正田樹
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 興農ブルズ #75 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 群馬県太田市 |
| 生年月日 | 1981年11月3日(27歳) |
| 身長 体重 |
188cm 85kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 1999年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 2000年8月6日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
正田 樹(しょうだ いつき、1981年11月3日 - )は、台湾プロ野球・興農ブルズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 経歴
1999年夏の甲子園で桐生第一高校のエースとして、3完封の活躍をして群馬県代表としては初の優勝を飾る。
そして、同年のドラフト会議で日本ハムファイターズから1位指名を受けて入団。
1年目の2000年から一軍で登板機会を与えられ、同年のフレッシュオールスターゲームに出場。2002年には課題だった制球難を克服し、9勝11敗、防御率3.45の成績を残し、パ・リーグの新人王を獲得。
2003年は春季キャンプで発症した左肩痛の影響もあり5勝15敗に終わった。この年以降、再び制球難になり、一軍では四死球数が増加。2004年は8勝5敗と健闘したものの、翌2005年は2勝6敗と再び精彩を欠いた。2006年はダルビッシュ有、八木智哉の台頭もあって一軍登板なしに終わり、イースタン・リーグでも防御率5点台と結果を出せなかった。
2007年シーズン開幕直前の3月20日、金澤健人(現:オリックス・バファローズ)との交換トレードで阪神タイガースに移籍。
移籍当初も一軍登板は無く、ウエスタン・リーグでは投球回数を上回る安打を浴びて防御率6.00に終わった。
2008年も一軍登板は無く、二軍では5点近い防御率に終わり、10月2日に、阪神では一度も一軍登板することなく戦力外通告を受けた。その後12球団合同トライアウトに参加したが、獲得する国内球団はなかった。
2009年1月14日、入団テストを受けるため台湾に渡り興農ブルズのキャンプに参加。1月23日、興農と仮契約に至った。3月29日、開幕投手を務め、La New相手に1/3回打者8人に対し4安打3四球の7失点でノックアウトされた。[1]次の登板の4月4日には同じLa Newを7奪三振の無四球完封に抑えた。[2]
[編集] プレイスタイル
直球と変わらないフォームから繰り出す落差の大きいカーブが最大の武器。しかし、立ち上がりが不安定なことが多く、2005年シーズンまでは主に先発投手として起用されていた。
[編集] 人物
桐生第一高では、一学年上のエースに小林正人(現:中日ドラゴンズ)、一学年下に一場靖弘(現:東京ヤクルトスワローズ)、大廣翔治(現:東北楽天ゴールデンイーグルス)がおり、3年連続でチームメイトがプロ入りしている(小林と一場がエースの年も夏の甲子園に出場しているが、ともに初戦で敗れている)。
当時は日本ハムの商品「ナポリピザ」のCMにも起用されていた。
戦力外通告を受けた際、TBSの年末番組「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」で取り上げられた。
2009年4月27日、TBSの番組「バース・デイ」で興農ブルズに入団する経緯が紹介された。台湾球界の事情(野球賭博の影響による球団数減少)によって投手陣が充実した興農ブルズが、即戦力の先発ローテーション投手のみを採用する方針としたため、1月中に予定されていた最終テストの合否判定は延期されて、最終的に入団テストに合格したのは開幕直前の3月上旬となった。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000 | 日本ハム | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 32 | 6.0 | 11 | 0 | 3 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 3 | 3 | 4.50 | 2.33 |
| 2001 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 14 | 2.0 | 1 | 1 | 6 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 2 | 9.00 | 3.50 | |
| 2002 | 23 | 23 | 5 | 2 | 0 | 9 | 11 | 0 | -- | .450 | 639 | 156.2 | 145 | 12 | 37 | 0 | 6 | 90 | 6 | 3 | 66 | 60 | 3.45 | 1.17 | |
| 2003 | 26 | 26 | 1 | 1 | 0 | 5 | 15 | 0 | -- | .250 | 604 | 134.0 | 152 | 21 | 66 | 0 | 5 | 60 | 7 | 0 | 94 | 86 | 5.78 | 1.63 | |
| 2004 | 17 | 17 | 0 | 0 | 0 | 8 | 5 | 0 | -- | .615 | 411 | 86.1 | 102 | 10 | 57 | 0 | 2 | 51 | 4 | 0 | 64 | 48 | 5.00 | 1.85 | |
| 2005 | 12 | 12 | 0 | 0 | 0 | 2 | 6 | 0 | 0 | .250 | 288 | 60.1 | 79 | 8 | 36 | 0 | 0 | 31 | 5 | 0 | 49 | 42 | 6.27 | 1.91 | |
| 通算:6年 | 84 | 79 | 6 | 3 | 0 | 24 | 37 | 0 | 0 | .393 | 1988 | 445.1 | 490 | 52 | 205 | 0 | 13 | 239 | 22 | 3 | 279 | 241 | 4.87 | 1.56 | |
[編集] タイトル・記録
- 最優秀新人(2002年)
- 初登板:2000年8月6日、対福岡ダイエーホークス21回戦(いわきグリーンスタジアム)(5回表から救援、打者:秋山幸二)
- 初奪三振:2000年8月10日、対大阪近鉄バファローズ21回戦(大阪ドーム)
- 初先発:2001年8月7日、対大阪近鉄バファローズ17回戦(大阪ドーム)
- 初勝利・初完投勝利:2002年5月3日、対福岡ダイエーホークス6回戦(東京ドーム)
- 初完封:2002年6月22日、対福岡ダイエーホークス14回戦(香川県営野球場)
[編集] 背番号
- 28(2000年 - 2006年)
- 20(2007年 - 2008年)
- 75(2009年 - )
[編集] 脚注
- ^ 陽建福第3週才出賽(NOWnews)
- ^ 正田樹雪恥 牛迎4連勝(自由電子報)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|
|
|||||

