エレファントカシマシ

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エレファントカシマシ
基本情報
別名 エレカシ
出身地 日本
ジャンル ロック
活動期間 1981年 -
レーベル エピック・ソニー
1988年 - 1994年
ポニーキャニオン
1996年 - 1999年
東芝EMIキャピトル
1999年 - 2006年
ユニバーサルミュージックA&Mレコード
(2007年 - )
事務所 フェイスミュージックエンタテインメント
公式サイト ElephantKashimashi.com
メンバー
宮本浩次ボーカルギター
石森敏行 (ギター
高緑成治 (ベース
冨永義之 (ドラムス
  

エレファントカシマシは、1981年に結成された日本のロックバンド

目次

[編集] 概要

彼らの音楽はROCKIN'ON JAPANの編集長山崎洋一郎渋谷陽一らに常に高く評価されている(ちなみにこの両名は『CHERRY BOYS』と称してポニーキャニオン以降のアルバムのクレジット欄にSpecial thanksとして記されることとなる)。 また影響を受けたミュージシャンは数多く、2003年にはトリビュートアルバム「花男」が発売された。 日比谷野外音楽堂でのコンサートは1990年以来毎年行われており、年に一度の風物詩となっている。

[編集] メンバー

宮本浩次(みやもと ひろじ、1966年6月12日 - )
東京都北区赤羽台出身。ボーカルとギターを担当。愛称は「ミヤジ」。バンド内では自ら「総合司会」と名乗る。一般的に、宮本のイメージはテレビ番組に出演した際の、頭を掻きむしりながら一人で喋り続けるユニークなキャラクターとしてのみ認知されている節がある。趣味は読書、散歩(以前には浮世絵、古地図、鉄瓶の収集に凝っていた)。太宰治永井荷風森鴎外滝沢馬琴などを愛読。太宰治「女生徒(作品社/写真:佐内正史)」では帯文を書き、アルバム『俺の道』収録の「ラストゲーム」では荷風の名前を登場させ、『扉』収録の「歴史」では森鴎外について歌っている。小学校時代にはNHKの合唱団に属しており、シングル『はじめての僕デス』『あいうえおんど』がある。未婚。
石森敏行(いしもり としゆき、1967年3月18日 - )
東京都北区赤羽育ち。エレクトリックギターを担当。愛称は「イシ君(いしくん)」。宮本との共作クレジットは、ガンダーラコンビネーション。デビュー当初は宮本と同じくらい話すキャラであった。宮本と特に仲がよく、ライブ中に宮本に一番いじられる。「おでこが広くなってくる」とよく宮本に叩かれていたせいか、丸坊主になり、大きくガニ股、険しい形相でギターを弾くようになる。既婚(三度目)。
高緑成治(たかみどり せいじ、1966年4月15日 - )
東京都中央区月島出身。エレクトリックベースを担当。愛称は「成ちゃん(せいちゃん)」。宮本との共作クレジットはダンディーブラザーズ。『あしたのジョー』の力石徹くらい味のある顔立ち。実家は銭湯だったが、現在は閉店。メンバーいわく、普段から無口である。既婚。
冨永義之(とみなが よしゆき、1966年4月14日 - )
東京都北区赤羽出身。ドラムスを担当。愛称は「トミ」。パワフルなドラマー。石くんの次によく宮本にいじられる。酒を飲むと記憶が飛ぶらしい。2006年に慢性硬膜下血腫を発症するが手術で無事完治。既婚。
  • メンバーは偶然にも全員次男であり、「それが長く続くきっかけの一つになったかもしれない」と宮本は語っている。

[編集] 来歴

[編集] 結成〜デビュー以前

バンド名の由来は未だ不明だが「エレファント・マン」と「かしまし娘」を合わせるといった、言葉遊びの類だと言われている。1981年に宮本、石森、冨永を含む中学のクラスメートで結成された(そのほかにギターと女子のオルガンがいたという)。主にディープ・パープルレインボーRCサクセションのコピーを演奏。翌年EastWestの地区予選に参加し、初ステージを踏む。新宿JAMなどでライヴ活動を展開していた。1986年、冨永の高校時代の同級生だった高緑が加入し、現在のメンバーとなる。同年12月、CBS SONY SDオーディションに入賞。デビューのきっかけをつかみ、双啓舎と契約。

デビュー前に行われたイベントでは、観客が拍手をしたり声援を送ったりすると、「うるせぇ!」などとボーカルの宮本浩次が観客に毒づく場面があり、来場していた観客も戸惑いを隠せなかった。イベントで共演したバンドからTシャツにサインを求められた際、ロゴマークを塗りつぶした挙句、「バカ」とサインした上、ライターで火をつけて投げ返すなど、ステージの内外に関わらず傍若無人の振る舞いでデビュー後も異彩を放つことになる。

