バナナマン

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バナナマン
BANANAMAN
メンバー 設楽統
日村勇紀
結成年 1993年
事務所 ホリプロコム
活動時期 1994年 -
出身 ライブハウス『ラ・ママ
影響 とんねるず ダウンタウン
出会い 西秋元喜の紹介
旧コンビ名 設楽日村
現在の活動状況 テレビ・ライブラジオなど
芸種 コント
ネタ作成者 設楽統
現在の代表番組 バナナマンのバナナムーンGOLD
バナナ塾
乃木坂って、どこ?など
過去の代表番組 バナナ炎
バナナマンの神アプリ@など
同期 アンジャッシュ
ロンドンブーツ1号2号
ペナルティなど
公式サイト 公式プロフィール
受賞歴
2008年 キングオブコント2位
2009年 第4回勝手にバナナ大賞[1]
2010年 第5回勝手にバナナ大賞(2年連続受賞により殿堂入り)[2]
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バナナマンBANANAMAN)は、設楽統日村勇紀による日本のお笑いコンビ1993年に結成。所属事務所ホリプロコム

メンバー[編集]

身長 175cm

身長 170cm

来歴[編集]

1993年10月、2人の共通の知人であり、『東京フレンドパークII』に従業員として出演していた西秋元喜の呼びかけにより、日村・設楽と西秋の元相方を含めた4人グループを結成したのが2人の出会いのきっかけ。当時、日村は高校の同級生と組んでいたコンビ『陸上部』(放送作家の植竹公和が命名)を一方的に相方から解散させられ、ピン芸人としての活動も殆どすることなく、新しい相方を探している状況だった。一方の設楽は、渡辺正行の運転手をしながら相方を探していた。そんな2人に西秋から声がかかったわけである。西秋の名前は、今でも『バナナマンのキューピット』『バナナマンの恩人』として、2人の話に挙がることがある。

4人時代はアルタの裏で待ち合わせとしていた。ところが設楽は、そのグループの2回目の稽古で、西秋とその相方がつまらないことに気付く。その日、日村の家に寄った設楽はそこで「(2人を)切るか」と話し、その翌日に西秋を呼んで脱退の意思を伝えた。これが事実上バナナマン結成の瞬間である。結成の夜、設楽の家に泊まることになった日村は、一度消えた部屋のあかりを再びつけ、何を言い出すのかと思いきや、「オレたち、これから凄いことになるぜ」と、真顔で話し、設楽は突然の告白に戸惑いを隠せなかったという。結成当初、事務所は日村が所属していた事務所で2人と縁のある渡辺正行の個人事務所なべやに所属。1994年2月、「設楽日村」の名でラ・ママ新人コント大会でデビューした(ネタは「パピヨン病」)[3]。同年春、バナナマンと命名、OFF・OFFシアターにて初単独ライブ『処女』を開催。当時、単独ライブをやる芸人は珍しかった[4]。その後、設楽の提案でコンビ名を「バナナ」とした。由来はひと昔前のアメリカにおける日本人の俗称「バナナ」(外は黄色「黄色人種」だが一皮剝けば白「白人(みたいな振る舞いをする)」であるという意味)を聞いたことがあったというところからである[5]。そのとき設楽が考えていたコンビ名として「赤いライオン」「ライオンジャック」「ライオンズ」など、「ライオン」とつく名前が多かった中にバナナマンという名前があった。日村はコンビ名を提案されたとき「バナナマンと(いう名前)だけ太字で書いてあったから、この人もう(バナナマンに)決めてるんだなぁと思った」らしい[6]。当時、『タモリのボキャブラ天国』全盛期だったが、出演はしていなかった[7]

1999年、ラフォーレミュージアム原宿でYOUとのユニット「FULL CHAMPION STYLES」を決行。2000年ラーメンズとのユニット「genico」を決行。

2000年12月にスタートした宝島の地図シリーズには全シリーズに出演していた(ただしレギュラー扱いは第6弾までで、第7弾・第8弾はゲスト出演)。また、第6弾のニセ宝島の地図では「ニセバナナマン」に扮して漫才手品など普段やらないネタを披露していた。2001年には『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』で行われた「ウリナリ解散総選挙」に立候補するも予備選で落選したためレギュラー獲得はならなかった。

