エレファントカシマシ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
エレファントカシマシ
基本情報
別名 エレカシ
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
オルタナティヴ・ロック
グランジ
ブルース・ロック
活動期間 1981年 -
レーベル エピック・ソニー
1988年 - 1994年
ポニーキャニオン
1996年 - 1999年
東芝EMIキャピトル
1999年 - 2006年
ユニバーサルミュージックA&Mレコード
2007年 - )
事務所 フェイスミュージックエンタテインメント
公式サイト エレファントカシマシ
メンバー
宮本浩次ボーカルギター
石森敏行 (ギター
高緑成治 (ベース
冨永義之 (ドラムス

エレファントカシマシ(THE ELEPHANT KASHIMASHI、ELEPHANT KASHIMASHI)は、1981年に結成された日本ロックバンド

概要[編集]

公式ファンクラブは「PAO」。

バンド名は、漫才トリオのかしまし娘と、映画『エレファント・マン』のインパクト、音が気に入って遊び半分でつけられ、それ以上の意味はないと『HEY!HEY!HEY!』で宮本が語っている。

無骨で男臭いロックンロールのバンドとして登場したが、その後宮本の独特のメロディセンスを軸として音楽性をハードかつ内省的に深化させ、独自の存在感を放つまでになった。再デビュー以降はフォーキーで柔和なメロディとポップにソフィスティケートされたサウンドを志向しつつ商業的に成果を上げ、宮本のユニークなキャラクターと共に知名度を上げた。打ち込み主体のオルタナティヴ・ロックや緻密なアレンジのポップスといった端的な方向性への接近を経た現在は、双方の時代の折衷的な音楽性を打ち出している。
彼らの音楽はROCKIN'ON JAPANの編集長山崎洋一郎渋谷陽一らに常に高く評価されている(ちなみにこの両名は『CHERRY BOYS』と称してポニーキャニオン以降のアルバムのクレジット欄にSpecial thanksとして記されることとなる)。

彼らに影響を受けたミュージシャンは多く、2003年にはトリビュートアルバム『花男』が発売された。

日比谷野外音楽堂でのコンサートが定例行事となっており、1990年以来毎年行われている。

メンバー[編集]

