真田裕貴
横浜時代(2010年4月3日 明治神宮野球場)
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| 基本情報 | |
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| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府 |
| 生年月日 | 1984年2月7日(28歳) |
| 身長 体重 |
181cm 85kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2001年 ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2002年7月7日 |
| 年俸 | 4,900万円(2011年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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真田 裕貴(さなだ ひろき、1984年2月7日 - )は、大阪府出身のプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
大阪府生まれ兵庫県高砂市育ち。高砂市立宝殿中学校から兵庫県立姫路工業高等学校に進学後、3年時にエースで4番として第73回選抜高等学校野球大会に出場。初戦の対日大三高戦では近藤一樹から本塁打を放ったが敗退。
夏は兵庫大会決勝でグエン・トラン・フォク・アンを擁する東洋大姫路高校に惜敗。その後、AAAアジア野球選手権日本代表に選出され先発投手として好投した。高校時代は最速146km/h、高校通算25本塁打を記録。
2001年のドラフト会議で読売ジャイアンツから寺原隼人の外れ1巡目で指名され入団。
[編集] プロ入り後
[編集] 巨人時代
2002年はシーズン序盤からイースタン・リーグで好投、対日本ハム戦では相手のバットを8本折り、「あんなえげつないスライダー(またはシュート)は初めてだ」と言われた[1]。後半戦は一軍の先発ローテーションに定着し、6勝3敗の成績を残し優勝に貢献。シュートを持ち球にしていること、死球を恐れない度胸と投球術を絶賛された。ドラフト制導入後に高卒1年目で6勝以上を挙げたのは球団史上堀内恒夫以来36年ぶりだった。
2003年はプロ初完投なども記録したが先発としては精彩を欠き、開幕以降1ヶ月以上勝てなかった。その後シュートを見込まれリリーフに回るがリリーフ陣が崩壊状態だったため、リード時の中継ぎ、抑えのみならず、ビハインド時にも登板した。原辰徳監督には「入団当初の球が戻ってきた」と評価されたが、連投の負担から右肩痛を発症すると7月26日に登録抹消され、以降このシーズンの登板はなかった。
2004年以降は前年の登板過多が遠因で肩を庇う癖がつきフォームが小さくなっていったといい、同年は二軍の先発ローテーションとして規定投球回に達したが防御率5.91と内容は悪く、シーズン終盤に一軍で登板したが結果は出なかった。
2005年も二軍で先発投手として登板を続け、セ・パ交流戦で2年ぶりに勝利投手となった。しかし、球速は135km/h前後にとどまり制球面でも課題を残した。
2006年は後半戦にリリーフとして一軍昇格し、主に中継ぎとして25試合に登板して防御率3.86を記録した。同年は142km/h程度まで球速が戻ったが、球のキレや制球までは戻らなかった。
2007年は開幕一軍入りをしたが結果を出せず一軍と二軍を往復し、二軍では抑えとしてチーム最多の13セーブを記録。同年12月にはスポーツ報知などのメディアが12月中に結婚することを報道した。
2008年は若手の西村健太朗が台頭したこともあり、6月10日に鶴岡一成とのトレードで横浜ベイスターズへ移籍。背番号は57。
[編集] 横浜時代
移籍当初は中継ぎで起用され、7月2日の対広島東洋カープ戦で2年ぶりに勝利投手となる。その後はチーム事情から5年ぶりに先発ローテーション入りしたが、先発では結果を残せなかった。シーズン終盤はリードされた場面の登板が主となったが、移籍後に行ったフォーム改造が功を奏して最速148km/hを計測するなど球威を取り戻し安定した投球を続けた。同年オフに背番号を30に変更。
2009年は開幕から中継ぎで起用され、敗戦処理からセットアッパーまでこなして自己最多となる68試合に登板して防御率2.98、19ホールドと自己最高の成績を収めた。
2010年8月1日の対東京ヤクルトスワローズ戦で史上29人目の1球勝利を挙げた。同年は8敗して防御率も前年より悪化したが、リリーフとして62試合に登板して16ホールドを記録した。
2011年は主にビハインドの場面で53試合に登板した。オフにアーン・テレムと代理人契約を結び、ポスティングシステムでのメジャー挑戦を表明。12月7日に締め切られたが、入札球団はなかった[2]。今後は公開トライアウトを行うなどして、米球界への移籍を目指す予定[3]。球団は本人の意志を尊重し、自由契約とする方針をとり[4]、12月16日に契約保留で自由契約公示された。
[編集] プレースタイル
平均140km/h中盤の速球とシュートを軸に、スライダーも交えて左右へ散らして打たせて取る投球スタイルで、奪三振率は低い。緩急や縦の変化を補うためにカーブ、フォークボール、チェンジアップなども投げるが、精度が低いことからボールカウントを悪くしたり狙い打ちされることが多い。
[編集] 人物
犬好き(トイプードル)である。
大阪生まれ兵庫育ちということからプロ入り当初は「阪神ファンですか?」と聞かれていたが、東京育ちで巨人ファンの父親の影響もあり巨人ファンである。
逆指名・統一ドラフト制度下で巨人が高卒選手を1位指名したのは真田と原俊介の2人だけである。
入団会見ではセールスポイントを訊かれ「溶接とか…」と工業高校出身らしい回答をした。