2003年『内村プロデュース』(テレビ朝日系)の若手芸人との対決コーナーにおぎやはぎ劇団ひとりと共に若手の一員として出演し、以降番組に不定期に出演。知名度を上げる。

2005年に『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』(テレビ朝日系)の企画「コンビ解散ドッキリ」に出演。この番組を見ていた他局のプロデューサー数人から声がかかり、ネタ番組以外の番組に出演するきっかけの1つとなった[8]

2007年元日放送の第20回『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』で日村はカンニング竹山と共に初優勝した。同年1月31日TBSで放送された特番『激突グルメ芸人料理王決定戦2007ウマイド美食祭り!』では設楽が見事初代料理王に。100万円を手にする(賞金は日村と折半した)。同年3月18日中京テレビで放送された番組『ウルダン』にて見事3代目チャンピオンに輝き、金のアタッシュケースを手に入れた。

2007年3月、タバコの不始末が原因で設楽の自宅が火災に見舞われ、火災発生の6時間後に収録された『ザ・イロモネア5』で詳細を話したが、当初スタジオは引き気味であった。しかし、その後火災ネタ(「モノボケ」にて跳び箱を持った設楽が「これ(焼けた)テーブルの代わりに使えるなあ」)で笑いを取り、最後のチャレンジである喋りNGの「サイレント」において、火災でドロドロに溶けた携帯電話を取り出して全員を笑わせ、見事100万円を獲得した。

2007年には二人揃ってスカイダイビングを「ミラクル☆シェイプ」の中で披露した。体験談はこれまでに「業界クイズ ミニキテ!」や「奇跡体験!アンビリバボー」等の中で数回語っている。

2008年10月に行われたキングオブコント2008においては、最高得点を獲得し決勝戦まで勝ち進んだが、決勝戦ではバッファロー吾郎に敗れた。なお、翌年の2009年度以降の大会には参戦していない。不参加の理由については『バナナマンのバナナムーン』において「4分という短い時間で使うことのできるネタがないため」と述べている。ちなみに彼らが1回戦で叩き出した得点率「96.4%[9]」は2012年第5回大会までは破られていなかった[10]

2009年8月、バナナの地位向上に貢献したとして日本バナナ輸入組合主催の第4回「勝手にバナナ大賞」を受賞。コンビとしては初戴冠である[1]。翌2010年も受賞し、殿堂入りした[2]

2012年、日村主演のドラマ『イロドリヒムラ』の第10話(最終回)を、設楽が監督、バナナマンと関係の深い放送作家オークラが脚本を務める[11]

2013年3月29日-31日、結成20周年を記念し、同じく結成10周年である東京03とユニットhand made worksを結成し、コントライブ『hand made works live』を俳優座劇場にて開催[12]

特徴[編集]

大ブレイクする事はないが、一定の人気を保って長年続けている事から「低空飛行芸人」を自称していた[13]

コンビ仲がよく、互いの誕生日に一番近いラジオの本番中にプレゼントを贈りあったり、ラジオで日村が設楽に相談したりすることがある。設楽は2009年9月29日放送のバナナ炎にて「(自分たちのように)ずっと仲いいって滅多にない」と述べている。設楽曰く「自分の奥さんの誕生日プレゼントより、日村さんのプレゼントのほうがいいのあげてる」という。[14]また設楽は「戦っていかないといけない相手が周りにたくさんいるのに、コンビ間で揉めてるわけにもいかない」と話してる。 アンジャッシュ児嶋一哉ハリセンボン近藤春菜さまぁ~ず三村マサカズ[15]おぎやはぎ[16]、バナナマンが仲がいいといった旨の発言をしている。

互いを「さん」づけで呼んでいるが、番組中等での第三者に対して相方への呼称は呼び捨てであることが多い。

自身の番組であるバナナ炎やバナナムーンGOLDにおいて、何か問題が起こるとビンタで決着をつけるのがお決まりである。ビンタは主に設楽が行い、逆に設楽がビンタされるということは稀。実際は番組内だけではなく、昔からプライベートでもビンタをすることが多いという[17]

2人とも、プロ野球は埼玉西武ライオンズのファン。元々は設楽が埼玉県出身であることからファンになり、日村も影響を受けてライオンズを応援している。

交友関係[編集]