宮本浩次(みやもと ひろじ、1966年6月12日 - )
東京都北区赤羽台出身。ボーカル&エレクトリックギター&アコースティックギター担当。主な使用機材は「TANGEMAN STRAT」「N.Y LAB TELE」「Fender Stratocaster」「K.Yairi」。以前は「六絃(Rokugen)」「Gibson」「G&L」「Journeyman」なども使用していた。
愛称は「ミヤジ」。詳細は本人の項目を参照。
石森敏行(いしもり としゆき、1967年3月18日 - )
東京都北区赤羽育ち。エレクトリックギター&アコースティックギターを担当。主な使用機材は「Gibson Les Paul」「Gibson ES-335」「Fender Stratocaster」「Fender Telecaster」「moon TELE」「Alvarez Yairi」。
愛称は「石君(いしくん)」。宮本との共作クレジットは、ガンダーラコンビネーション。
宮本・冨永とは北区立赤羽台中学校にて1年時同じクラスだったことから知り合う。
デビュー当初は宮本と同じくらい話すキャラであったが、EPIC時代後期から口数が少なくなってしまったらしい。
宮本と特に仲がよく、ライブやTV出演時において宮本に一番いじられる。叩かれたり罵られたりと不条理な扱いを受けることが多いが、決して怒らず笑っている。ツアー先や合宿先ではよく一緒に美術館に行ったり散歩などに出掛けているらしい。
さらに宮本は頻繁に石森の家を訪問するという。宮本によると「表情だけで何を考えているか分かる」「相棒」。
宮本に心酔しており、尊敬する人物を聞かれて「ミヤジ」と答えるほど。しばしば「こんなにすごいミヤジが死ぬなんて信じられない」と発言するらしい。曲作りや録音作業で宮本を手伝うことが多く、機械を苦手とする宮本に代わり機材を操作している。「good morning」ではエディターとしてクレジットされているほか、シングル収録の弾き語りVerの録音にも携わっている。
またライブのセットリストを宮本と共に決めている。
髪型は現在短髪の黒髪。初期のパンチパーマからやや長めの黒髪、短髪で金髪、赤髪、オレンジの髪、丸坊主と変遷が激しい。非常に険しい形相でガニ股でギターを弾いているが、「一生懸命弾いているから」とのこと。
体力の維持を心掛け、ジム通いや走り込み、水泳などの運動をしている。180度の開脚が可能なほど身体が柔軟。このため筋肉質で引き締まった体をしているが、「エレファントカシマシ5」の時期には、80kgを超える体重だったという。酒に非常に弱く、コップ半量のビールで二日酔いになる。また肝臓を壊したこともあり、あまり酒は飲まないようにしているらしい。
既婚(三度目)。身長173㎝。
高緑成治(たかみどり せいじ、1966年4月15日 - )
東京都中央区月島出身。エレクトリックベースを担当。主な使用機材は「TopDog J.Bass」「Fender JAZZ BASS」。以前は「リッケンバッカー」も使用していた。
愛称は「成ちゃん(せいちゃん)」。宮本との共作クレジットはダンディーブラザーズ。
常に寡黙で顔の彫が深く、味のある顔立ち。宮本は初対面時、高緑があまりに美形だったため照れてうまく話せなかったと言う。
冨永とは高校の同級生で共に頭髪検査に引っ掛かったというきっかけで出会い、仲良くなる。そして冨永経由で宮本・石森とも知り合った。元は6人ほどいたバンドメンバーが宮本・石森・冨永の3人となってしまった際に勧誘され、加入することとなった(元はギタリストであったが、冨永の勧めで加入に当たりベーシストに転向)。加入以前に何度か旧メンバーのエレカシのライブを見に行っており、「かっこいいな」と思っていたようで、バンドに誘われた時、宮本に「やる?」と尋ねられ、「やる」と即答した。この時、お台場(その当時は今のような観光地ではなく開けた場所だった)に行って全員で乾布摩擦をしたというエピソードがある。
ROOTS」で暴露された話によると、ある日、宮本と冨永が高緑の家に遊びに来た際、父親に起こされたところ「来ても起こすなって言ったろ!」と怒鳴り、親子げんかになった。気まずくなった宮本らはその日は帰ったという。宮本と冨永は「あれは困った」と、今では笑い話になっている。実家は銭湯だったが、月島周辺の再開発の波にのまれ、現在は閉店している。風呂屋の息子なためか焼くことが好きで、メンバーで焼肉やもんじゃ焼きを食べに行くとひたすら焼く係になるらしい。
STARTING OVER」のジャケット写真でオールバックにした髪形を披露。オールバック以降はハットをかぶることが多くなり、ライブ中にしばしば宮本に奪われている(しかし、宮本は取り上げるだけですぐに高緑に返す)。
クールなキャラだが、宮本によると内面は「ピュア」で、外見と非常にギャップがあるとのこと。またぬいぐるみや犬が好き。
既婚で一児の父。身長179cm。
冨永義之(とみなが よしゆき、1966年4月14日 - )
東京都北区赤羽出身。ドラムスを担当。
愛称は「トミ」。宮本との共作はないが、バンド史上宮本が携わっていない唯一の曲「土手」の作詞作曲者である。
宮本・石森とは中学の同級生、高緑とは高校の同級生だったことで知り合う。宮本には「パワフルドラマー」と称される。口数はあまり多くない。ややぶっきらぼうな喋り方をする。石森の次によく宮本にいじられ、しばしば照れくさそうな表情を見せるが、少年時代は、宮本によると「危ない子」だったとのこと。
少年時代の武勇伝は多く、『鉄塔などに登ってぶら下がる』『台風の日に海に飛び込み、「石君達もおいでよー!」と叫ぶ』『人通りの多い急坂をスケボーで走る』など、かなり活発な少年であり、中学時代は入学初日に通学鞄をつぶし、学ランのボタンを外して登校するなどかなりのヤンチャ者で、バレンタインに大量のチョコを貰うなど非常にモテたという。
宮本や石森が洋楽のロックミュージックを聴き始めたのは冨永の影響であり、冨永自身は楽器をしていた兄の影響を強く受けている(なお、ドラマーになったのは、兄がギターやベースを既にやっていたため)。
石森と共にエレファントカシマシを立ち上げた人物。また、高緑を加入させることを決めたのも冨永であり、現在まで続く4人体制を確立した張本人である。高緑と特に仲が良く、ツアー先では一緒に飲みに行くことが多いらしい。
頼りがいのある性格で、宮本によると「兄貴分」。過去、付き合っていた女性に振られ落ち込んでいた宮本から愚痴や相談の電話を延々と受けていたというエピソードがある。
ハーレーのバイクや車など乗り物を愛好する。またバーボン・ウイスキーなどきつい酒が好きで、酒を飲むと記憶が飛ぶらしい。
2006年に慢性硬膜下血腫を発症するが、手術で無事完治。
既婚。身長168cm。

