千円紙幣

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千円紙幣(せんえんしへい)とは、日本銀行券の1つ。千円券千円札ともいう、額面1,000紙幣。現在発行されている千円紙幣は、2004年平成16年)から発行されている野口英世肖像E号券である。

ほかに、かつて発行された甲号券、B号券、C号券、D号券があり、これまでに発行された千円紙幣は全5種類存在する。

甲号券[編集]

第二次世界大戦後のインフレーション解決のための金融緊急措置令などの新円切替が行われる以前(旧円)の最高額紙幣。1941年(昭和16年)に製造を開始。1942年(昭和17年)の大蔵省告示で発行の宣言をしたが、これは紙幣を発行する権限が大蔵省から日本銀行へ移管することを理由とした形式的なのものである。移管した後では大蔵省が刷った紙幣を発行することができないからである。そのような事情で発行されたため、発行後数年間は日本銀行に死蔵されることになる。そして終戦直後の1945年昭和20年)8月17日に他の新紙幣の発行とともに流通が開始されたが、新円切替に伴い発行から1年も経たず、1946年(昭和21年)3月2日限りで失効した。製造数は8,100,000枚(うち発行数は不明)。失効後も、証紙を貼り付けて臨時に新様式券(新円)の代わりとする「証紙貼付銀行券」が発行され流通・通用した。この「証紙貼付銀行券」も新円の流通拡大に伴い、1946年10月末に失効した。なお千円の新券(A千円券)は結局発行されなかった。このように甲千圓券は短命な超高額券であった。発行枚数が少なく、かつ高額券ゆえほとんど回収されたため、現存数は多くない。現在(2014年)の価格に換算すると約180万円ほどの額に相当する。

B号券[編集]

Series B 1000 Yen Bank of Japan note - front.jpg
Series B 1000 Yen Bank of Japan note - back.jpg

インフレーション抑制を目的とした新円切替では、新紙幣(A号券)が新たに発行されたが、千円券の発行は見送られた(よって当時の最高額面券はA百円券であった)。しかしその後もインフレーションは進み、A百円券の発行量が著しく増大して、より高額面の紙幣が必要になった。また粗末な作りのA号券の偽造が横行したこともあり、B千円券は、他のB号券に先駆けて1950年に発行された。

C号券[編集]

Series C 1K Yen Bank of Japan note - front.jpg
Series C 1K Yen Bank of Japan note - back.jpg

印刷技術の向上によりB千円券の偽造(チ-37号事件など)が多発したために新たに発行された。透かしは肖像と同じ伊藤博文だが横顔になっている。初期の記番号の色は黒色だった[3]が、129億6千万枚を発行して記番号が一巡したため、1976年(昭和51年)4月発行分から記番号の色が青色[4]に変更された。

D号券[編集]

Series D 1K Yen Bank of Japan note - front.jpg
Series D 1K Yen Bank of Japan note - back.jpg

B千円券とC千円券は同じサイズであったが、このD千円券はそれらより長辺が14mm短くなった。後のE千円券もこのD千円券のサイズを踏襲している。各額面のD号券からは肖像に文化人が採用されていて、千円券には夏目漱石が選ばれた。初期の記番号の色は黒色だった[5]が、129億6千万枚を発行して記番号が一巡したため、1990年(平成2年)11月1日発行分から記番号の色が青色に変更された[6]。1993年(平成5年)12月1日発行分から記番号の色を褐色に変更する[7]とともに、マイクロ文字、特殊発光インキ等の偽造防止技術が施されている。この褐色番号も129億6千万枚を発行して記番号が一巡したため、2000年(平成12年)4月3日発行分から記番号の色が暗緑色に変更された[8]。暗緑色番号の紙幣については、製造者が当初は「大蔵省印刷局」[5]、2001年(平成13年)5月14日発行分から「財務省印刷局」[9]、2003年7月1日発行分から「国立印刷局」[10]の3種ある。

E号券[編集]

Series E 1K Yen bank of Japan note - front.jpg
Series E 1K Yen bank of Japan note - back.jpg

