秋信守
| シンシナティ・レッズ #17 | |
|---|---|
2009年8月30日
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1982年7月13日(30歳) |
| 身長 体重 |
5' 11" =約180.3 cm 205 lb =約93 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 右翼手、左翼手 |
| プロ入り | 2000年 |
| 初出場 | MLB / 2005年4月21日 |
| 年俸 | $4,900,000(2012年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| WBC | 2009年 |
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この表について
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| チュ・シンス | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 추신수 |
| 漢字: | 秋信守 |
| 発音: | チュ・シンス |
| ローマ字: | Choo Shin-Soo |
秋 信守(チュ・シンス、1982年7月13日 - )は、シンシナティ・レッズ所属のプロ野球選手(外野手)。大韓民国釜山広域市出身。左投左打。代理人はスコット・ボラス。現在は、MLBのシンシナティ・レッズに所属。
目次 |
略歴 [編集]
渡米前 [編集]
韓国釜山広域市に生まれる。韓国プロ野球ロッテ・ジャイアンツの正二塁手として活躍していた舅父の朴正泰の影響で幼少時から野球に親しみ、7歳から野球を始める。少年時代の憧れの選手はケン・グリフィー・ジュニアであった。釜山高等学校では投手として活躍し、韓国代表として国際大会にも出場し、2000年の世界青少年大会でMVPを獲得。高校卒業後、ロッテ・ジャイアンツからドラフト1位で指名されるが、入団を拒否して米国でプロを目指す道を選ぶ。渡米を決断した理由として「もっと大きな国で、もっとすごい選手の中でプレーすることを夢見ていた」と語っている[2]。
シアトル・マリナーズ時代 [編集]
2000年にシアトル・マリナーズに入団。渡米後は打者に転向し、4年間をマイナーリーグで過ごす。2005年に初めてメジャーリーグに昇格した。この時は主に代守備や代走での出場が多かった。
2006年半ばに再度メジャー昇格し中堅手を守る。初打席でメジャー初安打を打ったが、以降は15打数1安打と低迷。守備でもイチローとの連携を邪魔するなどチグハグさを見せた。7月27日にベン・ブルサードとの交換トレードでクリーブランド・インディアンスに移籍した。トレードされた後、「イチローは非常に利己的だった」と怒りを爆発させた[3]。
クリーブランド・インディアンス時代 [編集]
移籍した2日後のマリナーズ戦でフェリックス・ヘルナンデスからメジャー初本塁打を放った。インディアンスでは打率.297、3本塁打、22打点で可能性を見せ、出場機会も増えた。
2007年は序盤メジャーに昇格したが、同じ左打ちの外野手でベテラン組のトロット・ニクソンとデビッド・デルーチがいたため、クリフ・リーがDLから復帰したことに伴い再降格。メジャーに再昇格することなく7試合の出場でシーズンを終えた。9月にはトミー・ジョン手術を受けた。
2008年はリハビリで15日DLに掲載されたままで迎えた。6月にメジャーに復帰し、シーズン中盤以降は相手先発が右投手の場合主に3番打者として出場し打率.309、14本塁打、66打点の好成績を記録した。大幅に体重増を遂げたためもあり、元から不安のあった守備は左翼手、指名打者などで併用されるようになった。9月のア・リーグ月間MVPに選ばれたこともあり、韓国メディアからは「アジア人最高の打者」と評された[4]。本人は飛躍の理由について、自信が付いたことが大きいと述べている。チームメイトのグレイディ・サイズモアやクリフ・リーから、対左投手の攻略法を教わったことで、それまでは苦手にしていた対左投手も克服した[2]。
2009年は第2回WBC韓国代表に唯一の韓国人メジャーリーガーとして選出。「自分はイチローより力があり、チャンスに強い。 何かを見せたい」と意気込んでいた[3]。大会直前に古傷の肘を痛めたため、2次ラウンドまではインディアンスから指名打者以外での出場を禁じられ、大会通じて打率.188と打撃不振に陥った[5]。しかし決勝ラウンドでは、準決勝でカルロス・シルバから、決勝で岩隈久志から二試合連続本塁打を放つなど、要所で活躍した[6][7]。