来歴[編集]

結成〜デビュー以前[編集]

1981年に宮本、石森、冨永を含む中学のクラスメートで結成された(ギターとベース、女子のオルガンマネージャー)。主にディープ・パープルレインボーRCサクセションのコピーを演奏。翌年EastWestの地区予選に参加し、初ステージを踏む。新宿JAMなどでライヴ活動を展開していた。1986年、冨永の高校時代の同級生だった高緑が加入し、現在のメンバーとなる。同年12月、CBS SONY SDオーディションに入賞。デビューのきっかけをつかみ、双啓舎と契約。

デビュー前に行われたイベントでは、観客が拍手をしたり声援を送ったりすると、「うるせぇ!」などとボーカルの宮本浩次が観客に毒づく場面があり、来場していた観客も戸惑いを隠せなかった。イベントで共演したHOUND DOGからTシャツにサインを求められた際、ロゴマークを塗りつぶした挙句、「バカ」とサインしたうえ、ライターで火をつけて投げ返すなど、ステージの内外によらず傍若無人の振る舞いでデビュー後も異彩を放つことになる。これに関しては酔っ払っていたこともあり、後に宮本は謝罪に行ったという。

エピック・ソニー時代[編集]

1988年エピック・ソニーよりシングルデーデ/ポリスター」、アルバムTHE ELEPHANT KASHIMASHI』でデビュー。このアルバムがロッキング・オン渋谷陽一の目に留り、サザンオールスターズのデビュー以来の衝撃との評価を受ける。当初は率直に日常の怒りを歌ったロックンロールが主だったが、2枚目のアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』では一転、内向的で情緒性あふれる歌を歌うようになる。3枚目のアルバム『浮世の夢』から歌詞に文語が入り、厭世的な歌が多くなっていった。1990年に、ボーカルの宮本自身が青春と語る4枚目のアルバム『生活』を発表。1992年、宮本の生活の変化が反映された5枚目のアルバム『エレファントカシマシ5』を発表する。1枚目のアルバムと同様の勢いを求め、ディレクターやメンバーは宮本に対し激しいロックチューンを要求する。それに対し宮本が答えを出したアルバムが1993年発表の『奴隷天国』である。売り上げ不振で契約が危うくなる反面、多くのリスナーへ自分たちの音楽を届けたいという思いが強まり、バンドの士気も高まっていった1994年近藤等則、Dr.kyOn(ボガンボス)らのゲストミュージシャンを迎え、オーケストラやオーバーダビングなどを取り入れた7枚目のアルバム『東京の空』を発表する。バンド初となるプロモーション・ビデオを制作するなど宣伝活動にも力を入れたが、これを最後にエピック・ソニーとの契約を打ち切られる。その後しばらく存続していた所属事務所「双啓舎」も、レコード会社数社から新たな契約の打診があった矢先、解散となる。

デビュー当初の彼らのライブにおけるスタイルは、客を座らせ、SEはなしという非常に簡素かつ異質なスタイルであり、客電をつけたままライブが行われたことすらあった。宮本自身は立ってギターを弾くことができず、座って演奏していた。当時のグッズとしてはしりあがり寿のイラストによる歌詞集『エレファントカシマシの詩』や手ぬぐい、シャツなどが有名である。

エピック時代のバンド名は、正しくは「エレファント カシマシ」と間には半角スペースを入れる。

ポニーキャニオン時代[編集]

こうして一旦メジャーから遠ざかるが、その間も曲作りやライブは地道に行っていた。そしてロッキング・オン渋谷陽一山崎洋一郎の協力により、新事務所FAITH A&R(現フェイスミュージックエンタテインメント)と契約、1996年ポニーキャニオンよりシングル「悲しみの果て/四月の風」をリリースして再デビュー。エピック・ソニー時代とは打って変わったタイアップ路線や、宮本浩次を中心としたメンバーのメディアへの積極的露出により売り上げを伸ばす。なお、『悲しみの果て』以降のバンド名は「エレファントカシマシ」とスペースなしのものになっている。

