古川祐樹

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古川 祐樹
読売ジャイアンツ #013
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県草加市
生年月日 1985年4月5日(26歳)
身長
体重
168cm
67kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2009年4月26日
年俸 400万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

古川 祐樹(ふるかわ ゆうき、1985年4月5日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手投手)。埼玉県草加市出身。

目次

[編集] 経歴

[編集] プロ入り前

小学校1年から5歳上の兄に連れられ、草加市スポーツ少年団の瀬崎ベアーズで野球を始めた。草加市立瀬崎中学校では硬式クラブからの誘いもあったが、小学校時代のチームメイトとのプレイを希望したため学校の軟式野球部に所属した。

春日部共栄高に進学し、2年秋から背番号1を背負ったが、左ひじを痛めたため秋季大会は投げていない。
高3夏の埼玉大会決勝で聖望学園高等学校に敗れる等、甲子園への出場はない。
上述の通り甲子園経験はないが、春日部共栄高時代は浦和学院高等学校須永英輝(現読売ジャイアンツ所属)のライバルとして知られていた。

明治大学では左のエースとして活躍し、久米勇紀(現:福岡ソフトバンクホークス所属)、水田裕東邦ガス)、白石守三菱重工名古屋)と合わせて「明大カルテット」または「M4」と呼ばれた。大学4年春にはリーグ2位の防御率1.14をマーク。通算成績は8勝7敗防御率3.04。

2007年ドラフトで、巨人に大学・社会人3位での指名を受ける。契約金7000万円、年俸1200万円(いずれも推定)。

[編集] プロ入り後

2008年、春期キャンプで原辰徳監督から「実戦的な投手。一軍の高いレベルから見られる」と賞賛を受けるも一軍昇格はなし。イースタン・リーグでは17試合に投げて3勝2敗、防御率2.62の成績を残す。

2009年4月26日、中継ぎ補充のため、高橋尚成と入れ替わりで本来昇格する予定だった野間口貴彦首都高速道路で追突事故に遭ったため、初の一軍昇格を果たす。そして当日の中日ドラゴンズ戦に、5番手で登板しプロ出場を記録した(2安打1失点自責点1)。

[編集] プレースタイル・人物

大学時代は最速144キロの球威あるストレート、そしてキレのあるスライダーシュートなどがある。

巨人に入団したドラフト指名選手としては、今までで最も身長が低い[1]

2008年、2009年と二年連続で肩痛で長期離脱しており、シーズンを通して投げられる体が課題である。

2010年から、投球フォームスリークォーターからサイドスローに変えている。

高校時代から理数系が得意で、大学の一流スポーツ選手としては珍しい理系(理工学部機械工学科)出身である。大学の時は理系キャンパスが他の学部キャンパスに比べて練習場から不便な場所にあったため、練習場とキャンパスを通うため自転車で毎日20キロは走ったという。

古川の父の話によると幼少の頃、実家の壁に向かって的当てをしていたため壁に大きな穴ができてしまったという。修復してはまた穴をあけ、を繰り返したため今までに修繕にかかった費用は総額180万円とのこと。そのため古川本人も契約金で実家のリフォームをしたいと話している。このエピソードを聞いたスカウトらはまるで「巨人の星」の主人公星飛雄馬のようだと笑ったという。

憧れの人として体格や投球スタイルが似ている東京ヤクルトスワローズ石川雅規、好きな投手として巨人OBの斎藤雅樹(現:巨人1軍投手コーチ)を挙げている。

家族は両親、姉、兄、本人。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別投手成績





















































W
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I
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2009 巨人 6 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 18 4.0 5 0 2 0 0 0 0 0 2 2 4.50 1.75
通算:1年 6 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 18 4.0 5 0 2 0 0 0 0 0 2 2 4.50 1.75
  • 2010年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 57 (2008年 - 2011年)
  • 013 (2012年 - )

[編集] 脚注

[編集] 関連項目

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