オードリー (お笑いコンビ)

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オードリー
メンバー 若林正恭
春日俊彰
結成年 2000年
事務所 ケイダッシュステージ
活動時期 2000年 -
出会い 日本大学第二中学校
旧コンビ名 ナイスミドル
芸種 漫才
ネタ作成者 若林正恭
現在の代表番組 スクール革命!
オードリーのオールナイトニッポン
ヒルナンデス!
NFL倶楽部など
過去の代表番組 笑っていいとも!
メレンゲの気持ち
コレってアリですか?など
同期 ハマカーン
U字工事
ピースなど
公式サイト 公式プロフィール
受賞歴
2008年 M-1グランプリ2位
2009年 新春お笑い大賞2009!!ニューウェーブ大賞 1位
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オードリーは、若林正恭と春日俊彰によるお笑いコンビ。所属事務所ケイダッシュステージ2000年4月結成。

メンバー[編集]

略歴[編集]

共に日本大学第二中学校出身。中学2年生の時にクラスメイトになる。若林の前の席が春日だった。春日のあだ名はモアイ。若林はラグビー部(ポジションはスクラムハーフで関東大会に出場経験あり)、春日は水泳部に所属。1994年に日本大学第二高等学校に進学しふたたびクラスメイトになる。共に高等部から入部が許可されるアメリカンフットボール部に入部した(ポジションは若林がランニングバック、春日がディフェンスエンド)。それゆえに芸人となってからはアメリカンフットボール関係の仕事も多く舞い込むようになり、『NFL倶楽部』の司会を務めるかたわら、スーパーボウル中継の日本テレビPR大使として、2010年から毎年試合会場に赴きゲスト出演している。

1997年に日本大学第二高等学校を卒業。春日は日本大学商学部経営学科、若林は東洋大学二部文学部にそれぞれ進学し卒業している。中学・高校時代の同級生にアイルランドに渡りエイダン・オブライエン厩舎の厩務員になった人物がおり、後に担当馬を第30回ジャパンカップに出走させるため一時帰国した際のスポーツ新聞のインタビューで、オードリーについても語ったことがある。この同級生によると「学生当時とは2人のキャラクターが違っている」そうであり、春日は勉強が出来て、おとなしくて真面目である一方、若林の方がやんちゃなグループに入っていたという[1]

若林は小学生時代からお笑いをやりたいと思うようになる。満員電車で通学していたときに一緒に乗っていたサラリーマンを見て、「あぁ。俺、こんなつまんない顔したサラリーマンにはなりたくねぇなぁ。」と思ったという。そして深夜のバラエティ番組でビートたけしが暴れていたり、とんねるずがチェッカーズのことを蹴っているところを見て、「なんだこの大人達は...。俺もこんな大人になりたい。」と思い、芸人を志したという。高校生の時アメリカンフットボールで関東代表に選ばれていた春日を見て「春日がいい」と思い、高校3年生の時から誘うようになる。大学に入学した後も春日を誘い続けていたという[2]。しかし一方で、「よくつるんでいた11人グループの中で面白い奴から順に声を掛けていって、春日は上から8番目に電話を掛けた相手」との話もある[3]

2000年4月、事務所主催のライブに「若林春日」で参加しようとするものの、「コンビ名がないと参加できない」と言われ、春日がその場で思いついた「ナイスミドル」というコンビ名でのデビューを余儀なくされる。2005年4月、コンビ名を「オードリー」に改名。これは、事務所社長から「うにいくら」、「オードリー」の2択を迫られ、その場が寿司屋であったこともあり、「うにいくら」は社長の思いつきと判断。そのため「オードリー」に決定した。社長は、「華が無い二人なので、華のあるオードリー・ヘプバーンから採った」としている。その後、自身のラジオで、その他のコンビ名の候補として「チーズワイン」と「兼定[4]」があったことを明かした。

売れていない頃は、単独ライブを行える会場もなかったため、春日の自宅に客を呼んでライブをしていた[5]

