李容圭

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イ・ヨンギュ
各種表記
ハングル 이용규
漢字 李容圭
発音: イ・ヨンギュ
ローマ字 Lee Yong-gyu
本人表記: Lee, Yong Kyu
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李 容圭 (イ・ヨンギュ)
ハンファ・イーグルス #1
基本情報
国籍 韓国の旗 韓国
出身地 全羅北道群山市
生年月日 1985年8月26日(29歳)
身長
体重
175 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2003年 KBO二次ドラフト
初出場 2004年4月2日
年俸 7億ウォン(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 韓国の旗大韓民国
五輪 2008年
WBC 2009年2013年
オリンピック
男子 野球
2008 野球

李 容圭(イ・ヨンギュ、ハングル이용규1985年8月26日 - )は、大韓民国全羅北道群山市出身のプロ野球選手外野手)。左投げ左打ち。韓国プロ野球ハンファ・イーグルスに所属している。

球歴・人物[編集]

徳寿(トクス)情報高等学校(現:徳寿高等学校)から2次ドラフトで地元のLGツインズに指名されて入団した。しかし、入団当時、LGには若手の中で似たようなタイプの打者が多く、出場機会に恵まれなかった。結局、1年目は1割台の成績で終わった。LGで1年をすごした後、トレード要員になり起亜タイガースに移籍。起亜では持ち味を生かしてチャンスをつかみ、リードオフとして定着して大活躍、現在に至る。2006年ゴールデングラブ賞を受賞するなど自己最高の成績を残す。2007年は内角の変化球や左投手と相性が悪い弱点を見抜かれるなどマークが厳しく、打率を.280に落す。

2008年北京オリンピック野球韓国代表として、準決勝の日本戦で最後のアウトになる飛球をつかんで、そのままひざまずくシーンを見せたライトの選手がこの李容圭である。当時日本代表の主将だった宮本慎也からは、後のインタビューで「(あのシーンを見て、日本代表が)勝てるわけがないと思った」と言われ、当時オリンピックに掛けた韓国代表の意気込みを象徴するシーンのように描写されたりした。日本のメディアからは、あの場面で(宿敵の日本を破ったという感激で)その姿で号泣したというふうに伝えられたが、本人は栗山英樹との対談で、「アウトを取って兵役の免除が決まり、当初の目標を達成したという喜びで頭が真っ白になってただ立ち上がれなかっただけで、泣いたことはない。思わずあんなポーズが出た」というふうに当時の状況を述べている。翌日行われた決勝戦では、7回表にペドロ・ラソから右翼線上に落ちる1打点三塁打を放ち、結局この打点が決勝点になった。

2009年第2回WBC韓国代表では、始めは李鍾旭(イ・ジョンウク)、李晋暎(イ・ジンヨン)などに押され、控え要員になったが、李鍾旭の打撃不振で、2次ラウンドから1番センターのスタメンを奪取。準決勝進出をかけた3回目の日本戦では、初回ダルビッシュ有から安打を放ち空かさず2盗に成功(このプレーを足がかりに韓国は3点を先制)。決勝戦でも、2盗を試みたが、中島裕之の膝にぶつかりヘルメットが欠け、盗塁も失敗。因みに、メダル授賞式の時、他の選手たちと違い自身は銀メダルを首にかけなかった。

2009年4月7日、開幕直後のSK戦で外野フェンスに激突し負傷。3ヶ月間戦線離脱したこともあって、この年の試合出場数は50試合に止まったが、チームは李容圭の復帰後快進撃を続け、12年ぶりの公式戦、韓国シリーズ優勝に貢献した。

2010年7月29日、ロッテジャイアンツ戦で3回表に4年ぶりの本塁打となる3ラン、満塁ホームランと1イニング2本塁打を記録し、あとの回でタイムリーヒットも1本打ち、1試合8打点の韓国プロ野球新記録を達成した。8月29日のネクセンヒーローズ戦では、朴準洙相手に10球連続ファールなどで粘り、1打席で20球と新記録を更新した。

2010年広州アジア大会韓国代表にも選ばれ、チームの優勝に貢献した。2011年は自身最高となる.333の高打率を記録し、5年ぶり2度目のゴールデングラブ賞受賞(外野手部門)となった。2012年は自己最多の44盗塁で、初の個人タイトルとなる盗塁王に輝いた。2013年11月、初のFA権取得による行使でハンファ・イーグルスへ4年契約で移籍した。

プレースタイル[編集]

身体こそは恵まれた体格ではないが三振が少なく、俊足好打が持ち味である。俊足を生かした2塁打、3塁打は多いが、2007年から09年まで3年連続本塁打なしを続けた。

彼のバッティングフォームは極端に低く、クラウチング気味のフォームで右に左へと打ち分けるバッティングスタイル。

体格やプレースタイルなどは日本代表である青木宣親とかなり類似しており、本人も青木のことを「意識している」「彼を目標としている」などとコメントしていた。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]







































O
P
S
2004 LG 52 62 3 8 1 0 0 2 1 3 6 21 0 1 .129 .203 .145 .348
2005 起亜 124 414 57 110 15 2 5 37 31 10 48 64 6 0 .266 .340 .353 .693
2006 125 485 78 154 25 9 1 39 38 11 59 48 6 1 .318 .391 .412 .803
2007 118 491 61 123 17 8 0 27 17 11 44 40 4 1 .280 .344 .355 .699
2008 105 417 62 130 24 6 0 38 28 9 50 37 4 2 .312 .385 .398 .783
2009 50 169 32 45 8 3 0 14 10 4 26 21 1 0 .266 .364 .349 .713
2010 129 472 74 145 19 1 3 51 25 12 73 50 10 3 .307 .398 .371 .739
2011 111 421 84 140 16 2 3 33 30 6 72 33 5 1 .333 .430 .401 .831
2012 125 491 86 139 14 2 2 37 44 12 76 38 9 4 .283 .379 .332 .711
2013 100 390 74 115 20 1 2 22 21 9 51 37 4 0 .295 .376 .367 .743
通算成績 1040 3760 611 1109 161 34 16 300 245 87 505 389 49 13 .295 .378 .369 .747
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

  • 最多安打:1回(2006年)
  • 最多盗塁:1回(2012年)

表彰[編集]

背番号[編集]

  • 63(2004年)
  • 15(2005年 - 2013年)
  • 1 (2014年 - )

関連項目[編集]

外部リンク[編集]