中村泰広
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| 阪神タイガース #126 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 奈良県橿原市 |
| 生年月日 | 1978年9月19日(30歳) |
| 身長 体重 |
174cm 74kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 2002年 ドラフト4巡目 |
| 初出場 | 2003年4月5日 |
| 年俸 | 600万円(2009年)←←1500万円 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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中村 泰広(なかむら やすひろ、1978年9月19日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手(投手・育成選手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] アマチュア時代
奈良県橿原市出身。小学校時代は、『金橋ブラックキング』に所属。小中学時代は、後に阪神タイガースでチームメイトとなる関本健太郎と同級生だった。郡山高2年の時に春の甲子園に出場するが、初戦で熊本工業高校に1-4で敗れた。このとき先発した中村を5回から救援したのは、エース争いをしていた同学年の右腕・宮越徹だった。宮越がその後故障してほとんど登板できなかったため、中村が最後はエースとしてチームを引っ張ったが、3年夏の奈良県大会決勝で関本の天理高校と対戦して1-0で敗れ、ついに甲子園には戻れずに終わった。この試合で中村は最後の打者だった。
慶應義塾大学では1年時から登板。同学年の左腕・山本省吾の陰に隠れた感じは否めなかったが、それでも140Km前後のストレートとスライダーを武器に東京六大学通算11勝を挙げ、4年の時に明治神宮大会優勝を達成した。2年秋の早慶戦第2戦に先発したとき、5回裏に決勝ボークを与え、0-1で敗れるという珍記録を残した。大学では山本のほか佐藤友亮が同期だった。
卒業後は日本IBM野洲に進む。日本IBM野洲としての都市対抗野球出場経験はないが、日本新薬の補強選手で1度出場し、1試合に登板している。
2002年のドラフトで、阪神に4位で指名され入団。翌年限りで休部となった日本IBM野洲が輩出した最後のプロ野球選手となった。
[編集] プロ入り後
2003年、江草仁貴など左腕投手が4人入団した中でただ一人開幕一軍に登録された。しかしその後しばらくは一軍で結果を残すことができなかった。
2006年7月12日の広島東洋カープ戦(阪神甲子園球場)で得意のスライダーを軸に投げ、プロ初先発初勝利を挙げた。この試合では、中村がピンチを作るたびに、三塁手で出場していた関本がマウンドに歩み寄って中村に言葉をかけるシーンが見られた。同年9月30日の千葉ロッテマリーンズとのファーム日本選手権にて4安打完封勝利を挙げ、最優秀選手賞を受賞。
2007年シーズンは、前年オフに移籍退団した同じ左腕の井川慶の穴を埋める投手のひとりとして期待され、当初は一軍で11試合20イニング連続無失点と好調を維持したが、5月末から調子が落ち、四球を連発して序盤でノックアウトされる試合が続き、ついに二軍落ち。二軍ではウエスタン・リーグ最優秀防御率となる1.80など好成績をあげたものの、シーズン終了後の11月、金村曉との交換トレードで北海道日本ハムファイターズへ移籍した。
しかし日本ハムでは左ひじ痛などで一軍出場がないまま終わり、2008年10月2日に戦力外通告を受けた。その後12球団合同トライアウトに参加し、12月8日に阪神と育成選手として契約。2年ぶりに古巣に復帰となった。
[編集] プレースタイル
切れの良い高速スライダーとストレートが武器。一方でコントロールに課題があり、特に緊迫した場面や大観衆の中ではひどくなる傾向がある。また、クイックモーションもあまり得意ではなく、2006年9月9日のウエスタン・リーグ 対福岡ソフトバンクホークス20回戦(阪神鳴尾浜球場)では5盗塁を許してしまった。
[編集] 年度別成績
| 年度 | 所 属 球 団 |
背 番 号 |
登 板 |
勝 利 |
敗 北 |
セ 丨 ブ |
完 投 |
完 封 勝 |
無 四 球 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003年 | 阪神 | 13 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 32 | 6.0 | 6 | 0 | 5 | 3 | 5 | 1 | 0 | 7 | 7 | 10.50 |
| 2004年 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 24 | 5.0 | 4 | 0 | 3 | 2 | 6 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1.80 | ||
| 2005年 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 17 | 3.0 | 3 | 0 | 5 | 0 | 4 | 0 | 0 | 3 | 3 | 9.00 | ||
| 2006年 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 43 | 10.0 | 13 | 0 | 4 | 0 | 2 | 0 | 1 | 4 | 4 | 3.60 | ||
| 2007年 | 15 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 120 | 29.1 | 22 | 1 | 12 | 2 | 37 | 0 | 0 | 12 | 10 | 3.07 | ||
| 2008年 | 日本ハム | 19 | 一軍登板なし | ||||||||||||||||||
| 通算成績 | 29 | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 236 | 53.1 | 48 | 1 | 29 | 7 | 54 | 1 | 1 | 27 | 25 | 4.22 | ||
[編集] 記録・表彰
- 初登板- - 2003年4月5日 対ヤクルトスワローズ2回戦(大阪ドーム) - 8回表2番手として救援
- 初奪三振 - 2003年5月9日 対横浜ベイスターズ7回戦(横浜スタジアム) - 8回裏一死 打者:木村昇吾
- 初先発・初勝利 - 2006年7月12日 対広島東洋カープ9回戦(阪神甲子園球場)
[編集] ウエスタン・リーグ
- 勝率第一位投手:625(2006年)
- 最優秀防御率:1.80(2007年)
- 優秀選手(2007年)
[編集] 関連項目
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