大島裕行

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大島 裕行
埼玉西武ライオンズ #51
SL-Hiroyuki-Oshima.jpg
2009年8月24日、西武第二球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県さいたま市
生年月日 1981年6月15日(30歳)
身長
体重
180cm
85kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手一塁手
プロ入り 1999年 ドラフト3位
初出場 2002年4月14日
経歴(括弧内は在籍年)

大島 裕行(おおしま ひろゆき、1981年6月15日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手外野手)。

目次

[編集] 人物

高校時代から注目を集めていた長打力が持ち味。1998年第80回全国高等学校野球選手権大会に出場、1回戦沖縄水産高戦で新垣渚投手から逆転本塁打を放つ[1](2回戦敗退)。彼は2年生だったがこの活躍で一躍注目される存在となる。3年時は鳥谷敬のいる聖望学園に敗れて甲子園出場はならなかった。横浜高校時代の松坂大輔と対戦したときに彼のストレートを打ったところ、つまって金属バットがへし曲がりセンターフライになったという話がある[要出典]。通常速球に対してつまると、バットが球の勢いに負けて押し戻されるので曲がらないが、彼はそれを押し戻したということになる。ちなみに木製バットであればほぼ100%真っ二つに割れる。

松坂・新垣・上重聡含む自身の1歳上松坂世代が大半の中村順司PL学園高校監督が指揮する第3回AAAアジア野球選手権大会日本代表に同学年2年生では同じ外野のPL田中一徳と2人のみ選出され、田中が白嗟承(元サンディエゴ・パドレス)に最も印象に残った打者と言わしめる活躍を見せた事に刺激を受けた。

高校時代通算本塁打86本(歴代3位)を記録し、この記録は2007年中田翔に破られるまで歴代最多記録で、同じく埼玉の高校から西武入団の鈴木健を凌駕するものであった。その驚異的なパワーは早くから注目を集め、埼玉の怪物と呼ばれたほどである。

5球団が1位指名を狙っていると言われたが、本人が地元の西武ライオンズ入りを熱望したため西武が指名。地元の球団に入団したこともあり、入団時から期待の高い選手である。

左投手相手の打撃、また守備力に難があり、2003年にブレイクした後は長く伸び悩んでいる。二軍ではクリーンナップを任され、毎年のように好成績を残すのだが、一軍では再び結果を残すことができずにいる。

いわゆる猿顔であり、愛称はサルゲッチュからとったゲッチュ。快活な性格でチーム内ではムードメーカーでありイジられキャラでもある。

西武には佐藤友亮片岡易之とバント巧者が多くいるが、渡辺久信監督から大島のバント技術はチーム一と言われる等、近年は巧打者にモデルチェンジしつつある。

[編集] 経歴

プロ3年目の2002年、一軍初出場・初本塁打を記録した。

2003年、左の強打者としてブレイクし、後半では5番も任されるほどになった。力で押すだけではなく意外な適応力も見せ、終盤まで打撃の好調を維持し、96試合に出場して打率.307、本塁打7本、二塁打18本を記録した。

2004年、6番右翼手で自身初の開幕スタメンの座を手に入れた。開幕直後は好調だったがすぐに失速し、本塁打8本を記録したものの打率は大きく下がってしまった。

2005年、二軍で打率.303を記録したが、一軍では50試合に出場してわずか1本塁打と散々な結果に終わってしまった。2006年は二軍でチームトップの打率.270を挙げたものの、一軍では9試合で打率.133に終わった。

2007年、開幕一軍の座をつかみ、春先は左の代打の切り札として活躍。4月14日の対千葉ロッテマリーンズ戦では小林雅英から9回表に代打で逆転2点適時打を打ち、代打5打席連続安打を記録した。代打での打率は.412、得点圏打率は.333とチャンスで活躍したが、スタメン起用された試合では18打数1安打で、打率は.216と伸び悩み、6月に二軍落ち。二軍では打率. 279、5本塁打を打ち主軸打者として活躍したが、一軍再昇格はならなかった。

2008年5月1日の対福岡ソフトバンクホークス戦ではD.J.ホールトンからサヨナラ打の呼び水となる同点適時打や、9月2日の対千葉ロッテマリーンズ戦ではプロ入り初の4番でスタメン起用され、渡辺俊介から3年ぶりの本塁打を放つなど、復調の兆しを見せた。

2009年、本人の怪我や、他の左打者の台頭もあって1軍出場はなかった。

2010年、6月に昇格すると以降コンスタントに出場。8月13日の対オリックス・バファローズ戦で3安打を放ち、5年ぶりの猛打賞をマークした。ちなみに、この年放った2本の本塁打は、両方とも同い年でプロ入り同期高山久とのアベック本塁打だった。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2002 西武 36 80 70 13 15 5 0 3 29 7 0 0 0 1 9 1 0 16 3 .214 .300 .414 .714
2003 96 273 254 29 78 18 0 7 117 33 2 1 0 2 16 2 1 53 6 .307 .348 .461 .809
2004 68 191 179 24 44 5 2 8 77 27 1 0 0 1 10 1 1 46 4 .246 .288 .430 .718
2005 50 106 102 6 23 4 0 1 30 9 0 1 0 1 3 1 0 14 3 .225 .245 .294 .539
2006 9 16 15 0 2 0 0 0 2 1 0 0 0 0 0 0 1 2 1 .133 .188 .133 .321
2007 27 39 37 5 8 3 0 0 11 8 0 0 0 1 1 0 0 9 0 .216 .231 .297 .528
2008 38 86 74 6 18 4 0 2 28 7 0 1 2 0 10 1 0 14 2 .243 .333 .378 .712
2010 51 121 115 10 30 4 0 2 40 11 0 0 2 2 2 0 0 26 3 .261 .269 .348 .617
2011 26 70 62 0 12 1 0 0 13 3 0 0 2 0 6 0 0 11 1 .194 .265 .210 .474
通算:9年 401 982 908 93 230 44 2 23 347 106 3 3 6 8 57 6 3 191 23 .253 .297 .382 .679
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 年度別守備成績


一塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2002 2 10 1 0 0 1.000 16 6 0 0 0 1.000
2003 - 63 120 2 4 0 .968
2004 - 31 52 2 2 1 .964
2005 - 30 45 1 0 0 1.000
2006 2 9 2 0 2 1.000 2 4 0 0 0 1.000
2007 2 4 0 0 0 1.000 6 8 0 0 0 1.000
2008 17 107 12 3 13 .975 13 8 0 0 0 1.000
2010 8 28 3 0 2 1.000 41 43 1 1 1 .978
2011 - 19 25 1 0 0 1.000
通算 31 158 18 3 17 .983 221 311 7 7 2 .978

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 51 (2000年 - )

[編集] 脚注

  1. ^ 『週刊ベースボール』 ベースボール・マガジン社、2003年2月17日、154頁。

[編集] 関連項目

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