正田樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
正田 樹
Lamigoモンキーズ #75
DSC08858 Itsuki Shoda.jpg
ヤクルト時代(2012年3月16日、明治神宮野球場
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県太田市
生年月日 1981年11月3日(32歳)
身長
体重
188 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1999年 ドラフト1位
初出場 NPB / 2000年8月6日
CPBL / 2009年3月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

正田 樹(しょうだ いつき、1981年11月3日 - )は、Lamigoモンキーズに所属するプロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

群馬県太田市出身。太田市立北中学校では軟式野球部の投手兼一塁手を務めていた[1]桐生第一高校に進み、3年時には夏の甲子園に出場。エースとして3完封の活躍をし、群馬県代表初となる夏の甲子園での優勝に貢献した。高校では1学年上のエースに小林正人、1学年下に一場靖弘大廣翔治がおり、小林と一場がエースだった年も夏の甲子園に出場しているが、ともに初戦で敗れている。

1999年のドラフト会議日本ハムファイターズから1位指名を受けて入団。

日本ハム時代[編集]

ルーキーの2000年、新人監督大島康徳に一軍で登板機会を与えられ、同年のフレッシュオールスターゲームに1歳上の同僚実松一成と共にイースタン・リーグ選抜先発バッテリー務めウエスタン・リーグ選抜先発投手の同じ1位指名の高卒新人左腕河内貴哉と投げ合った。この年は日本ハムの商品「ナポリピザ」のCMにも起用されていた[2]

2002年には課題だった制球難を克服し、5月3日の対ダイエー戦では松中信彦に通算100本塁打となるソロ本塁打を浴びるも、その1失点のみに抑える完投勝利でプロ初勝利をあげた。9勝11敗、防御率3.45の成績を残し、パ・リーグ新人王を獲得。

2003年は27イニング連続無失点を記録したものの、春季キャンプで発症した左肩痛の影響もあり5勝15敗に終わった。この年以降、再び制球難になり、一軍では四死球数が増加。2004年は8勝5敗と健闘したものの、翌2005年は2勝6敗と再び精彩を欠いた。2006年ダルビッシュ有八木智哉の台頭もあって一軍登板なしに終わり、二軍のイースタン・リーグでも防御率5点台と結果を出せなかった。

阪神時代[編集]

2007年シーズン開幕直前の3月20日、金澤健人との交換トレードで阪神タイガースへ移籍。同年は一軍登板はなく、二軍のウエスタン・リーグでは投球回数を上回る安打を浴びて防御率6.00に終わった。

2008年も一軍登板はなく、二軍では5点近い防御率に終わった。結局阪神では一度も一軍登板することなく、10月2日に戦力外通告を受けた。その後12球団合同トライアウトに参加したが、獲得する国内球団はなかった。この時期の様子は、TBSテレビの年末番組『プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達』で取り上げられた。

台湾・アメリカ球界時代[編集]

2009年1月14日中華職業棒球大聯盟球団の入団テストを受けるため台湾に渡り、興農ブルズのキャンプに参加。1月23日、仮契約に至った。しかし、野球賭博の影響による球団数減少によって投手陣が充実した興農が、即戦力の先発ローテーション投手のみを採用する方針としたため、1月中に予定されていた最終テストの合否判定は延期されて、最終的に入団テストに合格したのは開幕直前の3月上旬であった[3]3月29日の対La Newベアーズ戦で開幕投手を務めるが、1/3回、打者8人に対し4安打3四球の7失点でノックアウトされた[4]。しかし、次の登板の4月4日には同じLa Newを7奪三振の無四球で6回無失点に抑えた[5]。その後はシーズンを通して先発ローテーションの一角を担い、27試合(うち先発25試合)に登板し、防御率4.44, 14勝6敗、奪三振115の成績で勝投王(最多勝利)と三振王(最多奪三振)のタイトルを獲得した。11月から12月にかけてドミニカウィンターリーグにヒガンテスの一員として参加し、メジャーリーグ進出を図ったが、2010年も興農でプレーすることになった。

