木村昇吾

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木村 昇吾
広島東洋カープ #66
HC-Shogo-Kimura.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府大阪市城東区
生年月日 1980年4月16日(31歳)
身長
体重
182cm
75kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 内野手外野手
プロ入り 2002年 ドラフト11巡目
初出場 2003年3月28日
年俸 2,800万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

木村 昇吾(きむら しょうご、1980年4月16日 - )は広島東洋カープに所属するプロ野球選手内野手)。

本職は遊撃手だが、外野守備経験もある。応援歌はかつて広島に在籍していた木村拓也のものが使用されている。

目次

[編集] 経歴

大阪府大阪市出身。小学1年生の時に大阪クーガーズに入り二塁手となる[1]。高校は香川県尽誠学園に進学し3年時に第80回全国高等学校野球選手権大会に出場。2回戦で久保康友がエースの関大一高に敗退[1]

大学では1年次から6番・遊撃手のレギュラーになり、愛知大学野球リーグで.469の打率を残した[1]。4年時に全日本大学野球選手権大会に出場、1回戦敗退。愛知大学野球リーグではベストナイン(遊撃手)に2回選出されるなど俊足とパンチ力を秘めた選手として活躍。2002年度ドラフト会議にて11巡目指名で横浜ベイスターズに入団した[1]。このとき、他の球団から指名の約束があったらしいが実現されなかった[1]

2003年開幕戦は欠場もベンチ入りを果たし第2戦で伊良部秀輝からセーフティバントを決めプロ初安打を記録。この年は25試合に出場し、4安打の成績だった[1]。しかし2年目以降は目立った活躍ができず、4年目から走力に活路を見出そうと取り組んだ。打法も試行錯誤を繰り返した[1]2007年オフ、岸本秀樹とともに、小山田保裕との2対1のトレードで、広島東洋カープへ移籍した。

2008年はキャンプからマーティ・ブラウン監督の目に止まり、開幕から年間通じて一軍に定着[1]。先発出場の機会はほとんどないものの、貴重な三塁手と遊撃の控えに二塁手もこなし、代走・守備固め要員として重宝され、自己最多の94試合に出場した[1]。代走起用36回、守備固め46試合はともにリーグトップだった。俊足のユーティリティープレイヤーというプレイスタイルの相似からか、ヒッティングテーマは、広島時代の木村拓也のテーマが流用され、「タクヤ」の部分が「ショーゴ」に変わった以外はメロディも歌詞もそのままである。

2009年5月6日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)で監督のマーティ・ブラウンが公式戦では3年ぶり3度目の5人内野シフトを敷いたとき、右翼手天谷宗一郎に代わって出場し、外野には行かず三塁と遊撃の間で守備に就いたが、打者荒木雅博が三振に倒れたため守備機会はなかった。スタメン出場はなかったが、巨人の鈴木尚広を抑えて2年連続リーグトップの代走起用39回、内野の守備固め44回、外野の守備固め14回と、試合終盤の守備を任されるスペシャリストとして重要な働きをした。

2010年、シーズン当初はこの年監督に就任した野村謙二郎の信頼を得られず出場機会を減らしていたが、後半戦に入り、正二塁手である東出輝裕の負傷離脱に伴い一軍に呼ばれ[1]、8月21日の対横浜戦で久々の先発出場。守備・走塁だけでなく、バットを寝かせた新フォームで[1]打撃でも好調を維持し、以後シーズン終了まで2番・二塁手としてスタメンに定着した。少ない打席数ながら打率は.324のハイアベレージをマークし[1]、守備要員から脱却する飛躍のシーズンになった。特に古巣の横浜相手には9月18日の試合で自身初の1試合5安打を記録するなど、対戦打率.593と強さを発揮した。2011年も6月に負傷した梵英心に代わって遊撃に定着し、106試合76安打を放った[1]

[編集] 人物

  • 2003年4月に結婚。子供は1男2女。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2003 横浜 21 26 25 0 4 0 0 0 4 0 0 0 0 0 0 0 1 9 0 .160 .192 .160 .352
2004 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2006 15 17 15 1 2 0 0 0 2 0 1 2 1 0 1 0 0 4 0 .133 .188 .133 .321
2007 10 6 5 1 1 0 0 0 1 1 1 1 0 0 0 0 1 1 1 .200 .333 .200 .533
2008 広島 94 55 48 15 11 0 0 0 11 1 6 2 4 0 2 0 1 13 0 .229 .275 .229 .504
2009 69 15 13 15 3 1 0 0 4 1 4 4 1 0 0 0 1 7 0 .231 .286 .308 .593
2010 70 164 136 22 44 10 5 1 67 11 6 5 16 0 10 0 2 33 1 .324 .378 .493 .871
2011 106 349 293 30 76 6 1 0 84 17 3 3 37 1 14 2 4 53 6 .259 .301 .287 .588
通算:8年 386 633 536 84 141 17 6 1 173 31 21 17 59 1 27 2 10 121 8 .263 .310 .323 .633
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 年度別守備成績


一塁 二塁 三塁 遊撃 外野




























































2003 - - - 7 5 6 0 2 1.000 -
2006 1 1 0 0 0 1.000 4 4 11 0 1 1.000 - - -
2007 - 2 1 1 0 1 1.000 6 0 2 0 0 1.000 2 0 1 0 0 1.000 -
2008 - 4 5 6 0 2 1.000 53 14 21 2 2 .946 25 20 31 1 6 .981 -
2009 - - 39 8 13 1 0 .955 5 2 5 0 1 1.000 14 5 0 0 0 1.000
2010 1 0 0 0 0 - 35 80 92 2 18 .989 17 4 14 0 1 1.000 - 12 3 0 0 0 1.000
2011 - 1 1 0 0 0 1.000 13 3 2 0 1 1.000 86 134 241 9 34 .977 3 4 0 0 0 1.000
通算 2 1 0 0 0 1.000 46 91 110 2 22 .990 128 29 52 3 4 .964 125 161 284 10 43 .978 29 12 0 0 0 1.000
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 66 (2003年 - )

[編集] アマチュア時代の戦績・記録

[編集] 脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 野球浪漫 木村昇吾『週刊ベースボール』2011年11月21日号、ベースボール・マガジン社、2011年、雑誌20442-11/21, 56-59頁。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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