[編集] エピック・ソニー時代

1988年エピック・ソニーよりシングル『デーデ/ポリスター』、アルバムTHE ELEPHANT KASHIMASHI』でデビュー。このアルバムがロッキング・オン渋谷陽一の目に留り、サザンオールスターズのデビュー以来の衝撃との評価を受ける。当初は率直に日常の怒りを歌ったロックンロールが主だったが、2枚目のアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』では一転、内向的で情緒性あふれる歌を歌うようになる。3枚目のアルバム『浮世の夢』から歌詞に文語が入り、厭世的な歌が多くなっていった。1990年に発表したボーカルの宮本自身が青春と語る4枚目のアルバム『生活』は既存のロックミュージックの枠を超越、「音楽ジャンル・エレファントカシマシ」ともいえる唯一無二の内容に仕上がっており、ファンからの人気も高く90年代の名盤の一つといわれている。1992年、宮本の生活の変化が反映された5枚目のアルバム『エレファントカシマシ5』を発表する。1枚目のアルバムと同様の勢いを求め、ディレクターやメンバーは宮本に対し激しいロックチューンを要求する。それに対し宮本が答えを出したアルバムが1993年発表の『奴隷天国』である。売り上げ不振で契約が危うくなる反面、多くのリスナーへ自分たちの音楽を届けたいという思いが強まりバンドの士気も高まっていった1994年近藤等則、ドクターKYON(ボガンボス)らのゲストミュージシャンを迎え、オーケストラやオーバーダビングなどを取り入れた7枚目のアルバム『東京の空』を発表する。バンド初となるプロモーション・ビデオを制作するなど宣伝活動にも力を入れたが、これを最後にエピック・ソニーとの契約を打ち切られる。その後しばらく存続していた所属事務所「双啓舎」もレコード会社数社から新たな契約の打診があった矢先解散となる。

デビュー当初の彼らのライブにおけるスタイルは、客を座らせ、SEはなしという非常に簡素かつ異質なスタイルであり、客電をつけたままライブが行われたことすらあった。宮本自身は立ってギターを弾くことができず、座って演奏していた。当時のグッズとしてはしりあがり寿のイラストによる歌詞集『エレファントカシマシの詩』や手ぬぐい、シャツなどが有名である。

[編集] ポニーキャニオン時代

こうして一旦メジャーから遠ざかるが、その間も曲作りやライブは地道に行っていた。そしてロッキング・オン渋谷陽一山崎洋一郎の協力により、新事務所FAITH A&R(現フェイスミュージックエンタテインメント)と契約、1996年ポニーキャニオンよりシングル『悲しみの果て/四月の風』をリリースして再デビュー。エピック・ソニー時代とは打って変わったタイアップ路線や、宮本浩次を中心としたメンバーのメディアへの積極的露出により売り上げを伸ばす。

中でも1997年フジテレビドラマ月の輝く夜だから」の主題歌として発売された『今宵の月のように』は、70万枚を超える大ヒットとなる。ポニーキャニオンからは『ココロに花を』『明日に向かって走れ-月夜の歌-』『愛と夢』の3枚のアルバムを発表。

当時のエピソードとして、ミックスの済んだ曲をウォークマンで聞きながら渋谷を歩いていた宮本が、整然とトリートメントされた、いかにもメジャーというような音質(宮本曰く「これじゃ○○みたいじゃねえかと思った」)に苛立ち、その場に叩き付けたという(この時期の自分達の活動が、思い描く理想の形とは隔たってしまっていたことへの怒りを象徴する行動であろう)。

[編集] 東芝EMI時代

1999年、フェイス傘下のバリアフリーレーベルとポニーキャニオンとの契約が終了したのに伴い、バリアフリーレーベルごと東芝EMIに移籍。1999年にはシングル『ガストロンジャー』、2000年には、ほぼ宮本のソロアルバムとも呼べる打ち込みを多用した『good morning』を発表。またこの時期の宮本は音楽活動と平行して執筆活動やドラマ『フレンズ』出演などを精力的にこなし多彩な才能を発揮した。

2002年には小林武史プロデューサーに迎えたアルバム『ライフ』を発表。緻密なアレンジによる、穏やかで色彩豊かな世界を作り上げた。しかし同年末には再びセルフプロデュースに戻り、よりシンプルなバンドサウンドへと回帰した、初のミニアルバム『DEAD OR ALIVE』を発表。またこの頃から「音楽バラエティ番組での面白いキャラクター」へと定着したことへの反省から、メディアへの露出を極力控えるようになる。