中でも1997年フジテレビドラマ月の輝く夜だから』の主題歌として発売された「今宵の月のように」は、70万枚を超える大ヒットとなる。ポニーキャニオンからは『ココロに花を』『明日に向かって走れ-月夜の歌-』『愛と夢』の3枚のアルバムを発表。

当時のエピソードとして、ミックスの済んだ曲をウォークマンで聞きながら渋谷を歩いていた宮本が、整然とトリートメントされた、いかにもメジャーというような音質にいらだち、その場に叩き付けたという。

東芝EMI時代[編集]

1999年、フェイス傘下のバリアフリーレーベルとポニーキャニオンとの契約が終了したのに伴い、バリアフリーレーベルごと東芝EMIに移籍。1999年にはシングル「ガストロンジャー」、2000年には、ほぼ宮本のソロアルバムとも呼べる打ち込みを多用した『good morning』を発表。またこの時期の宮本は音楽活動と平行して執筆活動やドラマ『フレンズ』出演などを精力的にこなし多彩な才能を発揮した。

2002年には小林武史プロデューサーに迎えたアルバム『ライフ』を発表。緻密なアレンジによる、穏やかで色彩豊かな世界を作り上げた。しかし同年末には再びセルフプロデュースに戻り、よりシンプルなバンドサウンドへと回帰した、初のミニアルバム『DEAD OR ALIVE』を発表。またこの頃から「音楽バラエティ番組での面白いキャラクター」へと定着したことへの反省から、メディアへの露出を極力控えるようになる。

2003年にはセルフプロデュースによるアルバム『俺の道』を発表、バンドサウンドへの回帰は決定的なものとなる。

2004年にはシングル「化ケモノ青年/生きている証」、熊谷昭を共同プロデューサーに迎え、アルバム『』を発表。そのアルバムの製作過程を密着取材したドキュメンタリーフィルム『扉の向こう』(是枝裕和プロデュース作品)は、テレビやミニシアターで上映され、DVDでも発売された。同年9月にはアルバム『』を発表。

2005年には初のライブアルバム『野音 秋』『日本 夏』をそれぞれファンクラブやインターネットを通じて発売。

2006年3月に冨永義之が慢性硬膜下血腫を発症、3月2日に手術し完治。3月29日、佐久間正英プロデュースによるニューアルバム『町を見下ろす丘』を発売。その際、「シグナル/今をかきならせ」が初の配信限定シングルとなった。

ユニバーサルミュージック時代[編集]

2007年よりユニバーサルミュージックへ移籍。これについて宮本浩次は「新しいレコード会社のスタッフと出会うことにより、バンド内の空気も攪拌され新たな気持ちで活動することが出来るようになった」等と述べている。

11月21日に移籍第一弾シングル「俺たちの明日」をリリース、同曲はYANAGIMANがプロデュースを手がけ、ハウス食品の「ウコンの力」のCMのタイアップ曲となっている。またC/Wの「さよならパーティー」は蔦谷好位置がプロデュースを務めている。所属レコード会社の意向もあり、東芝EMI所属時代の後期に比べると、積極的なプロモーション活動を行うようになっている。

2008年1月1日にシングル「笑顔の未来へ」を発表。同曲は引き続き蔦谷好位置がプロデューサーとなっている。1月30日にレーベル移籍後初のニューアルバム『STARTING OVER』を発売。さらに3月5日には亀田誠治をプロデューサーに迎え、桜をモチーフとした作品「桜の花、舞い上がる道を」を発売。10月1日に引き続き亀田誠治プロデュースによる「新しい季節へキミと」を発売。

2009年3月18日にはシングル「」を発売。この作品は映画『相棒』のスピンオフ作品である『鑑識・米沢守の事件簿』の主題歌となる。 同年4月29日にはアルバム『昇れる太陽』を発表し、オリコン週間チャート3位を獲得。

2009年9月16日、日比谷野音でのライブが20周年を迎えることを記念し、移籍前の3社からそれぞれ選曲したベスト・アルバムを3枚同時に、また2009年4月11日に8年ぶりに行われた武道館ライブを完全収録したDVD『桜の花舞い上がる武道館』を同時に発表。

