ゴールデングラブ賞

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ゴールデングラブ賞(ゴールデングラブしょう)は、日本プロ野球選手表彰の一つ。正式名称は三井ゴールデン・グラブ賞(みついゴールデングラブしょう)。

概要[編集]

三井広報委員会提供。1972年ダイヤモンドグラブ賞として創設され、1986年より、三井物産スポーツ用品販売の協賛によって現在の名称となる。セ・パ各連盟の公式表彰に準じた特別賞と位置付けられている。

守備力に卓越した選手を表彰する賞で、プロ野球記者による投票を行い、得票数のいちばん多かった者が受賞となる。有資格者は、規定投球回数以上投球している、または所属チームが行った年間試合数の3分の1以上登板している投手と、チーム試合数の2分の1以上同じポジションで出場している捕手野手

記者の投票要件は、日本の報道機関(新聞社、通信社、放送局)のプロ野球記者で、5年以上の取材キャリアを持つ者。

各リーグで、ポジションごとに原則各1名ずつ、9名が選ばれる(外野手については、左翼手中堅手右翼手を同一のポジションとみなして3名を選出する)。同一ポジションの選手の得票数が並ぶと同時受賞となるため、リーグあたり10名以上選ばれる年度もある。

あるポジションの「該当者なし」の得票が過半数に達した場合、そのポジションでの受賞選手の選出は見送られる。ただし非常にまれな例であり、2010年にセ・リーグの一塁手で「該当者なし」となったのが初である。なお、「該当者なし」の得票が過半数に達していなかったために、得票数が少なかった選手が受賞した例が過去3度ある(後述)。

受賞者には金色の皮革で作られたグローブ(捕手や一塁手ミット)と、ボールを台座に飾ったトロフィーが贈られる。このグローブは受賞者決定後、受賞者が使用しているものを模して作られるもので、革製のため実際に使用できる。

歴代受賞者[編集]

パシフィック・リーグ[編集]

