サザエさん
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『サザエさん』は、長谷川町子の漫画、およびそれを原作とするテレビアニメの題名であり、その主人公である「フグ田サザエ」の呼び名である。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 原作
原作漫画は新聞連載の4コマ漫画である。1946年(昭和21年)4月22日、福岡の地方新聞『夕刊フクニチ』で連載を始めたが、長谷川が東京へ引越しするために連載を打ち切った。漫画の舞台は博多でサザエは独身だったが連載を打ち切るときにサザエがマスオと結婚している。長谷川の家族が東京の桜新町へ引っ越した後は、『夕刊フクニチ』で連載を再開。舞台も東京へ移り、マスオが磯野家に同居する。
掲載紙は間もなく『新夕刊』に移り、『夕刊朝日新聞』(朝日本紙とは別扱の新興紙)・『朝日新聞』の夕刊を経て、1951年(昭和26年)4月16日からは『朝日新聞』の朝刊に移る。1974年(昭和49年)2月21日の連載をもって3年間の休載に入るが、そのまま打ち切られた。本作は連載が6477回に及んだ。
長谷川の作品の出版は、姉妹社が行ってきたが、長谷川の死後の1993年4月に廃業し絶版となり、版権は長谷川町子美術館が継承している。後に朝日新聞社から文庫本(全45巻)と「長谷川町子全集」が出版されている。なお、本作の単行本の出版に際しては、新聞掲載前日に起こった出来事の理解が必要な回、初期連載作品で現在とは登場人物の設定が異なる回、やむをえない理由で不適と判断された回などは省かれている場合がある。なお、朝日新聞社版でも姉妹社版から若干の作品が省かれている。清水勲の著書『サザエさんの正体』によると、姉妹社版で連載から省かれた作品数は700点余り、朝日新聞社版で姉妹社版から省かれた作品数は15点である。
ストーリー漫画ではなく、一貫した舞台、人物が登場する比較的独立したエピソードからなる。時代背景を象徴する内容が多いのもひとつの大きな特徴となっている。
単行本の発行部数は姉妹社版が7000万部以上、朝日新聞社版が1600万部以上に達する。日本の新聞連載漫画としては最大のベストセラーである。
アメリカでも、『The wonderful world of sazae-san』というタイトルで翻訳出版され、人気を博した。その際一部のコマが反転されている。
[編集] 派生作品
- 1972年に寺山修司が本作をテキストにした「サザエさんの性生活」を発表。
- 1992年に東京サザエさん学会が『磯野家の謎 サザエさんに隠された69の驚き』(飛鳥新社)という本を出して、200万部を超える大ヒット。続編の『磯野家の謎おかわり』も発売。本作に新たなスポットを当てて、人気復活に大いに貢献し、その後数年続く「謎本ブーム」の火付け役になった。ただ原作と食い違う記述が多々見られ、批判も多かった。ビデオ版も発売されたが、著作権者の許可を得なかったため訴えられている。
- 朝日新聞の土曜版beでは、毎週1本の作品から当時と現代との違いを比較する「サザエさんをさがして」と言う記事が連載されており、単行本も3冊出版されている。基本的に朝日新聞社刊の単行本の収録作をそのまま掲載しているが、夕刊フクニチでの最終回など単行本未収録の回が掲載された事もある。
[編集] 著作権問題
- 他の長谷川作品以上に、版権管理は厳しく、資料集などでの画像使用の際、申請しても許可が下りず、アニメ主題歌がシングルCDとして再発された時も、ジャケットにキャラクターの画像が使用されることはない。ハウス食品から発売されていた「サザエさんちのふりかけ」で、「サザエさんちの」と銘打っているにもかかわらず、パッケージにもテレビCMにもサザエさんの姿だけが無い。