おぎやはぎとは若手時代から公私に渡って親交があり、ユニット(後述)を組んでライブをしたり、『epoch TV square』や、『ゴッドタン』(おぎやはぎはレギュラーでバナナマンは準レギュラー)など数々のテレビ・ラジオ番組で共演している。矢作兼とはライオンズファンという共通点もある。また、おぎやはぎと『ゴッドタン』で共演している劇団ひとりとの交友も深い。

結成初期からラーメンズとも親交があり、一度お互いユニットを組んでライブを行ったことがある。さらにこれにおぎやはぎが加わって、この三組で結成した「君の席」というユニットも存在する。(後述)

構成作家オークラとも若手時代から公私共に親交がある。オークラは様々なお笑いコンビのライブを手がけているが、特にバナナマンとは関係が深いことから「3人目のバナナマン」といわれる。2人は若手時代からお笑いに関する情報をオークラから教えてもらっており、おぎやはぎやラーメンズの存在を知ったのもオークラの情報からである[4]

星野源とはアキハバラ@DEEPで共演してから交友があり、単独ライブの音楽を星野源の所属するバンドSAKEROCKに依頼している。

バカリズムはまだ売れていない頃、日村の家に一時期同居していたことがある。また、バナナマンの二人はバカリズムの事を(バカリズムの)本名の「英知」から取って、「ヒデ」と呼んでいる。

このほか、「スネークマンショー」の生みの親である桑原茂一とも親交がある。桑原が代表を務めるクラブキングでコント音源の製作やDVDの共同製作をしたこともある。

ユニット[編集]

2013年時点で結成20周年を迎え、今なお毎年欠かさず単独ライブを行う実力派コンビであるが、他の芸人たちとユニットを組んでライブを行うことも多い。

genico

ラーメンズとのユニットであり、2000年10月3日 - 4日に行われた1st live「Setagaya genico」にて二日間のみ結成された。現在ラーメンズは舞台を、バナナマンはテレビを中心に活動しているため、今となっては大変貴重な組み合わせである。尚、「Setagaya genico」は後にVHS盤で発売された(その後廃盤)もののDVD化はされていないため、2013年現在は視聴することが極めて難しい状況である。(但し、一部の動画サイトなどにはライブのコント映像がいくつかアップされているため、必ずしも100%視聴が困難な訳ではない。)

ライブで披露したコント:家族保険、変態、電源係、テニス、しりとり、ピエロ、など。

宇田川フリーコースターズ

おぎやはぎとのユニットであり、2001年頃に結成。ライブ活動が主であり、いくつものライブを開催している。2009年9月にはエイベックスよりミニアルバム「みなさんのうた」を発売し、歌手デビューも果たした。(その他の詳細は宇田川フリーコースターズの項を参照。)

君の席

おぎやはぎラーメンズとのユニットである。先述に書いてある通り、バナナマンはこの二組とは既にそれぞれ別にユニットを組んでいる仲であった。genico同様、現在ラーメンズは舞台、おぎやはぎ・バナナマンはテレビと、活動の場所が違うため大変貴重な組み合わせである。(その他の詳細は君の席の項を参照。)

hand made works

東京03とのユニット。バナナマン結成20周年・東京03結成10周年を記念して結成された。2013年3月29日-31日、コントライブ『hand made works live』を俳優座劇場にて開催した。

芸風[編集]

結成からどちらがボケ・ツッコミなのかはあまり決めていない。番組などでの便宜上分けなければいけないときは、設楽がボケ、日村がツッコミとしている。このため、互いにボケもツッコミもできる芸人である。

「即興コントの達人」[18]と呼ばれるほど即興コント(ミニコントとも呼ばれる)が得意であり、「バナナ炎」でも頻繁に見ることができる。

舞台コントを原点と考えており、毎年夏に行う単独ライブは恒例となっている。ボケ、ツッコミがはっきりしていない演劇のようなコントが特徴。ライブでは10分〜30分超のコントを主に行うが、あまりネタの時間が取れないテレビでは、4、5分ほどのコントや、オリジナルのショートコント、日村の合いの手で進行する単発ネタを披露する場合が多い。

週何本ものレギュラー番組を持っているにも関わらず単独ライブを続ける理由について「ライブ自体には利益も少ないが『テレビに出るようになってライブをやらなくなった』と言われ出すのが嫌だから」「ライブはつらいけど、終わってみると楽しいと思えるから」などと述べている。

