大洲市

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おおずし
大洲市
Flag of Ozu Ehime.JPG
大洲市旗
Symbol of Ozu Ehime.svg
大洲市章
2005年1月11日制定
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 愛媛県
団体コード 38207-8
面積 432.24km²
総人口 45,007
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 104人/km²
隣接自治体 八幡浜市西予市伊予市
喜多郡内子町
大洲市役所
所在地 795-8601
愛媛県大洲市大洲690-1
北緯33度30分22.6秒東経132度32分40.3秒
Ozu city-office.jpg
外部リンク 大洲市

大洲市位置図

― 市 / ― 町

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大洲市(おおずし)は、愛媛県南予地方に位置する。「伊予の小京都」と呼ばれる。肱川の流域にある大洲城を中心に発展した旧城下町である。

地理[編集]

冨士山から見た大洲市街

肱川の中下流域からなり、特に旧大洲地域は肱川と矢落川とが合流する地点で盆地を形成している。さらにその下流に向かっては谷を形成しつつ、長浜地域にて伊予灘に注ぎ込む。山は、肱川支流の河辺川源流では標高1000mを越える地点もあるが、それ以外は500〜800mの比較的なだらかな山々が連なっている。

気候[編集]

盆地型で、が発生しやすい。肱川河口(長浜)では、肱川あらしという現象が観察される。

台風等の来襲は少ないものの、肱川は下流で狭まっていることから、大洲盆地でボトルネックとなり、大雨が続くと増水しやすく、過去に何度も浸水被害に見舞われている。

歴史[編集]

沿革[編集]

藩政期

大洲藩

明治以降
  • 1888年(明治21年) - 大洲城天守閣取り壊し(他の城郭に比べて遅かったのは民間の所有に移っていたため)。
  • 1895年(明治28年) - 全国蚕糸業大会・第一回全国木蝋業者大会が大洲町で開催。
  • 1907年(明治40年) - 臥龍山荘完成。
  • 1913年大正2年) - 肱川橋開通。
  • 1923年(大正12年) - 関東大震災発生 (以後、煉瓦建築激減)。
  • 1930年昭和5年) - 生糸大暴落により打撃(1896年以来の安値)。
  • 1941年(昭和16年) - 太平洋戦争勃発。
  • 1943年(昭和18年) - 大暴風雨、肱川大洪水発生。
  • 1945年(昭和20年) - 大暴風雨、肱川大洪水発生。
  • 1946年(昭和21年) - 南海大地震発生。
市制施行以降
  • 1957年(昭和32年) - うかい観光事業開始。
  • 1959年(昭和34年) - 鹿野川ダム完成。
  • 1960年(昭和35年) - 大洲市観光協会発足。
  • 1961年(昭和36年) - 肱川橋改装工事完成。
  • 1966年(昭和41年) - NHKおはなはん』の撮影・放映。
  • 1974年(昭和49年) - 市の花木に「つつじ」制定。
  • 1980年(昭和55年) - 臥龍山荘一般公開開始。
  • 1984年(昭和59年) - 現大洲市庁舎完成(旧大洲市庁舎、新大洲市の庁舎としても使用)。
  • 1990年平成2年) - 大洲市物産協会発足。
  • 1991年(平成3年) - 大洲家族旅行村開村、フジテレビ系『東京ラブストーリー』の撮影・放映。
  • 1993年(平成5年) - 大洲市(旧)のシンボルマーク決定。
  • 1995年(平成7年) - 梅雨前線豪雨による大洪水発生、東大洲地区水没。
  • 2000年(平成12年) - 松山自動車道が大洲ICまで延伸。
  • 2002年(平成14年) - 大洲城天守閣復元工事起工および完成。
  • 2012年(平成24年) - 「龍馬が行く!大洲」150年記念事業が行われる。[1]

系譜[編集]