レギュラーシーズンでは開幕から外野手のレギュラーに定着。チームが故障者・主力選手の放出等の影響で成績を落とす中、シーズンを通して安定した成績を残し、インディアンス打線の主軸に定着。自身初、韓国人メジャーリーガーとしても初の規定打席に到達した。7月3日のオークランド・アスレチックス戦では自己最高となる1試合7打点を記録。また、10月3日のボストン・レッドソックス戦でポール・バードから20号本塁打を放ち、アジア人選手史上初・球団史上8人目となる「シーズン20本塁打&20盗塁」を達成する等、飛躍の年となった[8]。出塁率はリーグ8位、RC27はリーグ7位。また、出場試合数、安打、本塁打、打点、盗塁などでも韓国人最多を更新した。こういった成績の一方で「勝負強さ」を判定するClutch指標では-0.56とア・リーグの規定打席到達打者76人中51位。リーグでも中位程度の攻撃力を持つチーム[9]で中軸を担い、かつほぼフル出場している割には打点が少なかった。チームにおける打撃成績では打点・ホームラン・盗塁数・出塁率・長打率など、打率を除いたほぼすべてで秋が1位であったにもかかわらず、ファン投票によってリーグ最優秀打者を選出するハンク・アーロン賞の候補にノミネートされたインディアンス選手は秋ではなくメジャー3年目、定着初年に過ぎないアズドルバル・カブレラだった[10]。自身も打点の少なさを弱点として感じていたという[11]。
2010年は7月に指を痛めて故障者リスト入りも経験したが、最終的には2年連続で「打率3割、20本塁打、20盗塁」を達成。チーム得点がア・リーグ14球団中12位に低迷する打線の中で孤軍奮闘した形となり、三塁打を除くほぼ全ての主要打撃指標でチームトップの数字を残した[12]。出塁率はリーグ4位、RC27はリーグ5位だった。前年は振るわなかったClutch指標もア・リーグの規定打席到達者69人中15位の+0.61と改善し[13]、ハンク・アーロン賞の候補にも選ばれた[14]。また、DRSにおいて右翼手ではジェイ・ブルース(+17)、イチロー(+12)に次いでMLB3位となる+11を記録し、UZRも+2.9とレギュラー獲得後初めて+に転じたものの、プラスマイナスシステムではマイナスを記録した。[15]。一方で、シルバースラッガー賞、ゴールドグラブ賞など主要アワードの受賞は逃した。オフには中国・広州で行われたアジア大会に韓国代表として出場し、金メダルを獲得して兵役免除となった。
2011年はメジャー登録日数が3年分を超えたことで年俸調停の資格を得て、1月18日に年俸397万5000ドルでインディアンスと単年契約を結ぶ[16]。しかし4月は月間打率.250と不調に陥り、5月2日未明にはクリーブランドから西に30-40キロ離れたオハイオ州シェフィールドレークで蛇行運転していたところを巡回中の警察官に発見され、飲酒運転の現行犯で逮捕される。血中アルコール濃度はオハイオ州の法的許容値である0.080%を3倍近く上回る0.201%と泥酔状態だった。地元警察は事件の一部始終を撮影したビデオをマスコミ向けに配布し、広く報道された。ビデオの中には、手錠をかけられた後、秋信守が警察官に「どうか見逃してほしい」「韓国に戻ったら人生は終りだ。もう二度とここには戻れない」「あなたの要求は何でも聞いてやる」などと発言している部分も含まれており、韓国でも波紋を呼んだ[17]。6月の終わりには死球を左手親指に受けて骨折し、故障者リスト入り。復帰した8月半ばには脇腹を痛めて退場、そのまま再度15日故障者リスト入り。9月半ばに復帰するものの、復帰戦の初打席で強振して脇腹の怪我を再発。そのまま60日故障者リストに入ったままでシーズンを終えた。
2012年は怪我の不安を払拭して155試合に出場。打撃では一定の成績を残したものの、対左投手の対戦成績は打率.199、長打率に至っては.286となるなど大きく落ち込んだ。また、守備指標はUZRでメジャーリーグにおいて規定打席を達成した123人中122位の-17ポイントをはじめ、ARM、プラスマイナスシステム、守備防御点のすべてでマイナスを記録するという惨憺たる結果となった。1年後にFAが迫ってきたことでトレード候補となった。
レッズ時代 [編集]
2012年オフの12月11日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスも含めた合計9選手が動く三角トレードにおいて、シンシナティ・レッズへ移籍した[18]。
選手としての特徴 [編集]