投手 捕手 一塁手 二塁手 三塁手 遊撃手 外野手
1972 足立光宏
阪急
種茂雅之
(阪急)
大杉勝男
東映
大下剛史
(東映)
有藤通世
ロッテ
大橋穣
(阪急)
福本豊
(阪急)
池辺巌
(ロッテ)
広瀬叔功
南海
1973 成田文男
(ロッテ)
野村克也
(南海)
C.ジョーンズ
(南海)
桜井輝秀
(南海)
弘田澄男
(ロッテ)
島野育夫
(南海)
1974 足立光宏
(阪急)
村上公康
(ロッテ)
W.パーカー
(南海)
1975 有田修三
近鉄
加藤秀司
(阪急)
B.マルカーノ
(阪急)
1976 藤原満
(南海)
B.ウイリアムス
(阪急)
1977 山田久志
(阪急)
加藤俊夫
(日本ハム)
山崎裕之
(ロッテ)
島谷金二
(阪急)
大熊忠義
(阪急)
1978 中沢伸二
(阪急)
柏原純一
(日本ハム)
B.マルカーノ
(阪急)
簑田浩二
(阪急)
B.ウイリアムス
(阪急)
1979 梨田昌崇
(近鉄)
高代延博
(日本ハム)
平野光泰
(近鉄)
1980 木田勇
(日本ハム)
小川亨
(近鉄)
山崎裕之
西武
羽田耕一
(近鉄)
水上善雄
(ロッテ)
1981 山田久志
(阪急)
柏原純一
(日本ハム)
藤原満
(南海)
石毛宏典
(西武)
島田誠
(日本ハム)
1982 大宮龍男
(日本ハム)
大石大二郎
(近鉄)
古屋英夫
(日本ハム)
1983 東尾修
(西武)
梨田昌崇
(近鉄)
片平晋作
(西武)
1984 藤田浩雅
(阪急)
山本功児
(ロッテ)
松永浩美
(阪急)
弓岡敬二郎
(阪急)
高沢秀昭
(ロッテ)
1985 伊東勤
(西武)
西村徳文
(ロッテ)
古屋英夫
(日本ハム)
石毛宏典
(西武)
島田誠
(日本ハム)
金森永時
(西武)
1986 ブーマー.W
(阪急)
辻発彦
(西武)
山本和範
(南海)
西岡良洋
(西武)
山森雅文
(阪急)
1987 白井一幸
(日本ハム)
石毛宏典
(西武)
弓岡敬二郎
(阪急)
秋山幸二
(西武)
(ダイエー)
高沢秀昭
(ロッテ)
島田誠
(日本ハム)
新井宏昌
(近鉄)
1988 西崎幸広
(日本ハム)
清原和博
(西武)
辻発彦
(西武)
田中幸雄
(日本ハム)
平野謙
(西武)
高沢秀昭
(ロッテ)
1989 阿波野秀幸
(近鉄)
中嶋聡
オリックス
愛甲猛
(ロッテ)
松永浩美
(オリックス)
田辺徳雄
(西武)
本西厚博
(オリックス)
1990 渡辺久信
(西武)
伊東勤
(西武)
清原和博
(西武)
田中幸雄
(日本ハム)
西村徳文
(ロッテ)
1991 郭泰源
(西武)
J.トレーバー
(近鉄)
石毛宏典
(西武)
佐々木誠
ダイエー
(西武)
1992 清原和博
(西武)
田辺徳雄
(西武)
1993 野田浩司
(オリックス)
田村藤夫
(日本ハム)
広瀬哲朗
(日本ハム)
1994 工藤公康
(西武)
(ダイエー)
伊東勤
(西武)
松永浩美
(ダイエー)
イチロー
(オリックス)
1995 J.フランコ
(ロッテ)
小久保裕紀
(ダイエー)
馬場敏史
(オリックス)
田中幸雄
(日本ハム)
田口壮
(オリックス)
1996 西崎幸広
(日本ハム)
高田誠
(オリックス)
片岡篤史
(日本ハム)
大島公一
(オリックス)
1997 西口文也
(西武)
伊東勤
(西武)
高木大成
(西武)
片岡篤史
(日本ハム)
松井稼頭央
(西武)
井出竜也
(日本ハム)
1998 金子誠
(日本ハム)
大村直之
(近鉄)
大友進
(西武)
1999 松坂大輔
(西武)
城島健司
(ダイエー)
(ソフトバンク)
小笠原道大
(日本ハム)
中村紀洋
(近鉄)
小坂誠
(ロッテ)
秋山幸二
(ダイエー)
2000 大島公一
(オリックス)
田口壮
(オリックス)
柴原洋
(ダイエー)
2001 井口資仁
(ダイエー)
谷佳知
(オリックス)
2002 西口文也
(西武)
高木浩之
(西武)
松井稼頭央
(西武)
小関竜也
(西武)
井出竜也
(日本ハム)
2003 松坂大輔
(西武)
福浦和也
(ロッテ)
井口資仁
(ダイエー)
小笠原道大
(日本ハム)
村松有人
(ダイエー)
(オリックス)
柴原洋
(ダイエー)
大村直之
(近鉄)
2004 松中信彦
(ダイエー)
中村紀洋
(近鉄)
川崎宗則
(ダイエー)
SHINJO
(日本ハム)
2005 福浦和也
(ロッテ)
西岡剛
(ロッテ)
今江敏晃
(ロッテ)
小坂誠
(ロッテ)
大村直之
(ソフトバンク)
サブロー
(ロッテ)
2006 里崎智也
(ロッテ)
小笠原道大
(日本ハム)
田中賢介
(日本ハム)
川崎宗則
(ソフトバンク)
森本稀哲
(日本ハム)
稲葉篤紀
(日本ハム)
2007 ダルビッシュ有
(日本ハム)
福浦和也
(ロッテ)
TSUYOSHI
(ロッテ)
サブロー
(ロッテ)
2008 細川亨
(西武)
A.カブレラ
(オリックス)
中島裕之
(西武)
坂口智隆
(オリックス)
2009 涌井秀章
(西武)
鶴岡慎也
(日本ハム)
高橋信二
(日本ハム)
小谷野栄一
(日本ハム)
金子誠
(日本ハム)
糸井嘉男
(日本ハム)
(オリックス)
2010 嶋基宏
楽天
小久保裕紀
(ソフトバンク)
西岡剛
(ロッテ)
栗山巧
(西武)
2011 田中将大
(楽天)
細川亨
(ソフトバンク)
本多雄一
(ソフトバンク)
松田宣浩
(ソフトバンク)
中島裕之
(西武)
岡田幸文
(ロッテ)
2012 炭谷銀仁朗
(西武)
稲葉篤紀
(日本ハム)
小谷野栄一
(日本ハム)
陽岱鋼
(日本ハム)
2013 嶋基宏
(楽天)
浅村栄斗
(西武)
藤田一也
(楽天)
松田宣浩
(ソフトバンク)
今宮健太
(ソフトバンク)
秋山翔吾
(西武)

