愛媛マンダリンパイレーツ

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愛媛マンダリンパイレーツ
創設年度 2005年
所属リーグ
四国アイランドリーグplus独立リーグ
歴代チーム名
愛媛マンダリンパイレーツ(2005年 - )
本拠地
本拠地・松山坊っちゃんスタジアム松山市
Botchan Stadium 20080621.jpg
収容人員 30000人
永久欠番
なし
獲得タイトル
リーグ優勝(2回)
2008後、2012後
タイトル
トーナメント優勝1回-2008年
球団組織
オーナー 薬師神績
運営母体 星企画
監督 弓岡敬二郎

愛媛マンダリンパイレーツ(えひめマンダリンパイレーツ 、Ehime Mandarin Pirates)は、プロ野球独立リーグ四国アイランドリーグplusに所属する愛媛県の野球チーム。2005年加盟。略称「愛媛MP」。

概要[編集]

チームの運営は愛媛県民球団株式会社が行っている。本社所在地は松山市。代表は薬師神績。

チーム名は当県で生産されるミカンの品種の一つ「マンダリン」と、村上水軍にちなんだ「海賊(=パイレーツ)」に由来[1] 。チームカラーは橙色

ホームスタジアムは松山中央公園野球場(松山坊っちゃんスタジアム)を使用する。2007年のシーズンからは経費削減のため、年によってはサブグラウンドであるマドンナスタジアムでも公式戦を開催している(2008年は開催なし)。それ以外に、四国中央市新居浜市西条市西予市今治市大洲市宇和島市愛南町伊予市上島町生名島)・内子町の球場で開催されている[2]。2012年以降は坊っちゃんスタジアムでの開催は従来から大きく減少(2012年2試合、2013年4試合)し、西条市東予運動公園野球場が最多(2012年11試合、2013年10試合)となっている。

2013年現在、リーグに参加する4チームの中で年間総合優勝を達成していない唯一のチームである[3]

2006年本拠地最終戦にて
2010年本拠地最終戦にて
2011年本拠地最終戦にて

成績[編集]

シーズン[編集]

年度 監督 順位 試合 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差 打率 防御率 本塁打
2005 西田真二 4 89 32 44 13 .421 13.5 .236 2.77 19
2006 沖泰司 3 45 20 20 5 .500 7.0 .230 2.95 17
沖泰司 3 45 16 24 5 .400 13.0
2007 沖泰司 2 45 22 19 4 .537 7.0 .255 2.47 22
沖泰司 2 45 26 17 2 .605 3.0
2008 沖泰司 4 40 18 17 5 .514 7.5 .251 2.43 29
沖泰司 1 40 22 13 5 .629 1.0(注)
2009 沖泰司 3 40 16 14 10 .533 4.0 .253 3.54 38 
沖泰司 5 40 15 21 4 .417 8.0
2010 沖泰司 4 38 13 22 3 .371 11.5 ---- ---- -- 
沖泰司 2 38 22 12 4 .647 2.0
2011 星野おさむ 2 32 18 10 4 .643 3.0 ---- ---- -- 
星野おさむ 3 32 15 14 3 .517 4.5
2012 星野おさむ 2 40 21 15 4 .583 4.5 .266 2.80 24
星野おさむ 1 40 23 14 3 .622 1.0(注) 
2013 星野おさむ 3 40 19 18 3 .514 3.5 .261 2.64 17 
星野おさむ 2 40 23 13 4 .639 2.5

※金地は優勝

  • (注)2位とのゲーム差

リーグチャンピオンシップ[編集]

  • 2007年 - 0勝2敗(対戦は香川)※香川は前後期制覇のため、1勝のアドバンテージがあり2勝で優勝。
  • 2008年 - 0勝3敗(対戦は香川)
  • 2012年 - 0勝3敗(対戦は香川)

定期交流戦・ソフトバンク杯[編集]

  • 2011年 - 2位(2勝6敗)
  • 2012年 - 2位(4勝3敗1分)
  • 2013年 - 3位(4勝4敗)
福岡ソフトバンクホークス三軍との定期交流戦であり、ソフトバンク三軍戦のみで最も高い勝率をあげたチームが優勝となる。

歴史[編集]

2005年(1年目)[編集]

2006年(2年目)[編集]