2003年にはセルフプロデュースによるアルバム『俺の道』を発表、バンドサウンドへの回帰は決定的なものとなる。 2004年にはシングル『化ケモノ青年/生きている証』、熊谷昭を共同プロデューサーに迎え、アルバム『』を発表。そのアルバムの製作過程を密着取材したドキュメンタリーフィルム『扉の向こう』(是枝裕和プロデュース作品)は、テレビやミニシアターで上映され、DVDでも発売された。同年9月にはアルバム『』を発表。

2005年には初のライブアルバム『野音 秋』『日本 夏』をそれぞれファンクラブやインターネットを通じて発売。

2006年3月に冨永義之が慢性硬膜下血腫を発症、3月2日に手術し完治。3月29日、佐久間正英プロデュースによるニューアルバム『町を見下ろす丘』を発売。その際、「シグナル/今をかきならせ」が初の配信限定シングルとなった。

[編集] ユニバーサルミュージック時代

2007年よりユニバーサルミュージックへ移籍。これについて宮本浩次は「新しいレコード会社のスタッフと出会うことにより、バンド内の空気も攪拌され新たな気持ちで活動することが出来るようになった」等と述べている。

11月21日に移籍第一弾シングル「俺たちの明日」をリリース、同曲はYANAGIMANがプロデュースを手がけ、ハウス食品の「ウコンの力」のCMのタイアップ曲となっている。またC/Wの「さよならパーティー」は蔦谷好位置がプロデュースを務めている。所属レコード会社の意向もあり、東芝EMI所属時代の後期に比べると、積極的なプロモーション活動を行うようになっている。

2008年1月1日にシングル「笑顔の未来へ」を発表。同曲は引き続き蔦谷好位置がプロデューサーとなっている。1月30日にレーベル移籍後初のニューアルバム「STARTING OVER」を発売。さらに3月5日には亀田誠治をプロデューサーに迎え、桜をモチーフとした作品「桜の花、舞い上がる道を」を発売。

[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

  1. デーデ (1988年3月21日)
  2. ふわふわ (1988年7月21日)
  3. おはようこんにちは (1988年11月2日)
  4. 浮雲男 (1989年8月2日)
  5. 男は行く (1990年7月21日)
  6. 曙光 (1992年3月25日)
  7. 奴隷天国 (1993年4月21日)
  8. 極楽大将生活賛歌 (1993年10月1日)
  9. この世は最高! (1994年4月21日)
  10. 悲しみの果て (1996年4月19日)
  11. 孤独な旅人 (1996年7月19日)
  12. 悲しみの果て (1996年11月1日)
  13. 明日に向かって走れ (1997年2月19日)
  14. 戦う男 (1997年3月14日)
  15. 今宵の月のように (1997年7月30日)
  16. 風に吹かれて (1997年11月7日)
  17. はじまりは今 (1998年5月13日)
  18. 夢のかけら (1998年9月18日)
  19. ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ (1998年11月18日)
  20. 愛の夢をくれ (1999年1月27日)
  21. 真夜中のヒーロー (1999年4月28日)
  22. ガストロンジャー (1999年12月8日)
  23. so many people (2000年1月26日)
  24. コール アンド レスポンス (2000年4月26日)
  25. 孤独な太陽 (2001年3月16日)
  26. 暑中見舞 -憂鬱な午後- (2001年7月25日)
  27. 普通の日々 (2002年2月27日)
  28. あなたのやさしさをオレは何に例えよう (2002年4月17日)
  29. 俺の道 (2003年6月27日)
  30. ハロー人生!! (2003年6月27日)
  31. 生命賛歌 (2003年6月27日)
  32. 化ケモノ青年 (2004年3月10日)
  33. 友達がいるのさ (2004年9月1日)
  34. 俺たちの明日 (2007年11月21日)
  35. 笑顔の未来へ (2008年1月1日)
  36. 桜の花、舞い上がる道を (2008年3月5日)

[編集] 特別盤

  1. シグナル/今をかきならせ (2006年3月20日)

[編集] アルバム

  1. THE ELEPHANT KASHIMASHI (1988年3月21日)
  2. THE ELEPHANT KASHIMASHI II (1988年11月21日)
  3. 浮世の夢 (1989年8月21日)
  4. 生活 (1990年9月1日)
  5. エレファントカシマシ5 (1992年4月8日)
  6. 奴隷天国 (1993年5月21日)
  7. 東京の空 (1994年5月21日)
  8. ココロに花を (1996年8月21日)
  9. 明日に向かって走れ-月夜の歌- (1997年9月10日)
  10. 愛と夢 (1998年12月9日)
  11. good morning (2000年4月26日)
  12. ライフ (2002年5月2日)
  13. DEAD OR ALIVE (2002年12月26日)
  14. 俺の道 (2003年07月16日)
  15. (2004年3月31日)
  16. (2004年9月29日)
  17. 町を見下ろす丘 (2006年3月29日)
  18. STARTING OVER (2008年1月30日)