2009年9月30日、廃盤・生産中止となり入手困難となっていたアルバム『奴隷天国』、DVD『コンサート1998 日本武道館"風に吹かれて"』『ビデオクリップ集 "クリップス"』、ポニーキャニオン時代のオリジナルアルバム3作のHQCD仕様、当初CCCDで発売されていた『DEAD OR ALIVE』『俺の道』のCD-DA盤が、各社より連続再版、発売された。

2010年3月17日、2009年に行われた日比谷野外大音楽堂の2日間のライブを収録したDVD、『2009年10月24,25日 日比谷野外音楽堂』を発売。エレファントカシマシにとって日比谷野音の映像化はこれが初めてである。 5月12日、シングル「幸せよ、この指にとまれ」を発売。11月17日、20作目のアルバム『悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜』を発表。

2011年には結成30周年を迎えた。

2012年5月9日、映画『のぼうの城』の主題歌(エンディング)を担当することが発表された[1]。5月30日、21作目のアルバム『MASTERPIECE』発表。

2012年9月1日に宮本の左耳が聞こえなくなり、急性感音難聴と診断された。同月5日に手術を受け回復し、日常生活に支障はなかったものの、聴力が安定していないことなどを理由に、10月2日、グループの公式サイトでライブ活動休止の報告をした[2]。これによって、2013年の日本武道館での公演を含め、当面のライブ活動は休止となった。

2013年9月14日、日比谷野音劇場にて「復活の野音」を開催し活動再開した。シングル「あなたへ」リリース。

2014年1月11日、デビュー25周年記念ライヴとして、自身の最大規模であるさいたまスーパーアリーナにてワンマン開催された。

2014年4月9日、TBS系列の月曜ミステリーシアター『ホワイト・ラボ~警視庁特別科学捜査班~』の主題歌を担当することが発表された。 2000年に発売された『so many people』以来、約14年ぶりのドラマ主題歌で『今宵の月のように』も合わせるとドラマ主題歌に起用されるのは3度目となる

ディスコグラフィー[編集]

※最高順位空白は100位圏外

シングル[編集]