- 長谷川の死後、マイラインやJA、コカコーラなどのCMで、アニメのものを中心とした本作のキャラクター画を使用されることが多くなってきている。
- インターネットに関しては、現在でもフジテレビ内アニメ版の公式ページや、キャラクターをCM起用しているJAバンクのページに、CM映像などキャラクターが掲載されたことが無い(フジテレビも放送内で、JAバンクも宣伝広告にURLを表記したことがない)。
[編集] その他
- 近隣に長谷川が長年居住し本作の舞台となった事、長谷川町子美術館が1985年に開館した事にちなみ、桜新町商店街振興組合が音頭をとって東急田園都市線の桜新町駅前から国道246号へとつながる「中通り」が1987年に「サザエさん通り」と改称された。歩道にはサザエさんが描かれた看板もある。ほとんどが原作の時の絵になっている。
- 舞台の沿線となる東京急行電鉄の広告キャラクターに採用されたこともある。
- 京都大学の日本史の問題に出題された。他にも慶應義塾志木高等学校、芝浦工業大学柏中学高等学校(高校)の入試問題にも出題されたことがあり、家庭科をはじめとする教科書でも本作が題材となる事が多い。
- 朝日新聞のビルの地下には「磯野家」という名の寿司屋がある。
- 1998年に発行されたお年玉つき年賀はがきの東京地方版にサザエさんが描かれた。漫画・アニメキャラクターがお年玉つき年賀はがきに描かれるのはこれが最初。
- 2007年4月26日、長谷川が住んでいた福岡市百道浜1丁目(住所上は西新6丁目)に『磯野広場』ができ、「サザエさん発案の地」の記念碑が建てられた。記念碑には『サザエさんうちあけ話』からの引用が記載されている。
[編集] 連載の履歴
- 1946年4月22日に『夕刊フクニチ』紙上に連載開始、同年8月22日に連載終了
- 1947年1月3日に『夕刊フクニチ』紙上に連載再開、同年5月8日に連載終了
- 1947年10月25日に『夕刊フクニチ』紙上に連載再開、同年11月5日に連載終了
- 1948年2月6日に『夕刊フクニチ』紙上に連載再開、同年6月21日に連載終了
- 1948年3月に『漫画少年』誌上に連載開始
- 1948年11月17日に『夕刊フクニチ』紙上に連載再開、1949年4月4日に連載終了
- 1948年11月21日に『新夕刊』紙上に連載開始、1949年4月2日に連載終了
- 1949年12月1日に『夕刊朝日新聞』紙上に連載開始、1950年12月31日に連載終了
- 1951年4月16日に『朝日新聞』(朝刊)紙上に連載開始、1960年4月に連載休止
- 1957年1月に『若い女性』誌上にて連載開始、1959年1月に連載終了
- 1961年10月15日に『朝日新聞』(朝刊)紙上に連載再開、1974年2月21日に事実上連載終了
[編集] 登場人物
以下は、原作とテレビアニメ版で異なる設定があるので、原作の登場人物について記述する。また、出典は基本的に現行の朝日新聞社版を参考にする。
- フグ田サザエ
- 福岡県生まれの磯野家の長女。この漫画の主人公。
- 結婚前は、白のブラウスに黒のスカート、黒のベストという服装が多かった。髪型も当時の流行にあわせている。九州時代はイカコという親友がいた。単行本1巻で東京に引っ越す。結婚前はハロー社という出版社に記者として勤務した経験も持ち[1]、結婚後も家政婦や探偵事務所の助手として働いていたことがある。また、女性解放を訴える講演の出席や選挙演説なども積極的におこない、政治への参加意識が強かった。単行本2巻でフグ田マスオと結婚しタラオをもうける。原作ではタラオ出産時のエピソードは出てこない。マスオとの結婚直後に連載は中断され、再開時はすでにタラオ出産後という事であった。