2006年10月、新宿のシアターモリエールにて初の単独ライブとなる「シャンプーおじさん」を行う。

2008年1月1日、日本テレビ系「ぐるナイ番外 おもしろ荘へいらっしゃい! レア芸人だけで生放送 祭りだオッパッピー!」に出演し、地上波の放送で初めて念願の漫才ネタを披露する。ただしテレビそのものはこの番組が初出演ではなく、これより約2年前の2006年5月にフジテレビの「インパクト!(第4回)」に出演している。当時は、藤岡弘、中尾彬のものまねでの出演であった。また、駆け出しの頃には『桂芸能社!』(TBS)に数回、VTRを送っている。VTRの内容は、床に置いたフラフープの輪に入った春日に、若手皆で(ビックスモールンなど同じ事務所の芸人も参加している)、「熱湯鉄砲」で集中攻撃をしたり、「松明」で背中を炙って、どこまで輪から出ないで耐え得るかという、若手芸人ならば一度はチャレンジするようなギリギリのリアクション芸であった。このVTRを見た当時の若林の彼女は、「お願いだから普通に就職して」と頼んだという。

2008年12月21日、M-1グランプリで敗者復活戦から決勝進出を果たし、決勝ファーストラウンドを1位通過し、総合2位。2009年1月1日、フジテレビ「新春お笑い大賞2009!!」でニューウェーブ大賞 1位(視聴者による電話投票で212,036票中76,009票獲得)。

2009年8月30日に『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』に出演した際に、先に春日、次に若林が新型インフルエンザの疑いがあるA型インフルエンザに感染、完全に回復するまで休業となった。

2010年1月、春日がTBS『オレたち!クイズMAN』のロケ中に左足を骨折したが、春日は大して痛みを感じておらず、違和感があったため病院に行ってみたところ骨折していたことが判明した。若林はその時ばかりは「春日は強いな」と驚きとともに感心した。一時休養し、1月29日の「笑っていいとも!」で復帰。

2011年9月、2年間にわたり出演していた『笑っていいとも!』を卒業。10月から「笑っていいとも!」の裏番組ヒルナンデスに水曜レギュラーで出演[6]

ニホンモニターが毎年調査している番組出演本数ランキングでは、2010年に507本の番組に出演し1位を獲得した[7]2011年は424本で5位だった[8]

芸風[編集]

漫才[編集]

主に「ズレ漫才」と呼ばれる漫才を行う(若林による命名)。話を進めようとする若林に対し、春日が意味不明なツッコミやタイミングの悪い発言を行うのを若林がたしなめたり、逆に若林が突っ込んだりするため、話がほとんど進まないうちにネタが終わる。基本的に、春日は意味不明なツッコミをしながら若林の背中を叩き、間髪入れずに若林が春日の左額を叩きながら逆ツッコミをする。これをスピーディーにテンポ良く続けるのが彼らの漫才の持ち味となっている。また、春日は八二分けのテクノカットをワックスで固めるという昭和初期のようなヘアースタイルをしているが、これがオードリーが持つ強烈なインパクトの一因となっている。若林はツッコミの際、意識的にこのテクノカットの水平にカットされたモミアゲ部分をひっぱたくのだが、それによってさらにモミアゲ部分が強調される。かなりスタイルが崩されているが、内容的には、しゃべくり漫才に分類される(「選挙演説」、「転入生」などはコント漫才である)。

漫才ネタを始める際、若林はすぐにセンターマイクに着く。春日は胸を張ってセンターマイクにゆっくりと歩み寄り、少し遅れて到達してから、若林が「えー、オードリーと言う者でございますけれどもね。今日も若林 ・春日で頑張って漫才やって行きたいなと思いますけどもね」などと自己紹介する。春日はそれを無視して、客に「皆さん、本物の春日ですよ」「皆さん、夢でお逢いして以来ですね」などの自信過剰な挨拶を行う。その後、若林は客席に向かって話しつつも「まぁ偽者がいたら見てみたいですね」などと言ってやんわりと春日をツッコむと、春日はあざ笑うような不敵な笑みを見せながら客に「ヘッ!」と言うのが通例。ネタの終わりには、若林は普通にお辞儀し、春日は左手を高く高く挙げ「バァイ」と言って締める。一般的な締め方をしていたこともあった。

