堂上剛裕

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堂上 剛裕
中日ドラゴンズ #63
CD-Takehiro-Donoue-2.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県春日井市
生年月日 1985年5月27日(29歳)
身長
体重
183 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2003年 ドラフト6巡目
初出場 2005年9月10日
年俸 2,025万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

堂上 剛裕(どのうえ たけひろ、1985年5月27日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手外野手)。愛称は「ドニキ」(「上兄弟の兄貴」が由来)。

父は元中日ドラゴンズ投手の堂上照、弟の堂上直倫も中日ドラゴンズ所属の内野手

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

名古屋北リトル→名古屋ファイターズを経て愛工大名電高に入学。高校では通算46本塁打を記録し、甲子園に4番・サードで3度出場した期待の若手の1人。2003年のドラフト会議中日ドラゴンズから6位指名を受け入団。当時は内野手として入団した。

初球のストライクはほぼ必ず打ちにいく積極的なバッティングも魅力。兄弟揃って私設応援団による応援歌が作られ、最後のメロディが兄弟で同じ旋律が使われていたが、2012年に作り直された際になくなった。

プロ入り後[編集]

ルーキーイヤーの一軍出場はなかった。2005年9月10日の対巨人戦で一軍初出場。二軍では主に一塁手としてチーム2位の78試合に出場し、打率.293の好成績を残した。

2006年は二軍でも打率.250と不調で、一軍出場なしに終わった。秋にハワイ・ウィンターリーグに派遣され、二軍で出場したことのない外野手として出場した。その際に肩の強さを買われ、コーチらの指示もあって翌年から本格的に外野手に転向した。

2007年は二軍で打率.404と圧倒的な成績を残し、6月19日の対オリックス戦で6番・一塁手で初の一軍スタメン出場。7月27日の対ヤクルト戦でプロ初安打・初打点を記録、7月29日の同カードではプロ初の決勝打となるプロ初本塁打を放った(但し、コールドゲームの為ヒーローインタビューは行なわれなかった)。更に8月11日の対巨人戦で姜建銘から代打サヨナラ本塁打も放った。10月27日、日本ハムとの日本シリーズ第1戦で、8回表に代打として日本シリーズ初出場を果たす。

2008年は二軍生活が続き、終盤で一軍出場を果たすもののすぐに降格。前年に比べて大きく下回る結果となった。このシーズンで5年間入っていた昇竜館を父と一緒に退寮した。

2009年3月1日の日本ハムとのオープン戦で兄弟同一イニングでのアベック弾を放った。

2010年は6月22日からこのシーズン2度目の一軍登録され、引退した立浪和義に代わり左の代打として起用されることが多かった。また7月21日の対横浜戦で6番・右翼手でスタメン出場。弟の直倫と共に兄弟でスタメン出場を果たし、8月6日の阪神戦には、弟の直倫と共に適時打を放ち、ナゴヤドームで兄弟初めてのお立ち台に上がった。9月22日の阪神戦では、9回裏1死満塁の場面で代打として出場。藤川球児から一塁ゴロを放ったが、クレイグ・ブラゼルの本塁悪送球を誘いサヨナラ勝利となり、試合後にお立ち台に上がった。なお、この打席に立つ前に、落合博満監督から、「ボール(球)は振るな、内角は当たれ(死球)。」というアドバイスを貰っていた。最終的に自己最多となる58試合に出場した。

2011年ジョエル・グスマン佐伯貴弘の加入もあって序盤は出番が限られたが、7月1日の巨人戦(東京ドーム)では9回表2死満塁の場面で代打で登場し、久保裕也から走者一掃の逆転適時三塁打を放った。また、10月9日には再び巨人戦(ナゴヤドーム)で延長10回裏1死一塁二塁の場面で代打で登場し、前々日に抑えられていた久保裕也からサヨナラ適時打を放つなど、前年に続いて代打で結果を残し、自己最高の結果を残した前年を試合数・打率・安打数で上回った。12月に結婚した[1]

2012年、5月27日のソフトバンク戦(ナゴヤドーム)でバースデーアーチとなるシーズン第1号2ランを放つ[2]。これが決勝点となった為、自身の誕生日にお立ち台に上がった。また、10月19日クライマックスシリーズ第3戦の巨人戦では代打で出場して勝ち越しとなる決勝適時打を放った。右翼のレギュラー候補だった平田良介の不調もあってライトでのスタメン出場が増え、自己最高の85試合に出場し、4本塁打を放ち打率も.282(44安打)と安定感を見せた。

2013年は前年と比較して出場試合数がほぼ半減、代打での出場がほとんどだったが最終的に打率、得点圏打率共に1割台に落ち込んだ。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2005 中日 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2007 37 82 77 8 22 2 1 2 32 11 0 0 0 0 4 0 1 14 0 .286 .329 .416 .745
2008 1 3 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 0 .000 .333 .000 .333
2009 9 14 13 1 2 0 0 0 2 1 0 0 0 1 0 0 0 3 0 .154 .143 .154 .297
2010 58 104 97 11 24 5 0 2 35 17 0 0 2 1 4 1 0 18 2 .247 .275 .361 .635
2011 64 117 108 11 31 10 1 1 46 15 0 0 0 0 7 1 2 20 4 .287 .342 .426 .768
2012 85 166 156 10 44 8 0 4 64 17 1 1 1 1 8 2 0 36 4 .282 .315 .410 .725
2013 44 52 41 3 8 2 1 1 15 6 0 0 0 0 9 0 2 12 1 .195 .365 .366 .731
通算:8年 299 539 495 45 131 27 3 10 194 67 1 1 3 3 33 4 5 105 11 .265 .315 .392 .707
  • 2013年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


一塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2007 2 13 1 0 0 1.000 19 22 1 0 0 1.000
2008 - 1 1 0 0 0 1.000
2009 - 3 1 0 0 0 1.000
2010 - 22 25 0 0 0 1.000
2011 - 26 30 2 0 1 1.000
2012 - 44 60 0 0 0 1.000
2013 - 12 9 0 0 0 1.000
通算 2 13 1 0 0 1.000 127 148 3 0 1 1.000
  • 2013年度シーズン終了時

記録[編集]

登場曲[編集]

背番号[編集]

  • 63 (2004年 - )

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 剛裕結婚 - 中日スポーツ・2011年12月7日
  2. ^ 堂上剛 勝ち越しバースデー2ラン!武藤プロ初勝利 スポニチAnnex 2012年5月27日付記事より。