バナナマン

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バナナマンは、日村勇紀設楽統による日本のお笑いコンビ1994年に結成。所属事務所ホリプロコム

目次

[編集] メンバー

設楽 統(したら おさむ、1973年4月23日 - )
日村 勇紀(ひむら ゆうき、1972年5月14日 - )

[編集] 来歴

二人の共通の知人であり、現在は『東京フレンドパークII』に従業員として出演している西秋元喜の呼びかけにより、日村・設楽と西秋の元相方を含めた四人グループを結成したのが二人の出会いのきっかけ。

当時、日村は高校の同級生と組んでいたコンビ『陸上部』を一方的に相方から解散させられ、ピン芸人としての活動も殆どすることなく、新しい相方を探している状況だった。一方の設楽は、渡辺正行の付き人をしながら相方を探しており、そんな二人に西秋から声がかかったわけである。西秋の名前は、今でも『バナナマンのキューピット』『バナナマンの恩人』として、二人の話に挙がることがある。

ところが設楽は、そのグループの二回目の稽古で、西秋とその相方がつまらないことに気付く。その日、日村の家に寄った設楽はそこで「(二人を)切るか」と話し、その翌日に西秋を呼んで脱退の意思を伝えた。これがバナナマン結成の瞬間である。1994年2月ラ・ママでデビュー(ネタは「パピヨン病」)[1]。同年、OFF・OFFシアターにて初単独ライブ『処女』を開催。当時、単独ライブをやる芸人は珍しかった[2]

1999年、ラフォーレミュージアム原宿でYOUとのユニット「FULL CHAMPION STYLES」を決行。

2000年ラーメンズとのユニット「genico」を決行。

虎の門』(テレビ朝日系)の企画「話術王決定戦」において、日村が第2回、設楽が第3回の優勝者となった。

2000年12月にスタートした宝島の地図シリーズには全シリーズに出演していた(ただしレギュラー扱いは第6弾までで、第7弾・第8弾はゲスト出演)。また、第6弾のニセ宝島の地図では「ニセバナナマン」に扮して漫才手品など普段やらないネタを披露していた。

2005年に「クイズプレゼンバラエティー Qさま!!」(テレビ朝日系)の企画『コンビ解散ドッキリ』に出演。この番組を見ていた他局のプロデューサー数人から声がかかり、ネタ番組以外の番組に出演するきっかけの1つとなった[3]

2007年元日放送の第20回「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」で日村はカンニング竹山隆範と共に初優勝した。

2007年1月31日TBSで放送された特番「激突グルメ芸人料理王決定戦2007ウマイド美食祭り!」では設楽が見事初代料理王に。100万円を手にする(賞金は日村と折半した)。

2007年3月18日中京テレビで放送された番組「ウルダン」にて見事3代目チャンピオンに輝き、金のアタッシュケースを手に入れた。

2007年3月、タバコの不始末が原因で設楽の自宅が火災に見舞われ、火災発生の6時間後に収録された「ザ・イロモネア5」で詳細を話したが、当初スタジオは引き気味であった。しかし、その後火災ネタで笑いを取り、最後のチャレンジである喋りNGの「サイレント」において、火災でドロドロに溶けた携帯電話を取り出して全員を笑わせ、見事100万円を獲得した。

2005年頃からネタ番組以外の出演が増え始め、2007年はおぎやはぎの矢作がいう「プチブレイク」状態となった。

若手時代から土曜ワイド劇場への端役での出演が多い。端役とはいえ主人公に関わる役どころや刑事、犯人など印象的な役が多く、演技力を評価されての起用と受け取れる。

[編集] 特徴

コンビ名はアメリカでの日本人の蔑称「バナナ」(外は黄色「黄色人種」だが中身は白「白人」であるという意味)+ラジオ番組スネークマンショー』の「マン」から設楽が命名。ちなみに「スネークマンショー」の生みの親である桑原茂一とも親交があり、彼が代表を務めるクラブキングでコント音源を製作やDVDの共同製作をしていたりする。

