山本哲哉

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山本 哲哉
東京ヤクルトスワローズ #20
20130407 Tetsuya Yamamoto, pitcher of the Tokyo Yakult Swallows, at Meiji Jingu Stadium.JPG
2013年4月7日、明治神宮野球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 和歌山県日高郡由良町
生年月日 1985年9月4日(29歳)
身長
体重
178 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009 ドラフト2位
初出場 2011年8月20日
年俸 5,100万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

山本 哲哉(やまもと てつや、 1985年9月4日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手(投手)である。

来歴・人物[編集]

小学1年から白崎少年で野球を始め、中学時代は和歌山ライオンズでプレイ。南部高校では岡本洋介西武)の控えだった。

近畿大学では3年春から登板。3年秋、京都大学戦で初先発、5安打無四球で完封初勝利。以後、大隣憲司ソフトバンク)につぐ先発2番手として活躍。4年秋はリリーフ、抑えにまわり、チーム優勝に貢献した。リーグ通算20試合登板、5勝1敗、防御率1.25。同期に小瀬浩之(元オリックス)がいる。

その後、三菱重工神戸に入社。1年目からエースとなり、第79回第80回と2年連続してチームを都市対抗野球出場に導く。特に第80回大会では最高球速148キロを記録した。 同年10月29日のドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから2位指名を受け、11月27日に契約金7500万円、年俸1200万円で仮契約した。(金額は推定)

2010年はオープン戦最初の登板で好投したものの、その試合後にひじ痛を訴え、検査の結果靱帯を損傷していることが判明。トミー・ジョン手術を受けたため、一・二軍とも公式戦出場なしに終わった。

2011年は怪我明けの影響から思うようなピッチングができなかったものの、翌年の2012年は見違えるようなピッチングを披露。シーズン中盤にバーネットが離脱して以降は、セットアッパーに定着し、勝ちパターンでの起用が多くなる。2012年度の成績は50試合に登板して防御率1.21と好成績を記録した。

2013年もセットアッパーとして開幕を迎えたが、バーネットの不調もありシーズン序盤から抑えに周り11セーブをマーク。中盤からは新人の石山泰稚との配置転換により再びセットアッパーとなり、自己最多の64試合に登板、25ホールドをマークした。

プレースタイル[編集]

平均球速約145km/h[1]、最速151km/hのストレートとシュート系のツーシームスライダーカーブフォーク、縦に鋭く変化するスライダーを武器とする本格派右腕。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 ヤクルト 9 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 38 8.2 10 0 3 0 0 5 0 0 4 4 4.15 1.51
2012 50 0 0 0 0 2 2 0 17 .500 183 44.2 41 1 15 0 3 38 1 0 6 6 1.21 1.26
2013 64 0 0 0 0 1 3 11 25 .250 250 59.2 57 8 17 1 2 38 3 0 24 19 2.87 1.24
2014 52 0 0 0 0 3 4 3 10 .429 207 45.2 54 4 18 0 2 22 0 0 21 18 3.55 1.58
通算:4年 175 0 0 0 0 6 10 14 52 .375 678 158.2 162 13 53 1 7 103 4 0 55 47 2.67 1.35
  • 2014年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 20 (2010年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 『2014 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2014年、189頁。ISBN 978-4-905411-17-8

関連項目[編集]