金廣鉉

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金廣鉉
各種表記
ハングル 김광현
発音: キムグァンヒョン
ローマ字 Kim Kwang-Hyun
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金 廣鉉 (キム・グァンヒョン)
Kim Kwang-Hyun
SKワイバーンズ #29
Kim Kwang-Hyun, Beijing 2008.jpg
北京五輪での金廣鉉
基本情報
国籍 韓国の旗 韓国
出身地 京畿道安山市
生年月日 1988年7月22日(26歳)
身長
体重
188 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 KBO一次ドラフト
初出場 KBO / 2007年4月10日
年俸 6億ウォン(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 韓国の旗大韓民国
五輪 2008年
WBC 2009年
オリンピック
男子 野球
2008 野球

金 廣鉉(キム・グァンヒョン、韓国語:김광현1988年7月22日 - )は、大韓民国京畿道安山市出身のプロ野球選手投手)。左投げ左打ち。韓国プロ野球SKワイバーンズに所属している。

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

野球好きの父親の影響もあり、小学校3年時より野球を始める。安山工業高校時代より速球派の左腕として頭角をあらわす。

2005年、アジア青少年大会に出場し、台湾戦で勝利投手となる。平田良介らが率いる日本高校選抜チームにも5回をパーフェクトに抑えるなど2年生エースとして活躍した。打線が沈黙して2勝2敗だったが、防御率は1.04の好成績を残した。この大会で、堂々たるマウンドさばきを見せ、日本でも注目される存在となった。

2006年ハバナキューバ)で開催されたAAA世界野球選手権大会にも出場した。準々決勝の台湾戦では完封勝利。準決勝のカナダ戦と決勝のアメリカ戦でもリリーフとして登板。大会通じて4勝、防御率0.87、奪三振22個の好成績で大会MVPを獲得した。地域優先ドラフト[1]SKワイバーンズに1位指名され、入団した。

SK時代[編集]

2007年、シーズン開幕直前に開かれた記者会見では、プロ入り1年先輩の柳賢振(前年度MVP、投手3冠)を指して「頭を使えばもっといい投手になれる」と発言し[2]、韓国中の注目を集める。開幕から先発ローテーションに入ったものの後半は調子を落す。シーズン中は2軍落ちも経験、勝ち星も3つにとどまったが、8月に1軍復帰してからは本来の姿を取り戻したと評された。ワイバーンズはシーズン初めから好調を維持して韓国シリーズに進出。韓国シリーズでは、チームが1勝2敗と追い込まれていた第4戦(10月26日)に先発登板。粘り強い投球で斗山ベアーズ打線を8回2死まで1安打、無失点に抑える好投を見せ、斗山のエースで今シーズンのタイトルを総なめにしたダニエル・リオスとの投げ合いを制した。ワイバーンズも韓国シリーズ球団史上初制覇を果たした。優勝祝勝会で監督の金星根からアジアシリーズ初戦の先発登板を告げられる。

KONAMI CUP アジアシリーズ2007のため来日。プロフィールのインタビューには「韓国シリーズで高校時代の自信を取り戻した」と答えている。開幕戦に先発し、7回まで中日打線を3安打、無得点に抑えた。ワイバーンズもそのまま6対3で勝利。日本のチームが敗れたのは大会初のことであった。決勝戦は2番手として登板、初戦で抑え込んでいた李炳圭に2ランを浴びて降板し、チームも9回表に勝ち越し点を許し敗れてしまった。

北京オリンピック・アジア予選には、代表選考のころ、不調で2軍落ちしていたため、出場できなかった。また、新人王のタイトルも、記者投票で斗山ベアーズ林泰勳(イム・テフン)に敗れ、受賞できなかった。

2008年北京オリンピック野球世界最終予選の代表に選出され、メキシコ戦、台湾戦に先発、いずれも勝利投手となり、韓国代表の五輪出場に貢献した。北京オリンピック野球韓国代表にチーム最年少で選出。予選と準決勝の日本戦で先発。予選では6回を投げ、2失点で勝ち負けつかず、準決勝では8回2失点で勝利投手となって、韓国代表の金メダル獲得に貢献。韓国では「日本キラー」というあだ名がついた。

国内リーグのレギュラーシーズンでは、前年から一段成長した姿を見せ、ローテーションのエースとして活躍し、チームの韓国シリーズ連覇に貢献、最多勝と最多奪三振のタイトルを手にして、期待された素質を開花させた。またレギュラーシーズンMVPにも選ばれた。アジアシリーズでは、日本代表・埼玉西武ライオンズ戦で先発したものの、5回途中3失点で降板と振るわず、チームは勝利したものの満足のいく内容ではなかった。さらにチームも台湾代表・統一セブンイレブン・ライオンズに敗れ、決勝進出もならなかった。

2009年第2回WBC韓国代表にも選出され、東京ラウンドの日本戦で先発した。韓国では北京オリンピックの再現が期待されたが、金をよく研究した日本打線の前に1回1/3を投げて8失点でKOされ、2対14で7回コールド負けをするきっかけとなった。本人曰く「僕の野球人生は長くないが、あんなに打たれたのは初めて」と悔しそうに語った。その後の同大会では先発登板することなく、2次ラウンドで3試合リリーフ登板した。日本との2次ラウンド順位決定戦では8回表登板したが、勝ち越しタイムリーを打たれた。結局同大会では満足のいく結果は残せなかった。