セントラル・リーグ[編集]

投手 捕手 一塁手 二塁手 三塁手 遊撃手 外野手
1972 堀内恒夫
巨人
大矢明彦
ヤクルト
王貞治
(巨人)
J.シピン
大洋
長嶋茂雄
(巨人)
バート.S
中日
山本浩司
(浩二)

広島
高田繁
(巨人)
柴田勲
(巨人)
1973 田淵幸一
阪神
C.ボイヤー
(大洋)
長嶋茂雄
(巨人)
藤田平
(阪神)
1974 高木守道
(中日)
C.ボイヤー
(大洋)
河埜和正
(巨人)
1975 大矢明彦
(ヤクルト)
大下剛史
(広島)
島谷金二
(中日)
藤田平
(阪神)
ローン.W
(中日)
1976 D.ジョンソン
(巨人)
高田繁
(巨人)
山下大輔
(大洋)
柴田勲
(巨人)
池辺巌
(阪神)
1977 高木守道
(中日)
若松勉
(ヤクルト)
1978 土井正三
(巨人)
掛布雅之
(阪神)
J.ライトル
(広島)
1979 西本聖
(巨人)
若菜嘉晴
(阪神)
高木守道
(中日)
J.スコット
(ヤクルト)
1980 大矢明彦
(ヤクルト)
基満男
(大洋)
衣笠祥雄
(広島)
1981 山倉和博
(巨人)
藤田平
(阪神)
篠塚利夫
(巨人)
掛布雅之
(阪神)
松本匡史
(巨人)
1982 中尾孝義
(中日)
中畑清
(巨人)
北村照文
(阪神)
平野謙
(中日)
1983 山倉和博
(巨人)
高木豊
(大洋)
長嶋清幸
(広島)
1984 達川光男
(広島)
篠塚利夫
(巨人)
衣笠祥雄
(広島)
平田勝男
(阪神)
屋鋪要
(大洋)
山崎隆造
(広島)
1985 木戸克彦
(阪神)
岡田彰布
(阪神)
掛布雅之
(阪神)
平野謙
(中日)
1986 北別府学
(広島)
達川光男
(広島)
篠塚利夫
(巨人)
衣笠祥雄
(広島)
長嶋清幸
(広島)
1987 桑田真澄
(巨人)
山倉和博
(巨人)
正田耕三
(広島)
原辰徳
(巨人)
山崎隆造
(広島)
1988 達川光男
(広島)
立浪和義
(中日)
彦野利勝
(中日)
1989 西本聖
(中日)
中尾孝義
(巨人)
駒田徳広
(巨人)
W.ロードン
(広島)
川相昌弘
(巨人)
山崎賢一
(大洋)
栗山英樹
(ヤクルト)
1990 斎藤雅樹
(巨人)
古田敦也
(ヤクルト)
岡崎郁
(巨人)
柳田浩一
(ヤクルト)
1991 桑田真澄
(巨人)
角富士夫
(ヤクルト)
飯田哲也
(ヤクルト)
前田智徳
(広島)
R.J.レイノルズ
(大洋)
1992 斎藤雅樹
(巨人)
J.パチョレック
(阪神)
和田豊
(阪神)
T.オマリー
(阪神)
池山隆寛
(ヤクルト)
亀山努
(阪神)
1993 今中慎二
(中日)
桑田真澄
(巨人)
駒田徳広
(巨人)
石井琢朗
横浜
川相昌弘
(巨人)
新庄剛志
(阪神)
1994 桑田真澄
(巨人)
西山秀二
(広島)
駒田徳広
(横浜)
1995 斎藤雅樹
(巨人)
古田敦也
(ヤクルト)
立浪和義
(中日)
野村謙二郎
(広島)
緒方孝市
(広島)
音重鎮
(広島)
1996 西山秀二
(広島)
江藤智
(広島)
川相昌弘
(巨人)
新庄剛志
(阪神)
1997 桑田真澄
(巨人)
古田敦也
(ヤクルト)
進藤達哉
(横浜)
宮本慎也
(ヤクルト)
1998 谷繁元信
(横浜)
R.ローズ
(横浜)
石井琢朗
(横浜)
高橋由伸
(巨人)
1999 上原浩治
(巨人)
古田敦也
(ヤクルト)
仁志敏久
(巨人)
宮本慎也
(ヤクルト)
2000 工藤公康
(巨人)
R.ペタジーニ
(ヤクルト)
岩村明憲
(ヤクルト)
松井秀喜
(巨人)
2001 野口茂樹
(中日)
赤星憲広
(阪神)
2002 桑田真澄
(巨人)
阿部慎之助
(巨人)
福留孝介
(中日)
2003 上原浩治
(巨人)
矢野輝弘
(阪神)
G.アリアス
(阪神)
今岡誠
(阪神)
立浪和義
(中日)
赤星憲広
(阪神)
2004 川上憲伸
(中日)
古田敦也
(ヤクルト)
渡邉博幸
(中日)
荒木雅博
(中日)
岩村明憲
(ヤクルト)
井端弘和
(中日)
アレックス.O
(中日)
英智
(中日)
2005 黒田博樹
(広島)
矢野輝弘
(阪神)
A.シーツ
(阪神)
金城龍彦
(横浜)
福留孝介
(中日)
2006 川上憲伸
(中日)
谷繁元信
(中日)
青木宣親
(ヤクルト)
2007 中村紀洋
(中日)
高橋由伸
(巨人)
金城龍彦
(横浜)
2008 石川雅規
(ヤクルト)
阿部慎之助
(巨人)
新井貴浩
(阪神)
栗原健太
(広島)
赤星憲広
(阪神)
鈴木尚広
(巨人)
2009 D.ゴンザレス
(巨人)
谷繁元信
(中日)
栗原健太
(広島)
宮本慎也
(ヤクルト)
松本哲也
(巨人)
亀井義行
(巨人)
2010 前田健太
(広島)
城島健司
(阪神)
該当者なし 平野恵一
(阪神)
梵英心
(広島)
廣瀬純
(広島)
赤松真人
(広島)
2011 浅尾拓也
(中日)
谷繁元信
(中日)
栗原健太
(広島)
鳥谷敬
(阪神)
長野久義
(巨人)
大島洋平
(中日)
2012 前田健太
(広島)
畠山和洋
(ヤクルト)
田中浩康
(ヤクルト)
井端弘和
(中日)
荒波翔
DeNA
2013 阿部慎之助
(巨人)
J.ロペス
(巨人)
菊池涼介
(広島)
村田修一
(巨人)
鳥谷敬
(阪神)
丸佳浩
(広島)