球をじっくり見ていくタイプなので、三振も多いが四球を多く選び、また死球も多いため出塁率が打率に比べて非常に高い。マイナー時代には1シーズン40盗塁を記録するなど、俊足で走塁技術も持ち合わせる。2009年には盗塁成功21に対して失敗は僅かに2であった。朝鮮日報は「正確な打撃と長打力、幅広い守備、送球能力、走塁センス」を持つ「5ツールプレーヤー」と称した[19]。2011年には「スポーツ・イラストレイテッド」誌が秋を「メジャーリーグに3、4人しかいない5ツールプレーヤーの1人」であると評価した[20]また、米国唯一の全国日刊紙であるUSA TODAYは2010年に秋信守を特集する記事の中でアクタ監督の「彼は正真正銘の5ツールプレイヤーである」というコメントを引用し、「クリーブランド・インディアンスでもっとも生産的な打者」と秋を称えている[21]。
2009年7月3日に2本塁打を放った際には、インディアンスのウェッジ監督(当時)が、「彼は相手投手が右でも左でも安打を放つことができる。長打も打てるし、チャンスでの集中力が高い」と秋を絶賛した[22]。タンパベイ・レイズのジョー・マドン監督は、秋について「肩が強い。足も速い。打撃面ではパワーもあって良い打者。リーグで過小評価されている選手の一人だ。」と語っている[23]。
人物 [編集]
- 家族は妻と長男。妻とは2004年のオフに韓国で知り合い、数ヶ月の交際でスピード結婚した。長男は現在4歳で、米国生まれである。2009年内に二人目の子どもが誕生する予定である[2]。
- 高校卒業後、単身渡米した直後は、米国のスタイルに馴染むことが出来ず、言葉の壁もあって「とてもつらかった」と回想しているが、プレーを楽しむアメリカ人の姿勢にも影響され、乗り越えることが出来たと語っている[2]。
- 渡米後は通訳を一切付けず、チームメイトとの会話などで英会話を覚えていった。現在は野球に関する英会話はほとんど理解できているという[2]。
- 2007年初頭、韓国メディアに対して「自分はセンターは得意じゃない。イチローはセンターも出来るんだから、ライトのポジションを譲ってくれれば自分はもっと活躍できたのに」と語った。また、その中で「チームはイチローをセンターで起用しようとしたが、イチローはセンターはイヤだと拒否した。チームをまとめるべきなのに自分がしたいことだけをやっている。今まで彼がクラブハウスでチームメイトを激励したりするのを見たことがないし、また200本安打の記録がかかった時点で、得点機会が生じ監督がバントのサインを出した。彼は記録のためにわざと見逃した。本当に素晴らしい選手なのに、惜しいな」と語った[24]。ちなみに、イチローは2006年のシーズン途中から選手の新加入や若手起用の方針などからセンターへのコンバートを提案され、これをチームのためになるならと快諾。翌2007年には中堅(センター)手としてゴールドグラブ賞を受賞している。このようにイチローを批判しているにも関わらず日本の記者から過去にチームメイトだったために取材を受けた際は「彼は私とチームメイト時代から優れた選手でいつもチームのためにプレーしていた」と評価することを言うなど、二枚舌ぶりを見せ、2009 ワールド・ベースボール・クラシック前には、「イチローは米国でもスーパースター。 自分とライバルだと言うのはおかしい。 私はイチローと戦うために来たのではない。私は日本と戦う」と語っていた。[25]
- 将来的には、できるだけ長くメジャーリーグでプレーして、ファンに覚えてもらえる選手になることを目指している[2]。
兵役問題 [編集]
2010年シーズン終了時点で韓国人男子の義務である兵役についておらず、なおかつオリンピックでの銅メダル以上、アジア大会での金メダルを条件に付与される兵役免除を手にしていなかっため、このまま30歳までに兵役を果たさず、なおかつ兵役免除の認定を受けない場合は訴追されることになっていた[26]。 2009 ワールド・ベースボール・クラシック終了後、秋の兵役免除を嘆願する声も上がったが、この時点では兵役免除は認められなかった。秋自身は、「今は兵役のことは考えずに、シーズンのことだけを考えたい」と話していた[2]。
秋が兵役の現役服務を免れるためには、2010年のアジア大会に参加し、金メダルを獲得することが最後のチャンスとなっていた。その他の手段として米国籍を取得すれば兵役義務は消滅する。ただし、兵役逃れのための他国籍取得は韓国政府による兵役義務不履行者への措置として近親者の葬式以外では二度と韓国に入国できないリスクもあった。それに、白嗟承(ペク・チャスン)の場合と同じく、韓国の人々から「自分の個人的な成功のため、義務を逃れ国家を捨てた」という風に認識され、韓国での身の置き場がなくなるのも確かだった。そのことから、まだ誰からも認められる兵役免除の可能性が残っている限り、本人はそういう選択は出来るだけ避けようとしていた。所属球団のインディアンスは、秋の兵役問題は「秋と韓国政府の間の問題である。」として、静観する姿勢を取っていた[27]。
