安住紳一郎

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あずみ しんいちろう
安住 紳一郎
プロフィール
出身地 日本 北海道帯広市
生年月日 1973年8月3日(35歳)
血液型 AB型
最終学歴 明治大学文学部日本文学科
勤務局 TBS
部署 アナウンス室主事
活動期間 1997年 -
ジャンル バラエティ・情報・音楽
公式サイト プロフィール
出演番組・活動
現在 ぴったんこカン・カン
中居正広の金曜日のスマたちへ
情報7days ニュースキャスター
安住紳一郎の日曜天国』など
過去 ジャスト』など
  

安住 紳一郎(あずみ しんいちろう、1973年8月3日 - )は、TBSアナウンサー身長173cm。血液型AB型。現在、アナウンス室主事(2008年4月着任)。

目次

[編集] プロフィール

[編集] 人物・来歴

  • TBSでの初声出しは、入社した年の春、TBSラジオでの『東京都測量地質健康保険組合のマス釣り大会』のお知らせであった。評価は「何を言いたいのかわからない」、「すべてがつまらなそうに聞こえる」など酷かったと2009年4月5日の『安住紳一郎の日曜天国』のオープニングにて語っている。
  • TBSでの初出演番組は、はなまるエプロン隊をしていた『はなまるマーケット』。
  • 入社当初はスポーツアナとしてプロ野球中継を担当。その影響をうけて千葉ロッテマリーンズのファンとなった。
  • 本人は報道番組を持つことを強く希望しているが、バラエティ番組を中心に起用されている。その結果、2005年の衆議院解散総選挙の際には、アナウンス室で役員待遇のアナウンサー以外では唯一選挙特番に起用されず、『さんまのSUPERからくりTV』のロケにまわされた。
  • 2003年に放送された日曜劇場GOOD LUCK!!』ではパイロットの安住龍二郎役(本人をもじった役名)として起用され俳優デビューを果たした。その前にも2002年の冬クールに放送された『木更津キャッツアイ』最終回、同年夏クールに放送された『ぼくが地球を救う』にも出演していた(こちらの2作品には本人役で出演)。また、2006年5月~7月に放送された愛の劇場吾輩は主婦である」では、回想シーンに登場する若き日の夏目漱石を演じている[1]
  • 尊敬するTBSアナウンサーの先輩は現フリー久米宏とのこと。
  • 中学校国語科の教員免許を持っている。
  • 話しことば検定1級を持っている。
  • パパはニュースキャスター』の影響を受け、初のボーナスでテレビを11台買うほどのテレビヲタクである。
  • 鉄道マニアである[2]飛行機などにも詳しい。また、城郭マニアでもあり、『ぴったんこカン・カン』でゲスト・青木さやかをそっちのけにして、名古屋城の城郭を観光ガイドさながらの説明をして、他の観光客から拍手をされるほどであった。
  • 過去に出演していた番組の中で一番思いいれのある番組は『ジャスト』。同番組の打ち切りが決定した時は大ショックだったという。最終回では感極まって号泣。司会パートナーの三雲孝江以外の共演者ももらい泣きしていた。
  • 女優の原千晶は従妹にあたる。
  • 学生時代はメガネをかけていて、その写真をよくネタにされる。
  • 中学生の頃、中森明菜のFANクラブに入っていた。

