森岡良介
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| 東京ヤクルトスワローズ #68 | |
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中日時代の森岡
(2008年6月26日、阪神鳴尾浜球場) |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府大阪市 |
| 生年月日 | 1984年7月15日(25歳) |
| 身長 体重 |
172cm 72kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| 守備位置 | 遊撃手、二塁手 |
| プロ入り | 2002年 ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2003年8月6日 |
| 年俸 | 900万円 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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森岡 良介(もりおか りょうすけ、1984年7月15日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手(内野手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
明徳義塾高校では1年生よりレギュラーで甲子園に4度出場。出場した13試合全てで安打を記録した。主将として3番ショートで出た2002年夏の甲子園で、明徳義塾高初の優勝に貢献した。2002年春の甲子園では、2005年大学・社会人ドラフトで希望入団枠で入団した吉見一起投手と初戦で対戦した。
三年生の夏に出場したときの逸話としてホームランを放ったあとにインタビューで「狙って打ちました」と言った事もある。当時の高校生の中では、群を抜いた落ち着き(入学直後からレギュラーだったこともあり)、センスと統率力で三年生の夏の甲子園優勝の原動力となる。西岡剛(大阪桐蔭高)、長田昌浩(東海大望洋高)とともに俊足巧打の内野手として高く評価された。
2002年のドラフトで中日ドラゴンズから1巡目指名されて入団。立浪和義の後継者として大きく期待されての入団だった。
[編集] プロ入り後
2003年8月6日広島戦で代打で出場し、プロ初打席に左越えの二塁打を放つ。8月7日には8番遊撃で初スタメンも経験。2006年5月~6月には正二塁手であった荒木雅博の故障中にスタメンで二塁手としてよく出場し、スタメンの間無失策であった。また、日本シリーズ有資格者にも選ばれた。2007年4月22日ヤクルト戦で代打で出場し、プロ初本塁打を放つ。ウエスタンリーグでは打率.316、6本塁打、42打点で、打率・本塁打・打点の三部門でチームトップの成績を残し、最高出塁率のタイトルも獲得した。だが、岩崎達郎ら若手が台頭し、徐々に出場機会が減少。
2008年オフに戦力外通告を受ける。1回目の12球団合同トライアウトを受験し、東京ヤクルトスワローズが獲得を発表。同年トライアウト合格者第1号であった。12月2日に自由契約公示。
2008年12月4日にソフトバンクから移籍した吉本亮内野手、オリックスから育成選手で契約した田中祐貴投手とともに入団発表を行い、背番号は68に決まった。
2009年、内野のポジションを守れる器用さと俊足が認められ、7年目にして新天地で開幕一軍入りを果たした。
[編集] 人物
高校3年生最後の夏の大会では主将として決勝に進出。決勝もリードしたまま最終回を迎え、2死になった所で感極まって試合中にも関わらず号泣した。それは常に全国屈指の強豪校とされながら、なかなか優勝を果たせなかった事とも繋がっていた。なおこの光景は映像に残っており、この年の最終日の熱闘甲子園のラストにも使われている。
2004年フレッシュオールスターゲーム出場、ファーム日本選手権制覇に貢献。しかし同年の日本シリーズには出場できなかった。
2007年4月24日対広島戦に代走として出場した際、エンドランを外されてタイミングは完全にアウトだったにもかかわらず二塁への進塁を成功させた、スライディングにブレーキをかけて、相手ショート松本高明の足狙いのタッチを避け、松本がもたつく間に松本のグラブをまたいでベースを踏みセーフになるという前代未聞のプレーになった。ちなみに森岡本人は「タイミングを見計らって、意図して急ブレーキをかけた」と語っている。
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | 中日 | 3 | 7 | 7 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .286 | .286 | .429 | .715 |
| 2004 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2005 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2006 | 17 | 31 | 26 | 5 | 5 | 1 | 0 | 0 | 6 | 1 | 0 | 0 | 3 | 0 | 2 | 1 | 0 | 6 | 0 | .192 | .250 | .231 | .481 | |
| 2007 | 11 | 11 | 9 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1 | 4 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 3 | 1 | .111 | .200 | .444 | .644 | |
| 2008 | 5 | 5 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .200 | .000 | .200 | |
| 通算:6年 | 39 | 56 | 48 | 8 | 8 | 2 | 0 | 1 | 13 | 2 | 1 | 1 | 4 | 0 | 4 | 1 | 0 | 13 | 1 | .167 | .231 | .271 | .502 | |
- 2008年度シーズン終了時
[編集] 個人記録
- 初出場・初安打:2003年8月6日広島戦(ナゴヤD) 8回岩瀬の代打、デービッド・ランドクイストから二塁打
- 初本塁打:2007年4月22日ヤクルト戦(神宮) 8回谷繁の代打、館山から右越ソロ
[編集] 背番号
- 8 (2003年)
- 45 (2004年 - 2008年)
- 68 (2009年 - )
[編集] 関連項目
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