ゴールデングラブ賞に関する主な記録[編集]

  • 個人最多受賞回数:12回 福本豊(1972年 - 1983年、パ・リーグ 外野手部門)
  • 個人最多連続受賞回数:12回 福本豊(1972年 - 1983年、パ・リーグ 外野手部門)
  • 個人最多受賞ポジション数:3ポジション 立浪和義(二塁手部門:3回、三塁手部門:1回、遊撃手部門:1回)
  • 最年長受賞者:宮本慎也(41歳11ヶ月、2012年:三塁手部門)
  • 受賞の最長ブランク:15年 小久保裕紀(1995年:二塁手部門、2010年:一塁手部門)
  • 入団1年目からの最多連続受賞回数:6回 高橋由伸(1998年 - 2003年、セ・リーグ 外野手部門)
10代で開幕を迎えたシーズンに受賞した選手
  • 桑田真澄(19歳で開幕の1987年、セ・リーグ 投手部門)
  • 立浪和義(18歳で開幕の1988年、セ・リーグ 遊撃手部門)
  • 前田智徳(19歳で開幕の1991年、セ・リーグ 外野手部門)
  • 松坂大輔(18歳で開幕の1999年及び19歳で開幕の2000年、パ・リーグ 投手部門)
チーム最多受賞ポジション数
  • パ・リーグ:8ポジション 阪急ブレーブス(1978年)、西武ライオンズ(1992年)
  • セ・リーグ:6ポジション 中日ドラゴンズ(2004年)
受賞者が選出されなかったレギュラーシーズン最高勝率球団あるいは日本シリーズ出場球団
  • パ・リーグ:ロッテオリオンズ(1981年前期。後期は最高勝率を逃し、さらにプレーオフに敗退して日本シリーズには不出場)
  • セ・リーグ:中日ドラゴンズ(1999年、2010年。両年とも日本シリーズ出場)
内野・外野の両方でゴールデングラブ賞を獲得した選手
  • パ・リーグ:西村徳文(ロッテ、1985年:二塁手部門、1990年:外野手部門)、稲葉篤紀(日本ハム、2006年 - 2009年外野手、2012年一塁手)
  • セ・リーグ:高田繁(巨人、1972年 - 1975年:外野手部門、1976年 - 1977年:三塁手部門)
中継ぎ・抑え投手の受賞選手
  • パ・リーグ:なし
  • セ・リーグ:浅尾拓也(2011年)
該当者なし
  • パ・リーグ:なし
  • セ・リーグ:2010年(一塁手部門)

