渡辺亮

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
渡辺 亮
阪神タイガース #12
HT-Ryo-Watanabe-2.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 徳島県鳴門市
生年月日 1982年2月10日(32歳)
身長
体重
175 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 大学・社会人ドラフト4巡目
初出場 2007年4月22日
年俸 4,700万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

渡辺 亮(わたなべ りょう、1982年2月10日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

徳島県鳴門市出身。実家の近所に鳴門競艇場があり、少年時代は競艇選手を目指していた。競艇のための体力をつける目的で野球をしていたが、鳴門工業高校時代に身長が規定(172 cm以下。18歳未満時は168 cm以下)を超えてしまい、競艇選手の道を断念した。

高校では初めは遊撃手であったが、投手ができる選手がいなくなったため2年生から投手に転向。3年生時に春の甲子園に出場した。同志社大学では大学通算48試合に登板し26勝13敗、防御率1.62、 316奪三振。4年の秋季リーグではチームを優勝に導き、最優秀選手賞と最優秀投手賞を獲得した。

その後社会人野球日本生命に進み、第48回JABA岡山大会で最高殊勲選手賞を獲得。2005年の大学生・社会人ドラフト4巡目で阪神に指名され入団。この年は社会人野球で活躍することができず、この年に自分がプロから指名されるとは思っていなかったという[1]

プロ入り後[編集]

プロ1年目の2006年は結果を残せず、同年の秋季キャンプから2007年の春季キャンプにかけてナックルボールの習得を目指した。この挑戦は話題になり、ナックルボールについて英語と日本語で解説した差出人不明のエアメールが届くこともあった[2]。しかし、実戦で使えるレベルのナックルボールを習得するには至らなかった。

2007年4月22日に初の一軍昇格を果たし、同日の対読売ジャイアンツ戦で初登板。シーズン当初は敗戦処理での登板が多かったが、安定した投球を続け、同じリリーフ右腕の橋本健太郎が腰を痛めて離脱した後は先発投手とJFKを繋ぐ場面での起用も増えた。8月3日の対広島東洋カープ戦で1点ビハインドの7回裏に登板、1イニングを無失点に抑えると8回表に味方が逆転し、プロ初勝利を挙げた。同年オフに結婚。

2008年広島からFAで入団した新井貴浩に背番号25を譲り、自身の背番号は12に変更。キャンプからオープン戦にかけては不振のため二軍落ちを経験するも、開幕一軍入りを勝ち取った。開幕直後にジェフ・ウィリアムスが故障離脱したため、代わって久保田智之と共にセットアッパーを務めた。また、久保田が不調時にもセットアッパーを務め、その際には渡辺 (Watababe)・ウィリアムス (Williams)・藤川 (Fujikawa) のリレーから「WWF」とも称された。

2009年も中継ぎ陣の一角として活躍を見せるが、やや不調気味で後半戦は二軍落ちも味わった。

2010年は不調の中継ぎ陣の中では比較的安定した活躍を見せた。

2011年も勝利の方程式として期待された久保田と新加入の小林宏之が不調であったために、藤川に繋ぐセットアッパーの一人として活躍した。

2012年は50試合登板したものの、他の中継ぎ投手陣が好調だったため、前年と比べて接戦の場面での登板が減ったことで勝敗共に無しでシーズンを終えた。

2013年には、春季キャンプ中に右肩の違和感を訴えたことから、開幕を二軍で迎えた。しかし、同年に先発からクローザーに転向した久保康友の救援失敗が相次いだため、5月29日に久保と入れ替わる格好で同年初の出場選手登録。例年と同じく中継ぎ投手陣の一角を担っていたが、7月25日ヤクルト戦にて1回1/3を3失点と打ち込まれ、翌26日に登録を抹消された。9月13日に再び登録されるが、3日後の同月16日に登録抹消された。 このままシーズンは終了。登板数15と1軍に定着して以来最少の登板数となった。

プレースタイル[編集]

投手としては小柄ながら、平均球速141 km/h[3]、最速151 km/hのストレートスライダーチェンジアップなどのキレで勝負する本格派右腕。

その他[編集]

生涯中継ぎ宣言をしており、プロ入り後の登板は全て中継ぎ登板である。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2007 阪神 53 0 0 0 0 1 1 0 7 .500 246 58.1 53 2 23 1 4 52 3 0 19 16 2.47 1.30
2008 66 0 0 0 0 5 2 0 23 .714 282 67.1 52 2 28 1 1 60 2 0 24 20 2.67 1.19
2009 46 0 0 0 0 1 0 0 3 1.000 201 47.2 44 5 17 1 1 34 2 0 19 18 3.40 1.28
2010 61 0 0 0 0 2 2 0 8 .500 311 74.2 57 4 36 7 2 53 2 0 29 22 2.65 1.25
2011 56 0 0 0 0 5 1 0 12 .833 216 54.2 39 2 14 3 1 36 1 0 12 12 1.98 0.97
2012 50 0 0 0 0 0 0 0 4 --- 239 52.1 50 3 31 0 2 33 1 0 18 12 2.06 1.55
2013 15 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 64 14.1 11 2 10 0 1 8 2 0 6 6 3.77 1.47
通算:7年 347 0 0 0 0 15 6 0 59 .714 1559 369.1 306 20 159 13 12 276 13 0 127 106 2.58 1.26
  • 2013年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録
  • 初安打・初打点:2011年5月12日、対広島東洋カープ6回戦(阪神甲子園球場)、3回裏に篠田純平から中前適時打

背番号[編集]

  • 25 (2006年 - 2007年)
  • 12 (2008年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 夢・星野スポーツ塾インタビュー - ウェイバックマシン(2008年8月3日アーカイブ分)
  2. ^ 渡辺に謎のナックル“虎の巻”届く - ウェイバックマシン(2007年1月19日アーカイブ分) - デイリースポーツ(2007年1月17日)
  3. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、144頁。ISBN 978-4-905411-04-8

関連項目[編集]