- 性格はアニメ版との相違が比較的少なく快活でそそっかしいが、アニメ版と異なり波平やフネに対しても冗談を言ったりすることがある。裁縫や料理を何でもこなす。よくカツオと取っ組み合いの喧嘩をしてカツオを泣かせたり、気性は激しいが、その一方でカツオをよくいじめる同級生を睨みつける優しさも見せる。また、教育熱心な母親に対して「学歴が全てじゃない」と説くなど理知的な一面もある。タラちゃんをおぶる「ネンネコ」を26枚も持っている(長谷川が柄について統一した設定をしなかったことが原因で、読者の指摘により明らかになった)。車に撥ねられても直後に飛び起き全力で走り回る程の強靭な体力を誇る。
- マスオとの見合いは乗り気ではなかったが、場所がデパートの食堂であったために店中の注目を浴びたため、決まりが悪いとお互い即決した。
- 誕生年は1922年(大正11年)[2]。誕生日は11月22日[3]。
- 磯野カツオ
- 磯野家の長男。連載開始当初は、ワカメの面倒をよく見ているちょっと抜けているお兄さん、といった雰囲気を持っていた。この時は非常に子供っぽいキャラクターであり、要領も決して良くはなかった。
- 連載後半になるにつれ、現在のアニメ版のようなズル賢く機転の利く腕白坊主となり、かなりおしゃべりになって、登場回数も格段に多くなる。この時は波平の老後の対処を冷静に計画するなど大人びた一面も持つようになる。こまっしゃくれて生意気な面が多分にあり、非常に口達者で外面が良い。お世辞や嘘を使って大人を手玉に取るのが上手い(大抵、後で痛い目を見るが)。何かにつけて小遣いをせびる。波平にも幾度となく、「大人の話に首を突っ込むんじゃない!!」と怒られている。漫画界における、「世渡り上手」の代表的キャラクター。
- また、大変ズル賢く、悪巧みをすることもあるが、こういう時は決まってサザエに見つかり、後で波平に「バカモン!!」と怒鳴られる。ストーリーによってはお仕置きとしてげんこつを落とされたり、押し入れや物置に閉じ込められることもある。原作ではほとんど完全に丸め込んでおり、叱られることは少ない。
- 原作においては、学校での生活や友達関係が描かれる事はほとんどない。また、女装が伺えるほどに上手く、波平に「カツオはどうした?お友達が待っとられるのに」と言わせたり化粧品のセールスマンに化粧をされたことがある。成績はいつも悪いが、勉強を邪魔されて怒るなどまじめな一面もあり、努力の末にテストで良い点を取ることもある。原作では○出小学校・フジ小学校・○×小学校と学校名がいくつかあるが、アニメ版では一貫してかもめ第三小学校5年3組となっている(ワカメも同様)。
- ちなみに髪型は基本的に丸刈りであるが、初期は短髪だが全体的に髪はあり、回によっては刈り上げ状態(後期のタラオに近い髪型)で描かれていたこともあった。
- また、原作後期においては声が波平にそっくりになり、フネが波平の陰口をカツオと間違えて本人に言ってしまうというエピソードもあった。
- 誕生年は1938年(昭和13年)[2]。
- 磯野ワカメ
- 磯野家の次女。原作とアニメ版において最も性格が異なる。アニメ版では「優等生」になっていて存在感も薄いが、原作では立場が逆であった。連載中盤まででは、サザエに次いで登場回数の最も多いキャラクターであり、話の「オチ」を担うこともかなり多い。
- 性格は天真爛漫で、非常に活溌である。一人称は主に「あたい」(初期)。ウソ泣きなども辞さないわがままな面も見せ、カツオと共に悪戯を働くことも多い。また、初期の頃は人見知りの激しい一面も見せていた。連載において幼稚園への入園[4]と小学校への入学[5]を経験した。将来の夢は「お嫁さん」[6]であったが、サザエに反対されている。
- よく言う台詞は「あたいもついていくゥ」「アーン、ついてくんだーッ」。趣味は人形遊び。45巻では自作の童話を披露した。ちなみに、冬場はスカートの下に「ももひき」を穿いている。ただし、原作漫画では最終的に小学1年生で7歳の設定だがアニメでは小学3年生。