国内リーグのレギュラーシーズンでは、前年と同じくチームのエースとして活躍していたが、8月2日金賢洙の放った打球が手の甲に直撃。ボールの跡がはっきりと分かるほどの痛烈なピッチャー強襲であり、負傷で戦線を離脱。その後も、プレーオフや韓国シリーズといったポストシーズンでも1度も登板することなくシーズンを終えた。だが規定投球回数に達していたため、初の最優秀防御率のタイトルを獲得した。

2010年は負傷から復活し1年を通して先発ローテーションを守り、SKのエースとして活躍し17勝で自身2度目となる最多勝のタイトルを獲得した。広州アジア大会の代表チームに招集されたが、顔面麻痺により辞退し、日韓クラブチャンピオンシップの出場メンバーからも外れた。

2011年は体調不良で開幕1軍に入れず、7月には肩の故障でたびたび戦線を離脱し4勝にとどまった。

2012年も体調不良が治らず、1軍初登板は6月後半からだったが、先発として起用され続け8勝をあげた。

2013年も開幕1軍に間に合わなかったが、4月中旬に初登板を果たし2010年以来3年ぶりとなる2ケタ勝利を記録し、規定投球回数にも達した。

2014年は13勝をあげ、復活を予感させた。公式戦終了後にMLB挑戦を表明。11月MLB事務局にポスティングを要請し、最高入札額200万ドルをつけたサンディエゴ・パドレスと入団交渉することになったが、交渉期間内に契約がまとまらずSKに残留した。

人物[編集]

韓国では、「第2の柳賢振」や「微笑みサウスポー」の異名をとる。マウンド上では常に笑顔を絶やさず、韓国では「微笑みサウスポー」として知られるようになった。SKワイバーンズの金星根監督は、笑顔を見せることが相手打者に対する闘争心がないという印象を与えることを懸念し、できるだけ無表情で投球するように勧めている。

金はLGツインズのファンであったが、出身校の安山工高の所在地がSKワイバーンズのフランチャイズである京畿道であるため、地域優先ドラフトでワイバーンズに指名された。

日本の野球ファンやプロ野球解説者の間では、しばしば同い年である東北楽天ゴールデンイーグルス田中将大に例えて紹介することが多く、「韓国の田中」と呼ばれることもある。しばしば日本の成瀬善久とともに特集される。

韓国プロ野球の伝え手として知られる室井昌也が、石川遼に顔が似ているとコメント。 なお、韓国では年齢が近いサッカー韓国代表の寄誠庸によく似ていると言われている。

選手としての特徴[編集]

本格派投手として、長身・長いリーチと真上から振り下ろすオーバースローを駆使し、ストレートは最速155km/h[3]、平均145km/hをマークする[4]。キレのある速球と縦に鋭く落ちる高速スライダーを武器にし、たまにカーブ、特殊チェンジアップを投げる[5]

金の特殊チェンジアップは球筋が特殊で、KONAMI CUP アジアシリーズ2007の際には、テレビ中継でゲスト解説を務めた上原浩治がストレートと間違えたほどである(チェンジオブペース)。ツーシームは指を横にして投げている。

投球する時、足を高く上げ、腕を大きく振るフォームが特徴であるためモーションが大きく、クイックは苦手、故に盗塁をされやすいのが欠点である。また、怪我が多く、調子が上がって来るのが5月~6月ぐらいであることなど安定しているとは言えない。

詳細成績[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2007 SK 20 13 0 0 0 3 7 0 0 .300 342 77.0 80 5 41 2 4 52 2 0 35 31 3.62 1.57
2008 27 27 1 1 0 16 4 0 0 .800 659 162.0 127 9 63 1 2 150 3 0 50 43 2.39 1.17
2009 21 21 1 0 1 12 2 0 0 .857 568 138.1 121 14 53 1 4 112 8 0 46 43 2.80 1.26
2010 31 30 2 1 0 17 7 0 0 .708 797 193.2 153 13 84 1 5 183 13 0 56 51 2.37 1.22
2011 17 9 1 0 0 4 6 0 0 .400 328 74.1 70 6 45 0 5 61 1 0 45 40 4.84 1.55
2012 16 16 0 0 0 8 5 0 0 .615 347 81.2 85 9 36 0 2 65 2 1 44 39 4.30 1.48
2013 25 23 0 0 0 10 9 0 0 .526 580 133 128 12 68 0 4 102 9 1 72 66 4.47 1.47
2014 28 28 1 0 0 13 9 0 0 .591 749 173.2 178 10 81 1 3 145 9 1 77 66 3.42 1.49
通算:8年 185 167 6 2 1 83 49 0 0 .628 4370 1033.2 942 78 471 6 26 870 47 3 425 379 3.30 1.37
  • 年度別成績の太字はリーグ最高

 タイトル・表彰 [編集]

  • 最多勝利:2回 (2008年、2010年)
  • 最優秀防御率:1回 (2009年)
  • 最多奪三振:1回 (2008年)
  • MVP:1回 (2008年)
  • ゴールデングラブ賞:1回 (2008年)

脚注[編集]

  1. ^ フランチャイズ保護地域に所在する高校の出身選手を対象に、1人だけ排他的に指名権を行使できるドラフト。ウェーバー方式で行われる2次ドラフトの前に行われる。
  2. ^ 柳賢振VS金廣鉉 naver sports news
  3. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbo&ctg=news&mod=read&office_id=144&article_id=0000212226 NAVER NEWS 2013-08-14
  4. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbo&ctg=news&mod=read&office_id=382&article_id=0000132475 NAVER NEWS 2013-09-25
  5. ^ http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbo&ctg=news&mod=read&office_id=241&article_id=0002199589 NAVER NEWS 2014-05-19

関連項目[編集]

外部リンク[編集]