フェスティバルホール

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フェスティバルホール
Festival Hall
フェスティバルホール
情報
完成 1958年
収容人員 3,000人
客席数 2,700席
設備 オーケストラピット、スライディングステージ、ピアノ
用途 コンサート
運営 朝日ビルディング
所在地 大阪府大阪市北区中之島二丁目3番18号
アクセス 地下鉄四つ橋線肥後橋駅4番出口より徒歩3分
地下鉄御堂筋線京阪淀屋橋駅7番出口より徒歩7分
JR東西線北新地駅11-5番出口より徒歩10分
公式サイト festivalhall.jp
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フェスティバルホール(Festival Hall)は、大阪府大阪市北区中之島にあるホール。中之島フェスティバルホールとも呼ばれている。朝日ビルディングが運営している。旧ホールは旧新朝日ビルディング内にあったが、ビルの建て替えに伴い現在休館中。

目次

[編集] 概要

解体前の旧ホールは音響が素晴らしく、「残響の長さだけでなく、音がまろやか」等と評価が高い。世界のトップミュージシャンから絶賛され、レッド・ツェッペリンなどもここでコンサートを行った。

日本人ミュージシャンでは『音の職人』と称され、音質にとことんこだわる山下達郎がデビュー当初からこよなく愛し続けたほか、さだまさしも数多い大阪での公演はほとんどフェスティバルホールを使用しており[1]、「神様が作ったホール」と称賛している。

デビュー35周年記念ツアー中に200回目の公演を迎え、それを『さだまさしデビュー35周年記念コンサートFESTIVAL HALL 200』というタイトルでライブ・アルバムにしているほか、2,001回目のコンサートを収録した『LIVE二千一夜』、デビュー20周年記念コンサートを収録した『のちのおもひに』などフェスティバルホールで多数のライブアルバムを収録しており、この辺りからもさだのフェスティバルホールへの思い入れの強さが伺える(そのようなこともあってか、さだ・山下の二人は閉鎖直前に立て続け公演を行った)。

中島みゆきもこのホールを愛し、自身最後のこのホールでの公演時には「フェスティバルホールありがとう」と観客やスタッフと共に拍手を贈った。浜田省吾も「東京では日本武道館、大阪ではフェスティバルホールでコンサートをするのがミュージシャンにとってのステータスだった」と述べている。

ライブ・アルバムのための録音が行われることも多く、ディープ・パープルの『ライヴ・イン・ジャパン』、マイルス・デイヴィスの『パンゲア』等は世界でロングセラーを続けている。音響設計は、大阪大学産業科学研究所の北村音壱が担当した。音響家が選ぶ優良ホール100選にも選出された。

1階席の奥や2階席が急勾配となっており、ホールにある2,700席の全席からステージがよく見え、音の響きも常に均一である。照明設備は、1983年からコンピュータ制御による調光装置を、音響調整卓1989年に更新し、より充実されている。閉館前までは毎年春に行われていた大阪国際フェスティバルには、世界の一流オーケストラオペラなどが出演していただけでなく、バレエ公演の関西のメッカでもあり、多くの国内外のバレエ団が公演を行っていた。ミュージカルでは少年隊の公演が行われていた。

フェスティバルホールのイベントでよく知られていたのは、8月に甲子園球場で開催される全国高等学校野球選手権大会の組み合わせ抽選会であったが、建て替え工事の期間中は代替会場として大阪府立国際会議場兵庫県立芸術文化センターが使用されている。

[編集] 建て替え計画

朝日新聞社グループは、建物の老朽化を理由に、フェスティバルホールのある新朝日ビルディングを、2009年から解体工事を実施し、2013年に高層ビルとして新築する計画を発表した。このため、当ホールも2008年の年末に一旦閉鎖となり、新しいビル内に現在と同じ2,700席規模の新しいホールを設置する。

しかし、これには反対意見も強く「現在のような音響が実現できるのか」と懸念する者も多い。山下達郎は、当ホールの建て替え計画に際して「ここを壊すのはカーネギーホールオペラ座を壊すのと同じこと。愚行です」と語り、当会場でのライブが二度と出来なくなるという強い思い入れから、2008年12月~2009年4月までの久々の全国ツアーを決行し、フェスティバルホールでは、2008年12月17日、18日、27日、28日と、4公演も行った。

なお、ホールだけでも残そうという動きがあり、技術的にも残すことは可能であったが、ホールだけ残す状態で他の施設を解体する場合、ホール周辺の道路を1年間封鎖しなければならず、大阪府と大阪市から道路使用の許可は降りなかったことから、全てを解体することに踏み切った(2009年5月11日 山下達郎コンサート 中野サンプラザ公演より)。

一方で、ホールの老朽化・陳腐化に伴い、近年の関西圏における主だったオーケストラ演奏会やオペラ上演が、フェスティバルホールより諸設備が充実し、ホールの作りもオペラや演奏会向きのザ・シンフォニーホール大阪市)、滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール大津市)や兵庫県立芸術文化センター西宮市)などにシフトしつつあったことから、最新設備を備えた新ホールに期待を寄せるクラシック音楽のファンもいる。

2008年度の第50回大阪国際フェスティバルでは、初の海外公演となるザルツブルク音楽祭の引越し公演が行われ(曲目は『フィガロの結婚』)、現在のホールで最後に行われるフェスティバルに花を添える。また取り壊し前最後の公演は、12/29、30大フィルの『第9シンフォニーの夕べ』で、30日終演後、ロビーに降りた合唱団の「蛍の光」と共に50年の幕を下した。

解体前の2009年1月24日、朝日新聞の創刊130周年を記念して、朝日会全国大会が行われ[2]、3月2日に解体工事が始まった。

従来、三菱東京UFJ銀行中之島支店(旧三和銀行中之島支店→旧UFJ銀行中之島支店)が併設されていたが、フェスティバルホール建て替えに伴い、2009年2月、隣接する大阪三井物産ビルの14Fに移転し、空中店舗となった(同時に、同ビル1Fに店舗外ATMを設置した)。

旧ホールが入居していた旧・新朝日ビル

[編集] 交通アクセス

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ TVステーション2009年3号掲載のさだのエッセイ「もう愛の歌なんて詠えない」によれば、さだのフェスティバルホールでの公演回数は202回。これは同ホールでのポピュラーシンガーの公演回数としては最多である(さだまさし万感ラスト唱! 閉館フェスティバルホール スポーツニッポン大阪版 2008年12月27日閲覧参照)。
  2. ^ 創業の地で創刊130周年を祝う――朝日新聞社 新聞情報社・提供 ニュースペース・コム 2009年1月29日
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