  • 前年の反省を踏まえ、苦手としている高知に善戦した(高知との対戦成績は12勝15敗3分)。前期は、沖新監督が掲げる守り勝つ野球がチーム内に浸透し、ミスで自滅する試合が少なくなった。また、4月に投手の浦川大輔近平省悟の活躍で一時首位に立った。しかし、その後は高知と香川の首位争いに割って入ることができず前期は3位に終わった。後期は前年首位打者の林が調子を上げ、投手陣も踏ん張ったが、攻守とも好不調の波が激しく、チームに勢いをつけることができず、後期も3位に終わった。個人タイトルは林が56打点で打点王を獲得、浦川は最多奪三振を獲得した。チーム成績は振るわなかったが、荒木康一や梶原有司など将来性のある選手が順調に伸び、次年度に期待を抱かせた。またシーズン直前にアドバイザリースタッフとして発足時から携わってきた藤田元司が死去し、そのまま同ポストは空席となる。
  • 前年に続いて観客動員数はリーグ最多を記録した。ただし、他のチーム同様、動員数は前年より減少した。

2007年(3年目)[編集]

  • 開幕直後はふるわず、4月下旬から5月にかけては最下位に転落したが、投手の梶本達哉や野手の比嘉将太檜垣浩太ら新加入の選手の活躍もあって5月から6月にかけて8連勝を記録した。序盤での不振や香川に2勝10敗3分と大きく負け越したことが響き、香川の独走を止めるには至らなかったものの、初のAクラスとなる2位で前期を終了した。後期は近平が故障で離脱した中、先発に回った小山内大和が7勝を挙げる活躍を見せた。香川との間で激しい首位争いを展開し、シーズン終盤まで僅差で食い下がったが、香川の地力の前にあと一歩及ばず、前期に続いて2位となった。しかし、年間通算で2位を確保し、前後期優勝した香川と年間チャンピオンシップを争うことになった。個人タイトルでは、比嘉が打率.334で首位打者、近平が防御率1.00で最優秀防御率、梶本が15勝で最多勝を獲得した。
  • 初出場の年間チャンピオンシップは、ホームの第1戦に敗れたことが響き、1勝も挙げられずに香川の連覇を許した。シーズン中からの香川に対する苦戦(前後期通算で8勝18敗4分)が最後まで続いた格好になった。
  • 9月29日の対徳島戦ではリーグ記録となる8232人の入場者を集めるなど観客動員は前年よりも増加したが、リーグトップの座は総合優勝した香川に譲った。
  • 2007年11月19日のドラフト会議では、梶本達哉が育成選手枠でオリックス・バファローズから指名を受け、チームとして2年ぶりのNPB入り選手となった。

2008年(4年目)[編集]

  • リーグの拡張に合わせ、他の四国3チームとともにユニホームのデザインが変更された。
  • 2008年1月、リーグの創設者で前コミッショナーの石毛宏典がシニア・チームアドバイザーに就任することが発表された。
  • 2008年3月、リーグ初の6球団トーナメント(阿南市長杯)に2回戦から参加し、香川に勝って決勝に進出したが、高知との決勝戦は雨天中止となり、高知と両チーム優勝となった。愛媛としては発足以来初のタイトルである。
  • 2008年の前期は梶本・浦川・小山内といった前年の主力が抜けた投手陣が懸念されていたが、ケガから復帰した近平や中継ぎの宇都宮勝平、抑えの西川雅人が好成績をあげ、チーム防御率はリーグトップであった。一方打撃陣は比嘉や桧垣が伸び悩み、決定力を欠く場面が見られた。前期は大部分で2位をキープしていたが、高知・福岡に終盤相次いで敗れ、3期ぶりのBクラスとなる4位に終わった。後期も序盤は負けが先行したが、8月に6連勝、9月も引き分けを挟んで8連勝を記録し、一時は0.5ゲーム差に4チームがひしめいた混戦を抜け出して、チーム創設から4年目にして初となる後期優勝を達成した。なお、半期優勝チームとしてはリーグで初めて年間の個人タイトルホルダーがいなかった。
  • 2年連続で香川との対戦となった年間チャンピオンシップは、勝負所の第2戦に逆転サヨナラ機を逃してホームで連敗したことが響き、前年に続いて涙をのんだ。チャンピオンシップでは前年から通算して香川に5連敗となっている。
  • 2008年10月30日のドラフト会議では、西川雅人がオリックス・バファローズから5位で指名を受けた。支配下登録枠でのドラフト指名はチームでは初めてである。
  • ホーム開幕戦となった4月12日の対福岡戦で、リーグ史上初めて1万人を突破する10288人の新記録を樹立した。観客動員トップの座を香川から奪い返したが、動員数自体は前年より減少している。

