STANCE PUNKS

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STANCE PUNKS
基本情報
出身地 日本の旗 日本
ジャンル パンクロック
活動期間 1998年 -
レーベル Dynamord
2001年 - )
事務所 GROWING UP
公式サイト STANCE PUNKS official web site
メンバー
 TSURUボーカル
勝田欣也 (ギター)
川崎テツシ (ベース
佐藤康 (ドラムス)
旧メンバー
柿健一 (ドラムス
中田大介 (ベース)
小菅淳 (ドラムス)

STANCE PUNKS(スタンス・パンクス)は、1998年に結成された日本パンクロックバンド。破天荒なステージと言動で、人気を博す。第3次パンク・ロックブームの立役者であるとされる。

概要[編集]

下北沢屋根裏を本拠地とし1998年から活動を開始、青春の葛藤と反抗要素の強いパンクを展開し、バンドの歌詞や世界観はTHE BLUE HEARTSや初期のTHE CLASHなどの影響が色濃く見受けられる。同世代の青春パンクと呼称されたバンドらと同じ括りにされがちだが、同バンドはそれらとは異なり、恋愛ソング中心の青春パンクバンドらとは違い、少年の反抗歌や、曲がった世界に対する叫びによって展開されるものが多く、若者からの支持が圧倒的。バンド自身も「ガキに届かなきゃパンクではない」というスタンスの元で活動している。同時期デビューはGOING STEADY(現銀杏BOYZ)、ガガガSPなど。COBRATHE STAR CLUBSAなどの、日本のパンクロックバンドとの繋がりも深い。

生前から、THE BLUE HEARTSの大ファンであり、映画仁義なき戦いなどで名を博した、深作欣二監督率いる「深作組」からの指名を受け、映画『バトル・ロワイアルII 鎮魂歌』の主題歌に、1st ALBUMに収録されている「真夜中少年突撃団」が起用される。同監督は、この映画の撮影中に他界し、惜しまれながらの遺作となる。フジテレビ系列で放送されたドラマ「貫太ですッ!」のテーマ曲にも同バンドの楽曲が抜擢された。2005年4月からは、テレビ東京系アニメ『NARUTO -ナルト-』のオープニングテーマに「ノーボーイ・ノークライ」が採用、2006年には「LET IT ROCK」が中日ドラゴンズ福留孝介の入場テーマ曲として使用されている。2008年にはアニメ『ソウルイーター』のエンディングテーマに「アイワナビー」が採用される。

6月9日を「ロックの日」と銘打ち、2000年6月9日から毎年無料ライブを開催している。近年の開催場所は川崎CLUB CITTA'横浜BAY HALL。初開催場所は下北沢屋根裏。過去出演者はELLEGARDENandymorithe telephonesNothing's Carved In Stoneザ50回転ズなど、パンクだけではなく様々なジャンルの雄が肩を並べる。

また、ボーカルTSURUがメインパーソナリティを務めるラジオ番組『路地裏の大泥棒』が東海ラジオで放送されていた。TSURUが地元名古屋の球団、中日ドラゴンズの熱狂的ファンであり、このラジオの中で製作された「我らがドラゴンズ」は有線放送リクエストで聴く事ができる。道を歩く通行人を突然ゲスト出演させたりと突飛な番組として人気を博した。

来歴 [編集]

1998年、バンド結成。3月に吉祥寺で初ライブ、11月には西新宿にあった旧新宿LOFTでライブを行う。

1999年、下北沢屋根裏を活動拠点とし、自主企画『火の玉宣言』や無料イベント『ロックの日』などが始まる。

2000年、下北沢屋根裏で行われた初のワンマンライブを収録した自主制作盤『5.4下北沢屋根裏ワンマンライブ』を限定200枚リリース。同レコ発ライブ(8.13)では失神者が出て、救急車が出動するなどの騒動が発生した。

2001年、ミニアルバム『スタンスパンクス』にてデビュー。このミニアルバムで一気に全国での知名度を高める。ベーシストの中田大介が脱退し、川崎テツシが加入。

2002年、シングル『クソッタレ解放区』、1stアルバム『STANCE PUNKS』をリリース。新宿アルタ前、名古屋セントラルパーク、大阪三角公園にてゲリラライブを行ない、新宿では3000人以上の観客が殺到し騒いだ為、警官隊が出動する騒ぎとなり新聞に取り上げられる。アルバム『STANCE PUNKS』はオリコンチャート12位を記録する、15万枚の大ヒット作となり、オリコンインディーズチャートでは6週間にわたり首位を独走する。