2010年は、2年連続となる興農の開幕投手を務めた。32試合に登板し、11勝5敗、防御率2.81。リリーフとしての起用が増えたため、勝ち数は減ったが登板数は増えた。前年4点台だった防御率は2点台と改善されている。成績は尻上がりに向上し9月・10月期は6試合(うち先発5試合)に登板し、34イニングを投げて3勝1敗、防御率0.794で月間MVPを獲得した。同年に興農に入団した高津臣吾と同一試合で投げることも多く、中継ぎの沈鈺傑らとともに5年ぶりの半季リーグ優勝に貢献した。しかし、11月23日、興農から来季の契約を結ばないという通告を受けたことが本人のブログにて報告された[6]。チームが経営難であり外国人選手と契約を結ばないという方針が出されたことによるものであった[7]。11月に複数のMLB球団が参加するトライアウトに挑戦。

2011年2月13日にボストン・レッドソックスとマイナー契約を結び[8]スプリングトレーニングに招待選手として参加するが、3月29日に解雇された[9]

独立リーグ時代[編集]

4月8日、新潟アルビレックスBCへの入団が発表された[10]。前年まで興農で共にプレーしていた高津と再び同じチームでプレーすることとなった[7]。記者会見で「野球が出来ることが一番です」と語っている[7]。2011年のシーズンはシーズンインの準備が遅れた影響で前期日程は0勝4敗防御率3.72の成績であったが、後期は調子をあげ最終的には年間通して23試合に登板し、3勝5敗1セーブ防御率3.00でチームの後期優勝に貢献し、更に地区チャンピオンシップでも好投し地区優勝に貢献した。11月24日、東京ヤクルトスワローズと入団が合意したことが発表され[11]、12月1日に年俸800万で正式契約をおこない4年ぶりにNPBに復帰した[12]。独立リーグから日本プロ野球への復帰は山田秋親以来二人目。

ヤクルト時代[編集]

2012年2月1日から行なわれる春季キャンプでは沖縄県浦添市で開催される一軍キャンプのメンバーに選ばれた[13]。6月8日、交流戦の対千葉ロッテマリーンズ戦で7年ぶりの国内公式戦に登板し、その後も主にビハインドでの場面で起用される。最終的には24試合を投げて3ホールドを記録。シーズン後の契約更改では12月4日に300万円増の1100万円でサインした[14]

2013年5月17日の対ロッテ戦で中継ぎ登板し、8年(2952日)ぶりの勝利を挙げたが[15]10月8日、球団から戦力外通告を受ける[16]11月10日、第1回12球団合同トライアウトに参加[17]大平成一細山田武史山本大明工藤隆人の打者4人に対し、被安打1、1三振、2内野ゴロの結果であった[17]

Lamigo時代[編集]

2014年1月20日中華職業棒球大聯盟Lamigoモンキーズと契約し、2010年興農ブルズ以来となる台湾球界復帰となった[18][19]

プレースタイル[編集]

スライダースクリューボール速球と変わらないフォームから繰り出す落差の大きいカーブが最大の武器[20]。しかし、立ち上がりが不安定なことが多く、左の中継ぎとなることを期待されていた阪神時代・ヤクルト時代を除いては主に先発投手として起用されている。また、台湾時代から三振を取った時などのガッツポーズが派手になっている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2000 日本ハム 5 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 32 6.0 11 0 3 0 0 4 0 0 3 3 4.50 2.33
2001 1 1 0 0 0 0 0 0 -- ---- 14 2.0 1 1 6 0 0 3 0 0 3 2 9.00 3.50
2002 23 23 5 2 0 9 11 0 -- .450 639 156.2 145 12 37 0 6 90 6 3 66 60 3.45 1.17
2003 26 26 1 1 0 5 15 0 -- .250 604 134.0 152 21 66 0 5 60 7 0 94 86 5.78 1.63
2004 17 17 0 0 0 8 5 0 -- .615 411 86.1 102 10 57 0 2 51 4 0 64 48 5.00 1.85
2005 12 12 0 0 0 2 6 0 0 .250 288 60.1 79 8 36 0 0 31 5 0 49 42 6.27 1.91
2009 興農 27 25 3 0 0 14 6 0 0 .700 687 158.0 191 10 36 0 2 115 4 0 87 78 4.44 1.44
2010 32 24 1 0 0 11 5 0 1 .688 693 166.1 167 9 33 2 5 116 3 0 65 52 2.81 1.24
2012 ヤクルト 24 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 108 25.1 31 0 5 0 2 14 0 1 9 8 2.84 1.42
2013 15 0 0 0 0 1 1 0 1 .500 63 15.2 16 2 1 0 2 10 0 0 6 5 2.87 1.09
NPB:8年 123 79 6 3 0 25 38 0 4 .397 2159 486.1 537 54 211 0 17 263 22 4 294 254 4.70 1.54
CPBL:2年 59 49 4 0 0 25 11 0 1 .694 1380 324.1 358 19 69 2 7 231 7 0 152 130 3.60 1.34
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