漫才はライブなどでもほとんど行ったことはないが、M-1グランプリにはラストイヤーである2003年大会には参加しようとしていた。しかしエントリーする旨をマネージャーに伝えたところ、冗談だと思われ本気にされず結果不参加という形となった[19]

結成当初は日村が「芸歴も年齢も自分が上だから」とネタ作りを引き受けたが、設楽は日村の書くネタをあまり面白いと感じなかったため、設楽も書くようになった。結成して1ヶ月も経つと、日村はネタ作りを完全に設楽に任せるようになった[4]

コントはたびたび「シュール」と形容されるが、本人達は『自分達はシュールではない。シュール(な笑い)ってもっとわけの分からないものだと思う』と語っている[20]。現在でこそ日村が行っている子供の頃の貴乃花の物真似やおネエキャラ・ブサイクキャラ、並びに設楽が朝の情報番組(ノンストップ!)で司会を務めていることなどで明るい芸風と思われがちだが、結成当初は単独ライブなどではシリアスでブラックなコントを披露することが多く、日村の容姿がコント内でいじられる事も殆ど無かった。また当時は人間の黒い部分(騙す・陥れる[21])を全面的に押し出したネタが数多く存在し、時には(コント内で)人物が死んでしまう、(DVD収録の際に)台詞にピー音(放送禁止用語)が入ってしまう[22]、後味の悪いまま終了してしまう[23]、というネタも多く見られた。赤えんぴつ(後述)のネタでもやり始めた当初は歌詞の中に過激な表現が頻繁に出てきており(『原爆[24]』というフレーズや『リストカットを匂わす表現[25]』など。)、狂気じみた曲を披露する事が多かった。しかし、2000年代半ばからテレビなどの露出が増え始めると同時にブラックなネタは影を潜め、単独ライブなどでも次第に行われなくなっていった。その代わりにコント内では日村のブサイクキャラ・おネエ(女性)キャラが強調されるようになり、ネタも明るい内容のものが多くなった。赤えんぴつでも過激な表現が使われるような曲は殆ど披露されなくなった。

単独ライブの練習は最終的には2人で合わせるが、基本的にはバナナマン2人で練習せず、互いに手伝いで来ている若手やスタッフに相手のパートを演じてもらっている。その理由について「設楽日村で練習すると、本気になってしまって練習で疲れちゃうから」と述べている[26]

スライドボーイズ

1995年11月に行われたOFF・OFFシアターのライブで誕生した[3]、コントのキャラクター(設定)の一つで、「古くさい邦楽を歌う」というコンセプトを元につくられた。単独ライブで演じられた回数は少ないが、スライドボーイズ名義で「東京ひとりぼっち」をシングルCDで発売している。

赤えんぴつ

多くのライブで披露されているフォークデュオである。最初は客を笑わす目的で歌っていたが、今は本気で歌っているという。基本的には設楽が作詞を担当し、楽曲は2人で制作している[4]。テレビ番組では「内村プロデュース」や「ゴッドタン」などで披露している。ライブ会場でCDを販売している(以前はカセットテープだった)。DVD-BOXの花鳥風月では、過去の赤えんぴつの歌唱シーンを集めたものを特典DVDとしている。

一人二役ネタ

バナナマンは主に単独ライブで時折、設楽・日村がそれぞれ一人で二つの役を演じる『四人芝居ネタ』というものを披露することがある。これはその名の通り、設楽・日村がそれぞれ一人で別の役を演じながらストーリーを展開していくというものである。このネタはお互いがそれぞれしっかりと別の役柄を演じなければならないため決して容易な事ではなく、舞台コントを原点としているバナナマンだからこそ出来る一つの手法であると言える。テレビなどで行われる事は殆ど無く、主にライブで行われる。特徴として、基本的にこの設定で行われるネタの内容は男女間の恋愛事情を映し出しているものが多く、且つネタの最後が感動的な結末で終わるものが多いことが挙げられる[27]。尚、設楽・日村が二役を演じる際、かなりの確率で日村が女性の役を演じることが多いが、稀に設楽も女性の役を演じることがある[28]。また、2012年に行われた単独ライブでは設楽が一人二役、日村が一人三役もの役を演じるコントを披露した。更にその中でこれまでのコントでは見せなかった数々の仕掛けを行い、観客を魅了した。[29]