2003年、シングル『最低最高999』、ライブDVD『一撃必殺』をリリース。全国62ヵ所のライブツアー後、ドラムス担当の小菅淳が脱退。翌年、柿健一が加入。

2004年、シングル『ロストボーイズ★マーチ』(TOWER RECORD限定)、『19roll』、アルバム『LET IT ROLL』をリリース。

2005年、シングル『モニー・モニー・モニー』でエピックレコードジャパン内の新興ロック・レーベル、Kowalskiよりメジャー・デビュー。同年にシングル『ノーボーイ・ノークライ』、メジャー第一弾となるアルバム『HOWLING IDOL〜死ねなかった電撃野郎』、自身初となるミュージック・ビデオ作品集『PV/DV mania!』を発表。

2006年、バンド自身初となるアメリカツアー(10ヵ所)に出発。その模様はMTVで全米放送され絶賛される。帰国後、シングル『シャロルはブルー』、『LET IT ROCK』、アルバム『BUBBLEGUM VIKING』を発表。

2007年、『BUBBLEGUM VIKING TOUR』中の埼玉県熊谷市公演にてボーカルのTSURUがライブ中に意識を失い病院に搬送された。同ツアーの仙台公演でもライブ前に路上で倒れ、ライブが延期となり、TSURUの状態が心配される年となる。

2008年、結成10周年ライブを渋谷クアトロと川崎クラブチッタで行う。ミニアルバム『BOMP!BOMP!BOMP!』、シングル『アイワナビー』、アルバム『PEACE & DESTROY』、ライブDVD『10th Anniversary ワンマンライブ 2008.03.09』を発表。

2009年、『PEACE & DESTROY TOUR』で全国を回った後、新譜リリースなどの動きは見せず。

2010年、アルバム『ザ・ワールド・イズ・マイン』を発表。同タイトル曲のPVがYouTubeで先行アップされ、その衝撃的な映像が話題になる。内容はボーカルのTSURUが渋谷のスクランブル交差点からセンター街を大暴れしながら駆け抜け、最後は交番にダイブをするというもの。また同アルバム発売前日にも渋谷の街中でゲリラライブを強行し、暴れるファンと警官隊が揉みあい、暴動寸前となる。10月18日、渋谷O-WESTでのライブをもって、ドラムスの柿健一が脱退。

2011年、11月5日の渋谷クアトロ公演にて、ライブ会場限定シングル『stay young/原発ソング』を発表。同シングルにカップリングで収録されている『原発ソング』の歌詞の内容が過激だった為、ライブ会場限定のみの発売になったと噂された。サポートドラマーとして、高橋宏貴(ELLEGARDEN)、岡山健二(andymori)、浅沼俊一(ピンクリボン軍)が参加し、正式ドラム不在のバンドを支える。

2012年、6月9日ロックの日より、サポートドラマーを担当していた「佐藤康」が正式加入。

メンバー[編集]

旧メンバー[編集]

  • 中田大介(なかた だいすけ)
  • 小菅淳(こすげ あつし)
  • 柿健一(かき けんいち)

作品[編集]

シングル[編集]

アルバム[編集]

  • STANCE PUNKS (2002年8月20日、アナログ再発: 2002年12月20日)
    • オリコンチャート初登場12位、オリコンインディーズチャート6週連続1位
    1. すべての若きクソ野郎
    2. 夢追狂の詩
    3. 手紙〜放浪遊戯
    4. クソッタレ解放区〜クソッタレ2
    5. 失われた世界
    6. 少年爆発
    7. 八月の嘘
    8. ロクデナシの空に
    9. 戦風の中に立つ
    10. 真夜中少年突撃団
    11. 火の玉宣言
  • LET IT ROLL (2004年7月7日)
  • HOWLING IDOL〜死ねなかった電撃野郎 (2005年9月21日)
  • BUBBLEGUM VIKING (2006年11月15日)
  • PEACE & DESTROY(2008年12月10日)
  • ザ・ワールド・イズ・マイン(2010年2月3日)

ミニアルバム[編集]

DVD[編集]

  • 一撃必殺 (2003年6月11日)
  • PV/DV mania! (2005年12月7日)
  • 10th Anniversary ワンマンライブ 2008.03.09 (2008年12月10日)

参加アルバム[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]