久保康友
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| 久保康友 千葉ロッテマリーンズ No.16 |
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | 奈良県橿原市 |
| 生年月日 | 1980年8月6日(27歳) |
| 身長 体重 |
181cm 82kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 2004年 自由獲得枠 |
| 初出場 | 2005年4月2日 |
| 年俸 | 6800万円(推定) |
| 経歴 | |
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久保 康友(くぼ やすとも、1980年8月6日 - )はプロ野球パシフィック・リーグ、千葉ロッテマリーンズ所属のプロ野球選手。ポジションは投手。背番号は16番。奈良県橿原市出身。
ニックネームは、松下電器からプロ入りしたため「パナ」、「ソニック」(一般公募で決めたニックネーム)。ルーキーイヤーの2005年には10勝をあげ、新人王に輝いた。
球種は最速150km/h超の直球、スライダー、カット、フォーク、シュート、チェンジアップなど。また直球も打者の手元で微妙に動かすクセのある球である。制球もまとまっており、速球投手でありながら多彩な球種の組み立てによる投球術で勝負する投球スタイルである。
目次 |
[編集] 来歴
少年野球時代は、藤原京グランドがホームグランドの『ホワイトベアーズ』に所属。中学時代は八木中学校の野球部に所属。
1998年 関大一高時代、甲子園に春夏連続出場。春の選抜大会では、決勝で横浜高校の松坂大輔(現ボストンレッドソックス)と投げ合うも、0-3で敗れて準優勝。夏の選手権大会ではベスト8まで進出したが、準々決勝戦の明徳義塾高校で2-11で敗退した。
1999年に松下電器へ入社後、2003年後半から徐々に好成績を残すようになり、翌2004年にはエースとしてフル回転する。同年のドラフト自由獲得枠で千葉ロッテに入団。入団時は「松坂世代最後の大物」と話題になった。しかし、2007年に北海道日本ハムファイターズに入団した多田野数人がいるため現在の松坂世代最後の大物は多田野に向けられている。
[編集] プロ入り後
4月2日 対福岡ソフトバンクホークス戦にリリーフでプロ初登板、4月24日 対東北楽天ゴールデンイーグルス戦でプロ初先発で完封勝利を挙げた。5月9日にマリーンズが45年ぶりの12連勝を記録した時の勝利投手になった。
開幕から7連勝していたが、8月11日 対北海道日本ハムファイターズ戦で連勝はストップ。球団新人記録である1950年荒巻淳、榎原好の8連勝には届かなかった。
9月17日対西武戦で3度目の完封でシーズン10勝に到達。球団で新人投手が10勝以上をあげたのは、1950年の荒巻淳(26勝8敗)、榎原好(16勝7敗)以来55年ぶり(右腕投手では球団初)。
11月4日、球団史上6人目となる新人王を獲得(投手としては1974年、前回日本一になった際の三井雅晴以来)。同日に婚約を発表した。
3月25日 対ソフトバンク戦で清水直行、渡辺俊介がWBCからの帰国直後で休養をとる必要があり、小林宏之が右太腿筋痛を訴え、小野晋吾が発熱したため、自身初の開幕投手を務めた(5失点で敗戦投手)。
前半だけで6勝を挙げ、前年と同じような快投を見せた。しかし交流戦以降は防御率6点台と不調に陥り、8月以降は6連敗を喫してしまった。結局7勝13敗という成績に終わり(13敗はリーグワースト2位)、2年目のジンクスにはまってしまう結果となった。
前半は勝ちは付いても防御率がよくない状態が続き、前年の不調を引きずっていた。6月25日の横浜戦で左手甲に打球を受け。左手第5中手骨骨折で全治6週間と診断され、6月29日に登録抹消された。
8月7日に一軍に再昇格すると、それ以降は防御率3点台前半と好調を維持した。10月3日、5日にはプロ初の中継ぎ登板をした(8日より始まるクライマックスシリーズを見込んだ登板と言われている)。四球は9イニング平均で0.77個と非常に少なかった。
[編集] 通算成績(2007年シーズン終了時)
[編集] 年度別投手成績
| 年度 | 球団 | 背番号 | 試合数 | 勝利 | 敗北 | セーブ | 勝率 | 投球回 | 奪三振 | 失点 | 防御率 | HP |
| 2005 | 千葉ロッテ | 16 | 19 | 10 | 3 | 0 | .769 | 121 2/3 | 84 | 52 | 3.40 | 0 |
| 2006 | 23 | 7 | 13 | 0 | .350 | 140 1/3 | 119 | 73 | 4.55 | 0 | ||
| 2007 | 21 | 9 | 8 | 0 | .529 | 128 1/3 | 82 | 57 | 4.00 | 2 |