[編集] エピソード

  • 明治大学文学部日本文学科に補欠入学。大学在学中はサークル活動などに一切参加せず、ファミリーレストランでのアルバイトに明け暮れる日々で卒業も危うく、追試で卒業できたとのこと(「ジャスト」より)。
  • 大学時代の担当教員は、国語学者の齋藤孝明治大学文学部教授)だったと情報7days ニュースキャスター(2008年10月4日)で話した。
  • 国語教師を志望し、教育実習も済ませ、就職する高校も決まっていた。しかし、結局テレビマンユニオンに就職するもたまたま見かけたアナウンサー募集のポスターがきっかけで、また教師とアナウンサーには「一対多数のコミュニケーション」という共通項があり、教師になるための勉強につながると考え、アナウンサー試験を受けることにした。記念受験のつもりで、TBS、日本テレビフジテレビテレビ朝日のアナウンサー試験を受けたが、日本テレビは書類選考で不採用。テレビ朝日は最終選考前に不採用。TBSとフジテレビは第一次を通過したが、フジテレビは諸事情で連絡が取れずに不採用となった[3]。TBSの最終選考で見事に合格を果たし、アナウンサーとしてTBSに入社することが出来た(2006年5月10日放送『ドリーム・プレス社』、小学館刊『局アナ安住紳一郎』より)。
  • 2004年に明治大学の入学式でOB代表の祝辞を述べた。その後、式場の別室にて新入生の山下智久を激励した。
  • 遅刻の常習犯であり、黒柳徹子を待たせるという大失態を起こしたことがある。生放送番組『ジャスト』放送期間中もリハーサルに頻繁に遅刻し、放送が始まってから局に到着したこともあった。
  • スピードスケートが盛んな帯広市出身ということで、スピードスケートを滑る事ができる。

[編集] 『ぴったんこカン・カン』にて

[編集] お見合い企画

  • 2005年5月31日放送分から始まったこの企画では、泉ピン子扮する泉川ピンクが仲介者となり、全国各地の独身女性と公開によるお見合いを敢行している。企画のコンセプトには「仮にTBSから独立するときは、その前に将来の伴侶を見つけて身を固めるべき」という、番組スタッフの親心とお節介が込められている。
  • 最初のお見合いは、TBSテレビの系列局が無い秋田県で行われた。お見合い相手の中には、当時秋田放送(日本テレビ系、ただしラジオはTBSラジオがキーステーションのJRNには加盟している)のアナウンサーだった伊藤綾子(現:セント・フォース所属)もいた。同局『ニュースプラス1あきた』の「みんなの空」(「ヤン坊マー坊天気予報」)をたまたま安住らが見ていて興味をもち、そのとき泉川ピンクが秋田放送にお見合いを申し込んだ。そのときに電話応対したのは松浦大悟アナウンサー(現:参議院議員)である。またこの日の模様は秋田放送でも放送された。
  • その後、日本全国各地や韓国ソウルでお見合いを敢行。関西在住の女性との縁談がまとまりかけたこともあったが、2008年11月までの時点でさしたる成果は表れていない。そのせいか、『ぴったんこ』の番組スタッフの間にあきらめムードが漂い始めているようで、最近では企画の最後に「安住の伴侶になりそうな女性は誰一人いませんでした」とオチをつけて、またあるときは『渡る世間は鬼ばかり』で泉ピン子と共演している野村昭子を乱入させるなどしており、ギャグ・コント化しつつある。
    • この件に関連して、『明石家さんちゃんねる』(2007年11月7日放送)において、明石家さんまと後輩アナウンサー・外山恵理は安住に対し、「自分のことが好き過ぎるのではないか?」と指摘している。また、さんまは「仮に結婚できても必ず失敗する」とも付け加えた。
  • 2008年4月1日放送分の駒田健吾編において、(『ぴったんこカン・カン』を)ほとんど見たことがないと発言した後輩アナウンサー・駒田に対して、「自局の番組を見ないのは何事だ!」などと激しく叱責している。

