新垣渚

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本来の表記は「新垣渚」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
新垣 渚
福岡ソフトバンクホークス #18
基本情報
国籍 日本
出身地 沖縄県那覇市
生年月日 1980年5月9日(29歳)
身長
体重
189cm
81kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 投手
プロ入り 2002年 自由獲得枠
初出場 2003年3月31日
年俸 8000万円(2009年)
経歴(括弧内は在籍年)

新垣 渚(あらかき なぎさ、1980年5月9日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手投手)。

「渚」の字は正字体(渚、「日」の右上に点がつく)が正しいが、この字がJIS第1・第2水準漢字に含まれていないことから、ウェブサイトをはじめとして略字表記のほうが通行していることが多い。

目次

[編集] プレイスタイル・特筆

長身で投げ下ろすゆったりとしたオーバースローから150km/h超(最速155km/h)のストレートと縦横のスライダーを投げ分ける。特に縦スライダーのキレは球界随一とされ、「バニッシュボール(vanish 消える)」とも称される[1][2]。他にカーブシュートツーシームカットボールも投げる。投球回数に近い数の三振を毎年奪っており、奪三振率も比較的高い。

試合終盤にも150km/hオーバーをマークするスタミナも武器だが、課題は後述の通り制球力。山崎武司楽天)は、「今まで対戦してきた中で最高のスライダーを投げるピッチャー。彼は強引にスライダーを曲げてくるので暴投が多いが、決めることができれば、伊藤智仁投手や斎藤雅樹投手よりもすごいスライダーを投げる。潜在能力をすべて出し切っていない」と語っている。

斉藤和巳和田毅杉内俊哉とともにホークス投手の四本柱と呼ばれる。

ブルペンでの調子がよい時ほど試合では乱調になりやすく、ブルペンエースと不名誉な称号もある。

[編集] 来歴

1998年沖縄水産高の投手として連続で甲子園出場を果たし、横浜高の松坂大輔とともにマスコミの注目を集めた。高校野球全国大会史上初の151km/hを記録したが、春夏ともに初戦敗退。夏は1学年下の大島裕行埼玉栄高)に逆転ホームランを喫している。高校の同期にのちにホークスでも同僚となる稲嶺誉がいた。

同年のドラフト会議では、オリックス・ブルーウェーブと福岡ダイエーホークスが1位指名で競合。オリックスが交渉権を獲得したが、新垣は「ダイエー以外なら進学」と決めていたため交渉は難航。オリックスへの入団を断り九州共立大学へ進学した。オリックスの三輪田勝利編成部長(スカウト)が新垣の実家を訪れようとしたが、新垣は門前払いするなど面会さえ拒否の姿勢を貫いた。その後、三輪田スカウトが飛び降り自殺をする大騒動となったが、新垣は後にインタビューで、「自分が活躍することが最初に評価してくれた三輪田さんへの恩返し」と語っている。

九州共立大では1999年明治神宮野球大会大学の部で優勝するなど、大学球界を代表する右腕として活躍。2002年ドラフト会議の自由獲得枠で、4年越しに意中の球団のダイエーに入団した。

[編集] プロ入り後

2003年、新人ながら先発に定着し7月末までに8勝を挙げるが、8月にくるぶしを痛め長期離脱。阪神タイガースとの日本シリーズには救援で復帰した。契約更改では新人としては異例の保留をしたことも話題となった。

2004年は先発の軸としてチーム最多の11勝をマークし、チームのレギュラーシーズン1位通過に貢献。177奪三振で初のタイトルとなるパ・リーグ最多奪三振2005年には10勝、2006年には自己最多の13勝を挙げ3年連続の2桁勝利を達成するが、9月29日虫垂炎による急性腸炎により入院、プレーオフ第2ステージではベンチ入りしたが登板機会はなかった。

2007年には直球とスライダーを生かすためシュートを習得。オープン戦では好投したものの、公式戦が始まると暴投を連発。あまりにも暴投が多いためスポーツ紙などでは「暴投王」と揶揄され、王監督までもが「暴投王」と発言した[3]。以下、暴投に関する主な記録。

その後、戦線離脱などもあったが、記録は25暴投まで伸びた[4]

2008年は昨シーズンオフより新球スラーブの習得と、力まない「7割投法」を目標に掲げ[5]調整をしたが暴投の多さは相変わらずで、8月20日西武戦では、プロ野球タイ記録の1イニング3暴投を含み、プロ野球新の1試合5暴投を記録した。8月28日のオリックス戦でようやく今季初勝利。スラーブやフォーク、シュートなどを封印してストレートとスライダーのみに絞ったことと、藤田学二軍投手コーチの指導で腕の位置をスリークォーター気味に矯正したことが功を奏し、これ以降は安定した投球を見せた。しかしシーズン4勝は自己最低であり、同時に2年連続最多暴投という不名誉な記録を打ち立ててしまった。

[編集] 年度別投手成績










































W
H
I
P
2003 ダイエー
ソフトバンク
18 18 8 1 1 8 7 0 -- .533 505 121.1 110 10 30 6 132 5 0 52 45 3.34 9.79 1.15
2004 25 25 9 2 1 11 8 0 -- .579 807 192.1 173 14 73 11 177 8 0 75 70 3.28 8.28 1.28
2005 22 21 3 2 0 10 6 0 0 .625 600 136.2 146 13 54 9 130 7 1 73 70 4.61 8.56 1.46
2006 23 23 5 2 1 13 5 0 0 .722 641 155.1 132 10 46 7 151 10 0 60 52 3.01 8.75 1.15
2007 21 21 2 1 0 7 10 0 0 .412 581 137.1 128 7 51 4 132 25 0 62 55 3.60 8.65 1.30
2008 15 15 0 0 0 4 6 0 0 .400 411 92.2 89 7 39 6 105 15 2 55 43 4.18 10.19 1.38
通算:6年 124 123 27 8 3 53 42 0 0 .558 3545 835.2 778 61 293 43 827 70 3 377 335 3.61 8.91 1.28
  • 2008年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はそのシーズンにおけるリーグ最高、赤太字はNPBにおける歴代最多

[編集] 背番号

  • 18(2003年 - )

[編集] 記録

[編集] タイトル・表彰など

  • 最多奪三振:1回(2004年)
  • 月間MVP:5回 (2003年7月度、2004年7月度、2005年9月度、2006年3・4月度)
4シーズン連続受賞はパ・リーグの投手としては史上初。

[編集] 書籍

[編集] CM

  • フタタ 『プライス真っ二つ編』
  • 四季工房 『ベストを尽くす編』 『子供の頃から編』

[編集] 関連項目

[編集] 参考

[編集] 外部リンク

先代:
松坂大輔
パ・リーグ最多奪三振
2004年
次代:
松坂大輔
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