偽造防止技術には光学的変化インクを除きD二千円券に使われたものが多く採用されたが、新たに表から見て右側に用紙を薄くしてすきを入れた「すき入れバーパターン」が採用された。千円紙幣にはすき入れは1本入っている。また公式に発表されていないが表面と裏面に「ニ」「ホ」「ン」(日本)の文字がシークレットマークとして入っているほか、二千円紙幣に引き続いてユーリオンも採用されている。裏面の逆さ富士岡田紅陽の「湖畔の春」という写真を基にしたものであり、D五千円券とデザインを若干変更し、の代わりに桜花が描き加えられている。

黒色で印刷されている記号と番号の組合せが枯渇する予定となったため、日本銀行と財務省は、2011年7月19日より記番号が褐色の券を発行すると発表した[12][13][14]

その他千円紙幣に関する事項[編集]

  • 缶飲料・たばこ等の自動販売機や、バスの両替機などでは、千円紙幣は使用可能な唯一の紙幣となっていることが多い。
  • 流通している千円紙幣の寿命は、つり銭などのやりとりが多く傷みやすいため、平均1~2年程度とされる。

透かし[編集]


未発行紙幣[編集]

  • い千圓券(日本武尊):粗末なつくりだったため。
  • A千圓券(1945年:伐折羅大将像):GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のインフレーション助長の懸念による(デザインはA拾圓券に流用されたが、GHQの肖像に対する指示により伐折羅大将像は国会議事堂に変更された)。
  • A千圓券(1946年:日本武尊と建部大社):甲千圓券の図柄に新円標識(天平雲と桜花)を追加したデザインだったが、インフレーション助長の懸念と「日本銀行兌換券」表記により、GHQの承認は得られていたものの発行は見送られた。

脚注[編集]

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  1. ^ 1942年(昭和17年)4月16日付け大蔵省告示では同年4月20日と予告されていた
  2. ^ a b 1949年(昭和24年)12月28日、大蔵省告示第1048号「昭和二十五年一月七日から発行する日本銀行券千円の様式を定める件」
  3. ^ a b c d 1963年(昭和38年)3月5日、大蔵省告示第55号「昭和三十八年中に発行を開始する日本銀行券千円の様式を定める件」
  4. ^ 1976年(昭和51年)3月18日、大蔵省告示第22号「昭和五十一年中に発行を開始する日本銀行券千円の様式を定める件」
  5. ^ a b c d e 1984年(昭和59年)6月25日、大蔵省告示第76号「昭和五十九年十一月一日から発行する日本銀行券壱万円、五千円及び千円の様式を定める件」
  6. ^ 1990年(平成2年)6月20日、大蔵省告示第107号「平成二年十一月一日から発行する日本銀行券千円の様式を定める件」
  7. ^ 1993年(平成5年)6月24日、大蔵省告示第134号「平成五年十二月一日から発行する日本銀行券壱万円、五千円及び千円の様式を定める件」
  8. ^ 2000年(平成12年)2月2日、大蔵省告示第26号「平成十二年四月三日から発行する日本銀行券千円の様式を定める件」
  9. ^ 2001年(平成13年)3月30日、財務省告示第85号「平成十三年五月十四日から発行する日本銀行券壱万円、五千円及び千円の様式を定める件」
  10. ^ 2003年(平成15年)6月13日、財務省告示第482号「平成十五年七月一日から発行を開始する日本銀行券壱万円、五千円及び千円の様式を定める件」
  11. ^ a b c 2004年(平成16年)8月13日、財務省告示第374号「平成十六年十一月一日から発行を開始する日本銀行券壱万円、五千円及び千円の様式を定める件」
  12. ^ 2011年(平成23年)4月26日、財務省告示第141号「平成二十三年七月十九日から発行を開始する日本銀行券壱万円及び千円の様式を定める件」
  13. ^ 日本銀行 (2011年4月26日). “日本銀行券一万円券および千円券の記号および番号の印刷色変更について”. 2011年4月26日閲覧。
  14. ^ 財務省 (2011年4月26日). “日本銀行券一万円券及び千円券の記号及び番号の印刷色を変更します”. 2011年4月26日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]