リリース日 タイトル C/W 最高順位 備考
1st 1988年3月21日 デーデ ポリスター - EP盤
(c/w)※オリジナルアルバム未収録曲
2nd 1988年7月21日 ふわふわ 夢の中で -
3rd 1988年11月2日 おはよう こんにちは ああ流浪の民よ -
4th 1989年8月2日 浮雲男 GT -
5th 1990年7月2日 男は行く too fine life 93位
6th 1992年3月25日 曙光 無事なる男 -
7th 1993年4月21日 奴隷天国 日曜日(調子はどうだ) -
8th 1993年10月1日 極楽大将生活賛歌 星の降るような夜に -
9th 1994年4月21日 この世は最高! 真冬のロマンチック -
10th 1996年4月19日 悲しみの果て 四月の風 60位 (c/w)東芝企業イメージCMソング
FM802ヘビーローテーション
11th 1996年7月19日 孤独な旅人 Baby自転車 49位 JR東日本CMソング
NHK-FMミュージックスクエア』1996年8・9月エンディングテーマ
12th 1996年11月1日 悲しみの果て うれしけりゃとんでゆけよ(宮本浩次プロデュースバージョン) 30位 江崎グリコ「アーモンドチョコレート」CMソング
13th 1997年2月19日 明日に向かって走れ ふたりの冬 34位 NHKポップジャム』エンディングテーマ
14th 1997年3月14日 戦う男 遠い浜辺 35位 KIRIN「JIVE COFFEE」CMソング
15th 1997年7月30日 今宵の月のように 赤い薔薇 8位 フジテレビドラマ『月の輝く夜だから』主題歌
16th 1997年11月7日 風に吹かれて さらば青春 50位 江崎グリコ「アーモンドチョコレート」CMソング
富士フイルムAXIA MD-im」CMソング
アサヒビール「Japan.Dream.アテネ五輪野球日本代表応援」CF曲
いきものがかり」カバー
(c/w)映画『みなさん、さようなら』挿入歌
※オリジナルアルバム未収録曲
17th 1998年5月13日 はじまりは今 涙の数だけ 29位 星羅」カバー
(c/w)※オリジナルアルバム未収録曲
18th 1998年9月18日 夢のかけら ココロのままに 20位 ポーラフーズ[注 1]「BALANCE UP」CMソング
ABCテレビ朝日「第80回夏の高校野球」オープニングテーマ・『熱闘甲子園』テーマソング
19th 1998年11月18日 ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ おまえとふたりきり 34位 フジテレビ系SSTV『プロモマニア』エンディングテーマ
ニッポン放送『オールナイトニッポン』エンディングテーマ
20th 1999年1月27日 愛の夢をくれ 寝るだけさ 96位 TBS系『CDTV』1999年1月オープニングテーマ
21st 1999年4月28日 真夜中のヒーロー 旅の途中 49位 テレビ朝日系『サンデージャングル』オープニングテーマ
※オリジナルアルバム未収録曲
(c/w)大鵬薬品チオビタドリンク2000」CFソング
※オリジナルアルバム未収録曲
22nd 1999年12月8日 ガストロンジャー Soul rescue 29位 (c/w)※オリジナルアルバム未収録曲
23rd 2000年1月26日 so many people sweet memory 38位 読売テレビ日本テレビ系ドラマ『シンデレラは眠らない』主題歌
(c/w)映画『みなさん、さようなら』主題歌
※オリジナルアルバム未収録曲
24th 2000年4月26日 コール アンド レスポンス 武蔵野
ガストロンジャー(Live)
Soul rescue(Live)
55位
25th 2001年3月16日 孤独な太陽 東京ジェラシィ
風に吹かれて(Live)
44位 TBS系『日立 世界・ふしぎ発見!』エンディングテーマ
(c/w)※オリジナルアルバム未収録曲
26th 2001年7月25日 暑中見舞 -憂鬱な午後- 孤独な太陽(Live)
コール アンド レスポンス(Live)
35位
27th 2002年2月27日 普通の日々 ハロー New York! 35位 (c/w)
28th 2002年4月17日 あなたのやさしさをオレは何に例えよう 39位 期間限定生産盤
29th 2003年6月27日 俺の道 ろくでなし 74位 ※初回限定生産・3作同時発売
30th 2003年6月27日 ハロー人生!! ろくでなし 77位 ※初回限定生産・3作同時発売
31st 2003年6月27日 生命賛歌 ろくでなし 76位 ※初回限定生産・3作同時発売
32nd 2004年3月10日 化ケモノ青年 生きている証 71位 日本テレビ系『松本紳助』エンディングテーマ
33rd 2004年9月1日 友達がいるのさ DJ in my life 38位
配信限定 2006年3月20日 シグナル/今をかきならせ
34th 2007年11月21日 俺たちの明日 さよならパーティー
俺たちの明日(Acoustic ver.)
18位 ハウス食品「ウコンの力」CMソング
35th 2008年1月1日 笑顔の未来へ 風に吹かれて(New Recording Version) 47位 読売テレビ系『ダウンタウンDX』エンディングテーマ
36th 2008年3月5日 桜の花、舞い上がる道を それを愛と呼ぶとしよう 12位 東京新聞」CMソング
(c/w)※オリジナルアルバム未収録曲
37th 2008年10月1日 新しい季節へキミと It's my life 13位 日本テレビ系「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」オープニングテーマ
38th 2009年3月18日 絆(きづな) to you
(通常)桜の花、舞い上がる道を(-幹-Strings ver.)
(初回)桜の花、舞い上がる道を(-花びら-Piano ver.)
13位 映画『相棒シリーズ 鑑識・米沢守の事件簿』主題歌
39th 2010年5月12日 幸せよ、この指にとまれ 赤き空よ! 16位 NTT東日本「地域ICT遠隔医療システム」CMソング
日本テレビ系『フットンダ』エンディングテーマ
(c/w)三菱自動車デリカD:5「かけがえのない10年へ」篇CMソング
40th 2010年9月22日 明日への記憶 歩く男
明日への記憶(acoustic ver.)
16位
41st 2010年10月20日 いつか見た夢を/彼女は買い物の帰り道 いつか見た夢を(エレキ弾き語り ver.) 17位
42nd 2011年11月16日 ワインディングロード/東京からまんまで宇宙 18位 三菱自動車デリカD:5CMソング
43rd 2012年4月25日 大地のシンフォニー/約束 14位
44th 2012年10月31日 ズレてる方がいい 涙を流す男 11位 映画『のぼうの城』主題歌
45th 2013年11月20日 あなたへ はてさてこの俺は
この円環のなかを
18位