横浜に移籍した際、同時期に中日ドラゴンズから移籍した石井裕也とともにTBSの『バース・デイ』でその様子を取り上げられた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2002 | 巨人 | 12 | 11 | 0 | 0 | 0 | 6 | 3 | 0 | -- | .667 | 289 | 70.0 | 72 | 10 | 13 | 1 | 3 | 42 | 0 | 1 | 31 | 29 | 3.73 | 1.21 |
| 2003 | 30 | 6 | 1 | 0 | 0 | 3 | 8 | 2 | -- | .273 | 260 | 56.2 | 67 | 10 | 22 | 2 | 7 | 39 | 3 | 0 | 37 | 34 | 5.40 | 1.57 | |
| 2004 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 22 | 5.0 | 6 | 0 | 1 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 3 | 3 | 5.40 | 1.40 | |
| 2005 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 41 | 7.2 | 14 | 1 | 3 | 0 | 2 | 1 | 2 | 0 | 9 | 8 | 9.39 | 2.22 | |
| 2006 | 25 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 1 | 0 | 1.000 | 115 | 25.2 | 27 | 3 | 11 | 3 | 1 | 18 | 0 | 0 | 13 | 11 | 3.86 | 1.48 | |
| 2007 | 17 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 83 | 19.2 | 22 | 2 | 3 | 1 | 2 | 8 | 0 | 0 | 10 | 10 | 4.58 | 1.27 | |
| 2008 | 横浜 | 26 | 5 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 0 | 3 | .333 | 226 | 51.1 | 64 | 3 | 16 | 0 | 1 | 25 | 1 | 1 | 30 | 28 | 4.91 | 1.56 |
| 2009 | 68 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 4 | 0 | 19 | .556 | 280 | 66.1 | 66 | 9 | 23 | 3 | 4 | 36 | 0 | 1 | 24 | 22 | 2.98 | 1.34 | |
| 2010 | 62 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 8 | 0 | 16 | .273 | 303 | 69.2 | 72 | 10 | 21 | 4 | 7 | 41 | 3 | 0 | 33 | 30 | 3.88 | 1.33 | |
| 2011 | 53 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 3 | 1.000 | 214 | 49.0 | 66 | 4 | 8 | 1 | 4 | 18 | 0 | 0 | 25 | 23 | 4.22 | 1.51 | |
| 通算:10年 | 299 | 22 | 1 | 0 | 0 | 24 | 27 | 3 | 41 | .471 | 1833 | 421.0 | 476 | 52 | 121 | 15 | 31 | 233 | 9 | 3 | 215 | 198 | 4.23 | 1.42 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 投手記録
- 初登板・初先発:2002年7月7日、対阪神タイガース15回戦(東京ドーム)、5回6安打3失点で敗戦投手
- 初奪三振:同上、1回表にジョージ・アリアスから
- 初勝利・初先発勝利:2002年7月21日、対中日ドラゴンズ17回戦(ナゴヤドーム)、6回6安打3失点
- 初完投勝利:2003年5月13日、対横浜ベイスターズ6回戦(東京ドーム)、9回2失点
- 初セーブ:2003年6月3日、対広島東洋カープ8回戦(広島市民球場)
- 初ホールド:2008年8月30日、対東京ヤクルトスワローズ19回戦(横浜スタジアム)
- 1球勝利投手:2010年8月1日、対東京ヤクルトスワローズ13回戦(いわきグリーンスタジアム)、7回裏に田中浩康を遊撃ゴロ ※史上29人目
- 打撃記録
- 初安打・初打点:2002年8月11日、対広島東洋カープ22回戦(東京ドーム)、5回裏に佐々岡真司から中前同点適時打
[編集] 背番号
- 43 (2002年 - 2008年途中)
- 57 (2008年途中 - 同年終了)
- 30 (2009年 - 2011年)
[編集] 脚注
- ^ 当時の月刊ジャイアンツの記事より。
- ^ “真田の獲得希望球団なし=米大リーグ”. 時事通信 (2011年12月8日). 2011年12月8日閲覧。
- ^ “横浜・真田に入札なし 公開トライアウトで米移籍挑む”. スポーツニッポン (2011年12月9日). 2011年12月9日閲覧。
- ^ “真田は自由契約へ=プロ野球・DeNA”. 時事通信 (2011年12月13日). 2011年12月14日閲覧。
[編集] 関連項目
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