20本塁打 86打点を記録して、インディアンス打線の主軸に定着した。盗塁も21個を記録し、球団史上8人目となる「シーズン20本塁打&20盗塁」を達成した。ほかにも出塁率はリーグ8位、RC27はリーグ7位を記録するなど、飛躍の年となった。

2010年は7月に指を痛めて故障者リスト入りも経験したが、最終的には2年連続「打率.300、20本塁打&20盗塁」を達成した。出塁率はリーグ4位、RC27はリーグ5位を記録して、ほぼ全ての打撃指標でチームトップの成績を残した。また、DRSにおいて右翼手ではジェイ・ブルース(+17)、イチロー(+12)に次いでMLB3位となる+11を記録、UZRも+2.9で、レギュラー獲得後、初めて+を記録した。[8]

2011年はメジャー登録日数が3年分を超えたことで年俸調停の資格を得た。それでインディアンスから5年4500万ドルの長期契約を提示されるが、秋の代理人スコット・ボラスはFAを視野に入れて、長期契約を拒否した[9]。結局1月18日に年俸397万5000ドルでインディアンスと単年契約を結ぶ[10]

5月2日未明にはクリーブランドから40キロ離れたオハイオ州シェフィールドレークで飲酒運転していたところを巡回中の警察官に発見され、675ドルの罰金を支払うようになった[11]。地元警察は事件の一部始終を撮影したビデオをマスコミ向けに配布し、広く報道された。ビデオの中には秋信守が警察官に「どうか見逃してほしい。韓国に知られると人生は終りだ。もう二度とここには戻れない」などと発言している部分も含まれており、韓国で批判された。11月に韓国の「ヒーリングキャンプ」という芸能番組に出演し、飲酒運転事件について秋は「恥ずかしくて野球をやめようと思った。自分が犯した過ちを深く反省している。国民の皆様に本当に申し訳ない」と発言した[12]

一方で、レギュラーシーズンでは6月の終わりに死球を左手親指に受けて骨折し、故障者リスト入りする。手術後に復帰するものの、脇腹の怪我をして故障者リストに入ったままシーズンを終えた。

2012年は怪我の不安を払拭して155試合に出場。一定の成績を残したものの、対左でOPS.604と弱点を晒すこととなった。さらに守備指標はUZR-17をはじめ、プラスマイナスシステム守備防御点などではマイナスを記録した。翌年FAとなるため、球団は彼のトレードを画策するようになった。

シンシナティ・レッズ時代[編集]

2012年オフの12月11日アリゾナ・ダイヤモンドバックスも含めた合計9選手が動く三角トレードにおいて、シンシナティ・レッズへ移籍した[13]

2013年は自身3回目となる「20本塁打&20盗塁」を記録したほか、ナ・リーグ2位となる出塁率.423を記録、四球は112個を数えた。レッズは3番のジョーイ・ボットも135四球を選んでおり、100四球コンビとなった。最終的に「20本塁打、20盗塁、100四球、100得点、300出塁」を1シーズンで達成したメジャー史上7人目の選手となった[14]。ほかにもRC27は4位、wRC+5位、wOBA7位を記録して、すべてのセイバーメトリクス打撃指標で上位の成績を残した。しかしセンターにコンバートされて臨んだ守備ではワースト1位となるUZR-16.9、DRS-17を記録した。

2013年10月31日に、フリーエージェントとなった。

テキサス・レンジャーズ時代[編集]

2013年12月21日に7年総額1億3000万ドルでテキサス・レンジャーズと契約したことを報道され[15]、12月27日に球団が発表した[16]。背番号は同年まで付けていた「17」となった。

2014年は6月から不振に陥り、シーズンWAR0.2と低迷した。9月に肘と足首の手術を受けた。

選手としての特徴[編集]

抜群の選球眼で四球を選び、キャリア通算の出塁率打率に比べて非常に高い。2013年メジャーリーグ30球団の監督を対象にした部門別最高選手アンケート調査では、ナショナルリーグ選球眼部門3位に入った[17]。また20本塁打前後を記録するパンチ力に加え、20盗塁前後も同時に期待できるスピードも併せ持つなど、リードオフマンに適した外野手である。

例年±1程度のARMを記録しており、メジャーリーグで平均的な肩を持つ。2013年終了時の通算ARMは8.5であり、年平均で+0.94程を記録していたことになる[18]

守備を苦手としており、主要な守備指標であるUZRでは通算-29.6を記録している(2014年終了時)。そのため、米スポイル紙は守備に難点があることを指摘しており[19]、過大評価を受けているという声もある[20]

