川崎雄介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

本来の表記は「川﨑雄介」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
川﨑雄介
Yusuke Kawasaki
千葉ロッテマリーンズ No.12
基本情報
国籍 日本
出身地 宮崎県宮崎市
生年月日 1982年2月17日(26歳)
身長
体重
180cm
83kg
選手情報
投球・打席 左投左打
守備位置 投手
プロ入り 2005年 4巡目
初出場 2006年4月19日
年俸 3000万円(2008年推定)
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

川﨑 雄介かわさき ゆうすけ1982年2月17日 - )は、宮崎県出身のプロ野球選手。千葉ロッテマリーンズ所属。ポジションは投手背番号12番。

目次

[編集] 来歴・人物

宮崎南高校から九州東海大学を経てホンダ熊本に入社、1年目からチームの主力投手となる。2005年JR九州の補強選手として都市対抗野球に出場、準々決勝では強打で知られるホンダ相手に好投してスカウトから注目を集めた。同年オフ、ロッテに大学・社会人ドラフト4巡目で指名を受け、入団。

140km/h前後のキレのあるストレートの他にスライダーチェンジアップを投げる。

[編集] プロ入り後

2006年

4月16日に同じく左の中継ぎの高木晃次と入れ替わりに一軍初昇格。そして19日楽天戦で初登板し、2回を無失点に抑えた。その後はリードされている状況で3試合で中継ぎ登板したが、防御率15.43と結果が出ず、5月7日に二軍落ちした。冬には9年ぶりに復活するハワイ・ウィンター・リーグへ派遣された。

2007年

開幕一軍をつかむと、絶不調の藤田宗一に代わる貴重な左の中継ぎ投手として活躍。春先に活躍したものの、6月には息切れの気配を見せ、左背筋の違和感により7月1日に二軍落ちした。

しかし7月24日に再昇格すると、7月末から12試合連続無失点、9月にも8試合連続無失点を記録した。8月18日日本ハム戦において5対2とリードされた7回裏に2番手投手として登板、8回表にチームが逆転しプロ初勝利を飾った(通算36試合目)。この年挙げた4勝はすべて8月以降で、後半特に安定したピッチングを見せた。

被出塁率.238はパ・リーグのリリーフ投手の中でトップだった。結局48試合に登板し防御率は1点台という見事な成績で、同い年(学年は川崎が上)の荻野忠寛とともにリーグ2位通過に大きく貢献した。

同オフの契約交渉の席で師と仰ぐ藤田の巨人移籍に伴い、背番号12を受け継ぎ、川崎の「崎」の字を本来の「﨑」として「川﨑雄介」に登録名を変更したと発表。

2008年

オープン戦の不調により開幕二軍スタートとなった。

[編集] 通算成績(2007年シーズン終了時)

[編集] 年度別投手成績

年度 球団 背番号 試合
(先発)
勝利 敗北 セーブ ホールド
ポイント
勝率 投球回 奪三振 自責点 防御率
2006 千葉ロッテ 49 4 (0) 0 0 0 0 (0ホールド) .--- 4 2/3 4 8 15.43
2007 48 (0) 4 2 0 12 (8ホールド) .667 59 1/3 43 10 1.65
2008 12

[編集] 記録

[編集] 関連項目

千葉ロッテマリーンズ
2005年ドラフト指名選手
大学生・社会人 - 3巡目:根元俊一 / 4巡目:川崎雄介 / 5巡目:古谷拓哉 / 6巡目:相原勝幸
高校生 - 1巡目:柳田将利 / 2巡目:林啓介 / 3巡目:末永仁志 / 4巡目:細谷圭