その他特筆すべき過去の受賞例[編集]

同一チーム所属の複数選手が特定部門を長期間独占的に受賞した例
  • セ・リーグ 投手部門:2003年まで32年間(延べ33人)中30人(90.9%)が受賞時点で巨人に所属、もしくは過去に所属していた選手。この間、巨人への所属経験のない投手が受賞したのは1986年の北別府学(広島)、1993年の今中慎二(巨人・桑田との同時受賞)、2001年の野口茂樹(いずれも中日)のみ。ちなみに野口は2005年シーズンオフにFA権を行使して巨人に移籍している。2004年以降、巨人に所属、もしくは過去に所属していた選手の受賞はディッキー・ゴンザレスのみ。
  • セ・リーグ 一塁手部門:1999年まで28年間中26人(92.9%)が受賞時点で巨人に所属、もしくは過去に所属していた選手。内訳は王貞治9回、中畑清7回、駒田徳広10回と3人で独占的に受賞。2000年以降、巨人に所属、もしくは過去に所属していた選手の受賞はホセ・ロペスのみ。
チームの成績の躍進により多数選手が受賞した例
  • セ・リーグ
    • 1992年に最下位から2位に躍進した阪神は前年0人だったが同年4人に増加。このうちジム・パチョレックトーマス・オマリー亀山努は通算でもこの年のみの受賞。翌年は2人。
    • 1998年にレギュラーシーズン最高勝率を記録した横浜(2012年よりDeNA)は前年2人だったが同年は5人に増加。投手を除く内野の全ポジションを独占した。翌年は2人、2000年以降は金城龍彦(2005年・2007年)、荒波翔(2012年)の2人による3回のみ。
    • 2003年にレギュラーシーズン最高勝率を記録した阪神は前年0人だったが同年は4人に増加。翌年は1人。
  • パ・リーグ
    • 2005年に10年ぶりにレギュラーシーズン勝率3位以内(2位)のロッテは前年0人だったが同年は5人に増加。翌年は2人。
    • 2006年に25年ぶりにレギュラーシーズン最高勝率を記録した日本ハムは前年1人から同年は5人に増加、外野の3ポジションを独占した。
受賞者の得票が「該当者なし」を下回った例
  • セ・リーグ
    • 2004年に一塁手部門で受賞した渡邉博幸は42票を獲得したが、実際には「該当者なし」が50票と最多であった(投票総数・有効投票数ともに171票)。
    • 2012年に一塁手部門で受賞した畠山和洋は64票を獲得したが、実際には「該当者なし」が102票と最多であった(投票総数・有効投票数ともに245票)。
  • パ・リーグ
    • 2008年に一塁手部門で受賞したアレックス・カブレラは40票を獲得したが、実際には「該当者なし」が53票と最多であった(投票総数・有効投票数ともに143票)。

選考に対する議論と批判[編集]

守備評価の難しさ[編集]

選手の守備力の評価のための要素は、守備範囲の広さ、肩の強さ、捕球の正確さ、打球の予測力など様々であり、客観的に統計指標などの数値のみで評価するのは難しいものである。

例えば日本で一般に用いられている統計指標に守備率があるが、計算に用いられる守備機会の数は選手個人の守備範囲の広さやチームの守備力によって相対的に変わり、失策の数は記録員の判断による。また、算出にあたって相手打者の打球の状態は考慮されない。そして、進塁の防止効果、状況に応じたプレーの判断力、捕手のインサイドワーク、中継プレーなどを評価するのが難しい。全ての打球処理をビデオで解析している米国球界で考案された新しい守備指標(守備防御点プラス・マイナス・システムUZRなど)が定着しつつあるが、どの指標も複雑な計算を必要とする。

