加藤大輔
| 東北楽天ゴールデンイーグルス #54 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 福岡県豊前市 |
| 生年月日 | 1980年7月27日(31歳) |
| 身長 体重 |
179cm 90kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2002年 自由獲得枠 |
| 初出場 | 2003年4月8日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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加藤 大輔(かとう だいすけ、1980年7月27日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 経歴
福岡県豊前市出身。九州国際大学付属高等学校時代に縦変化の変化球を習得しようと練習した際にフォークボールやパームボール、チェンジアップ等はうまくいかなかったが、2本指のナックルボールの握りで投げると鋭い変化をしたため武器にすることにした。当初はナックルのつもりで習得したが、ナックルカーブだと指摘されて自身でも確認したところ回転して落ちており、ナックルカーブの名称を知ると共に認識を改めた。
神奈川大学野球連盟所属の神奈川大学に進学後は4年時の2002年に第1回世界大学野球選手権日本代表に選出され、同年秋のドラフト会議において自由枠でオリックス・ブルーウェーブに入団。
[編集] プロ入り後
2003年は新人ながら先発投手にリリーフにとフル回転し、43試合に登板した。夏場以降は疲労からか球威が落ち、防御率は5点台に落ちた。翌2004年は肘の故障でシーズンのほとんどをリハビリに費やした。
2005年からは分配ドラフトによりオリックス・バファローズに入団。春季キャンプで行われた紅白戦でMVPに選ばれて仰木彬監督が横峯ファミリーと親交があったことから「横峯さくらと1日デート権」が贈られ、全8試合の「宮古島杯」でもMVPに選ばれ宮古牛1頭を獲得した。シーズンに入ると萩原淳、香月良太、歌藤達夫、菊地原毅、大久保勝信らと強力リリーフ陣を形成。左の菊地原、右の加藤というダブルセットアッパー体制で60試合に登板し、チーム内では菊地原に次ぐ2位、リーグ4位の23ホールド、同3位の29ホールドポイント、防御率2.76を記録した。
2006年は前年に引き続きリリーフ陣の中心として活躍。抑えを任されることもあった。チーム最多の61試合に登板してリーグ9位となる19ホールド、防御率3.10を記録したが要所で打ち込まれ6敗を喫し、奪三振数も半減した。もっとも、前年活躍した中継ぎ陣の大半が大きく成績を落とした中で加藤と菊地原はまずまずの成績を残している。
2007年も開幕から主にセットアッパーとして起用されたが、シーズン当初クローザーだったランス・カーターの先発転向に伴い抑えに指名された。4月28日の福岡ソフトバンクホークス戦で松中信彦に決勝本塁打を打たれて敗戦投手になった際に、コリンズ監督は報道陣に「彼はグレートだ」と4回も繰り返し、加藤を信頼している事を強調した。9月5日には長男が誕生し、同日に登板してセーブを挙げた。同年はリーグ3位の63試合に登板してリーグ4位の26セーブ、防御率2.59を記録した。同年オフに開催されたアジア大会兼北京五輪予選には日本代表候補として国内の合宿に参加したが、開催地の台湾へ向かう直前の最終候補には選出されなかった。これについては「折角選出してもらったが最終的に選ばれなかったのはまだまだ自分の実力不足だと言う事でしょう。北京の本選(五輪)では選出されるように2008年の前半シーズンを頑張る」と述べた。
2008年からホームゲームでは加藤がセーブがつく状態でマウンドに上がる際、彼だけの特別映像がスタジアムビジョンに流れるようになった。8月27日には球団新記録となる28セーブを達成。チームトップの63試合に登板して33セーブを挙げ、初タイトルとなる最多セーブ投手を獲得。しかし、9月上旬まではセーブがつく場面での救援失敗が4度だったが、ターメル・スレッジに逆転サヨナラ打を浴びた9月15日以降は3度の救援失敗をするなど課題も残した。シーズン終了後の秋季キャンプでは臨時コーチの野茂英雄からフォークの指導を受けた[1]。
2009年はシーズン当初から精彩を欠く場面が多く、序盤は何とか凌いだが8月になると投球内容が悪化した。8月25日の北海道日本ハムファイターズ戦で3点リードを守れず1/3回5失点と打ち込まれた後は中継ぎに配置転換され、金子千尋が抑えを任された。シーズン成績は48試合に登板して13セーブ、防御率5.23と球団合併後最悪の記録だった。
2010年も中継ぎ・セットアッパーとして起用され、シーズン初頭はまずまずの安定感を見せていたが、5月に入ってから安定感を欠き出し、5月19日の広島東洋カープ戦で1回2/3イニング3失点と打ち込まれ二軍降格。その後最短の10日で一軍復帰し交流戦2試合に登板するも続けて打ち込まれ6月5日に二軍降格、以降一軍での登板はないままシーズンを終えた。
2011年はプロ入り初の一軍登板無しに終わり、11月14日に戦力外通告を受けた[2]。12球団合同トライアウトに参加し、12月6日に東北楽天ゴールデンイーグルスが獲得を発表した[3]。
[編集] プレースタイル
プロ入り初年度以外は専らリリーフとして登板しており、最速156km/hの速球と決め球のナックルカーブを中心にした奪三振率の高い投球が特徴である。他にスライダーやパーム、フォーク、チェンジアップも投げる。
[編集] 人物
大学時代は複数球団が獲得に乗り出していたが、オリックスに決めた理由は「自分が調子の悪かったときもずっと見ていてくれた」からだという。