- 誕生年は1942年(昭和17年)[2]。
- 磯野波平
- 磯野家の大黒柱で、3姉弟の父。初期の役職は「局長」であったがいつの間にか降格しており(転勤した際に変わったと思われる)後期には平社員となっていた。アニメでは家族の家長として威厳があるが、原作においては威厳がなく、家族を叱るシーンもあまり多くなく、登場回数も必ずしも多くない。しかし登場した時は、話の「オチ」を担当している。性格はかなり抜けていて、お茶目なところがある。そのため、どちらかと言えば子供に威厳を示そうとしてその情けないキャラゆえにカツオに逆に手玉にとられることも多い。表情が非常に豊かである。よく一緒に外出するなど、カツオ、ワカメ、タラオを大変かわいがっている。子供の頃から今に至るまで算数が苦手である。頑固な一面も多少はあり、ケンカした際に自分から謝ることはほとんどない。
- 初期は頭頂部の髪が書かれていない回もあった。また、一度だけ髭を剃り鬘を購入したが家族の猛反対にあっている。
- 「TTK(都下禿頭会=とかとくとうかい)」理事、「高血圧友の会」、「失われつつある礼儀を守る会」、「ノンビリいこう会」所属。嫌いなものは税務署。連載初期は名前がなくドラマ版制作の際に「波平」と名付けられた。育毛剤を愛用している。陸軍に入隊経験があり。原作の初期の頃はサザエに「パパ」とよばれることがあった。泳ぎが得意らしく、人命救助を何度もしている(1回は新聞にも載った)。正月に吉田茂から間違い電話が来たことがある。方向音痴で警官に道を聞いても元の場所に戻ってしまうほどだった。
- 誕生年は1895年(明治28年)[2]。誕生日は9月14日[7]、干支は未[8]、年齢は54歳[9]。職業はサラリーマン(事務職)で、会社は銀座の晴海通り沿いにある。
- 磯野フネ
- 波平の妻。アニメではほとんど怒らないが、原作では性格は厳しく、激しい気性の持ち主である。家族を叱る回数も波平より多い。
- また、波平の陰口を言ったり、喧嘩中は波平にちょっとした嫌がらせをするなどアニメではあまり見られない陰湿な一面もある。
- 旧姓は石田で、静岡に実家がある。波平に「失敬なばあさん」と呼ばれた事がある[10]。
- 目が悪く、宴会の余興で女装した波平の写真を見て愛人と勘違いし家出を申し出たことがある。
- 誕生年は1901年(明治34年)[2]。
- フグ田マスオ
- 2巻でサザエと結婚したサラリーマン。最初に登場したときはステッキをついており、研究所勤めだった。これは、マスオは、生まれつきまたは、結婚する前後に腰を痛めた為で、アニメ版にも重い物を持った後にサザエに腰にシップを貼ってもらうというシーンがある。結婚当初はサザエとタラオとのフグ田家3人で磯野家の近所にある借家に住んでいたこともあり、2巻において大家と喧嘩し追い出されたため磯野家と同居。現在に至る。アニメではかなり気の弱い夫となっているが、原作では必ずしもそうではなく、磯野家に対して主張する時もある。
- サザエやワカメに対し冗談を言っておどろかしほくそえむなど、アニメ版にはない人間臭い一面も描かれている。犬の散歩中にパチンコに行ったり[11]競馬新聞に夢中になってサザエを怒らせる[12]などギャンブル好きな一面も持っている。また、お中元の箱を振っただけで中身を見抜くという特技を持つ。体が普通でない程柔らかく、ホットケーキをひっくり返すと同時に「ヤーッ」っと叫んで宙返りするなど驚異的な運動神経を持つ。基本的にはいい兄貴分であるのでカツオとワカメに慕われている。大阪に実家があり、一度だけ帰省のエピソードがある[13]。
- 勤めている会社は当初は郊外だったが、後に有楽町に移る。当初は平社員だったが、後に係長に昇進。その時の年齢は32歳。二浪した後に大学を卒業。実家は大阪で、時々出てくる母親は大阪弁を話す。波平が購入してきた「全自動卵割機」で作った出し巻き玉子を「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛」と叫んで食べた事がファンの間で大人気となっている。
