小川将俊
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| 中日ドラゴンズ #59 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 埼玉県さいたま市 |
| 生年月日 | 1979年1月18日(30歳) |
| 身長 体重 |
187cm 85kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 捕手 |
| プロ入り | 2003年 ドラフト8巡目 |
| 初出場 | 2004年7月20日 |
| 年俸 | 950万円(2009年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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小川 将俊(おがわ まさとし、1979年1月18日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(捕手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
浦和学院高等学校では、高校3年時に春夏の甲子園に出場。三浦貴(埼玉西武ライオンズ)とバッテリーを組んだ。その後、東洋大学へ進学しても同じ三浦とバッテリーを組んだ。大学4年時には正捕手として11季ぶりのリーグ優勝に貢献。卒業後は日本通運へ進む。
その後、2003年のドラフトで中日ドラゴンズから8位指名を受けて入団。指名に至った経緯として、就任直後の落合博満監督からの「即戦力捕手獲得」という強い要望で獲得が決まったと言われている。
[編集] プロ入り後
2004年8月15日の対ヤクルトスワローズ戦で初の先発マスクを経験し、また2安打も放っている。
しかし、2005年から2007年にかけて一軍出場機会がなく、またファームでも2007年に加入した田中大輔が被ることが多く、立場が厳しいものとなった。
2008年は3番手だった清水将海が怪我で出遅れたこともあって開幕一軍メンバー入りを果たすが、主に代走として登場することが多かった。結果プロ入り最多の13試合に出場するも打率.182と良い結果を残すことはできなかった。
2009年は二軍スタートだったが、4月22日に清水将海に代わるように一軍に昇格した。しかし、北海道日本ハムファイターズから小山桂司も加入し、さらに立場が厳しくなり、正念場を迎えている。
[編集] プロ時代の戦歴
[編集] 通算成績(2008年シーズン終了時)
| 年度 | 球団 | 背番号 | 試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004 | 中日 | 59 | 5 | 6 | 6 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .333 |
| 2008 | 13 | 11 | 11 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .182 | ||
| 通算成績 | 18 | 17 | 17 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | .235 | ||
[編集] 背番号
- 59(2004年 - )
[編集] 関連項目
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