[編集] ベストアルバム

  1. エレファントカシマシ ベスト (1997年12月1日)
  2. sweet memory〜エレカシ青春セレクション〜 (2000年10月12日)
  3. エレファントカシマシ SINGLES1988-2001 (2002年3月27日)

[編集] トリビュート・アルバム

  1. 花男 (2003年3月19日)

[編集] 映像作品

  1. コンサート1998 日本武道館“風に吹かれて”(VHS…1998年4月1日、DVD…2001年3月16日、廉価版DVD…2003年10月29日)
  2. ビデオクリップ集“クリップス”(VHS…1998年4月1日、DVD…2001年3月16日、廉価版DVD…2003年10月29日)
  3. ビデオクリップ集“クリップス2”(VHS・DVD…2001年3月16日、廉価版DVD…2003年10月29日)
    • ※上記3作品はVHS・DVDと発売後に、廉価版として再発売され現在は廃盤となっている。そのためネットオークションではDVD盤が高値で取引されている。
  4. Life TOUR 2002(DVD…2002年12月26日)
  5. Clips 3(DVD…2004年3月10日)
  6. 扉の向こう(DVD…2004年9月29日) - ドキュメンタリー映画。

[編集] ファンとして知られる人物

[編集] ミュージシャン

  • 草野マサムネスピッツ) -
    • 初期の頃には彼らのCDを正座して聞いていたこと、『優しい川』を最も思い入れのある曲であるなどと発言している。
    • ロッキング・オン社の雑誌「bridge」1998年2月増刊号で対談。
    • スピッツのライブにて『悲しみの果て』をカバーしたこともある。
  • 向井秀徳ZAZEN BOYS
    • ロッキング・オンのアンケートにて『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』を自身の好きなアルバムの一枚に挙げている。
  • 桜井和寿Mr.Children
    • 『ガストロンジャー』について、「この怒りの声は真似しようと思っても出来ない」と良い意味での嫉妬とも取れる発言をしている。[要出典]
    • 宮本自身は雑誌のインタビューにて、ライブ前にも関わらずサッカーを楽み自らを追い込む桜井の姿勢に対して、自分を引き合いに出しながら感心している。
  • 石野卓球電気グルーヴ
  • ピエール瀧電気グルーヴ
    • 電気グルーヴによるセレクトアルバム「セレク豚」に『浮雲男』が収録。石野卓球は『花男』にも同曲で参加。
    • ピエール瀧は、雑誌のインタビューにて”あなたにとって最も大切な20世紀のロックアルバムは?”に『浮世の夢』と答えてる。

[編集] 芸能人

[編集] 文化人

  • 松本大洋 - 漫画家
    • 漫画作品『花男』は、エレファントカシマシの同名の曲に由来している。
    • トリビュートCD『花男』ジャケットイラストを担当
  • 宮藤官九郎 - 脚本家
    • 夫婦揃っての大ファンで、夫人が妊娠し入院している際、リラックスさせるためとして「花男」をアカペラで熱唱したというエピソードを「週刊文春」で連載しているコラムで披露したことがある。
    • タワーレコード企画にてクドカンが選ぶアルバムに『生活』がチョイスされていた。
  • うすた京介 - 漫画家
    • 漫画作品「すごいよ!マサルさん」にて『よーし!部室を飾ろうぜ!みんな!!「ココロに花を」だ!!』というセリフがある。
  • 菅野文 - 漫画家
    • 漫画作品「ソウルレスキュー」、「ココロに花を!!」は、楽曲が由来。登場人物の名前も「シャララ」、「武蔵野」など。
  • 川上未映子 - 小説家 ミュージシャン
    • 本人ブログにて『風』が一番好きなアルバムとして挙げられている。
  • 浜田武士 - グラフィックデザイナー
    • 『東京の空』が一番好きなアルバムとして挙げられている。
  • 伊賀大介 - スタイリスト
    •  雑誌の企画でエレカシのカラオケ大会を実施。「辛いことがあるとエレカシのアルバムを全部聴く」発言。
  • 森川陽一郎 - 映像作家、元映画監督
    • 監督作品である2002年の劇場公開作品『青春の道』にて「悲しみの果て」「風に吹かれて」を使用している。(JASRAC(許)022003号)
    • ライブ客席から宮本に大声で絶叫する人物として、mixiのコミュニティなどから一部ファンの間では知られている存在である。

[編集] その他

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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