アルバム[編集]

オリジナルアルバム[編集]

リリース日 タイトル 最高順位 備考
1st 1988年3月21日 THE ELEPHANT KASHIMASHI 圏外 全11曲
2nd 1988年11月21日 THE ELEPHANT KASHIMASHI II 71位 全10曲
3rd 1989年8月21日 浮世の夢 56位 全9曲
4th 1990年9月1日 生活 43位 全8曲
5th 1992年4月8日 エレファントカシマシ5 61位 全10曲
6th 1993年5月21日 奴隷天国 68位 全10曲 ※2009年9月30日に再発。
7th 1994年5月21日 東京の空 62位 全12曲
8th 1996年8月21日 ココロに花を 10位 全11曲 ※2009年9月30日HQCD盤リリース
9th 1997年9月10日 明日に向かって走れ-月夜の歌- 2位 全11曲 ※2009年9月30日HQCD盤リリース
10th 1998年12月9日 愛と夢 11位 全11曲 ※2009年9月30日HQCD盤リリース
11th 2000年4月26日 good morning 13位 全12曲
12th 2002年5月2日 ライフ 28位 全10曲
14th 2003年7月16日 俺の道 34位 全12曲 ※CCCD盤
※2009年9月16日CD盤リリース
15th 2004年3月31日 34位 全11曲
16th 2004年9月29日 45位 全10曲
17th 2006年3月29日 町を見下ろす丘 43位 全11曲
18th 2008年1月30日 STARTING OVER 7位 全11曲
19th 2009年4月29日 昇れる太陽 3位 全11曲
20th 2010年11月17日 悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜 8位 全13曲
21st 2012年5月30日 MASTERPIECE 9位 全11曲

ミニアルバム[編集]

リリース日 タイトル 最高順位 備考
13th 2002年12月26日 DEAD OR ALIVE 86位 全5曲 ※CCCD
※2009年9月16日CD盤リリース

ベストアルバム[編集]

リリース日 タイトル 最高順位 備考
1st 1997年12月1日 エレファントカシマシ ベスト 27位 ポリスター ※アルバム初収録
2nd 2000年10月12日 sweet memory〜エレカシ青春セレクション〜 6位 さらば青春/sweet memory ※アルバム初収録
石橋たたいて八十年/始まりはいつも ※初回版のみ、アルバム初収録
3rd 2002年3月27日 エレファントカシマシ SINGLES1988-2001 47位 ふわふわ/真夜中のヒーロー ※アルバム初収録
4th 2009年9月16日 エレカシ 自選作品集
EPIC 創世記
PONY CANYON 浪漫記
EMI 胎動記

61位
59位
63位
5th 2012年12月19日 THE BEST 2007-2012 俺たちの明日 10位

企画アルバム[編集]

  1. 花男 (2003年3月19日)
    トリビュートアルバム。
  2. great album deluxe edition series 1「THE ELEPHANT KASHIMASHI」deluxe edition(2013年6月26日)
  3. great album deluxe edition series 2「ココロに花を」deluxe edition(2013年6月26日)
    25周年記念盤として、過去のレコード会社での1作目にあたる各アルバムをリマスタリング+スペシャルトラックCDの2枚組にした生産限定盤

ライヴ・アルバム[編集]

  1. 野音 秋 (2005年7月20日、2013年4月23日 再発
    日比谷野外音楽堂ライブヒストリー 下巻 / エレファントカシマシ野音 chronicle2
  2. 日本 夏 (2005年7月20日、2013年4月23日 再発
    ロック・イン・ジャパン・ライブヒストリー I
    • 上記2作はライブ会場、通信販売、Amazon.co.jp限定にて生産限定販売された。販売終了後には希少盤として中古市場では高値による取引がされている。2013年4月、デビュー25周年企画として、通信販売にて再発売された。
  3. the fighting men's chronicle -THE ELEPHANT KASHIMASHI official live bootleg box- (2013年4月23日)
    • デビュー25周年企画として、事務所での保管、各関係者からのカセット、DAT、MD、隠し撮り等から発掘されたライヴ音源によるCD6枚組によるBOX仕様。通信販売のみによる完全限定生産となる。
  4. THE ELEPHANT KASHIMASHI LIVE BEST BOUT (2013年6月23日)
    • デビュー25周年企画として、ユニバーサル・ミュージック移籍から厳選されたライヴ集と、アルバム「MASTERPIECE」の全曲+ボーナストラックライヴ盤。