「日村は○○することができるか?」シリーズ

バナナマンの単独ライブではコントだけでなく、毎回コントの合間に幕間映像を披露しているが、その幕間映像の中でもほぼ恒例化しているのがこのシリーズである。題名の通り、日村が常日頃疑問に思うこと・純粋にやってみたいことに挑戦してみるという企画である。この映像はまず設楽・日村がカメラに向かって並んで座っている所からはじまり、すかさず日村が「俺ちょっとやってみたい(気になる)ことがあってさぁ...。」と設楽に語りかけて本編がスタートするのがお約束になっている。その内容は「コーラを2秒で飲む[30]」「爆発する前に花火の導火線を切る[31]」「(肘以外で)体の色々な部位をクリップで挟んで痛くない所を探す。[32]」など、徹底して日村が体を張って検証する内容になっている[33]。大抵は日村が設楽に持ち掛けるが、稀に設楽が仕掛けたり[34]、設楽と二人で持ち掛けて挑戦することもある[35]

出演[編集]

コンビでの出演番組を記載。単独での出演は設楽統日村勇紀を参照。

レギュラー
準レギュラー
不定期出演


ラジオ

過去[編集]

作品[編集]

単独ライブ[編集]

BANANAMAN LIVE[編集]

単独ライブは主に東京公演が多いが、2003年の『Sugar Spot』と2004年の『Elephant pure』の際には全国で公演が行われた。尚、2005年以降のライブは全て俳優座劇場で行われている。全国公演での主な開催場所の詳細は「全国公演」の項を参照。

『日本人は人に物を頼むとき土下座をすると聞いたのだが。』と『最少年公演記録樹立』以外のライブは全て映像化され発売されている。(ただし、『人間番号』と『RADIO DANCE』はVHSのみの発売。『激ミルク』以降のライブは全てDVDで発売されている。また、『処女』も当初はVHSのみの発売だったが、2006年2月24日に『処女&サルマンとバカジュリエット SPECIAL EDITION』としてDVDで発売された。)

『Spicy Flower』~『wonder moon』は花鳥風月四部作として、『DIAMOND SNAP』~『TURQUOISE MANIA』までは設楽(ダイヤモンド)、日村(エメラルド)、オークラ(ターコイズ)の誕生石に因んでライブの題名がつけられた。

  • 『処女』(OFF・OFFシアター[4]、1994年)
  • 『日本人は人に物を頼むとき土下座をすると聞いたのだが。』(渋谷ジァン・ジァン、1997年12月4日)
  • 『処女 SHORT SLEEP』(1998年)
  • 『最少年公演記録樹立』(渋谷ジァン・ジァン[3]、1999年)

BANANAMAN 傑作選 LIVE[編集]

2006年から2010年にかけて2年おきに行われた、過去にライブで披露したコントの文字通り「傑作選」ライブ。「Punch」「Kick」「Chop」と三部作構成になっており、2010年7月にはこの三部作をまとめたDVDも発売された。「傑作選」ライブと銘打っているが、DVDに初めて収録されるネタ(いわゆる公式の単独ライブでは披露されてこなかったネタ)も各回に存在する。基本的にはオリジナルのネタに忠実に沿って再演しているが、一部オリジナルとは微妙に違う部分も多々見受けられる。

「Kick」が開催される際には、公式ホームページからファンに「バナナマンのもう一度見たいネタ」を募集し、そのファンのリクエストを参考に各時期のライブにおける代表作を厳選した。

『ペポカボチャ』から選出されたコントが圧倒的に多い。また、『激ミルク』からは一つも選ばれていない。

主な開催場所の詳細は「全国公演」の項を参照。

全国公演[編集]

