川岸強

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川岸 強
東北楽天ゴールデンイーグルス No.51
基本情報
国籍 日本
出身地 神奈川県相模原市
生年月日 1979年9月12日(28歳)
身長
体重
174cm
74kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 投手
プロ入り 2003年 7位
初出場 2004年4月2日
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

川岸 強(かわぎし つよし、1979年9月12日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手投手)。

右のサイドスローで、140km/h台の速球とスライダーシュートを持ち味とする。妻はフリーアナウンサーの高山香織

目次

[編集] 来歴

[編集] プロ入り前

小学校1年の子供会で初めて野球に触れた。その時は強制参加だったので嫌だったというが、技術が上達するにつれ魅力に嵌まった。相模ブルーバッツに所属して6年の時にはエースピッチャーになった。地元の相模原市立緑が丘中学校に進学し2年次からエースを張ったがチームは弱く、本人も野球漬けではなかったという。しかし3年次に県内の強豪校と延長の接戦を投げぬき、川岸の名が知られ、本人も野球に打ち込む気持ちが膨らんだ。

名門の桐蔭学園高校時代に進む。外野手兼二番手投手として3年次の夏の甲子園出場を果たす。2回戦で西京高校と当たり敗退。この時のチームメイトにはエースピッチャーの浅井良(現阪神、捕手)、平野恵一(現阪神、外野手)がいる。甲子園出場時の背番号は8。

駒沢大学に進学したが、肩痛に悩まされ登板機会に恵まれず、一時は野球部の寮から退寮させられる憂き目にも遭った。しかし4年次にエースとして復活し、チームを大学日本一に導く。4年次の秋季リーグでは最優秀投手にも選ばれた。前田大輔(現・オリックス)とは同級生。

卒業後トヨタ自動車に入社。エースとして二年連続で都市対抗野球に出場。金子千尋(現・オリックス)とは同期入社。2003年IBAFワールドカップでは、日本代表に選出されている。2003年のドラフトにて、中日ドラゴンズより7巡目指名を受けて、即入団を決意した。[1]

[編集] プロ入り後

[編集] 中日時代

2004年、チームの新人として唯一開幕から一軍入りしたが、登板は12試合止まりだった。2005年二軍で結果を出し、6月5日の対日本ハム戦(ナゴヤドーム)の4回に救援投手として登板しプロ初勝利をマーク。セ・パ交流戦の時期に登板を増やして一軍戦23試合に登板した。2006年、練習中に左ふくらはぎに打球を受け、キャンプでは右足捻挫、その後も腰痛など怪我が続き一軍登板なし[1]ウエスタン・リーグでも9試合の出場にとどまる。10月28日戦力外通告を受ける。

その後11月13日東北楽天ゴールデンイーグルスの入団テストを秋季キャンプ中の宮城球場にて受け、採用が決定する。この入団テストには元日本ハムの吉崎勝も参加し合格した。

[編集] 楽天時代

2007年、キャンプ終盤での右肘痛を騙しながら開幕を迎え、3月31日のホーム開幕戦(対オリックス)にてプロ初先発。これは先発予定の岩隈久志がブルペンで背中の違和感を訴え先発回避したことによるもの。川岸が代わりに急遽先発登板したが、7失点、敗戦投手となった。また、その時に肘を痛め二軍に降格。その後手術には踏み切らず治療と肘の強化トレーニングを経て8月下旬に再び一軍に昇格した。一軍11試合、ファーム15試合に登板。秋にはフェニックス・リーグに参加し、投球の幅を広げた。[1]

2008年、開幕からセットアッパーとして活躍し、5月17日の対西武戦で10回表2死から登板すると、打者7人を完璧に抑えた。その後、12回裏にチームがサヨナラ勝ちしたため、プロ入り2勝目をあげた。野村監督が川岸の向こう気の強さに目をつけ、抑えに指名。7月6日の埼玉西武ライオンズ戦で初のセーブをマークした。[1]

[編集] エピソード

  • 2006年オフ、楽天への入団を発表するとともに名古屋テレビアナウンサーの高山香織との婚約を発表。12月24日入籍。高山アナは結婚後も2007年までは名古屋でアナウンサー業を続けていたが、2008年に入ってからは夫と仙台で同居しており、仙台の地元テレビ局の番組に出演している。知名度は嫁の方が高く、結婚後早くファンから、嫁より有名にならないといけないと言われることが多く、それがいい刺激になっているという。
  • 中日時代の2005年6月8日、対東北楽天戦で9回裏同点の場面で登板し、永池恭男にヒットを打たれて降板。後続の高橋聡文投手が吉岡雄二にサヨナラヒットを許したため、東北楽天初のサヨナラゲームでの敗戦投手となった。その次の登板は2年後となる楽天時代の2007年3月31日、ホーム開幕戦である(上記)。
  • 子供のころに憧れていた選手は秋山幸二。特に西武時代に秋山が行っていたバク転でホームインする姿に魅せられていた。

[編集] 登場曲

[編集] 背番号

  • 41(2004年-2006年)
  • 51(2007年-)

[編集] 通算投手成績

2007年シーズン終了時

  • 46試合 1勝2敗0セーブ 60投球回 48奪三振 25与四死球 防御率4.80

[編集] 記録

  • 初登板:2004年4月2日 対広島戦(ナゴヤドーム) 3回に救援投手として
  • 初奪三振:2004年4月2日 対広島戦(ナゴヤドーム) 3回栗原健太から
  • 初勝利:2005年6月5日 対日本ハム戦(ナゴヤドーム) 4回に救援投手として
  • 初セーブ:2008年7月6日 対埼玉西武戦(西武ドーム) 9回一死より登板

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c d 雑誌「週刊ベースボール」(ベースボールマガジン社刊)2008年7月28日号35-39ページ 「白球入魂 「向こう気」で進む 川岸強」

[編集] 関連項目

中日ドラゴンズ
2003年ドラフト指名選手
1巡目:中川裕貴 / 3巡目:石川賢 / 4巡目:佐藤充 / 5巡目:中村公治 / 6巡目:堂上剛裕 / 7巡目:川岸強 / 8巡目:小川将俊