大松尚逸

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大松尚逸
千葉ロッテマリーンズ No.10
基本情報
出身地 石川県金沢市
生年月日 1982年6月16日(25歳)
身長
体重
184cm
90kg
選手情報
投球・打席 左投左打
守備位置 外野手
プロ入り 2004年 5巡目
初出場 2005年7月12日
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

大松 尚逸(おおまつ しょういつ、1982年6月16日 - )は、石川県金沢市出身のプロ野球選手。千葉ロッテマリーンズ所属。ポジション外野手背番号10

目次

[編集] プレイスタイル

同期入団の竹原直隆とともに若手期待の成長株であり、いずれクリーンナップを担う逸材であると言われている。因みに入団当初の2軍監督であり、かつて松中信彦を育て上げた古賀英彦2軍ヘッドコーチから「松中になれる逸材」といわれるほど潜在能力は高い。また、外野の3つのポジションを全て守る。特に肩は強肩の部類にはいるが、失策は多い。しかし、守備範囲の広さもあってか、2006年は守備固めでの起用も見られた。

[編集] 来歴・人物

中学時は野球部に入らず、シニアリーグ(金沢シニア)に所属しキャプテンでエースだった。高校に入りポジションが外野へ変更。肉体改造し当時の石川屈指のスラッガーになった。金沢高では1年からレギュラーだったが、甲子園へは一度も出場していない。東海大学に進学し、2004年に全日本の主将を務め、日米大学野球でMVPを獲得。千葉ロッテにドラフト5巡目で指名を受け、入団。

2005年

ルーキーイヤーのこの年、二軍で4番に定着。同じくルーキーの竹原と共に2軍の快進撃に貢献した。二軍で打率.288、14本塁打(イースタン・リーグ3位)、55打点(同3位)と活躍し、阪神と行われたファーム日本選手権では逆転本塁打を放つなど、ファームの日本一に大きく貢献した。7月12日に一軍初出場、17日に初安打を記録。

2006年

4月15日1軍に昇格し、西武戦で「1番・右翼手」で即先発出場すると、7回に西口文也投手からプロ初HRとなる逆転満塁本塁打を放った。また5月26日には2度目の4番出場でパウエル投手から決勝3ランHRを放ちチーム屈指の巨人キラーと名を馳せた。打率は.217と低かったが8本塁打・31打点と非凡な長打力をアピールした。二軍では少ない試合数ながら打率.364を打った。

2007年

能登半島地震が起こった際、石川県出身であることから100万円の義援金を送った。規定打席未満ながらプロ入り初の一軍での打率3割をマーク、5本塁打、長打率.437を記録した。

[編集] エピソード

  • 大松を応援する際、マリーンズファンは黒い網を掲げて応援する事が多い。

[編集] 年度別打撃成績

年度 球団

試合 打席 打数 得点 安打





塁打 打点 盗塁

犠打 犠飛 四球 死球 三振

打率
2005年 ロッテ 10 3 8 7 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 2 0 .143
2006年 74 194 180 13 39 7 0 8 70 31 1 0 2 0 10 2 49 2 .217
2007年 77 232 213 24 64 14 0 5 93 22 1 0 2 2 14 1 31 7 .300
通算成績 154 434 400 37 104 21 0 13 164 53 2 0 4 2 25 3 82 9 .260

[編集] 初記録

[編集] 関連項目

千葉ロッテマリーンズ
2004年ドラフト指名選手
自由獲得枠:久保康友 / 自由獲得枠:手嶌智 / 4巡目:竹原直隆 / 5巡目:大松尚逸 / 6巡目:木興拓哉 / 7巡目:青松敬鎔