関連項目[編集]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ a b オリコン. “バナナマンがコンビ初戴冠、バナナの地位向上に貢献し『勝手にバナナ大賞』を受賞”. 2009年8月7日閲覧。
  2. ^ a b お笑いナタリー (2010年8月5日). “バナナマン「勝手にバナナ大賞」連続受賞で殿堂入り”. 2010年8月6日閲覧。
  3. ^ a b c ポニーキャニオン. “東京ひとりぼっち スライドボーイズ(バナナマン)”. 2008年4月10日閲覧。
  4. ^ a b c d e 「お笑いTYPHOON!JAPAN vol.11」(エンターブレイン)46 - 49頁、「僕に踏まれた街」より
  5. ^ 2010年3月12日放送回『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ)のコーナー「テレフォンショッキング」で発言
  6. ^ 2008年7月8日配信バナナマンのバナナムーンPodcastより
  7. ^ CAREE.zine. “天才コント職人バナナマン、16年目の今だから語れるいろんな話 - 2”. 2008年4月12日閲覧。
  8. ^ 「ブームを生むテレビ番組 PART②タレント・俳優編 仕事が増えた番組▼バナナマンの場合『Qさま!!』でオファーが増えた理由」、『日経エンタテインメント!』第12巻第4号、日経BP社、2008年3月、 pp.63。
  9. ^ 500点満点中482点を記録した。
  10. ^ しかし、第2回以降は1000点満点となったため、単純比較はできない。
  11. ^ 2012年10月26日配信バナナマンのバナナムーンGOLD Podcast
  12. ^ 2012年12月14日配信「バナナマンのバナナムーンGOLD」Podcast
  13. ^ 2007年12月28日放送「爆笑問題の検索ちゃん」(テレビ朝日[出典無効]
  14. ^ 2012年5月14日配信金曜JUNKバナナマンのバナナムーンGOLDPodcast
  15. ^ バナナマンのバナナムーンGold
  16. ^ Quick Japan Vol.94
  17. ^ 2011年5月2日配信「バナナマンのバナナムーンGOLD」Podcast
  18. ^ QuickJapan vol.96 「バナナマンへの証言」
  19. ^ 2009年5月18日配信「バナナマンのバナナムーンポッドキャスト
  20. ^ 2008年2月25日放送「バナナマンのバナナムーンポッドキャスト
  21. ^ DVD『private stock』収録ネタ『ウソ』など。
  22. ^ DVD『処女&サルマンとバカジュリエット SPECIAL EDITION 』収録ネタ『修学旅行』など。
  23. ^ 代表的な例に『ルスデン』(DVD『private stock』収録ネタ)がある。
  24. ^ DVD『ペポカボチャ』収録ネタ『赤えんぴつ』内で披露された曲『ドロドロ』より。また、2004年にテレビ朝日で放送された『バナナマンの〜日本のような国〜』に出演した際もこの曲を披露したが、当然『原爆』の部分はピー音で消されていた。
  25. ^ DVD『激ミルク』収録ネタ『赤えんぴつ』内で披露された曲『苺みるく』より。
  26. ^ 2009年8月10日配信「バナナマンのバナナムーンポッドキャスト
  27. ^ 例外として、『HOSPITAL』(DVD『private stock』収録ネタ)があり、こちらはブラック的な要素がかなり色濃く出ているネタになっている。
  28. ^ DVD『wonder moon』収録ネタ『swear to the moon in Hawaii』など。
  29. ^ 詳細はDVD『TURQUOISE MANIA』収録ネタ『喫茶TurQuoise』を確認のこと。
  30. ^ DVD『wonder moon』収録。さらにこの派生版として、DVD『TURQUOISE MANIA』には「日村は炭酸水を2秒で飲めるか?」が収録されている。
  31. ^ DVD『DIAMOND SNAP』収録。
  32. ^ DVD『疾風の乱痴気』収録。
  33. ^ 「スタンガン~3つの検証~」(DVD『Spicy Flower』収録)など、稀にではあるが設楽も体を張ることがある。
  34. ^ DVD『TURQUOISE MANIA』収録「日村は車いすと答えることができるか?」
  35. ^ 「スタンガン~3つの検証~」(DVD『Spicy Flower』収録)など
  36. ^ 通常版には未収録だが、『bananaman live Sugar Spot with Summer Holiday"バナナマンの夏休み"』の特典DVDのみに収録されている。
  37. ^ 『bananaman live Sugar Spot with Summer Holiday"バナナマンの夏休み"』の特典DVDのみに収録。
  38. ^ 公演初日の2日のみ、披露された。
  39. ^ 『爆笑オンエアバトル』に初挑戦した際に披露したネタでもある。(結果は221KBでオフエア。)
  40. ^ キングオブコント2008』の最終決戦で披露した際の衣装に近くなっている。

外部リンク[編集]