CPBL
  • 最多勝利(2009年)
  • 最多奪三振(2009年)

表彰[編集]

NPB
CPBL
  • 月間MVP(2009年10月、2010年9・10月)

記録[編集]

NPB

独立リーグでの成績[編集]













































W
H
I
P
2011 新潟 23 0 3 5 1 .375 252 63.0 61 3 8 1 45 1 0 27 21 3.00 6.43 1.10
通算:1年 23 0 3 5 1 .375 252 63.0 61 3 8 1 45 1 0 27 21 3.00 6.43 1.10

背番号[編集]

  • 28 (2000年 - 2006年)
  • 20 (2007年 - 2008年)
  • 75 (2009年 - 2011年、2014年 - )
  • 61 (2012年 - 2013年)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 正田樹オフィシャルサイト・プロフィール2009-08-29閲覧。
  2. ^ 正田樹のCM出演履歴一覧 ORICON STYLE, 2011年4月10日閲覧。
  3. ^ TBSテレビ『バース・デイ』、2009年4月27日放送。
  4. ^ 陽建福第3週才出賽 (NOWnews) 2009年12月6日閲覧。
  5. ^ 正田樹雪恥 牛迎4連勝(自由電子報)2009年12月6日閲覧。
  6. ^ “正田樹オフィシャルウェブサイト”. http://www.shodaitsuki.net/diary.html 
  7. ^ a b c 「プロ野球開幕スペシャル 俺たちはまだ負けられない」…TBS 2011年5月7日
  8. ^ “元ハムドラ1左腕・正田 Rソックスとマイナー契約”. スポーツニッポン. (2011年2月12日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/02/12/kiji/K20110212000230970.html 
  9. ^ “レッドソックス 正田を解雇…2A予定も選手枠空かず”. スポーツニッポン. (2011年3月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/03/30/kiji/K20110330000527440.html 
  10. ^ “新入団選手のお知らせ”. 新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ. (2011年4月8日). http://www.niigata-albirex-bc.jp/news.php/archives/id/629/ 
  11. ^ “選手獲得のお知らせ”. 東京ヤクルトスワローズ. (2011年11月24日). http://www.yakult-swallows.co.jp/information/detail.php?article_seq=14258 
  12. ^ “正田 ヤクルトで石井弘の背番号「61」継承”. スポーツニッポン. (2011年12月1日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/12/02/kiji/K20111202002151110.html 
  13. ^ 東京ヤクルトスワローズ公式サイト「春季沖縄キャンプ参加メンバー」より
  14. ^ “ヤクルト - 2013年度契約更改”. サンケイスポーツ. http://www.sanspo.com/baseball/professional/data/12/salary/swallows.html 2013年2月28日閲覧。 
  15. ^ “正田 2952日ぶり白星 パ新人王から台湾、米、独立L経た苦労人”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年5月17日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/05/17/kiji/K20130517005823930.html 2013年5月17日閲覧。 
  16. ^ 戦力外通告のお知らせヤクルト球団公式サイト
  17. ^ a b “プロ野球:12球団合同トライアウト1回目”. スポーツナビ. http://live.sportsnavi.yahoo.co.jp/live/sports/baseball_npb/1905 2013年11月16日閲覧。 
  18. ^ “中職》正田樹回鍋中職 加盟Lamigo桃猿”. 自由時報. (2014年1月20日). http://iservice.libertytimes.com.tw/liveNews/news.php?no=939383&type=%E9%AB%94%E8%82%B2 2014年1月20日閲覧。 
  19. ^ “元ヤクルト正田、台湾のラミゴ入り合意”. 産経新聞. (2014年1月22日). http://sankei.jp.msn.com/sports/news/140122/bbl14012218340002-n1.htm 2014年1月29日閲覧。 
  20. ^ 「男の野球道・正田樹」『週刊ベースボール』ベースボールマガジン社、2009年11月16日号、43 - 47ページ。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]