竹原直隆
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| 竹原 直隆 千葉ロッテマリーンズ No.25 |
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | 岡山県岡山市 |
| 生年月日 | 1980年4月21日(28歳) |
| 身長 体重 |
183cm 88kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投右打 |
| 守備位置 | 外野手 |
| プロ入り | 2004年 ドラフト4巡目 |
| 初出場 | 2005年6月10日 |
| 経歴 | |
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竹原 直隆(たけはら なおたか、1980年4月21日 - )は、千葉ロッテマリーンズ所属のプロ野球選手。ポジションは外野手。背番号は25。豪快なスイングが魅力で、そのスイングはアレックス・カブレラのスイングを彷彿とさせる。
2008年3月現在日本プロ野球に所属する選手の中で、「左投げ右打ち」である唯一の日本人野手である(外国人や投手にまで枠を広げればエイドリアン・バーンサイド、ジェフ・ウィリアムス、マット・ホワイトの3人がいる)。元来の右利きで、本人は「気付いたら左投げだった」と語っている。
目次 |
[編集] 来歴
城西大学時代に日米大学野球、世界大学野球で日本代表として活躍するも、4年次に故障してシーズンを棒に振り、ドラフト指名はされなかった。その後三菱自動車岡崎に入社。
三菱自動車岡崎では1年目にアマ日本代表で5番打者として活躍し銅メダル獲得に貢献するも、その翌年本社の不祥事発覚で三菱自動車岡崎も活動自粛を余儀なくされ、2年目はほとんど実績を残せずに終わる。このアマ球界の経歴から、ドラフト指名時には「悲運のスラッガー」とも呼ばれていた。
マリーンズ待望の和製大砲として同期入団の大松尚逸と共に将来のクリーンナップを担う逸材と言われており、ファンの期待も大きい。また、1軍定着を機に作られた応援歌は、数ある応援歌の中でも「独特でテンションが上がる」とファンの中でも特に人気が高い。
- 2005年 ファームにてイースタン・リーグの本塁打王に輝く。ファーム日本選手権では優秀選手賞を受賞し、チームのファーム日本一に大きく貢献した。更に打率・打点共に3位以内に入るなど二軍では格の違いを見せつけた。これほどの成績を残しながら一軍に中々呼ばれなかったのは豊富な選手層とボビー・バレンタイン監督の「一軍で中途半端に試合に出すよりファームで経験を積ませたい」という思惑があったからである。
- 2006年 オープン戦では再び力んだ大振りが目立ちはじめ大きな活躍はできなかった。結果開幕一軍は果たせず、大松のように一軍定着はならなかった。しかし、ファームでは2年連続の本塁打王とさらに打点王も獲得した。さらに、9月後半からは来季以降へ向けて一軍に呼ばれ、プロ初安打も放った。
- 2007年は前年は不振だったオープン戦で本塁打を量産し、その活躍が認められ初の開幕一軍メンバーに名を連ねた。5月19日の東北楽天戦で谷中真二から一軍初本塁打を放つ。後半戦は主に相手が左投手の時は竹原、右の時は大松尚逸というように大松と併用される形で一軍定着。終盤には3番も任されるなど監督からの信頼も厚く、141打席ながら8本塁打を放ち長打率ではチーム上位に食い込むなど、パンチ力を見せた。
[編集] 年度別打撃成績
| 年度 | 球団 | 背 番 号 |
試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁打 | 打点 | 盗塁 | 盗 塁 死 |
犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併 殺 打 |
打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005年 | ロッテ | 25 | 2 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 |
| 2006年 | 8 | 20 | 19 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | .105 | ||
| 2007年 | 66 | 141 | 122 | 17 | 30 | 6 | 0 | 8 | 60 | 23 | 2 | 0 | 2 | 4 | 11 | 0 | 29 | 2 | .246 | ||
| 通算成績 | 76 | 165 | 145 | 19 | 32 | 6 | 0 | 8 | 62 | 23 | 2 | 0 | 2 | 4 | 12 | 0 | 32 | 2 | .221 | ||
[編集] 記録
- 初出場 - 2005年6月10日対中日戦(ナゴヤドーム)、「7番・レフト」
- 初安打 - 2006年9月19日対オリックス戦(千葉マリンスタジアム)、5回裏・デイビー投手から
- 初打点 - 2007年3月30日対福岡ソフトバンクホークス戦(千葉マリンスタジアム)、2回裏・神内投手から
- 初本塁打 - 2007年5月19日対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(フルキャストスタジアム宮城)、7回表・谷中投手から
[編集] 関連項目
千葉ロッテマリーンズ - 2008
| 監督 |
|---|
| 2ボビー・バレンタイン |
| コーチ |
| 78西村徳文(ヘッド兼外野守備走塁兼3塁ベースコーチ)|79井上祐二(投手)|87高橋慶彦(打撃)|85袴田英利(バッテリー)|77吉鶴憲治(バッテリー)|81成本年秀(ブルペン)|83ランペン(打撃兼内野守備兼ベンチコーチ)|73諸積兼司(バント兼1塁ベースコーチ)|90立花龍司(ヘッドコンディショニング)|86佐野嘉幸(巡回) |
| 二軍監督・コーチ |
| 80レン・サカタ(監督)|71古賀英彦(ヘッド)|88荘勝雄(投手)|75高沢秀昭(打撃兼外野守備走塁)|94定詰雅彦(バッテリー)|72上川誠二(内野守備走塁)|82イエーツ(投手兼コンディショニング担当) |
| 投手 |
| 0荻野忠寛|1大嶺祐太|11神田義英|12川崎雄介|13浅間敬太|14小宮山悟|15柳田将利|16久保康友|17成瀬善久|18清水直行|19唐川侑己|20服部泰卓|21内竜也|24下敷領悠太|27古谷拓哉|28根本朋久|29小野晋吾|30伊藤義弘|31渡辺俊介|35三島輝史|36黒滝将人|37林啓介|38中郷大樹|41小林宏之|43ウィンストン・アブレイユ|45松本幸大|46呉偲佑|47手嶌智|48高木晃次|49ブライアン・シコースキー|51植松優友|53相原勝幸|56木興拓哉|60阿部和成|66末永仁志|69江口亮輔|99田中良平 |
| 捕手 |
| 22里崎智也|33橋本将|39田中雅彦|62金澤岳|63青松敬鎔|67新里賢 |
| 内野手 |
| 4ホセ・オーティズ|5堀幸一|7西岡剛|8今江敏晃|9福浦和也|32根元俊一|40渡辺正人|42フリオ・ズレータ|52塀内久雄|58青野毅|59細谷圭|68早坂圭介|70定岡卓摩 |
| 外野手 |
| 00代田建紀|3サブロー|10大松尚逸|23大塚明|25竹原直隆|44早川大輔|50ベニー・アグバヤニ|55神戸拓光|57佐藤賢治|61角中勝也|65 南竜介 |
| 育成選手 |
| 121池田健|122宮本裕司|123小林憲幸|124白川大輔|125大谷龍次|126田村領平 |
| 千葉ロッテマリーンズ 2004年ドラフト指名選手 |
|---|
| 自由獲得枠:久保康友 / 自由獲得枠:手嶌智 / 4巡目:竹原直隆 / 5巡目:大松尚逸 / 6巡目:木興拓哉 / 7巡目:青松敬鎔 |