[編集] お見合い企画以外

  • 同番組でオリエンタルラジオを取材した過程で、TBSアナウンサーであるにも拘らず、「ヨシモト∞」にゲスト出演したことがある。
  • 2005年3月29日放送分の熊本ロケの際、ゲストのヒロシ熊本城の魅力を熱く語っていた。
  • 2008年2月19日放送分のロケで、中学の先輩でもある大相撲の元横綱・大乃国と初対面を果たした。
  • 2008年6月24日放送分でネットなどで燻っていたカツラ説を自ら否定。常に垂れ下がった前髪を自らたくし上げ、生え際を公開した。
  • 2009年6月19日放送分ではNHKの好意により東京・渋谷区NHK放送センター構内でロケを敢行した。当日のゲスト佐藤弘道はいだしょうこ今井ゆうぞうの3人のゆかりの場所であるNHKの食堂で収録中、安住は近くにあったテレビのチャンネルをNHK(総合テレビ?)からTBSテレビに変えたところ、NHKの職員らしき女性に「ちょっと・・・」といわれてひんしゅくを買ってしまう。TBSを代表するアナウンサーだけあって、NHKの職員たちの視線が安住に集中。番組の中で安住自身は自分のことを「変わった動物が入ってきた」と表現していた。

[編集] 『安住紳一郎の日曜天国』にて

  • 最近はテレビだけでなく、2005年春からTBSラジオで生放送番組『安住紳一郎の日曜天国』に出演している。
  • 2006年春ごろの放送で、執拗に自分の本(後述)の宣伝をして苦情を受けたことがある。更に、目標は当時フジテレビのアナウンサーだった菊間千乃の本の3万部を越えたいと言う内容を「日曜天国」番組HPの日記で語っている。その後著書の印税収入が発生したため、2007年に人生で初めて確定申告を行った、とのちの放送で語っている。
  • 2006年9月の放送で語られたネタとして、プレイステーション2の『信長の野望・嵐世記』(パワーアップキット版)に食事抜きで28時間連続プレイするまで嵌まり、ついに1587年計159時間で天下統一を達成したとする。
  • 2008年5月4日放送のオープニングトークで、本人は今の住まいに不自由なかったが、占いマニアの同僚(元秘書課)に「今年は大殺界を抜け、飛躍の年だから引越しをすべき」等々年頭から言われていたが本人は無視し続けるも、撮影現場にまで物件情報をスタッフに預けたり、終いには契約書まで送るまで至り、無理やり引越しをさせられたことを話す。その結果かどうかは不明だが、念願だった報道番組『情報7days ニュースキャスター』の司会や、さらには、他局のアナウンサーとしては25年ぶりとなるフジテレビ『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングコーナーへの出演を果たした。
  • 2008年10月5日放送のオープニングトークで『ドリーム・プレス社』を降板することを発表。その後、大竹まこと黒柳徹子との思い出エピソードを語る。
  • 2009年4月19日放送のオープニングトークで安住は先日、昨年12月から『総力報道!THE NEWS』へレポーターとしての出演を要請しているTBSテレビの報道局長との間で、どういう訳かボウリング対決を行ったと語った。対決は3ゲームの得点の合計を争うもので、結果は僅差で安住が勝利し、とりあえず4月の番組出演は無くなった。しかし後日、5月以降をかけて別の会場で第2ラウンドが開催されるという。当の安住は自分のレギュラー番組との絡みや、過去に過労で倒れた経験から『総力報道!THE NEWS』への出演には消極的。この話題の最後に安住は大胆にも『THE NEWS』について「(視聴率で)苦戦している」と発言した。

