ブライアン・シコースキー
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| ブライアン・シコースキー Brian Sikorski 千葉ロッテマリーンズ No.49 |
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | ミシガン州デトロイト |
| 生年月日 | 1974年7月27日(33歳) |
| 身長 体重 |
185cm 97kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 投手 |
| 初出場 | 2000年8月16日(MLB)、 2001年7月11日(NPB) |
| 年俸 | 7,000万円(推定) |
| 経歴 | |
|
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ブライアン・パトリック・シコースキー(Brian Patrick Sikorski , 1974年7月27日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト出身のプロ野球選手。千葉ロッテマリーンズに在籍する。右投げ右打ち。背番号49。
読売ジャイアンツや東京ヤクルトスワローズなど、複数の球団に在籍していた経験を持つ、鉄腕リリーフ投手である。
目次 |
[編集] プロフィール
ウエスタンミシガン大学卒業後、1995年メジャーリーグのヒューストン・アストロズに入団した。1999年のシーズン中にウェーバー公示され、テキサス・レンジャーズに移籍。2000年にはメジャーで10試合に登板した。2001年シーズン途中にパシフィック・リーグの千葉ロッテマリーンズに移籍。
1年目の成績は散々だったが、150km/hを超える速球やナチュラルシュートを高く評価されて残留すると2002年、2003年のシーズンは右の中継ぎ・セットアッパーとして2年連続で50試合・80イニング近く投げぬき、防御率も3点台前半と健闘。同時期に台頭した小林雅英、川井貴志、小林宏之らと共に鉄腕でチームに貢献、短期間にチームを「リリーフ王国」に変貌させた。 しかし2003年オフ、ボビー・バレンタインが監督に就任。外国人選手の刷新を図るべく戦力外通告を受ける。
2004年、2005年のシーズンはリリーフが手薄だったセントラル・リーグの読売ジャイアンツと契約。右のセットアッパーとして活躍、在籍した2年間はともにチーム最多登板を果たした。防御率も2点台に向上して信頼度も上げ、堀内恒夫監督時代の手薄な巨人のブルペンを岡島秀樹などと共に支えた。また、2005年9月3日の対広島東洋カープ戦(広島市民球場)では2点タイムリー二塁打を放ち、5年目での来日初安打も記録した。しかし2005年シーズン終了後、原辰徳が監督に就任すると、戦力の入れ替えを目的として再び戦力外通告を受けてしまう。シコースキーが日本でのプレー続行を希望したために球団がウェーバー申請を行い、11月21日に戦力が手薄な東北楽天ゴールデンイーグルスがシコースキーの獲得を発表する。
しかし、その後シコースキーは「子供の教育問題」を理由に一転して母国への帰国を希望。球団は「日本の他球団と契約しないこと」を条件に自由契約を受け入れ帰国。12月22日、メジャーリーグのサンディエゴ・パドレスと契約してアメリカ球界に復帰した。その後2006年7月18日(日本時間)に戦力外通告を受け、クリーブランド・インディアンスに移籍した。
2007年5月17日、東京ヤクルトスワローズがシコースキーを獲得することが判明。5月21日に正式発表された。ヤクルトではリリーフ陣の一角として活躍したが、残留交渉が折り合わず、11月30日に自由契約公示された。その後、古巣である千葉ロッテマリーンズへの入団が決定。5シーズンぶりの復帰となった。退団した薮田安彦、藤田宗一、小林雅英に代わるリリーフの柱として期待されている。
2008年4月4日の福岡ソフトバンクホークス戦でロッテ復帰後初勝利。
[編集] エピソード
- 2002年、2003年のシーズンは2年連続で50試合80イニング近くを投げ、2005年はセットアッパーとして70試合に登板するなど昨今の日本球界で有数のタフさを誇っていた。また高い奪三振率を誇るが、リリーフ投手にしては若干被本塁打数が高い。
- 2007年オープン戦で、ほぼ入れ違いで巨人を退団した松井秀喜と対戦する機会があり、ライト前ヒットを打たれたが、松井はシコースキーの存在を知らなかった。
- 日本のアニメや漫画に興味があり、キン肉マンに登場するキャラのウォーズマンが一番のお気に入りだという。
- ロッテ入団時に『シコースキー』と選手登録されたが、入団前後は新聞等で『シコルスキー』と記載されていた。
- 登板時の投球練習の際に腕をグルグル回したり、攻守交代の際に自チームのベンチからマウンドまで全力で走り、白線を飛び越えるパフォーマンスなどは人気が高い。また、げん担ぎで、ロージンバッグを手に取った後その手を舐めていたこともあったが、胸焼けを起こしたために止めた。
- 他人の悪口を言うのは誰も聞いたことがないというほど人の良い事で知られている。しかしダン・ミセリが解雇された直後、妻子と共に浅草観光をしていた件について「クビになって観光なんてとんでもない。外国人の恥だ」と痛烈に批判するなど、不誠実な人間に対しては厳しい一面も持っている。
- 日本プロ野球在籍時は、所属チームの監督が交代がすると、自身の成績の良し悪しに関わらず、なぜか必ず放出されている。03~04年(山本功児→ボビー・バレンタイン)、05~06年(堀内恒夫→原辰徳)、07~08年(古田敦也→高田繁)
[編集] 背番号
[編集] 年度別投手成績
| 年度 | チーム | 背 番 号 |
登 板 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
