藤田恵美

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藤田 恵美(ふじた えみ、1963年5月15日 - )は日本歌手。ユニットル・クプルのボーカルだった。東京都清瀬市出身。
身長160cm。血液型A型。最終学歴:高等学校卒業(NHK学園/通信制)。

目次

[編集] 来歴

幼稚園のころ、劇団ひまわり所属、幼稚園時に「ひまわりキティーズ」としてレコードデビューし、『ケンちゃんシリーズ』などに子役として出演していた。父親の影響で「スターに挑戦」などに出場したことがきっかけで演歌歌手としてプロデビュー。演歌歌手としてのキャリアは1978年まで。17歳の頃、ブルーグラスカントリーに興味を持ち、アマチュア歌手として活動開始。 不動産屋に勤める傍ら、ライブハウスなどで歌い、20歳の時、新宿のカントリーライブハウス「ウィッシュボン」の箱バンの初代ボーカルを務めた。 1991年にギタリスト藤田隆二と結婚し、オリジナルバンドを結成。1994年に夫婦ユニット「ル・クプル」としてデビュー。1997年に「ひだまりの詩」がヒットし、NHK紅白歌合戦にも出場した。 その後、2005年に活動休止。2007年3月に離婚届を提出して正式に離婚した。 現在は、ソロでの活動に専念している。

ソロ・キャリアとしては2001年に洋楽のカヴァー・アルバム「camomile」を制作。同作のヒットがきっかけとなり、香港シンガポールなど東アジア・東南アジア諸国でソロ歌手として認知される。2003年には同様のコンセプトの2作目「camomile blend」を発表。こちらも同じくアジア諸国でヒットを記録。2005年には、プロデューサー佐橋佳幸亀田誠治森俊之らとプロジェクトを組みEmi with MKBとして「Rembrandt Sky」をリリース。この作品はマレーシアでプラティナディスクを獲得している。2006年にはアジアからの熱い要望もあり、カモミールシリーズ3作目となる「camomile classics」をリリース。香港HMVで発売から5週連続で1位を獲得。これまでに、アジアでのセールス合計は30万枚を超えた。

2007年にはエンジニア阿部哲也ソニーのアンプ設計者である金井隆がタッグを組み、SACDを制作。 発売前からオーディオファンの間では話題になっていた上、フジテレビ「とくダネ!」でオーディオファンで知られる小倉智昭が大絶賛したところ、さらに火が付きベストアルバムがスマッシュヒットとなった。

ソロ活動での新しい試みとしては、手話ロックバンド「こころおと」のDeaf ボーカルKuniyとのデュオによる「心のバリアフリー音楽会」がある。これは2007年に始まったプロジェクトで、2008年3月までに20ヶ所で藤田の弾き語り+Kuniyの手話歌という編成によるコンサートが開催された[1]

[編集] ディスコグラフィー

ル・クプルとして発売した作品はル・クプル(ディスコグラフィー)を参照。

[編集] ひまわりキティーズ

[編集] シングル

  • 老人と子供のポルカ」(1970年、「左卜全とひまわりキティーズ」名義)
  • 「かあちゃんと子供のアンダンテ・カンタービレ」(1971年、「若水ヤエ子とひまわりキティーズ」名義)
  • 「拝啓天照さーん」(1971年、「左卜全とひまわりキティーズ」名義)
  • 「パンダちゃん音頭」(1972年

[編集] ソロ

[編集] アルバム

[編集] シングル

  • 「夢見る朝 ~ドボルザーク「母が教えてくれた歌」より~」(2001年)
  • 「虹の橋」(2007年)

[編集] ラジオ

[編集]

  1. ^ 手話ボーカル好評 目や心で音楽を感じて

[編集] 外部リンク