- 連載初期のマスオはしばしば神経症を患っており、それを紛らわす為や、サザエの怒りを抑える為に精神安定剤を常用していた。
- 誕生年は1917年(大正6年)[2]。
- フグ田タラオ
- サザエとマスオの長男。2巻から登場。赤ん坊コンクールで2等賞を貰ったことがある[14]。アニメでは大人しく物分りの良い「いい子」だが、原作では若干乱暴者である。サザエさんに背負われるなどして登場回数こそ少なくないが、セリフがほとんど無い。カツオ、ワカメはごく初期[15]において、タラちゃんの前では自分たちのことをそれぞれ「おじちゃん」、「おばちゃん」と称していた。
- 誕生年は1946年(昭和21年)[2]。
- 波野ノリスケ
- 波平の妹の三男(波平の甥、サザエの従兄弟)。新聞社に勤務し、8巻から12巻の間押しかけ同然に磯野家に居候する。性格は温和で、カツオとワカメに慕われているが、ケチ臭いところもありカツオからは「一緒に外出するのが嫌」と言われている。同様の理由でしばしばカツオを筆頭とする磯野家の子供たちと駆け引きを演ずることもある。12巻で入江(旧姓)タイ子とお見合い結婚。結婚後は「東アパート」という所に住む。恐妻家である。14巻で子供をもうける。この子はアニメではイクラとなっているが、原作においては特に名前は付けられていない。また、一時「ナミエ」という名前を考えていた[16]。アニメでは伊佐坂先生の担当記者でもあるため、平日の昼間でもよく隣の磯野家に現れる。ちゃっかり屋である。
- 波野タイ子
- ノリスケの妻。旧姓は入江。結婚当初は身のこなしが上品であった。しかし登場回数が少ないからか、結婚後は時に太っていたりと、容姿に変遷が見られる。アニメ版のような家族ぐるみの付き合いは描かれていない。
- 動物たち
- 当時は飼育している家庭も多く、本作にもニワトリや牛、ヤギなどが多く登場する。特にニワトリは非常に多く登場し、波平が飼っていたニワトリを絞めてご馳走の鳥鍋にするシーンや、イタズラをしたカツオやワカメがお仕置きとしてニワトリ小屋に閉じ込められるシーンもある。ネコやイヌも多く登場し、磯野家は「ミー公」という名のネコを一時期飼っている。犬の名前は「ジョン」が多い(他、「エルザ」「太郎」という名前の犬も登場)。カツオがカナリヤ・伝書鳩・亀・ハムスターを、ワカメが金魚を、サザエが「マイク」というリスを飼っていたこともあった。なお、カツオは飼っているペットを挙げて「扶養家族手当」として小遣い値上げを訴えた事がある。
- その他
-
- 波平の兄、海平(波平と違い頭の毛が二本ある)
- 『似たもの一家』の主人公の一家。伊佐坂家はアニメでは磯野家の隣家だが、原作では10巻にわずかに登場するに過ぎない。
- 湯水金造とその一家。サザエが一時期家政婦のパートタイムとして勤めていた頃があり、その後もしばしば登場している。
- 本作には、キャラクターとして特定の名前が与えられていないが、非常に多く登場する人々がいる。たとえば相撲が好きだった作者は、相撲をネタにした話をしばしば用いてる。
- また、「俺ぁ、刑務所から出てきたばっかりなんだ」という決まり文句で磯野家の門を叩く押し売りや、穴のあいた服にヒゲ面の泥棒や強盗など、どこか憎めない犯罪者も非常に多く登場する。なお、泥棒が多く登場するのは、作者の自宅に何度も泥棒(主に空き巣)が押し入ったためであると言われている。
- いわゆる浮浪者や今で言うホームレスのように、社会的に恵まれない人も多く登場する。
- 磯野藻屑源素多皆(いそのもくずみなもとのすたみな)