大洲市の系譜
(町村制実施以前の村) (明治期)         (昭和の合併) (平成の合併)
            町村制施行時
                    昭和9年1月1日  昭和29年9月1日
                     合併       合併・市制施行 き
大洲町━━━━━━━ 大洲町━━━━━┳━━┳━━━━━━━┳大洲市━━━━┻┓
                   お  ┃       ┃        ┃
           久米村━━━━━━━━┫       ┃        ┃
           平村━━━┓あ    ┃       ┃        ┃
                ┣大洲村━━┛       ┃        ┃
           喜多村━━┛             ┃        ┃
           平野村━━━━━━━━━━━━━━━━┫        ┃
                    お         ┃        ┃
           南久米村━━━━━┻━━━━━━━━━┫        ┃
           菅田村━━━━━━━━━━━━━━━━┫        ┃
           栗津村━━━━━━━━━━━━━━━━┫        ┃
           三善村━━━━━━━━━━━━━━━━┫        ┃
           上須戒村━━━━━━━━━━━━━━━┫        ┃
           新谷村━━━━━━┳━━━━━━━━━┫        ┃
           喜多山村━━━━━┛え        ┃        ┃
           柳沢村━━┳━━━━━━━━━━━━━┫        ┃
           田処村━━┛い            ┃        ┃
           大成村━━━━┳大川村━━━━━┳━━┛        ┃
           蔵川村━━━━┛う       ┃           ┃
              肱川村の一部━━━━━━━┛か          ┃
                                       ┃平成17年1月11日
                                       ┃新設合併
                                       ┣大洲市
                          長浜町━━━━━━━━━━┫
                          肱川町━━━━━━━━━━┫
                          河辺村━━━━━━━━━━┛

あ  -  1908年(明治41年)4月1日 平村と喜多村とが合併、大洲村に
い  -  1909年(明治42年)2月1日 柳沢村と田処村とが合併し、柳沢村に
う  -  1921年(大正10年)11月1日 大成村と蔵川村とが合併し、大川村に
え  -  1922年(大正11年)4月1日 新谷村と喜多山村とが合併し、新谷村に
お  -  1925年(大正14年)8月1日 境界変更により南久米村の大字柚木が大洲町へ編入
か  -  1948年(昭和23年)4月1日 境界変更により肱川村の一部(大字宇和川の一部)を大川村へ編入
き  -  1958年(昭和33年)8月1日 境界変更により大洲市正信及び久保のうち鳥坂の区域が東宇和郡宇和町へ編入

(注記)大洲町以外の合併以前の系譜はそれぞれの市町村の記事を参照のこと。

行政・議会[編集]

旧・大洲市は大洲市・喜多郡地域の行政の中心地として栄えてきた。

西隣の八幡浜市西宇和郡、旧・東宇和郡(現・西予市)を含めた広域で見ると、八幡浜市に県の八幡浜地方局が置かれるなど行政の中心となっている。なお、公共職業安定所(ハローワーク)や税務署などは当市にも所在している。

市長[編集]

2005年の合併以降

議会[編集]

2005年の市町村合併に際し、旧町村の不安に配慮する目的で議員に在任特例を適用したが、市民から反発を招き2005年平成17年)9月、特例期間を一箇月残して自主解散。市民からのリコール運動も起こったが、自主解散すべきか審議中に海外旅行のため議会を欠席する議員が出るなど、その姿勢が問われた[2]

主な行政機関[編集]

[編集]

  • 大洲市役所
    • 肱川支所
    • 長浜支所
    • 河辺支所

国および県[編集]

友好都市など[編集]

産業[編集]

  • 第一次産業
農業(野菜、畜産(養豚)、かんきつ類)
  • 第二次産業
電機、製材業、歯ブラシ製造など

本社を置く主な企業[編集]

工場・事業所がある主な企業[編集]

主な小売店[編集]

名物・特産[編集]