マイナー時代には1シーズン40盗塁を記録するなど、俊足で走塁技術も持ち合わせる。2011年には「スポーツ・イラストレイテッド」誌が秋を「メジャーリーグに3、4人しかいない5ツールプレーヤーの1人」であると評価した[21]。また、米国唯一の全国日刊紙であるUSA TODAYは2010年に秋信守を特集する記事の中でアクタ監督の「彼は正真正銘の5ツールプレイヤーである」というコメントを引用し、「クリーブランド・インディアンスでもっとも生産的な打者」と秋を称えている[22]

タンパベイ・レイズジョー・マドン監督は秋について「肩が強い、足も速い、打撃面ではパワーもあって良い打者、リーグで過小評価されている選手の一人だ」と語った[23]

人物[編集]

妻とは2004年のオフに韓国で知り合い、数ヶ月の交際でスピード結婚した。息子は3人いる[24]

高校卒業後、単身渡米した直後は米国のスタイルに馴染むことが出来ず、言葉の壁もあって「とてもつらかった」と回想している[25]。特にマイナーリーグ時代は貧乏な生活と寂しさで何度も涙を流したという[26] 。しかしプレーを楽しむアメリカ人の姿勢に影響され、乗り越えることが出来たと語っている[6]

秋は、「マイナーリーグの生活がどんなにつらいのかよく知っているため、もう韓国の野球有望株たちは韓国プロ野球から経験を積んでメジャーリーグ進出を狙ってほしい」と語った[27]

渡米後は通訳を一切付けず、チームメイトとの会話などで英会話を覚えていった。現在は野球に関する英会話はほとんど理解できているという[6]

秋信守と李大浩(イ・デホ)は幼なじみである。李大浩は秋信守に勧められて野球を始めた[28]。高校時代に秋は釜山高校のエース兼4番打者であり、李は慶南高校のエース兼4番打者だったため、二人は友達でありながらライバルだった。高校3年間の二人の対決は2勝2敗2引き分けに終わった[29]。李大浩は秋信守について「他の選手とはレベルが全然違って野球の神様だと思った。小学生の時から秋信守はすごい選手で俺の英雄だった」とコメント[30]

故郷の釜山に対する愛着が強く、韓国・ロッテ・ジャイアンツの熱狂的なファンである[31]。秋信守は「メジャーリーグ引退後は釜山に住みたい。なぜなら思う存分ロッテ・ジャイアンツを応援したいから」と語った[32]

母国での人気が高く、2013年ギャラップ調査では「韓国人が好きな野球選手」2位に選ばれた[33]。(1位は柳賢振

兵役問題解決[編集]

2010年シーズン終了時点で兵役免除を手にしていなかったため、このまま30歳までに兵役免除の認定を受けない場合は訴追されることになっていた[34]。秋が兵役の現役服務を免れるためには2010年広州アジア大会に参加し、金メダルを獲得することが最後のチャンスとなっていた。2010年11月、秋はこの広州アジア大会に韓国代表として出場し、5試合で打率.571、OPS 2.096、3本塁打、11打点、2盗塁の好成績を残した[35]。そして韓国チームの金メダル獲得で、兵役免除の恩恵を受けた[36]。兵役問題を解決して持続的なメジャーリーグの活動もできるようになった。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2005 SEA 10 21 18 1 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 3 0 0 4 0 .056 .190 .056 .246
2006 4 12 11 0 1 1 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 1 4 1 .091 .167 .182 .348
CLE 45 167 146 23 43 11 3 3 69 22 5 3 1 1 18 2 1 46 2 .295 .373 .473 .846
'06計 49 179 157 23 44 12 3 3 71 22 5 3 1 1 18 2 2 50 3 .280 .360 .452 .812
2007 6 20 17 5 5 0 0 0 5 5 0 1 0 1 2 1 0 5 0 .294 .350 .294 .644
2008 94 370 317 68 98 28 3 14 174 66 4 3 0 4 44 4 5 78 5 .309 .397 .549 .946
2009 156 685 583 87 175 38 6 20 285 86 21 2 0 7 78 5 17 151 9 .300 .394 .489 .883
2010 144 646 550 81 165 31 2 22 266 90 22 7 0 2 83 11 11 118 11 .300 .401 .484 .885
2011 85 358 313 37 81 11 3 8 122 36 12 5 0 3 36 3 6 78 7 .259 .344 .390 .734
2012 155 686 598 88 169 43 2 16 264 67 21 7 0 1 73 0 14 150 10 .283 .373 .441 .815
2013 CIN 154 712 569 107 162 34 2 21 263 54 20 11 3 2 112 5 26 133 3 .285 .423 .462 .885
2014 TEX 123 529 455 58 110 19 1 13 170 40 3 4 0 4 58 3 12 131 9 .242 .340 .374 .714
通算:10年 976 4206 3577 555 1010 216 22 117 1621 467 108 43 4 25 507 34 93 898 57 .282 .383 .453 .836
  • 太字はリーグ最高