2009年(5年目)[編集]

  • 2009年4月27日、チーム初の外国人選手として今シーズンより加入した韓国人選手が強姦致傷と住居侵入の容疑で逮捕され(その後、地裁判決で懲役4年6ヶ月)[4]、球団は該当選手を27日付けで解雇。アイランドリーグで不祥事により逮捕された選手は初となる。5月1日~3日に行われたホームゲームでは、試合前に球団社長と監督が不祥事を謝罪した。また、監督以下コーチ・選手の多くが頭髪を丸刈りとした。球団は監督を減俸20%(3か月)、5月3日から10試合の出場自粛などとする処分を発表。5月7日に開催されたリーグの再発防止策検討会議では、リーグからの厳重注意の通告と不祥事顛末書の提出、監督の4月29日からの13試合公式戦出場停止(球団による処分と重複)の処分が発表された。
  • 前期は上記の不祥事による監督の出場自粛期間も大きな成績の崩れはなかったが、香川に2勝6敗と大きく負け越したことが響いて3位に終わる。後期は8月に2引き分けを挟む6連敗を喫して順位を下げ、一時は徳島と最下位を争う状況であったが、最終的には5位となった。前年に続いて個人タイトルホルダーはなしという結果であった。

2010年(6年目)[編集]

  • 今年度より愛媛県をはじめとする県下の自治体から出資を受けることとなり、4月1日付で球団運営会社名を「愛媛県民球団株式会社」に変更した。
  • 前期は5月中旬までは勝率5割前後で推移したが、後半に4連敗を1度、3連敗を2度記録して後退して4位に終わる。5位の長崎と0.5ゲーム差でかろうじて最下位は免れた。後期は投手では赤嶺祥悟入野貴大、打者では西村悟らの活躍で首位の香川に迫ったが、香川との直接対決に負け越したことが響いて2位となり、2年ぶりの半期優勝はならなかった。個人タイトルは西村悟が本塁打・打点の2冠を獲得した。
  • 入場者数は38921人(1試合平均1024人)で、1試合平均で前年度より20%以上の減少であった。
  • シーズン終了後の10月4日、沖監督と2人のコーチが今季限りで退任することが発表され、後任監督には星野おさむが就任することが12月21日に発表された。コーチについては2011年1月14日に、萩原淳吉岡雄二の就任が発表された。
  • 10月28日のドラフト会議で、靍岡賢二郎横浜ベイスターズから8位で、岸敬祐読売ジャイアンツから育成1位でそれぞれ指名された。指名者が出たのは2年ぶり。

2011年(7年目)[編集]

  • 前期は優勝した徳島には負け越したものの他の3チームには勝ち越し、2期連続の2位となる。後期は香川・徳島には離されたが、前期に続いて勝率5割以上を確保する3位であった。年間勝率では2位で、徳島が前後期制覇した場合にはチャンピオンシップ出場の可能性もあったが、香川が後期優勝したため実現しなかった。個人タイトルでは古卿大知が首位打者を獲得した。なお、これに関して最終ゲームの徳島戦では打率2位だった徳島の松嶋亮太に対し、愛媛の投手が4打席連続で敬遠(うち1打席は満塁)をおこなった。これについては徳島側の応援席から怒号が上がり、愛媛のファンやリーグの関係者からも批判的な意見があったが、星野監督は「自分の責任でやった。1年頑張った古卿にタイトルを取らせたかった」と述べている[5]
  • 10月27日のNPBドラフト会議で、土田瑞起読売ジャイアンツから育成枠3位で指名を受けた。

2012年(8年目)[編集]

  • 前期は優勝した香川にのみ負け越す形で2位であった。勝率5割以上は4期連続となる。後期は開幕で1分けの後6連勝で順調なスタートを切り、優位にペナントレースを進めたが、香川の猛追を受ける。残り2試合で優勝マジック2までこぎ着けたが自力優勝できずに全日程を終了、優勝は2試合を残した香川の結果待ちとなる。結局香川が最終戦を落として4年ぶりとなる後期優勝を達成した。レギュラーシーズンにおいて、自チームの日程終了後に優勝が決定したのはリーグ史上初めてである。個人タイトルでは、大井裕喜が首位打者、ブレットが最多打点、金城雅也が最多本塁打とチームで打撃3部門を独占したほか、小林憲幸が最優秀防御率と最多奪三振の2冠を獲得した。
  • 4年ぶりの出場となったリーグチャンピオンシップは、前回に続き0勝3敗で敗退した。チャンピオンシップは香川相手に通算8連敗となり、リーグで唯一未勝利という状態に終止符を打つことはできなかった。

