楠田枝里子

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くすた えりこ
楠田 枝里子
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 三重県伊勢市
生年月日 1952年1月12日(62歳)
最終学歴 東京理科大学理学部第一部応用化学科
職歴 日本テレビアナウンサー
活動期間 1974年 -
ジャンル 音楽バラエティ
公式サイト Eriko Kusuta's World
出演番組・活動
過去 おしゃれ
なるほど!ザ・ワールド
FNS歌謡祭
24時間テレビ 「愛は地球を救う」
世界まる見え!テレビ特捜部』など

楠田 枝里子くすた[1] えりこ1952年1月12日 - )は、日本フリーアナウンサータレント司会者エッセイスト翻訳家サイエンスライター。身長175cm

来歴・人物[編集]

三重県伊勢市出身。伊勢市立厚生小学校、伊勢市立厚生中学校三重県立伊勢高等学校東京理科大学理学部第一部応用化学科を卒業し、1974年日本テレビアナウンサーとして入社。同期には松永二三男小池裕美子がいる。

1981年秋に退社し、フリーアナウンサーエッセイストに転身。『なるほど!ザ・ワールド』『世界まる見え!テレビ特捜部』などの海外情報系番組を多く担当した。日本テレビ『金曜娯楽館』とフジテレビの年末大型イベント『FNS歌謡祭』においては、芳村真理の後任として抜擢された。科学エッセイなどでも楠田ならではの持ち味を発揮し、ドゥーガル・ディクソン著『新恐竜』(旧版)などの翻訳を手がけるなど、幅広いメディアで活動する。

消しゴムのコレクションが趣味であり、実用性を問わず国内外からありとあらゆる形状の消しゴムを収集している。

チョコレート好きとしても知られ、カカオ分を多く含んだチョコレートを常にストック・携帯している。2004年に著書『チョコレート・ダイエット』(幻冬舎刊)を発表したことが縁で、2006年3月から2007年10月頃まで明治製菓「チョコレート効果」のCMに出演した。

ナスカの地上絵の保護運動に熱心であることでも知られ、マリア・ライヒェを現地に何度か尋ね、日本マリア・ライヒェ基金の代表を務める。

1988年、ドイツのバレエダンサーで振付師のピナ・バウシュの舞台を初めて観て以来、その熱烈な「追っかけファン」となり、本人と親交も持った。2003年には『ピナ・バウシュ中毒』(河出書房新社刊)という著書も上梓している。

デビュー当初から1991年頃までは、おかっぱ頭の髪型がトレードマークであったが、1992年頃から徐々に帽子を被ったり他の髪型にすることも増えていき、2000年頃からおかっぱ頭の髪型には全くしなくなった。なお、このおかっぱの髪はカツラであり、地毛はパーマの掛かったかなり短めのショートヘアーである。

2009年1990年の番組開始から19年間司会を務めた『世界まる見え!テレビ特捜部』を降板。番組プロデューサーに「若返りを図りたい」と言われたことが降板理由であることを自身のブログで明かした[2]

エピソード[編集]

  • アナウンサーとなって初めてのテレビ出演は、生放送番組での30秒生CMで、1週間前から原稿を読み返すなど万全の体制で挑む。だが本番が始まると緊張からか黙り込んでしまい、スタッフも騒然とする中、発した言葉は終了直前に呟いた「ごめんなさい」であった。またニュース番組のキャスターをやった際、喉を痛めて咳が出る状態で出演。ニュースを読んでからマイクのボリュームを下げて咳をするつもりがボリュームの操作を間違え、ニュースを読む時にボリュームを下げて咳をする時にボリュームを上げてしまう。そのため、テレビではニュースは聞こえず楠田の咳だけが響いた。この様なことが重なり、書いた始末書の数も多く、始末書の多いアナウンサーとなった。
  • 楠田の消しゴムコレクションは、窓に紫外線をカットするフィルムを張るなどした別室に保管、ジャンル別に立てて飾られており、地震が来た際は並べ直す。また劣化が進むという理由で、人が消しゴムに触るのを嫌う。
  • 漫画まじかる☆タルるートくん』では、東野小女子バレー部の選手として、楠田をモデルにした楠田三姉妹というおかっぱ頭で長身の3姉妹のキャラクターが登場している。ちなみに、その姉妹の中の一人の名前は「枝里子」である。
  • 漫画『いとしのエリー』の登場人物「串田枝里子」はこの楠田枝里子をモデルにしている。

主な出演[編集]

テレビ番組[編集]

司会者として[編集]

司会者以外[編集]

ラジオ番組[編集]

映画[編集]

CM[編集]

著作[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]