いずれにせよ、ゴールデングラブ賞は、最も守備に卓越した選手が受賞できていないのではないか、という指摘がしばしばなされ、議論あるいは批判の対象になっている。選考に当たって、数値化された守備指標よりは、投票する記者の主観や先入観が重視されて、チーム成績、打撃成績、知名度、人気、過去の印象といった、純粋な守備力以外の要素が反映されているのではないかという懸念が持たれている(後述)。

選考結果に疑問が投げかけられたケース[編集]

  • 1979年 セ・リーグ 捕手部門
    • 若菜嘉晴阪神)が捕逸のセ・リーグ年間最多タイ記録(17個)を作ったにもかかわらず受賞したことに対する批判がある[参考文献 2]
  • 1981-1983年 セ・リーグ 外野手部門
  • 1984年 セ・リーグ 遊撃手部門
    • 1985年優勝時の正遊撃手である平田勝男(阪神)が初受賞(その後1987年まで4年連続受賞)した。しかし、遊撃手守備率日本記録(.991)を樹立した水谷新太郎ヤクルト)が選ばれなかったことに対する批判がある[参考文献 2]
  • 1987年 セ・リーグ 二塁手部門
    • 正田耕三広島)が初受賞(その後1991年まで5年連続受賞)し、二塁手の守備率日本新記録(.9971 : 現在も日本記録)を樹立した高木豊(大洋)は選出されなかった。
    • この年は、同じ二塁手の正田と篠塚利夫(巨人)が同率(.333)で首位打者となり、優勝した巨人の篠塚がベストナインに選ばれた。一方で、首位打者を獲得したにもかかわらずベストナインに選出されなかったことへの同情票も集まり、正田が初めてゴールデングラブ賞を受賞した。賞に選ばれなかった高木豊は、"今年は守備率の日本新記録を作ったのでゴールデングラブ賞は間違いなく自分だと確信していたが、こんな大記録にすら野球記者は気付いてもいない"、という趣旨の発言をして投票したプロ野球記者を批判し、あからさまに不快感を表明した。この高木のコメントがスポーツ記事で報道されて野球ファンから注目され[要出典]、ゴールデングラブ賞の選考基準を疑問視するスポーツ記事等も出たため、同賞の発表(同年11月16日)から2週間以上が経った12月になって、セ・リーグは高木を特別表彰することを決めた[1]。この一連の出来事は、ゴールデングラブ賞受賞者発表の翌日から、高木が特別表彰を受けた後までしばらくの期間スポーツ記事で断続的に報道されたことからファンに認知され、ゴールデングラブ賞の選考に対して野球ファンが疑問を持ち始める大きなきっかけの一つとなった[2][要出典]
    • 高木が守備率日本記録を達成しながら選外となったという選考結果については、スポーツライターからの批判もある[参考文献 2]
  • 1988年 セ・リーグ 三塁手部門
  • 2005年 パ・リーグ 外野手部門
    • 負傷などで満足にプレーできなかったSHINJO北海道日本ハムファイターズ中堅手)が外野手部門において最多得票を得たため、新庄自身が「来年からは、印象ではなく数字で選んで欲しい。そうでないとこの素晴らしい賞の価値がなくなってしまう」 とコメントした[参考文献 3]
  • 2008年 セ・リーグ 遊撃手部門
    • 井端弘和中日)はケガの影響もあり、低い守備記録しか残しておらず、ゴールデングラブに値するような成績ではなかったという批判がある[参考文献 4]。この年の井端は自己最低ながらも守備率はリーグトップだが、刺殺数や補殺数、併殺数、レンジファクターは鳥谷敬阪神)に大きく劣った。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ 『日本プロ野球歴代名選手名鑑』恒文社、1976年、399頁、ボイヤーの項
  2. ^ a b c d 玉木正之『プロ野球大辞典』新潮社〈新潮文庫〉、1990年、334頁、ダイヤモンドグラブ賞の項
  3. ^ 北海道日刊スポーツ「新庄の受賞に「なぜ俺を選ぶ」/ゴールデングラブ賞」、2005年11月9日
  4. ^ 田端到「ゴールデングラブ賞に異議アリ。鳥谷敬の守備力に正当な評価を!」NumberWeb、2009年11月26日

脚注以外の参考文献

  • 『The Official Baseball Encyclopedia'94』(社)日本野球機構、1994年
  • 『ベースボールレコードブック』ベースボールマガジン社、1997年~2008年
  • 坂本邦夫『プロ野球データ辞典』PHP研究所、2001年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]