未発表曲[編集]

  • ビリージャン
1999年のツアーでのみ披露された曲。CDはもちろん映像商品にも収録されていない。

映像作品[編集]

リリース日 タイトル 備考
1 1998年4月1日 コンサート1998 日本武道館“風に吹かれて”

DVD 2001年3月16日
廉価版DVD 2003年10月29日
再発DVD 2009年9月16日

2 1998年4月1日 ビデオクリップ集“クリップス”

DVD 2001年3月16日
廉価版DVD 2003年10月29日
再発DVD 2009年9月16日

3 2001年3月16日 ビデオクリップ集“クリップス2”

廉価版DVD 2003年10月29日

4 2002年12月26日 LIFE TOUR 2002
5 2004年3月10日 ビデオクリップ集「クリップス3」
6 2004年9月29日 扉の向こう ドキュメンタリー映画
7 2009年9月16日 桜の花舞い上がる武道館
8 2010年3月17日 エレファントカシマシ2009年10月24,25日 日比谷野外音楽堂
9 2011年1月1日 エレファントカシマシ EPIC映像作品集 1988-1994 初回プレス分特典:特製ポストカード
10 2011年11月16日 ROCK’N ROLL BAND FES & EVENT LIVE HISTORY 1988-2011 全72曲 約245分 収録
12 2013年11月20日 the fighting men's chronicle エレファントカシマシ ディレクターズカット ドキュメンタリー 123分収録  監督:山下敦弘
13 2013年12月18日 復活の野音 2013.9.15 日比谷野外大音楽堂
14 2014年3月19日 エレファントカシマシ デビュー25周年記念 SPECIAL LIVE さいたまスーパーアリーナ 全37曲収録 初回限定盤特典:豪華ライブ写真集72P

テレビ[編集]

番組名 放送局 出演年月 備考
ロケットパンチ! フジテレビ 1998年12月
ミュージックフェア フジテレビ 1998年12月9日/2000年5月28日/2008年2月2日/2009年5月9日/2013年11月30日
トップランナー NHK 1999年5月7日
ポップジャム NHK 1997年,1998年/2000年1月29日/2002年3月9日/2002年4月20日
LOVE LOVEあいしてる フジテレビ 1999年5月22日,2000年4月22日
HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP フジテレビ 1999年12月14日,2000年3月6日,9月18日,2001年3月19日,2002年3月4日
うたばん TBS 2000年5月25日
Music Museum フジテレビ 2000年9月20日
P-STOCK フジテレビ 2000年9月22日
SMAP×SMAPスペシャル 関西テレビ・フジテレビ 2000年12月25日
FUN 日本テレビ 2001年3月30日,9月28日,2002年3月15日
ミュージックステーション テレビ朝日 2002年3月8日
FACTORY フジテレビ 2002年5月7日,2002年5月21日,2006年8月1日
AX MUSIC-TV 02 日本テレビ 2002年5月17日
MUSIC JAPAN NHK 2007年11月23日,2008年2月8日,10月2日
魁!音楽番付〜Vegas フジテレビ 2008年1月16日
Music Lovers 日本テレビ 2008年1月27日
オンタマ 音魂 テレビ朝日 2008年1月28 - 31日
僕らの音楽 フジテレビ 2008年2月15日/2010年12月24日/2014年1月17日
月刊Melodix! テレビ東京 2008年3月22日
音楽戦士 MUSIC FIGHTER 日本テレビ 2008年3月28日
私の10のルール TBS 2009年5月12日
魁!音楽番付〜JET フジテレビ 2009年5月13日
SMAP×SMAP 関西テレビ・フジテレビ 2009年10月19日
ハッピーMusic 日本テレビ 2010年11月20日
FNS音楽特別番組 上を向いて歩こう 〜うたでひとつになろう日本〜 フジテレビ 2011年3月27日
新堂本兄弟 フジテレビ 2011年11月13日
スッキリ!! 日本テレビ 2013年11月18日
2013 FNS歌謡祭 フジテレビ 2013年12月4日
笑っていいとも フジテレビ 2013年12月12日 テレフォンショッキング
ミュージックドラゴン 日本テレビ 2013年12月13日
SONGS NHK 2014年1月25日

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]