[編集] 『笑っていいとも!』テレフォンショッキングへの出演

  • 2008年11月24日放送のフジテレビ系バラエティー『笑っていいとも!』の1コーナーテレフォンショッキングで、中居正広[4]が指名した。経緯としては、中居が同じレギュラーである草彅剛香取慎吾に電話をかけたが、どちらからとも断られてしまった為[5]である。(となっているが、実際には中居が主演し、TBS制作の映画『私は貝になりたい』の宣伝のための出演である)安住は『いいとも!』からの電話に困惑した様子で「他局なのでまずいと思いますが…」と返答[6]。最後の返事も「上司に相談しないといけませんので、仮にいいとも!」としたが、当日の25日に「1回だけなら」ということで正式に出演が決定した。『いいとも!』に他局(フジサンケイグループ以外)のアナウンサーが登場するのは、1983年4月5日徳光和夫小林完吾日本テレビのアナウンサーとして出演して以来、25年半ぶりのことである。
  • トークでは、ロケに出ると自宅に帰れるのは週の半分以下で、47都道府県すべて回った上3順目になっていると述べ、出身地である帯広は「文化の何もないところ」と発言。テレビを11台持っていることも取り上げ、14型テレビを自作の枠に上下4個ずつで並べてNHK(総合・教育)、東京MX、およびすべての在京キー局5局にチャンネルを合わせている。また、100分の1アンケートでは、その「(実家も含めて)テレビを10台以上持っている人」という質問をして、見事1人を当て、景品のタモリストラップをゲットし、「赤坂(TBS)のみんなやったよ!」と歓喜を爆発させた[7]。その後、『ドリーム・プレス社』で共演していた大竹まことを紹介した。
  • その他、コーナーの冒頭に『ぴったんこカン・カン』のキャラクター・ぴったんこガエル(カエル様)が登場したが、中身は編成部長と知り観客は驚いた。安住は「フジテレビの番組作りを見学に来た」とも述べた。ちなみにカエル様はタモリに「手前ども(TBS)でもレギュラーでお願いします」とちゃっかりオファーまでしていて、なおかつCM明けには観客席に登場した[8]
  • この件に関して11月30日放送のラジオ『安住紳一郎の日曜天国』において、「TBS側から6人の上司が(スタジオアルタの)狭い楽屋に訪れて、フジテレビ側の役員たちも待ち受けており、食べ物のない立食パーティーのような雰囲気だった」と解説していた。番組中たまたま『笑っていいとも増刊号』で出演時のVTRが流されたときは「只今フジテレビに私が出ております。チャンネルを変えてみてください」と言った。
  • なお、後輩アナウンサーの小林麻耶(自身もTBS在籍時にフジテレビの番組に出演した経験がある)は11月29日放送の『チャンネル☆ロック!』において、TBSのアナウンス部内では当日の『いいとも!』を見ていた人が多かったこと、また、フジテレビのアナウンス部でも同番組を見ていた人が多数いたことを語っていた。

[編集] 現在の出演番組

[編集] テレビ

[編集] ラジオ

[編集] 年末年始特番

[編集] 過去の出演番組

[編集] 著書

[編集] 脚注

  1. ^ 『GOOD LUCK!!』に関しては、安住を執拗にバラエティー起用している阿部龍二郎への皮肉とも取れるのだが、その後のTBSのドラマでは木村郁美小林麻耶(当時)・升田尚宏らがレギュラー出演した経験があるほか、藤森祥平青木裕子ら他のアナウンサーたちも、ドラマの中でチョイ役で登場することがしばしばある。
  2. ^ TBSアナウンサーで鉄道マニアであるのはOBの吉村光夫以来である
  3. ^ 留守番電話をもらった当日は夜に帰宅していたため連絡が取れず、翌朝すぐに電話したが断られた。
  4. ^ 指名したのは女優で映画『私は貝になりたい』の共演者である仲間由紀恵
  5. ^ 草彅は自身の看板番組である『「ぷっ」すま』の収録のため「ダメとも」と断られ、香取はその日(月曜日)当番組のレギュラーであったことからMCであるタモリから拒否された。因みに草彅・香取に電話をかけたのは中居本人で、安住のみ当事テレフォンアナウンサーを務めていた宮瀬茉祐子が連絡を取った。
  6. ^ その際ゲストの中居は、「時間無いからもう『いいとも』だよ。これ。」と囃し立てた。
  7. ^ 後の大竹まこと光浦靖子清水ミチコは100人中1人を当て、その週は中居以外全員ストラップをゲットしている。
  8. ^ TBS系列においてタモリが出演していた番組は、2008年11月の時点で毎日放送制作の『タモリのグッジョブ!胸張ってこの仕事』(2002年10月8日~2003年3月11日)が最後である。

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