- 磯野家の先祖に当たる人物で、幕末の時代の武士。容姿は波平に酷似しており、おはぎを38個食べて主君から褒美を貰ったという逸話がある。
- 時折、透明な姿で子孫である、波平や家族を見守っている。
- 実在の有名人
- 実在の人物が登場することもしばしばあった。例えば、その当時の総理大臣はほとんど登場している。作者自身も度々登場している。
[編集] 執筆時のエピソード
長谷川は、西日本新聞社の絵画部に所属していた。その後1946年、同社から新しく発行された『夕刊フクニチ』で彼女は連載漫画を頼まれた。自宅の近所である百道海岸付近を妹と散歩しているときに、本作の家族構成や名前を思いついた。当初は作者自身は、アルバイトのつもりでやっていた、と語っている。
その後、作者の引越しと合わせ磯野家も東京に引越した。1951年に「ブロンディ」の後を承けて朝日新聞の朝刊を飾る事になる。
連載末期には月曜日が休みとなった。
[編集] 作風とその変化
連載期間が極めて長期にわたったため、作風の変化も当然見られる。
初期から中期にかけては、ときおり「落語的」などと評されるように、ほのぼのとした雰囲気ととぼけた味わいのなかに、ときおり読者の度肝を抜くような「オチ」やブラックユーモアが用意されていることが多い。また、新聞漫画のなかでも台詞がかなり少ない部類に入り、絵による表現力と、歯切れの良い展開、4コマの緊密な構成力でも読者を笑わせた珠玉のギャグマンガといえる。原作ファンの間でも、概してこの時期の作品の人気が高いようである。
また中期までは、もちろんその時代の雰囲気をかなり反映しながらも、新聞漫画としては時事を直接のテーマとして描くことはかなり少なく、あくまでも各キャラクターの活躍が中心であった。この連載期間では、しばしばマスオ、タラオ、ノリスケなどの新キャラクターが登場したり、日常生活から離れた出来事(サザエの就職、マスオやフネの実家への旅行、箱根やヨーロッパへの観光など)がたびたび描かれたが、これらによって作者は「ネタ切れ」を回避していた、と考えることもできる。
連載が長くなるにつれ、作者長谷川町子自身『サザエさん』から他の作風へと興味が移っていった。彼女はその自伝のなかで「子供にも無害なヒューマニズム(ヒューマニタリズム)には飽きた」「書き手にとっては取材範囲が限られるのが苦しい」と言っている。このときに生まれたのが『いじわるばあさん』(1966年)である。しかしこのときも『サザエさん』終盤期の連載は続いていて、そこには初期の作風との顕著な相違が見られる。たとえば、説明的な台詞の数がかなり増したこと、多くの話がカツオ中心となったこと、各キャラクターの描写が減って時事をネタにした話が圧倒的に増加したこと、これらに伴ない4コマ漫画としての構成自体が変化していったことなどが挙げられる。
また、テレビ放映開始(1969年)とほぼ時を同じくして、連載漫画ではカツオにかなり汚い言葉を言わせるようになったり、作風がかなり殺伐とするなどの変化もよく指摘される。
[編集] 漫画以外のメディア化
- 1948年9月28日にマキノ映画により映画化
- 1950年に上記の映画の続編「サザエさん のど自慢歌合戦」が上映。
- 1955年1月4日にニッポン放送によりラジオドラマ化(1965年4月まで)
- 1955年10月3日にKRテレビ(現TBS)によりテレビ漫画化(静止画に声をあてたもの)(1957年9月28日まで)
- 1956年12月12日に東宝により映画化。江利チエミ主演、青柳信雄監督。(1961年まで、全10回)
- 1965年11月19日にTBSによりドラマ化(1967年9月29日まで)
- 1969年10月5日にフジテレビによりアニメ化。詳細はサザエさん (テレビアニメ)を参照。
- 1981年から、文化放送「お元気ですか高島忠夫です」内にて「連続ラジオまんが おはようサザエさん」が放送されていた。声優はテレビアニメ版と同一で提供も東芝だった。