勝 率 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000年 | TEX | 49 | 10 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | .250 | 37.2 | 46 | 9 | 25 | 1 | 32 | 1 | 0 | 31 | 24 | 5.73 |
| 2001年 | ロッテ | 49 | 12 | 1 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | .200 | 42.0 | 48 | 9 | 18 | 1 | 31 | 1 | 3 | 36 | 30 | 6.43 |
| 2002年 | 47 | 0 | 0 | 0 | 4 | 6 | 2 | .400 | 96.2 | 76 | 14 | 20 | 3 | 102 | 2 | 0 | 38 | 37 | 3.44 | ||
| 2003年 | 47 | 0 | 0 | 0 | 4 | 6 | 1 | .400 | 82.2 | 80 | 9 | 23 | 0 | 71 | 2 | 0 | 35 | 29 | 3.16 | ||
| 2004年 | 巨人 | 42 | 62 | 0 | 0 | 0 | 5 | 3 | 5 | .625 | 77.2 | 76 | 9 | 22 | 9 | 83 | 1 | 0 | 25 | 23 | 2.67 |
| 2005年 | 70 | 0 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | .875 | 87.2 | 75 | 4 | 33 | 3 | 100 | 4 | 0 | 33 | 32 | 3.29 | ||
| 2006年 | SD | 44 | 13 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | .500 | 14.1 | 16 | 4 | 3 | 0 | 14 | 2 | 0 | 9 | 9 | 5.65 |
| CLE | 50 | 17 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | .667 | 19.2 | 20 | 4 | 4 | 1 | 24 | 1 | 0 | 10 | 10 | 4.58 | |
| 2007年 | ヤクルト | 34 | 29 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 1 | .333 | 39.1 | 30 | 2 | 12 | 2 | 38 | 2 | 1 | 13 | 10 | 2.29 |
| 2008年 | ロッテ | 49 | |||||||||||||||||||
| 日本通算 | 267 | 1 | 0 | 0 | 22 | 22 | 9 | .500 | 426.0 | 385 | 47 | 128 | 18 | 425 | 12 | 4 | 180 | 161 | 3.40 | ||
| MLB通算 | 40 | 0 | 0 | 0 | 4 | 5 | 0 | .444 | 71.2 | 82 | 17 | 32 | 2 | 70 | 4 | 0 | 50 | 43 | 5.40 | ||
| 日米通算 | 307 | 1 | 0 | 0 | 26 | 27 | 9 | .491 | 497.1 | 467 | 64 | 160 | 20 | 497 | 16 | 4 | 230 | 204 | 3.69 | ||
[編集] 関連項目
| 監督 |
|---|
| 2ボビー・バレンタイン |
| コーチ |
| 78西村徳文(ヘッド兼外野守備走塁兼3塁ベースコーチ)|79井上祐二(投手)|87高橋慶彦(打撃)|85袴田英利(バッテリー)|77吉鶴憲治(バッテリー)|81成本年秀(ブルペン)|83ランペン(打撃兼内野守備兼ベンチコーチ)|73諸積兼司(バント兼1塁ベースコーチ)|90立花龍司(ヘッドコンディショニング)|86佐野嘉幸(巡回) |
| 二軍監督・コーチ |
| 80レン・サカタ(監督)|71古賀英彦(ヘッド)|88荘勝雄(投手)|75高沢秀昭(打撃兼外野守備走塁)|94定詰雅彦(バッテリー)|72上川誠二(内野守備走塁)|82イエーツ(投手兼コンディショニング担当) |
| 投手 |
| 0荻野忠寛|1大嶺祐太|11神田義英|12川崎雄介|13浅間敬太|14小宮山悟|15柳田将利|16久保康友|17成瀬善久|18清水直行|19唐川侑己|20服部泰卓|21内竜也|24下敷領悠太|27古谷拓哉|28根本朋久|29小野晋吾|30伊藤義弘|31渡辺俊介|35三島輝史|36黒滝将人|37林啓介|38中郷大樹|41小林宏之|43ウィンストン・アブレイユ|45松本幸大|46呉偲佑|47手嶌智|48高木晃次|49ブライアン・シコースキー|51植松優友|53相原勝幸|56木興拓哉|60阿部和成|66末永仁志|69江口亮輔|99田中良平 |
| 捕手 |
| 22里崎智也|33橋本将|39田中雅彦|62金澤岳|63青松敬鎔|67新里賢 |
| 内野手 |
| 4ホセ・オーティズ|5堀幸一|7西岡剛|8今江敏晃|9福浦和也|32根元俊一|40渡辺正人|42フリオ・ズレータ|52塀内久雄|58青野毅|59細谷圭|68早坂圭介|70定岡卓摩 |
| 外野手 |
| 00代田建紀|3サブロー|10大松尚逸|23大塚明|25竹原直隆|44早川大輔|50ベニー・アグバヤニ|55神戸拓光|57佐藤賢治|61角中勝也|65 南竜介 |
| 育成選手 |
| 121池田健|122宮本裕司|123小林憲幸|124白川大輔|125大谷龍次|126田村領平 |