入団会見では契約金の使い道を聞かれ「双子の妹を大学に行かせたいので学費にしたい」と答えた。なお、2人の妹が双子なのであり加藤自身は双子ではない。
クローザー転向後は同世代で同じくクローザーを務める藤川球児の名を目標やライバルとして度々挙げている。プロ入り1年目の頃は「他の一流投手を目標とするよりも一流打者を抑えることを目標としたい」との理由から小笠原道大を目標の選手としていた。
楽天の入団会見の際、「どん底を抜けて、上り調子に差し掛かってた矢先の解雇だったので、自分を拾ってくれた楽天さんに恩返ししたい」と語った。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | オリックス | 43 | 3 | 0 | 0 | 0 | 4 | 4 | 9 | -- | .500 | 320 | 69.2 | 79 | 13 | 36 | 2 | 1 | 75 | 2 | 0 | 41 | 40 | 5.17 | 1.65 |
| 2004 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 6 | 1.0 | 2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 2 | 2 | 18.00 | 3.00 | |
| 2005 | 60 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 3 | 2 | 23 | .667 | 324 | 81.2 | 67 | 8 | 16 | 1 | 3 | 83 | 5 | 0 | 29 | 25 | 2.76 | 1.02 | |
| 2006 | 61 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 6 | 4 | 19 | .143 | 252 | 61.0 | 49 | 2 | 20 | 2 | 3 | 41 | 0 | 0 | 27 | 21 | 3.10 | 1.13 | |
| 2007 | 63 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 26 | 4 | .429 | 304 | 73.0 | 63 | 3 | 21 | 7 | 2 | 71 | 6 | 0 | 21 | 21 | 2.59 | 1.15 | |
| 2008 | 63 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 5 | 33 | 1 | .286 | 260 | 63.0 | 60 | 6 | 17 | 0 | 3 | 65 | 2 | 0 | 24 | 23 | 3.29 | 1.22 | |
| 2009 | 48 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 4 | 13 | 3 | .500 | 229 | 51.2 | 58 | 5 | 15 | 2 | 3 | 53 | 4 | 0 | 35 | 30 | 5.23 | 1.41 | |
| 2010 | 20 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 1.000 | 103 | 25.1 | 17 | 3 | 11 | 0 | 2 | 15 | 0 | 0 | 14 | 11 | 3.91 | 1.11 | |
| 通算:8年 | 359 | 3 | 0 | 0 | 0 | 21 | 26 | 87 | 52 | .447 | 1798 | 426.1 | 395 | 40 | 137 | 14 | 17 | 405 | 19 | 0 | 193 | 173 | 3.65 | 1.25 | |
- 2011年シーズン終了時点
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] タイトル
- 最多セーブ投手:1回 (2008年)
[編集] 記録
- 初登板:2003年4月8日、対日本ハムファイターズ1回戦(札幌ドーム)、6回裏に3番手で救援登板、3回2失点
- 初奪三振:同上、6回裏にエンジェル・エチェバリアから
- 初勝利:2003年4月14日、対日本ハムファイターズ3回戦(Yahoo!BBスタジアム)、6回表1死に救援登板・完了、3回2/3を無失点
- 初セーブ:2003年4月22日、対西武ライオンズ5回戦(札幌ドーム)、8回裏に4番手で救援登板・完了、2回無失点
- 初先発・初先発勝利:2003年5月17日、対日本ハムファイターズ5回戦(東京ドーム)、5回3安打無失点
- 初ホールド:2005年5月13日、対広島東洋カープ1回戦(スカイマークスタジアム)、8回表に3番手で救援登板、2回無失点
- 4年連続60試合登板(2005年 - 2008年)
[編集] 背番号
- 14 (2003年 - 2004年)
- 15 (2005年 - 2011年)
- 54 (2012年 - )
[編集] 脚注
- ^ Bs野茂マジックだ!臨時コーチ初日から効果絶大
- ^ “戦力外通告のお知らせ”. オリックス・バファローズ (2011年11月14日). 2011年11月14日閲覧。
- ^ “契約合意に関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2011年12月6日). 2011年12月6日閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 個人年度別成績 【加藤大輔 (オリックス・バファローズ)】 - 日本野球機構オフィシャルサイト
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