結成当初は日村が芸歴も年齢も自分が上だからとネタ作りを引き受けたが、設楽は日村の書くネタをあまり面白いと感じていなかった様で次第に設楽が書き始め、結成1ヶ月で日村はネタ作りを設楽に任せるようになった。[2]

ラ・ママ出身の芸人で、「ラ・ママで育ったから小さい会場が好きなのかも知れない」と語っている[2]

ブレークする事はないが、一定の人気を保って長年続けている事から「低空飛行芸人」を自称する。[4]

月曜日の「笑っていいとも」へのゲスト出演が多い。放送終了後へも飛び入り参加したことがある。その際、月曜レギュラーである香取慎吾のことを「王子」と呼んだ。これらは香取慎吾の特上!天声慎吾の影響だろうという意見が多い。

[編集] 交友関係

プロダクション人力舎所属のコンビ・おぎやはぎとは若手時代から公私に渡って親交があり、宇田川フリーコースターズというユニットを組んでライブをしたり、『epoch TV square』など数々のテレビ・ラジオ番組で共演している。

作家のオークラとも若手時代から親交がある。オークラは様々なお笑いコンビのライブを手がけているが、特にバナナマンとは関係が深く、「3人目のバナナマン」といわれる。若手時代からお笑いに関する情報をオークラから教えてもらっており、おぎやはぎやラーメンズの存在を知ったのもオークラの情報からである[2]

[編集] 芸風

一般的には、日村が行う「子供の頃の貴乃花」のモノマネが有名。

舞台コントを原点と考えており、毎年夏に行う単独ライブは恒例となっている。ライブでは10分~30分超のコントを主に行うが、あまりネタの時間が取れないテレビでは、オリジナルのショートコントを披露する場合が多い。このことから、バナナマンをテレビでしか見たことのない人は、日村がボケであると思ったり、モノマネとショートコントが本業のコンビだと勘違いすることがある。実際に、ある番組で日村がツッコミをする本来のスタイルが斬新だと紹介された。

独特な設定のコントが多い。その演技力は業界内外から評価が高く、よく劇団出身者と間違われるという[2]おぎやはぎ矢作は、バナナマンを「アジア一のコント師」と評している。

[編集] スライドボーイズ

1995年11月に行われたOFF・OFFシアターのライブで誕生した[1]、コントのキャラクター(設定)の一つで、「古くさい邦楽を歌う」というコンセプトを元につくられた。単独ライブで演じられた回数は少ないが、スライドボーイズ名義で「東京ひとりぼっち」をシングルCDで発売している。

[編集] 赤えんぴつ

多くのライブで披露されているフォークデュオである。最初は客を笑わす目的で歌っていたが、今は本気で歌っているという。基本的には設楽が作詞を担当し、楽曲は2人で制作している[2]。テレビ番組では「内村プロデュース」や「ゴッドタン」などで披露している。ライブ会場でCDを販売している(以前はカセットテープだった)。

[編集] 出演

コンビでの出演番組を記載。単独での出演は設楽統日村勇紀を参照。

[編集] 出演中の番組

[編集] テレビ番組

[編集] ラジオ番組

[編集] 過去の出演

[編集] テレビ番組

[編集] テレビドラマ

[編集] ラジオ番組

[編集] テレビ・ラジオ番組以外の出演

[編集] CM

[編集] 映画

[編集] 舞台

  • 1st live「Setagaya genico」genico (ラーメンズとのユニット)(2000年10月3日 - 4日公演)
  • ハンブン東京 (2007年11月16日 - 18日公演)
  • 「宇田川フリーコースターズ」(おぎやはぎとのユニット)でトークライブや公演を行っている。

