大久保勝信
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| オリックス・バファローズ #35 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 和歌山県日高郡日高町 |
| 生年月日 | 1976年9月13日(32歳) |
| 身長 体重 |
187cm 83kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 2000年 ドラフト2位 |
| 初出場 | 2001年4月9日 西武戦(西武D) |
| 年俸 | 3,500万円(2009年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
大久保 勝信(おおくぼ まさのぶ、1976年9月13日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(投手)。和歌山県日高郡日高町出身。
目次 |
[編集] プレイスタイル
独特のスリー・クォーターのフォームから繰り出される最速150km/hのストレートに、安定した制球力でコースへと決まるスライダー、抜群の落差を誇るフォークボールを投じて打者と対する右腕である。
[編集] 来歴
和歌山県立日高高等学校から立命館大学を経て松下電器に入社。松下電器野球部の日本選手権初優勝を経験した。
2000年のドラフト2位でオリックスに入団。
[編集] プロ入り後
1年目からリリーフ投手として活躍し、具臺晟に代わって抑えを任された。7勝14セーブ、防御率2.68の成績で新人王を獲得。
1勝10セーブを挙げたが、スポーツヘルニアで戦線離脱。
右ひじを手術し、プロ入り後初の一軍登板なしに終わった。
右ひじのリハビリでほぼ2年間を棒に振ることになった。シーズン終了直前に一軍復帰し、2年ぶりの登板を果たした。
守護神として期待された山口和男が開幕から不調のため、山口に代わってシーズン途中から一軍昇格し、22セーブを挙げてチームの守護神として活躍した。セーブ成功率100%、防御率1.60、被本塁打1本と圧倒的な数字を残し、11球団すべてからセーブを奪った。菊地原毅、加藤大輔とともに「KKO」と称され、安定したリリーフ陣を形成した。
前年同様抑えを任されたが、防御率4点台と不本意な内容で、肩痛もありシーズン途中で戦線離脱した。
故障で出遅れたものの5月に復帰し、夏場にセットアッパーとして安定感を誇り、9月中旬まで防御率1点台をキープする好投を見せた。シーズン最終盤に疲労から打ち込まれてしまったが、新人王を獲った2001年以来6年ぶりの40試合以上登板、防御率3点台と及第点の成績を残した。
春季キャンプでアキレス腱を断裂。シーズン初登板は8月16日の西武戦で、9回裏の3点リードの場面で登板(なお抑えの加藤大輔は前日まで3連投していたため、連投による酷使を避けたかった意図が首脳陣にあったものと思われる)。しかし、ヒラム・ボカチカに同点3ランを浴びて救援失敗、試合も10回裏に平尾博嗣にサヨナラ本塁打が飛び出し敗れた。この年は3試合に登板し、防御率13.50と散々な成績に終わった。
[編集] 人物
- 2001年9月26日、北川博敏(当時近鉄)に代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打を打たれた投手である。ちなみにこの本塁打を打たれるまで、大久保の防御率は0点台という驚異的な数字であった。
- 阪神タイガースの久保康友は松下電器時代の同期である(久保は高卒での入社なので年齢は久保のほうが4つ下)。また、大久保はルーキーイヤーの2001年に25歳で新人王を獲得しており、それから年齢差と同じ4年後に、久保もルーキーイヤーの2005年に25歳で新人王を獲得したという共通点がある。
- かなりグルメな性格であり、自身のブログには食べ物の事を多く載せている。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001 | オリックス | 53 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 5 | 14 | -- | .583 | 375 | 94.0 | 68 | 8 | 32 | 0 | 0 | 93 | 3 | 0 | 30 | 28 | 2.68 | 1.06 |
| 2002 | 28 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 5 | 10 | -- | .167 | 126 | 27.1 | 27 | 3 | 13 | 2 | 2 | 30 | 0 | 0 | 16 | 12 | 3.95 | 1.46 | |
| 2004 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 3 | 1.0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 0.00 | |
| 2005 | 39 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 22 | 4 | .500 | 154 | 39.1 | 30 | 1 | 9 | 2 | 1 | 40 | 2 | 0 | 8 | 7 | 1.60 | 0.99 | |
| 2006 | 36 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 15 | 1 | .000 | 152 | 34.2 | 42 | 6 | 9 | 0 | 0 | 35 | 3 | 0 | 18 | 18 | 4.67 | 1.47 | |
| 2007 | 42 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 4 | 1 | 9 | .500 | 168 | 39.0 | 35 | 1 | 18 | 3 | 2 | 34 | 2 | 0 | 18 | 14 | 3.23 | 1.36 | |
| 2008 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 17 | 3.1 | 5 | 2 | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 5 | 5 | 13.50 | 2.10 | |
| 通算:7年 | 202 | 0 | 0 | 0 | 0 | 14 | 19 | 62 | 14 | .424 | 995 | 238.2 | 207 | 21 | 83 | 7 | 5 | 234 | 10 | 0 | 95 | 84 | 3.17 | 1.22 | |
- 2008年度シーズン終了時
[編集] 背番号
- 35(2001年 - )
[編集] 個人記録
- 初登板:2001年4月9日、対西武ライオンズ3回戦(西武ドーム)、5回裏に救援登板
- 初奪三振:同上、6回裏に河田雄祐から
- 初勝利:2001年5月5日、対千葉ロッテマリーンズ7回戦(千葉マリンスタジアム)、6回裏に救援登板・完了
- 初セーブ:2001年5月6日、対福岡ダイエーホークス5回戦(富山市民球場アルペンスタジアム)
- 初ホールド:2005年5月25日、対阪神タイガース2回戦(阪神甲子園球場)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 無心無欲35(本人によるブログ)
|
||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||
|
|||||

