河内貴哉
| 広島東洋カープ #124 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 京都府八幡市生まれ |
| 生年月日 | 1982年1月6日(30歳) |
| 身長 体重 |
188cm 87kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1999年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 2000年5月3日 |
| 最終出場 | 2007年 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
河内 貴哉(かわうち たかや、1982年1月6日 - )は、広島東洋カープに所属しているプロ野球選手(投手・育成選手)。京都府出身[1]、東京都杉並区育ち。
目次 |
[編集] 経歴
京都府八幡市生まれ。幼少期に東京都杉並区に転居し同地で育つ。
高校は、國學院大學久我山高に進学。
1999年のドラフト1位で大阪近鉄バファローズ、中日ドラゴンズと競合の末、広島東洋カープに指名され、入団した。意中の球団は中日だったという。甲子園出場経験のない高校生の1位競合は江夏豊以来33年ぶり。高校生としては球団史上最高の契約金1億円、年俸700万円(金額は推定)で契約した。当時の達川晃豊監督はドラフト会議で煙草のラッキーストライクを忍ばせ、抽選で引き当てた際にカメラに向けてアピールした。背番号は前年引退した大野豊の24番を受け継いだ。
2000年5月30日の読売ジャイアンツ戦でプロ初勝利。高卒ルーキーが巨人戦でプロ初勝利は史上4人目であり、5月までに限れば1967年5月31日の江夏豊以来2人目、到達日としては最速であった[2]。
2004年に自己最高の成績を残し、オールスターゲームにも出場。しかし、同年4月には151キロを計測していた球速が、徐々に140キロ前後に落ち込んだ。
2005年にはキャンプでフォームを崩し、制球が定まらずファーム暮らしが続いた。
2006年は投球フォームをオーバースローからサイドスロー気味に変更した。ウエスタン・リーグで防御率2.51と言う好成績が認められ、9月2日に2年ぶりに1軍昇格を果たす。同日に行われた対ヤクルト戦で3番手で登板し、拙守による2失点で復帰。その後も中継ぎとして15試合に登板し、15奪三振15被安打、防御率1.76とまずまずの成績を残した。オフにサイドスローからオーバースローに戻し、捲土重来を期していたが、結局2007年もサイドスローでシーズンに突入。序盤は左殺しとして活躍したが、被安打の多さと制球難が問題となり、後半二軍行きとなった。
2008年シーズンは5月に左肩関節唇及び腱板部の修復手術を行った。キャッチボール再開まで半年ほどかかるため、一軍はおろか二軍でも登板がなかった。2009年も前年と同様肩のリハビリで一軍でも二軍でも登板がなかった。
2009年10月31日、戦力外通告を受けた。球団は回復後の復帰を期待し、11月17日に育成選手として契約を結んだ。
2010年10月29日、規約により自由契約選手公示がなされたが、11月16日に再び育成選手として契約した。
2011年5月27日、二軍戦で4年振りの実戦復帰を果たし、ソフトバンク戦に打者1人(江川智晃)を右飛に抑えた[3]。
[編集] プレースタイル・人物
以前は、最速151km/hを記録する速球派だったが、現在は怪我の影響もあり投球フォームを固定できていない。2011年は速球は最高で137km/hを記録している。変化球は、スライダー・チェンジアップなどを投げる。
同期の苫米地鉄人とは良いライバル関係にあり、その2人を当時の達川監督が「うっちーべっちー」として売り出しを図った。しかし両名とも不振などで一軍定着が出来ず浸透しなかった。
中学在学中に江夏豊の半生を映像化したテレビドラマで、江夏の中学時代を演じたことがある。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000 | 広島 | 10 | 9 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | -- | .200 | 188 | 42.1 | 55 | 4 | 15 | 1 | 0 | 20 | 2 | 0 | 26 | 20 | 4.25 | 1.65 |
| 2001 | 8 | 6 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 0 | -- | .500 | 140 | 29.1 | 43 | 5 | 12 | 0 | 2 | 24 | 1 | 0 | 27 | 24 | 7.36 | 1.88 | |
| 2002 | 14 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 0 | -- | .000 | 244 | 56.2 | 61 | 8 | 22 | 0 | 1 | 53 | 3 | 1 | 32 | 32 | 5.08 | 1.46 | |
| 2003 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 | 3 | 2 | 0 | -- | .600 | 170 | 38.1 | 37 | 10 | 16 | 0 | 2 | 34 | 0 | 0 | 25 | 23 | 5.40 | 1.38 | |
| 2004 | 23 | 23 | 1 | 0 | 0 | 8 | 9 | 0 | -- | .471 | 558 | 119.2 | 139 | 18 | 64 | 0 | 6 | 111 | 6 | 0 | 92 | 76 | 5.72 | 1.70 | |
| 2006 | 15 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 7 | .000 | 65 | 15.1 | 15 | 1 | 6 | 0 | 1 | 15 | 0 | 0 | 5 | 3 | 1.76 | 1.37 | |
| 2007 | 14 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | ---- | 42 | 9.0 | 8 | 2 | 5 | 0 | 3 | 8 | 0 | 0 | 5 | 5 | 5.00 | 1.44 | |
| 通算:7年 | 91 | 54 | 1 | 0 | 0 | 15 | 26 | 0 | 13 | .350 | 1407 | 310.2 | 358 | 48 | 140 | 1 | 15 | 265 | 12 | 1 | 212 | 183 | 5.30 | 1.60 | |
[編集] 表彰
- フレッシュ2000(フレッシュオールスターゲーム)MVP:1回(2000年)
[編集] 記録
- 投手記録
- 初登板・初先発:2000年5月3日、対ヤクルトスワローズ5回戦(広島市民球場)、5回2失点
- 初奪三振:同上、2回表に高橋智から
- 初勝利・初先発勝利:2000年5月30日、対読売ジャイアンツ10回戦(広島市民球場)、7回1失点
- 初完投勝利:2004年4月18日、対読売ジャイアンツ3回戦(広島市民球場)、9回3失点
- 初ホールド:2006年9月18日、対読売ジャイアンツ19回戦(広島市民球場)
- 打撃記録
- 初安打:2000年5月30日、対読売ジャイアンツ10回戦(広島市民球場)、2回裏に工藤公康から遊撃内野安打
- その他の記録
- オールスターゲーム出場:1回(2004年)
[編集] 背番号
- 24 (2000年 - 2009年)
- 124 (2010年 - )
[編集] 脚注
- ^ 広島東洋カープ公式サイト
- ^ 2001 ベースボール・レコード・ブック 44頁「2000年度の主な記録と出来事」より。
- ^ 広島 ドラ1位左腕 4年ぶり実戦復帰 スポニチ Sponichi Annex
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||