表彰[編集]

背番号[編集]

  • 54 (2005年 - 2006年7月)
  • 17 (2006年7月 - )

脚注[編集]

  1. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbo&ctg=news&mod=read&office_id=076&article_id=0002057928 スポーツ朝鮮
  2. ^ http://www.hsbaseball.kr 韓国高校野球ホームページ
  3. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbo&ctg=news&mod=read&office_id=073&article_id=0000036027 スポーツソウル 2006年8月11日
  4. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=mlb&ctg=news&mod=read&office_id=425&article_id=0000010863 マニアレポート2013年12月24日閲覧
  5. ^ http://magazine.joins.com/monthly/article_view.asp?aid=299336 月刊中央2013.10.17
  6. ^ a b c 谷口輝世子 「シンス・チュー[インディアンス #17] アジア最強打者への道」 『月刊スラッガー』2009年7月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-7、40-42頁。
  7. ^ 韓国・秋信守DH限定出場…左ひじ痛もインディアンス東京ラウンド許可” (日本語). スポーツ報知. 2009年5月31日閲覧。
  8. ^ [1]
  9. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=mlb&ctg=news&mod=read&office_id=018&article_id=0002377198
  10. ^ Jordan Bastian(2011-1-18), Indians ink Choo, both Perez relievers for '11, MLB.com(英語), 2011年1月29日閲覧
  11. ^ 飲酒運転の秋信守、675ドルの罰金支払う。 ソウル新聞 2011年7月23日
  12. ^ http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=106&oid=015&aid=0002583898 naver news
  13. ^ Reds Acquire Shin-Soo Choo In Three-Team Deal MLBtradeRumors.com
  14. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=mlb&ctg=news&mod=read&office_id=224&article_id=0000003031 naver news
  15. ^ Rangers land OF Shin-Soo Choo ESPN Dallas/Fort worth 2013年12月21日
  16. ^ “Rangers sign OF Shin-Soo Choo to seven-year contract through 2020”. MLB.com Rangers Press Release. (2013年12月27日). http://texas.rangers.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20131227&content_id=66214036&vkey=pr_tex&c_id=tex 2013年12月28日閲覧。 
  17. ^ http://japanese.joins.com/article/802/174802.html 中央日報 2013年08月07日
  18. ^ [2]
  19. ^ [3]
  20. ^ [4]
  21. ^ <大リーグ>米スポーツ誌、秋信守を「5ツールプレーヤー」に選定, 中央日報日本語版, 2011年4月28日閲覧
  22. ^ Indians foresee a big future with outfielder Shin-Soo Choo、USATODAY.com、2010年4月27日配信。
  23. ^ Big league Choo: Korean on the rise(英語) MLB.COM 2009年6月26日閲覧
  24. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=mlb&ctg=news&mod=read&office_id=144&article_id=0000227241 スポーツ傾向
  25. ^ http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=106&oid=213&aid=0000020841 mbcスペシャル放送
  26. ^ http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=106&oid=009&aid=0002181467 mbcスペシャル放送
  27. ^ 2010年11月21日 MBC SPORTS NEWS インタビュー
  28. ^ 李大浩・秋信守…日米で小学同窓生が大活躍 中央日報2013年4月26日
  29. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=sports_general&ctg=news&mod=read&office_id=001&article_id=0005369608 naver news
  30. ^ 2010年11月21日 MBC SPORTS NEWS インタービュー
  31. ^ http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=106&oid=213&aid=0000066845 naver news
  32. ^ 2010年11月21日MBC SPORTS NEWS インタビュー
  33. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=sports_general&ctg=news&mod=read&office_id=025&article_id=0002284923 中央日報 2013年9月4日
  34. ^ Choo's big league path faces obstacles(英語)
  35. ^ http://www.cleveland.com/tribe/index.ssf/2010/11/shin-soo_choo_south_korea_win.html www.cleveland.com 、November 19.2010
  36. ^ http://sports.espn.go.com/mlb/news/story?id=5825616 espn November 19. 2010

関連項目[編集]

外部リンク[編集]