[編集] タイトル・表彰
[編集] 記録
- 初登板 - 2005年4月2日対ダイエーホークス戦(千葉マリン)7回表二死からリリーフ
- 初先発・初勝利・初完投勝利 - 2005年4月24日対楽天戦(フルキャストスタジアム宮城)
- 初奪三振 - 同上、2回裏・山崎武司内野手から
[編集] エピソード
- 関大一高時代は合宿所がないため、奈良県橿原市の自宅から大阪府吹田市の学校まで、電車を乗り継ぎ1時間半かけて通学していた。
- 2007年3月20日、関大一高校野球部の当時監督であった尾崎光宏氏が、胃がんの為67歳で逝去。訃報の報道に久保は「人に一切弱みを見せない監督でした」と偲んでいた。
- オリックス・バファローズの大久保勝信は松下電器時代の同期である(大久保は大卒での入社なので年齢は大久保のほうが4つ上)。また、大久保はルーキーイヤーの2001年に25歳で新人王を獲得しており、それから年齢差と同じ4年後に、久保もルーキーイヤーの2005年に25歳で新人王を獲得したという共通点がある。
- 投手のクイックスピードで1.2秒台が及第点と言われているが、松下電器時代の久保は1秒を切って0.99秒という速さを残している。現在もクイックモーションには定評がある。同僚の渡辺俊介は、自身の著書「アンダースロー論」で「久保のクイックも速いけど、あれはすべての動作が速い」、「(久保のクイックは)真似出来ません」と述べている。
- 2003年の社会人野球日本選手権の対伏木海陸運送戦ではリリーフとして登板、MAX148km/hのストレートで4イニングで7奪三振を奪ったが、9回裏に先頭バッターに四球を与えたのをきっかけにサヨナラ負けを喫した、下馬評では松下電器の圧倒的優位が予想されたため、ファンや野球関係者に大きな衝撃を与えた。このため、松下電器時代の久保を知るファンからは「新人王を獲った久保」というより「伏木海陸にやられた久保」と言われることが多い。
- 2005年6月9日 対読売ジャイアンツ戦に登板しヒーローインタビューを受けた際、その試合で映画ポケットモンスターの宣伝を行っていた関係もあってか、ピカチュウの被り物を被り登場。最後に「ピカチュウー!」と叫び「ピカチュウ」「クボチュウ」というニックネームも奉られる。
- 2008年2月1日、義兄(夫人の兄)を大阪市内での殺人事件で失った[1]。犯人は2月8日に自首し、逮捕される。
- ソフトバンク戦を苦手にしている。
[編集] 関連項目
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| 監督 |
|---|
| 2ボビー・バレンタイン |
| コーチ |
| 78西村徳文(ヘッド兼外野守備走塁兼3塁ベースコーチ)|79井上祐二(投手)|87高橋慶彦(打撃)|85袴田英利(バッテリー)|77吉鶴憲治(バッテリー)|81成本年秀(ブルペン)|83ランペン(打撃兼内野守備兼ベンチコーチ)|73諸積兼司(バント兼1塁ベースコーチ)|90立花龍司(ヘッドコンディショニング)|86佐野嘉幸(巡回) |
| 二軍監督・コーチ |
| 80レン・サカタ(監督)|71古賀英彦(ヘッド)|88荘勝雄(投手)|75高沢秀昭(打撃兼外野守備走塁)|94定詰雅彦(バッテリー)|72上川誠二(内野守備走塁)|82イエーツ(投手兼コンディショニング担当) |
| 投手 |
| 0荻野忠寛|1大嶺祐太|11神田義英|12川崎雄介|13浅間敬太|14小宮山悟|15柳田将利|16久保康友|17成瀬善久|18清水直行|19唐川侑己|20服部泰卓|21内竜也|24下敷領悠太|27古谷拓哉|28根本朋久|29小野晋吾|30伊藤義弘|31渡辺俊介|35三島輝史|36黒滝将人|37林啓介|38中郷大樹|41小林宏之|43ウィンストン・アブレイユ|45松本幸大|46呉偲佑|47手嶌智|48高木晃次|49ブライアン・シコースキー|51植松優友|53相原勝幸|56木興拓哉|60阿部和成|66末永仁志|69江口亮輔|99田中良平 |
| 捕手 |
| 22里崎智也|33橋本将|39田中雅彦|62金澤岳|63青松敬鎔|67新里賢 |
| 内野手 |
| 4ホセ・オーティズ|5堀幸一|7西岡剛|8今江敏晃|9福浦和也|32根元俊一|40渡辺正人|42フリオ・ズレータ|52塀内久雄|58青野毅|59細谷圭|68早坂圭介|70定岡卓摩 |
| 外野手 |
| 00代田建紀|3サブロー|10大松尚逸|23大塚明|25竹原直隆|44早川大輔|50ベニー・アグバヤニ|55神戸拓光|57佐藤賢治|61角中勝也|65 南竜介 |
| 育成選手 |
| 121池田健|122宮本裕司|123小林憲幸|124白川大輔|125大谷龍次|126田村領平 |
| 千葉ロッテマリーンズ 2004年ドラフト指名選手 |
|---|
| 自由獲得枠:久保康友 / 自由獲得枠:手嶌智 / 4巡目:竹原直隆 / 5巡目:大松尚逸 / 6巡目:木興拓哉 / 7巡目:青松敬鎔 |