韓国球界では、兵役の現役服務免除の掛かっているオリンピックやアジア大会の代表選抜では、韓国プロ野球で所属したことなく海外リーグでプレイしている選手たちについて「韓国野球に対して貢献度が低い」として、国内リーグで働いた選手を優先する傾向がある。したがって、秋のWBC参加はこういう傾向を受けて、2010年アジア大会での代表選抜を睨んだ布石だと見る視角もあった。実際に、韓国野球委員会は秋のWBC参加に対する補償として、広州アジア大会・韓国代表チームへの選出を約束し、インディアンスもアジア大会出場の許可を秋に与えた[28]。2010年11月19日、韓国チームはアジア大会で金メダルを手に入れて、秋は兵役の現役服務の免除を受けた(ただし、4週間の基礎軍事訓練を受けて、故障による引退など特別な事情がない限りメダルを獲得した種目で5年以上働かなければならないのが条件である。)。秋はこの大会で打率.667、3本塁打、11打点の成績で韓国チームの優勝に貢献した。
兵役問題をクリアしたこともあってか、2013 ワールド・ベースボール・クラシックの韓国代表候補に選ばれたが、2012年12月、シンシナティ・レッズへの移籍による適用期間が必要ということで出場を辞退した。
詳細情報 [編集]
年度別打撃成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | SEA | 10 | 21 | 18 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 4 | 0 | .056 | .190 | .056 | .246 |
| 2006 | 4 | 12 | 11 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 1 | .091 | .167 | .182 | .349 | |
| CLE | 45 | 167 | 146 | 23 | 43 | 11 | 3 | 3 | 69 | 22 | 5 | 3 | 1 | 1 | 18 | 2 | 1 | 46 | 2 | .295 | .373 | .473 | .846 | |
| '06計 | 49 | 179 | 157 | 23 | 44 | 12 | 3 | 3 | 71 | 22 | 5 | 3 | 1 | 1 | 18 | 2 | 2 | 50 | 3 | .280 | .360 | .452 | .812 | |
| 2007 | 6 | 20 | 17 | 5 | 5 | 0 | 0 | 0 | 5 | 5 | 0 | 1 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 5 | 0 | .294 | .350 | .294 | .644 | |
| 2008 | 94 | 370 | 317 | 68 | 98 | 28 | 3 | 14 | 174 | 66 | 4 | 3 | 0 | 4 | 44 | 4 | 5 | 78 | 5 | .309 | .397 | .549 | .946 | |
| 2009 | 156 | 685 | 583 | 87 | 175 | 38 | 6 | 20 | 285 | 86 | 21 | 2 | 0 | 7 | 78 | 5 | 17 | 151 | 9 | .300 | .394 | .489 | .883 | |
| 2010 | 144 | 646 | 550 | 81 | 165 | 31 | 2 | 22 | 266 | 90 | 22 | 7 | 0 | 2 | 83 | 11 | 11 | 118 | 11 | .300 | .401 | .484 | .885 | |
| 2011 | 85 | 358 | 313 | 37 | 81 | 11 | 3 | 8 | 122 | 36 | 12 | 5 | 0 | 3 | 36 | 3 | 6 | 78 | 7 | .259 | .344 | .390 | .734 | |
| 2012 | 155 | 686 | 598 | 88 | 169 | 43 | 2 | 16 | 264 | 67 | 21 | 7 | 0 | 1 | 73 | 0 | 14 | 150 | 10 | .283 | .373 | .441 | .815 | |
| 通算:8年 | 699 | 2965 | 2553 | 390 | 738 | 163 | 19 | 83 | 1188 | 373 | 85 | 28 | 1 | 19 | 337 | 26 | 55 | 634 | 45 | .289 | .381 | .465 | .847 | |
- 2012年度シーズン終了時
表彰 [編集]
- ア・リーグ月間MVP:1回(2008年9月)
背番号 [編集]
- 54 (2005年 - 2006年7月)