[編集] PV

[編集] インターネット

[編集] 雑誌

連載

[編集] リリース作品

[編集] DVD

[編集] 単独

作品名 発売日 発売元
さるまんとバカジュリエット 2001年8月10日 ポニーキャニオン
バナナマン LIVE THE best 2001年8月10日 ポニーキャニオン
BANANAMAN LIVE 「monkey time」 2002年2月21日 バップ
BANANAMAN LIVE 激ミルク 2002年2月21日 バップ
単独ライブ 秘蔵映像集 "private stock" 2003年1月8日 TDKコア(現クリエイティヴ・コア
バナナマン〜ペポカボチャ〜 2003年3月26日 TDKコア(現クリエイティヴ・コア)
bananaman live Sugar Spot 2003年12月17日 ホリプロ
bananamana live Sugar Spot with Limited DVD “バナナマンの夏休み” 2003年12月17日 ホリプロ
bananaman live Elephant pure 2004年11月26日 ホリプロ
バナナマンのシャブリなコメディ 2005年12月22日 東北新社
バナナマン 処女&サルマンとバカジュリエット SPECIAL EDITION 2006年2月24日 ポニーキャニオン
バナナマン傑作選ライブ bananaman Punch 2006年7月26日 ホリプロ
bananaman live kurukuru bird 2006年12月6日 ホリプロ
BANANAMAN LIVE SPICY FLOWER 2007年12月5日 ユニバーサルミュージック
バナナマントークライブ「日村勇紀のおたのしみ会〜設楽も出席します」 2007年12月21日 ジェネオンエンタテインメント

[編集] 単独以外

作品名 発売日 発売元
笑いの巣 PRESENTS 君の席1 - ラーメンズ/バナナマン/おぎやはぎ 2001年6月21日 バップ
笑いの巣 PRESENTS 君の席2 - ラーメンズ/バナナマン/おぎやはぎ 2001年8月22日 バップ
笑いの巣 PRESENTS 君の席3 - ラーメンズ/バナナマン/おぎやはぎ 2001年10月24日 バップ
バナナマン・ラーメンズ・おぎやはぎ ライヴ!!君の席-SPECIAL SIX SEATS- 2003年5月21日 バップ
ホリプロお笑い紅白ネタ合戦 2004年12月15日 ホリプロ
完売地下劇場REVENGE Basement11/Basement12 2006年6月21日 ポニーキャニオン

[編集] ビデオ

作品名 発売日 発売元 備考
バナナマンビデオ"処女" 1999年12月18日 ポニーキャニオン 後にDVD化
人間番号 1999年 オサムレコード
RADIO DANCE 2000年 オサムレコード
さるマンとバカジュリエット 2001年8月10日 ポニーキャニオン DVD同時発売

[編集] CD

作品名 発売日 発売元 備考
「シャシの耳〜スネークマンショーの恐るべき子供たち〜」 1997年9月26日 ポリスター
「ネタDE笑辞典」M2カンパニー編 1998年1月25日 日本コロムビア
東京 1998年8月3日 オサムレコード
東京ひとりぼっち 1999年1月20日 ポニーキャニオン スライドボーイズ名義
イエロー 1999年6月24日 オサムレコード
S21/Peace Piece Peach 2001年12月 クラブキングレコード 21世紀版スネークマンショー
S21/So Much To Say,So Much To Give〜言いたいことが沢庵 2002年7月28日 クラブキングレコード 21世紀版スネークマンショー

[編集] 単独ライブ

[編集] 全国ツアー

[編集] 関連項目

  • オークラ (バナナマン曰く「三人目のバナナマン」)
  • ニイルセン (単独ライブの美術を担当)
  • 小阪由佳 (親交が深く、彼らによって彼女の天然過ぎるキャラクターがラジオなどで明らかになった。そのため最近ではバラエティーで彼女の企画を相談される程である)

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ a b c ポニーキャニオン. "東京ひとりぼっち スライドボーイズ(バナナマン)" 2008年4月10日閲覧.
  2. ^ a b c d e f gお笑いTYPHOON!JAPAN vol.11」(エンターブレイン
  3. ^ 2008年3月号「日経エンタテインメント!」(日経BP社
  4. ^ 2007年12月28日放送「爆笑問題の検索ちゃん」(テレビ朝日
  5. ^ 本来は、全国ツアーの予定であったが、直前になって会場が押さえられていないことが発覚し、中止となった。