2013年(9年目)[編集]

  • 前期は前年に続いて打撃陣が好調で5月末には首位に立ったが、6月に3度の3連敗を記録して後退し、勝率5割は超えたものの3位にとどまった。
  • 後期は徳島を追う展開となり、1.5ゲーム差まで迫ったが、直接対決で負け越したことが響いて2年連続の後期優勝はならなかった。個人タイトルは投手では小林憲幸が2年連続となる最優秀防御率、打撃陣は藤長賢司が首位打者、髙田泰輔が最多盗塁をそれぞれ獲得した。
  • シーズン終了後、星野監督とコーチ2名がいずれも今期限りで退団することが発表された[6][7]。後任監督には元オリックス・バファローズコーチの弓岡敬二郎[8]、コーチには前徳島コーチの森山一人と前東京ヤクルトスワローズコーチ(元香川、徳島コーチ)の加藤博人[9]の就任が2013年11月に発表された。

2014年(10年目)[編集]

  • 4年ぶりに監督・コーチが刷新されてスタートしたが、前期は2試合目から5連敗、その後4連勝したものの、5連敗を2度(うち1度は1分挟む)、後半には1分を挟む8連敗を記録。初年度以来となる最下位となった。チーム打率・防御率ともリーグ最低で投打ともにふるわなかった[10]

経営[編集]

球団は2007年よりリーグの経営補填金を実質的に受けない独立採算になっているが、法人化以来3シーズンの累積赤字が1億8千万円にのぼり、その全額をスポンサーである星企画が補填していることが2008年のシーズン終了後に明らかにされた。これを受けて2009年1月に県や市および地元経済界の関係者による「経営改革協議会」が発足し、改善策を検討している。2009年2月25日の中間報告では、後援会員を増やしたりすることで財政基盤を強化する方向が示された[11]。また、現在は民間の賃貸住宅に分散して居住している選手を、既存のスポーツ施設を寮に転用する形で集めることも検討されていると報じられた[12]。その後、2010年のシーズンより選手寮が実現した[13]

2009年9月7日に愛媛県が発表した補正予算案に、運営会社に対する3000万円の出資が盛り込まれ、松山市ほか県下の20市町と民間企業も出資する見通しであることが報じられた[14]

2009年10月30日のリーグ首脳の記者会見によると、2009年度は売上高8800万円に対して収支は4900万円の赤字となる見込みである[15]。売上高はリーグで香川に次ぐ2番目であるが、赤字額はリーグ6球団では最も大きい。

最終的に県をはじめとする自治体より6000万円の出資を受け、4月1日付で球団運営会社名が変更された。

2011年2月24日のリーグ首脳による記者会見では、2009年度の収支が4300万円の赤字であったこと、2010年度は前年より2000万円の改善(2300万円の赤字)となる見込であることが公表された[16]。同会見では2011年度の収支目標が1400万円の赤字であることもあわせて明らかにされた。

2013年2月15日、愛媛県民球団は2012年度の決算について、経常損益が160万円の黒字となりチームの独立採算制移行以来初の黒字決算となると発表した[17]。スポンサー収入が前年比で1800万円増加したことに加え、県の緊急雇用対策による補助金も寄与したと報じられている[17]。当初予定より1年早い達成で、リーグで単年度黒字となる球団は2011年度の高知に続き2球団目である。

マスコット[編集]

マスコットキャラクターは、ミカンの顔に水軍をイメージした甲冑姿をしており、名前は「マッピー」。ホームゲームでは着ぐるみも登場する。球団では着ぐるみが依頼に応じて幼稚園保育園に出向くサービスを行っているほか、「マッピー体操」というオリジナルの体操があり、球団ホームページで振り付けが紹介されている。

2011年シーズンからは「29番目の選手」(当時、愛媛の支配下保有選手は28人だった)というふれこみの覆面キャラクター「ますくまん」が新たに加わっている[18]

スタッフ・選手[編集]

選手・スタッフについては愛媛マンダリンパイレーツの選手一覧を参照。

スタッフ[編集]

  • シニア・チームアドバイザー
  • トレーナー
    • 伊藤和明

応援スタイル[編集]

応援歌に、愛媛県出身のアーティスト(ジャパハリネットなど)が集結して作られた「VICTORY」がある。

私設応援団は「愛勇会」である。

基本的に「走れコウタロー」、「コンバットマーチ」、「狙いうち」など、高校野球の応援でも耳にする既存曲を選手の応援歌に使用している。

その他[編集]