大洲(旧大洲市)と長浜(旧長浜町)に製造業者があり、長浜の方がどちらかというともちもちしている。大洲まちの駅 あさもや、冨永松栄堂などで買い求めることができる。
長浜沖で獲れ、昭和40年頃が最盛期であった。今日では漁獲高は激減し、ふぐ漁専用の設備を持つ漁業者は10戸程度となっている。主として、広島、松山方面に出荷されるが、地元料理店にも卸される。長浜にはふぐ料理店も数店存在し、市外ではあまり知られないが、隠れた名物となっている。

地域[編集]

人口[編集]

Demography38207.svg
大洲市と全国の年齢別人口分布(2005年) 大洲市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 大洲市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
大洲市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 58,755人
1975年 56,996人
1980年 57,014人
1985年 57,263人
1990年 55,766人
1995年 53,850人
2000年 52,762人
2005年 50,786人
2010年 47,190人
総務省統計局 国勢調査より

主な病院[編集]

  • 市立大洲病院
  • 大洲中央病院
  • 大洲記念病院
  • 喜多医師会病院

教育[編集]

高等学校[編集]

公立
私立

中学校[編集]

公立
私立

小学校[編集]

公立
  • 大洲市立粟津小学校
  • 大洲市立喜多小学校
  • 大洲市立久米小学校
  • 大洲市立三善小学校
  • 大洲市立上須戒小学校
  • 大洲市立新谷小学校
  • 大洲市立菅田小学校
  • 大洲市立白滝小学校
  • 大洲市立戒川小学校(休校)
  • 大洲市立正山小学校
  • 大洲市立大谷小学校
  • 大洲市立中野小学校
  • 大洲市立予子林小学校
  • 大洲市立河辺小学校


その他[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

路線バス[編集]

都市間高速バス[編集]

道路[編集]

高速道路[編集]

※大洲TB西方の急曲線(60km/h規制)は本線車道ではなく、将来建設される大洲・八幡浜自動車道を分岐するジャンクションランプである。

自動車専用道路[編集]

一般国道[編集]

都道府県道[編集]

すべて愛媛県道。

主要地方道
一般県道


道の駅[編集]

航路[編集]

  • 青島海運
    • 旅客船あおしま - 沖合13.5kmに浮かぶ青島長浜港を結ぶ唯一の航路。乗船時間約45分。1日2往復。

観光[編集]

名所・旧跡・観光スポット[編集]

肱川と大洲城
おはなはん通り
ポコペン横丁
冨士山公園のつつじ
温泉・温浴施設
  • 小薮温泉 - 肱川上流の小薮渓谷に1870年代から湧くと伝えられ、以来湯治場として賑わう名湯。1913年(大正2年)築の木造3階建てで、2000年(平成12年)国登録有形文化財に登録されている「小薮温泉」が一軒宿。

祭事・催事[編集]

  • 鵜飼い
  • いもたき
  • るり姫祭り長浜町白滝)
  • 大洲まつり
  • 大洲川まつり花火大会
  • つつじまつり
  • 観光さくらまつり
  • ながはま赤橋夏まつり
  • ほたるまつり
  • しょうぶまつり
  • もみじまつり
  • 滝まつり
  • ドラゴンボート大会
  • 肱川ふれあいまつり
  • わらじで歩こう坂本龍馬脱藩の道
  • おおず浪漫祭
  • 川下り遊覧

出身または関連著名人[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 大洲市(「龍馬が行く!大洲」150年記念事業概要のお知らせ)
  2. ^ “2005えひめ10大ニュース〈9〉議員在任特例 「延命策」に住民批判 追い込まれ辞職・解散”. 愛媛新聞社. (2005年12月16日). http://www.ehime-np.co.jp/rensai/10news_05/ren047200512163942.html 2012年10月21日閲覧。 
  3. ^ 宮崎建樹 著『四国遍路ひとり歩き同行二人』解説編 へんろみち保存協力会 刊、2007年(第7版)
  4. ^ 宮崎建樹 著『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 刊、2007年(第8版) P.55
  5. ^ 四国八十八箇所#四国遍路にちなむ文化も参照。
  6. ^ 愛媛新聞ホームページ(2012年3月27日)

外部リンク[編集]