- 17 (2006年7月 - )
脚注 [編集]
- ^ “Shin-Soo Choo Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2012年11月10日閲覧。
- ^ a b c d e f g 谷口輝世子 「シンソ・チュー[インディアンス #17] アジア最強打者への道」 『月刊スラッガー』2009年7月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-7、40-42頁。
- ^ a b “<WBC>傲慢なイチロー…爪を研ぐ秋信守” (日本語). 中央日報. 2010年8月7日閲覧。
- ^ MLB:秋信守はアジア人最高の打者
- ^ “韓国・秋信守DH限定出場…左ひじ痛もインディアンス東京ラウンド許可” (日本語). スポーツ報知. 2009年5月31日閲覧。
- ^ “WBC、日本が連覇 延長10回、イチローが決勝打” (日本語). NIKKEI NET. 2009年5月8日閲覧。
- ^ “韓国がベネズエラに大勝 決勝に進出=WBC準決勝第1試合” (日本語). スポーツナビ. 2009年5月8日閲覧。
- ^ Cleveland Indians' Shin-Soo Choo first Asian big-leaguer to achieve 20-20(英語) CLEVELAND.COM 2009年10月7日閲覧
- ^ http://espn.go.com/mlb/stats/team/_/stat/batting/seasontype/2/league/al クリーブランドは得点で14チーム中8位
- ^ Aaron Award finalists unveiled
- ^ http://www.sportsseoul.com/news2/baseball/mlb/world/2009/1104/20091104101010301000000_7606592427.html
- ^ [1]
- ^ [2]
- ^ Mark Newman(2010-10-31)Aaron winners to be named before Game 4,MLB.com,2010年11月19日閲覧
- ^ [3]
- ^ Jordan Bastian(2011-1-18), Indians ink Choo, both Perez relievers for '11, MLB.com(英語), 2011年1月29日閲覧
- ^ MLB:秋信守、飲酒運転で逮捕(上)MLB:秋信守、飲酒運転で逮捕(下)野球:海外組が「寒流」に추신수 '체포동영상' 충격, 수갑도 채워... 기사입력 | 2011-05-05 13:51
- ^ Reds Acquire Shin-Soo Choo In Three-Team Deal MLBtradeRumors.com
- ^ アジア人初! 秋信守「20本塁打・20盗塁」達成,朝鮮日報,2009/10/05
- ^ <大リーグ>米スポーツ誌、秋信守を「5ツールプレーヤー」に選定, 中央日報日本語版, 2011年4月28日閲覧
- ^ Indians foresee a big future with outfielder Shin-Soo Choo、USATODAY.com、2010年4月27日配信。
- ^ [http://www.sponichi.co.jp/baseball/flash/KFullFlash20090704051 .html 秋信守“大爆発”4安打7打点],スポーツニッポン,2009/07/04
- ^ Big league Choo: Korean on the rise(英語) MLB.COM 2009年6月26日閲覧
- ^ [4] 2007年11月15日閲覧(韓国語)
- ^ [5] <WBC>秋信守「イチローではなく日本と戦う」2009年03月03日[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版](日本語)
- ^ Choo's big league path faces obstacles(英語)
- ^ Shin-Soo Choo waiting for word from South Korean government(英語) CLEVELAND.COM 2009年5月30日閲覧
- ^ <インタビュー>打率3割・20本塁打・20盗塁達成の秋信守,中央日報,2009/10/06
外部リンク [編集]
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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