  • 2006年6月3日に、地域密着の一環で選手たちが小学生の通学路を見守る「見まもり隊」が発足した。選手、コーチ28人がそれぞれ分担して一週間に一回、ユニフォームに腕章を付け松山市内の小学校の下校時間に通学路で警戒に当たる。同様の活動はリーグの他の球団でも実施されている。
  • 2010年4月、愛媛県の地方銀行である愛媛銀行が「応援定期預金」(2年満期)を募集した[19]。募集終了時に預け入れ残高の0.005%相当額を球団に寄付するもので、2010年に愛媛が優勝した場合には2年目の金利が上昇することになっていた。このシーズン、愛媛は優勝できなかったが、シーズン終了後に残高の一部が愛媛球団に寄付された[20]。2011年度以降も毎年この定期預金が設定されている。
  • 2011年8月26日の徳島戦(坊っちゃんスタジアム)の試合前、ファンやスポーツ少年団の選手らが「最大人数で行う始球式」に挑戦した。111組222人が成功を収め、ギネス世界記録に認定された[21]。なお、この日の観客動員数は2858人で、2011年シーズン最多人数であった。

脚注[編集]

  1. ^ 地元紙ではチームを指して見出しに「水軍」という呼称が用いられることがある[1]
  2. ^ 伊予市と上島町は2009年から、内子町は2010年から。
  3. ^ チャンピオンシップの試合自体に一度も勝利していない。
  4. ^ “独立リーグ・愛媛の韓国人内野手を強姦致傷容疑で逮捕”. 朝日新聞. (2009年4月27日). オリジナル2009年4月27日時点によるアーカイブ。. http://s04.megalodon.jp/2009-0427-1707-13/www.asahi.com/national/update/0427/OSK200904270068.html 
  5. ^ 週刊ベースボール』2011年10月10日号 P88 - 89
  6. ^ 愛媛MP 来季の監督、コーチ契約について - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2013年10月15日)
  7. ^ 愛媛MP 吉岡コーチ辞任のお知らせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2013年11月1日)
  8. ^ 愛媛MP 新監督就任のお知らせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2013年11月22日)
  9. ^ 愛媛MP 新コーチ就任のお知らせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2013年11月25日)
  10. ^ IL最終戦 意地の勝利 ファン「後期つながる」読売新聞愛媛版2014年6月29日
  11. ^ 「MP後援会員大幅増を 経営改革協中間報告 黒字化へ目標1万人」愛媛新聞2009年2月25日付。
  12. ^ “愛媛MPの選手寮新設計画「久谷地区」が最有力 松山市”. 産経新聞愛媛版. (2009年3月6日). http://sankei.jp.msn.com/region/shikoku/ehime/090306/ehm0903060228002-n1.htm 
  13. ^ “愛媛マンダリンパイレーツが今治で強化キャンプ”. 松山経済新聞. (2010年2月9日). http://matsuyama.keizai.biz/headline/357/ 2011年2月16日閲覧。 
  14. ^ “愛媛MPが県民球団へ 市町なども出資”. 愛媛新聞. (2009年9月8日). http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20090908/news20090908946.html 
  15. ^ “福岡、参戦見送り 来季は5球団/四国・九州IL”. 四国新聞. (2009年10月31日). http://www.shikoku-np.co.jp/sports/iblj/article.aspx?id=20091031000119 2011年2月16日閲覧。 
  16. ^ 四国ILplus 2011年シーズン開幕前記者会見のご報告リーグオフィシャルウェブサイト
  17. ^ a b “プロ野球四国独立リーグの愛媛MP、初の経常黒字”. 日本経済新聞. (2013年2月16日). http://www.nikkei.com/article/DGXNZO51761610V10C13A2LA0000 2013年2月17日閲覧。 
  18. ^ プレス・パイレーツ2011年7月20日付
  19. ^ “愛媛マンダリンパイレーツ応援定期預金-愛媛銀行が取扱開始”. 松山経済新聞. (2010年4月30日). http://matsuyama.keizai.biz/headline/438/ 2011年2月16日閲覧。 
  20. ^ 愛媛銀行「愛媛MP応援定期預金」目録贈呈愛媛マンダリンパイレーツウェブサイトトピックス
  21. ^ プレス・パイレーツ2011年9月19日付

関連項目[編集]

外部リンク[編集]