若林が客に「皆さんもデートの経験がお有りだと思いますけれどもね」などと言うと、春日が笑いながら大声で「ある訳ねえだろ!」と若林の背中を叩く。すかさず若林は春日の額をひっぱたきながら、「お客さんに失礼だろ、謝りなさい」と諭す。すると春日は満面の笑みで左手を突き出しながら「ゴメンネ」と客にあやまる。この時の左手は何かをつかんでいるような形をしているが、これは客にお詫びの意味をこめたお茶を差し出しているつもりなのだという。このパターンは、春日が客に限度を超えて失礼なことを言ったときに用いられる。また、このやり取りの後、春日が「ただし、お前だけは!…」と客席のとある方向を指さして続けようとするのを若林が「失礼すぎるだろ!」とツッコむことが多い。

漫才の途中に若林が春日に「気持ち悪い」や「お前と漫才なんかやってらんねーよ」と発言すると春日が「お前それ本気で言ってるのか?」と言い、「いや、本気で言ったらお前と一緒に何年も漫才やってねーだろ」と若林が発言した後「ヘヘヘヘヘッ!」と互いに笑い合うなど、コンビ愛を見せるようなネタを行うのも定番であり、同時に春日が笑わなかったり相手のノリに合わせないこともある。また、春日が「お前と漫才やってらんねーよ!!」と発言し、若林が「お前それ本気で言ってんのか?」と言い、「いや、本気だったらお前のサイフから金盗らねーよ。」と春日が告白した後、「へへへへへッ!…笑えねーよ!!」と言うパターンもある(勿論これはネタであり、実際に盗ったことはない)。その他は、春日が「お前、それ本気で言っているのか?」と言い、若林が間髪入れずに「ちょっと本気だよ!!」とビンタを張りながら言うパターンもある。


スタイル確立へ[編集]

当初は爆笑問題のようなスタイルの漫才を目指し、若林がボケ、春日がツッコミだった。しかししばらくは伸び悩む時期が続き、同期の中でも特に落ちこぼれてしまった。若林は解散や芸人への道を諦めることを何度も考えたという[9]

春日は「自分では出来ているつもりだった」がツッコミ間違いが多く、何度やっても上手くいかなかった。結成6年目のとき、『エンタの神様』の若手オーディションにおいて、彼らのネタを見た構成作家に「どう見ても春日はツッコミとしてポンコツでまったく伸び代がない」と指摘された。それを受けて、若林が自分達のトークライブのビデオを見直した時、春日のツッコミ間違いを数えてみたら2時間で28個(31回中)もあったという。しかしその映像で「春日が変なところでツッコんでくるのを、『おいそれ違うだろ!』って言ってる部分がお客さんの反応が良い』ということに若林は気付き、「じゃあそれをそのまま漫才にすればいいんだ」という発想に辿り着く。こうして、2006年頃から「春日の間の悪いツッコミに対して、若林が逆にツッコミを返す」という現在の形にスタイルを変更した。しかし、その新しいスタイルでもオーディションには落ち続け、事務所と作家に否定され続けた[9]

しばらくして、ラ・ママで行われた渡辺正行主催のオーディションに参加。そこで主催の渡辺本人から「これはM-1の決勝に行ける漫才だよ」と絶賛された。そこで多くのアドバイスを渡辺から貰い、若林はその日の帰り道に原付を運転しながら、渡辺に称賛された感動で涙が止まらなかったという[9]

上記のネタ見せで、渡辺は「(ツッコミが激しすぎて)お客さん引かない?」と問題点を指摘し、「『激しいツッコミは漫才の中だけ』『本当は2人は仲が良い』ということがお客さんに伝わるような部分を入れるといい」とアドバイスした。その1か月後の同オーディションに参加。そこで若林が用意したのが漫才の中に「お前それ本気で言ってるのか?」「本気で言ってたら何年も一緒に漫才やってねえよ」「ヘヘヘヘッ!」というやり取りを間に入れる漫才だった。それを見た渡辺は再びオードリーを賞賛した。以来、2回戦落ちの常連であったM-1、まったくオンエアされることのなかった『爆笑オンエアバトル』でも結果を残せるようになった[9]