- 1981年(星野知子主演)にフジテレビでスペシャルドラマとしてドラマ化、1984年には「フジテレビ開局25周年記念 長谷川町子スペシャル サザエさんVS意地悪ばあさんVSいじわる看護婦」が放映された。
- 1992年3月、NHK衛星第二で特集番組。出演:西田敏行・森口博子 音楽:ミッキー吉野。この番組のためのテーマソングも新たに作曲された。西田・森口の2人で数役をこなしながら声を当てる4コマ漫画の朗読や、マー姉ちゃんなどの映像資料をもとに制作された番組。一部オープニングとエンディングも含め放送したが、歌の後奏はカットされた。本番組のために長谷川は自画像などのイラストを寄稿したが、これが遺作となった。
- 1992年~2000年(浅野温子主演)にフジテレビでスペシャルドラマとしてドラマ化された。
- 1994年、榊原郁恵主演で舞台化
- (時期不明)キングレコードからレコード『サザエさん音頭』(作詞:大下文代、作曲:細川潤一、歌:照菊・若原一郎・キング合唱団)が発売された。
- 本作が生まれるまでの長谷川一家及び姉妹社の経緯が、NHKにより連続テレビ小説『マー姉ちゃん』としてドラマ化された。
- その他、1993年11月25日に飛鳥新社から『磯野家の謎』の実写版ビデオが発売された。役者はすべて一般人を起用している。ナレーションは大沢悠里、メイクアップはトニー・タナカが担当した。
[編集] 映画(1956年)主題歌
- 『サザエさん』作詞:宮田達男 作曲:神津善行 編曲:神津善行 歌:江利チエミ
- 現在、江利チエミのCD「ベストセレクション」で聴くことができる。
[編集] 実写版の配役
- 1948年・1950年に製作された映画
- サザエ:東屋トン子
- 1956年に製作された映画
本作では主題歌の他にテ・キエロ・ディヒステが挿入歌としてクライマックスで使われている。
- 1965年~67年に東京放送 (TBS) 系列で放映されたドラマ
- 1981年にフジテレビ系列で放映されたドラマ
- 1992年~2000年にフジテレビ系列で放映されたドラマ
[編集] 最高視聴率
| TBS系 金曜21:00 - 21:30枠 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
|
サザエさん(実写版)
|
||
[編集] 脚注
- ^ 2巻
- ^ a b c d e f g 『磯野家の謎・おかわり』の分析による
- ^ 1965年11月22日掲載話(姉妹社版47巻/朝日新聞社版31巻)でカツオがサザエに「誕生日おめでとう」と言っている
- ^ 2巻
- ^ 11巻
- ^ 3巻
- ^ 1951年9月14日掲載話(姉妹社版10巻/朝日新聞社版7巻)で「今日はわしの誕生日」と発言
- ^ 1955年1月5日掲載話
- ^ 1965年12月16日掲載話(姉妹社版47巻/朝日新聞社版31巻)
- ^ 6巻
- ^ 48巻
- ^ 64巻
- ^ 4巻
- ^ 5巻
- ^ 2巻
- ^ 15巻
[編集] 関連項目
- サザエさん (テレビアニメ)
- サザエさんうちあけ話
- 長谷川町子美術館
- 桜新町駅
- サザエさんの家(都市伝説)
- サザエさん旅あるき
- 磯野家の謎
- 磯野家の謎・おかわり
- サザエさん (パロディ)
- 嘉門達夫 - サザエさんを題材にした「NIPPONのサザエさん」を歌う。
- 東京サザエさん学会
- サザエさん効果
- サザエさん方式
- Be (朝日新聞) - 2004年4月より「サザエさんをさがして」というタイトルで毎週土曜日に1話ずつ掲載している。
- サザエ食品 - 社名は「サザエさん」に由来している。
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