ネタ作成[編集]

ネタは主に若林が作っているが、春日も参加している。春日と合わせる時には、レコーダーを置いてまず若林が一人でしゃべり、春日がアドリブでそれに入る、ということを何度も繰り返し、まとめている。台本にして演技指導をしていくと春日の頭がパンクしてしまうため、レコーダーが必要不可欠であり、他の方法が出来ないとのこと。

若林は春日の宣材写真を置いてネタを作ることもある(若林自身がやりたいと思ったネタでも、春日のできる範囲に仕上げなければならず常に春日をイメージして考える必要があるため)。2011年頃からは若林と作家の共作となった。

岡本太郎に傾倒した若林が、著書にある「伝わらないものをやれ」というメッセージに感化され、面白さよりも客をイライラさせる方針をとった。ネタ中に春日がする胸を張るポーズや苦虫を噛み潰したような顔も、岡本の作品『太陽の塔』がモチーフである[10][11]

その他[編集]

  • ブレイク当初、世間では「ダメつっこみ漫才」というネーミングで紹介されていたが、あまり的を射ていないと感じていた若林は「ズレ漫才」と自称している。以降テレビ番組では「ズレ漫才」と紹介されることが多くなった。
  • 2人が高校時代にアメリカンフットボール部に所属していたこともあり、アメフトに関連したショートコントもある(ショートアメフト)。またアメフト解説者の後藤完夫はこの「ショートアメフト」を絶賛しており、第44回スーパーボウル中継の際に骨折している春日に代わって若林とショートアメフトをやろうと自らネタを英訳したが、防具が用意できなかったため実現しなかった。
  • 春日の決めゼリフである「トゥース!」という言葉は、もともとアメフトでハドル(作戦会議)前に集合の合図として出す掛け声である。かつては若林もネタとして使用していたことがある。
  • ものまね芸もあり、若林が「○○をする藤岡弘、と」の後、春日が「中尾彬」とネタ振りをしてものまねをする。

テレビ・ラジオなどの出演歴[編集]

単独での出演歴については若林正恭春日俊彰を参照。

現在のレギュラー番組[編集]

ラジオ
不定期・期間限定レギュラー

過去のレギュラー番組[編集]

テレビのゲスト出演[編集]

ドラマ[編集]

映画

ラジオ[編集]

インターネット配信[編集]

CM[編集]

ミュージックビデオ[編集]

声優[編集]

本人役で出演する他、春日:サウンドマシン役。若林:ダンシングフラワー・メカ役
挿入歌&声の出演。春日:ニュースキャスター役。若林:お天気キャスター役

関連商品[編集]

DVD[編集]

書籍[編集]

  • オードリーの小声トーク 六畳一間のトークライブ
  • オードリーの悪いようにはしませんよ。
  • オードリーのオールナイトニッポン 一年史

脚注[編集]

  1. ^ 春日の同級生ジョシュアで1等ーす/JC - 競馬ニュース - 日刊スポーツ 2010年11月24日付
  2. ^ 麻布台出版社『お笑いポポロ』2008年8月号の記事
  3. ^ 服部翔太『オードリー春日伝説』コアラブックス、27ページ。
  4. ^ 若林が刀の名前からとった
  5. ^ オードリー、伝説の“自宅ライブ”を限定再現 ファン10人とレア交流へ”. ORICON STYLE (2010年9月16日). 2014年6月3日閲覧。
  6. ^ オードリー : 「笑っていいとも!」から裏番組の「ヒルナンデス!」へ 異例の電撃移籍 - まんたんウェブ 2011年10月5日
  7. ^ 今年のテレビ番組 最多出演タレントは? ニホンモニター 2010タレント番組出演本数ランキング発表
  8. ^ 2011年 今年テレビでよくみた顔は? ニホンモニター 2011年タレント番組出演本数ランキング発表
  9. ^ a b c d 『オードリー春日伝説』37-41ページ、アサヒ芸能 2009年2月19日号
  10. ^ 2010年1月14日 読売新聞より
  11. ^ オードリー若林の目標設定の妙技”. Exciteニュース (2010年9月28日). 2014年6月2日閲覧。