井岡一翔

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井岡 一翔
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基本情報
本名 井岡 一翔(いおか かずと)
通称 浪速のサラブレッド
階級 ミニマム級 - フライ級
身長 165.6cm
リーチ 168cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1989年3月24日(25歳)
出身地 日本の旗 日本
大阪府堺市
スタイル ボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 16
勝ち 15
KO勝ち 9
敗け 1
テンプレートを表示
獲得メダル
日本の旗 日本
男子 ボクシング
キングスカップ
2008 バンコク ライトフライ級

井岡 一翔(いおか かずと、1989年3月24日 - )は、日本プロボクサー大阪府堺市出身。第33代日本ライトフライ級王者。第21代WBA・第13代WBC世界ミニマム級統一王者。第27代WBA世界ライトフライ級王者。井岡ボクシングジム・プロフェッショナル所属。興國高等学校卒業、東京農業大学中退。メディア対応などについてはエーケー・グローバル・エージェントとマネジメント契約を結んでいる。

井岡ボクシングジム初代会長で井岡ボクシングトレーニングジム(通称井岡弘樹ジム)会長の元世界2階級制覇王者井岡弘樹は叔父。現井岡ジム会長で元プロボクサーの井岡一法は父(弘樹の兄)。兄弟は弟が2人いる。

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

小学生の時には少年野球のチームに所属。中学1年時に叔父が所属していたグリーンツダジムボクシングを始め、中学3年時に叔父と父が設立した井岡ジムへ移籍。興國高等学校在学中にはライトフライ級で2年時に選抜大会インターハイ晴れの国おかやま国体で優勝し、2005年度アマチュア部門新鋭賞を受賞。3年時も選抜大会、インターハイ、のじぎく兵庫国体の各大会で優勝して粟生隆寛大迫亮らに次ぐ史上3人目の高校6冠を達成した[1]

高校卒業後は東京農業大学に進学して北京オリンピック出場を目指したが、1年時の全日本アマチュアボクシング選手権大会決勝で大久保賢児に1ポイント差で敗れ出場を逃した。翌2008年キングスカップでは、前年の世界選手権で銅メダルを獲得したタイのアムナット・ルエンロン[2]に準決勝で敗れ、銅メダルを獲得[3]。しかし、この時の井岡はオリンピックを視野に優勝を狙っていたため、「銅メダルもメダルなしも自分としては一緒」と感じていた[映像 1]。同年の全日本選手権の決勝では林田太郎に1ポイント差で敗れ2年連続準優勝となった[4]。大学では秋田わか杉国体チャレンジ!おおいた国体で優勝したが[5][6]、北京オリンピックという目標が消えたことを理由にプロ転向を決め、大学を2年途中で中退した[7]

プロ転向[編集]

2009年1月18日、プロテストに合格してB級ライセンスを取得し[7]、同年4月12日に大阪府立体育会館第1競技場でプロデビュー。メインイベントでタイ王国フライ級王者のトンタイレック・ポーウォラシンとライトフライ級ノンタイトル6回戦を行い、3R26秒TKO勝利を収めた[8]

2009年7月26日、大阪府立体育会館第1競技場で日本ミニマム級7位の松本博志角海老宝石)とライトフライ級ノンタイトル8回戦を行い、2R終了間際にノックダウンを奪ってから連打をまとめて2R2分59秒TKO勝利を収めた[9]。この試合後、日本ミニマム級8位にランクインした。

2009年12月29日、大阪府立体育会館第1競技場でWBA世界ライトフライ級9位・WBC世界ライトフライ級12位の國重隆大阪帝拳)とライトフライ級ノンタイトル10回戦を行い、3-0の判定勝利を収めた。この勝利で世界ランク入りが確実と報道され、年明けにWBA、WBCともライトフライ級14位にランクされた[10]。なお、この試合はメインイベントとして行われ、世界タイトルマッチである高校の先輩石田順裕金沢)のWBA世界スーパーウェルター級暫定王座の防衛戦がノンタイトル戦の前座となる日本では異例の扱いだった。また、CS放送(スカイ・A sports+)ながら生中継もされた。

2010年4月18日、大阪府立体育会館第1競技場でWBA世界ライトフライ級13位・WBC世界ライトフライ級13位としてOPBF東洋太平洋ミニマム級7位・インドネシアミニマム級王者のヘリ・アモルとライトフライ級ノンタイトル10回戦で対戦。9Rにアマチュア時代を含め109戦目で初めてダウンを奪われたが[11]、6 - 7ポイント差の3-0で判定勝利を収めた。

2010年7月25日、大阪府立体育会館でWBA世界ライトフライ級12位・WBC世界ライトフライ級10位としてフィリピンフライ級8位のアルバート・アルコイとライトフライ級ノンタイトル10回戦を行い、9RTKO勝利を収めた[12]。この試合は同一興行内で行われた亀田興毅大毅兄弟の試合と合わせ「トリプル世界前哨戦」としてTBSで中継され、以降の試合も同局が中継するようになる。

2010年10月10日、大阪府立体育会館第2競技場で同門の宮崎亮が返上した日本ライトフライ級王座をかけ、WBAライトフライ級9位・WBC同級7位として日本同級1位の瀬川正義(横浜光)と王座決定戦10回戦を行い、10R1分57秒負傷TKO勝利で王座を獲得した[13]。その後、12月15日に世界王座挑戦へ専念するため同王座を返上した[14]

世界ミニマム級タイトル獲得と防衛[編集]

2011年2月11日、神戸ワールド記念ホールでWBC世界ミニマム級王者のオーレイドン・シスサマーチャイ(タイ)に挑戦。2Rに左フックでダウンを奪い、5Rに左ボディブローで2度目のダウンを奪うとレフェリーストップがかかり、5R1分7秒TKO勝利を収めた。辰吉丈一郎名城信男の当時として国内最速記録を更新する7戦目(2014年、井上尚弥により6戦に更新される)での世界王座獲得に成功すると共に平成生まれの選手としては初の世界王者[15]となり、試合後のインタビューでは周囲への感謝を語った後に4階級制覇を宣言した[16]。当時、『リング』誌の編集長だったナイジェル・コリンズは、「井岡の非凡な功績は3戦目でジュニアウェルター級世界王座を獲得したセンサク・ムアンスリンを彷彿させる」と言って、この戴冠劇を絶賛した[17]

2011年8月10日、世界王座初防衛戦。東京後楽園ホールで1位フアン・エルナンデスメキシコ)と対戦。試合は1Rこそ挑戦者の勢いあるパンチを当てられていたが、徐々に自分のリズムで相手に的確なパンチを当て初め、中盤から終盤にかけてエルナンデスを圧倒した末に3-0(116-112、117-111、118-111)の判定勝利を収めて初防衛に成功した[18]

2011年12月31日、2度目の防衛戦は大阪府立体育会館において、同級10位のユース王者ヨードグン・トーチャルンチャイタイ)と対戦。試合は開始直後から主導権を握った井岡が1R1分30秒、左フックでダウンを奪うと、挑戦者は立ち上がれずレフェリーが即座に試合をストップ。1R1分38秒TKO勝ちを収め、2度目の防衛に成功した[19]。なお、この試合のKOタイムは1972年に輪島功一がマークした1R1分49秒を抜いて日本の選手による世界王座防衛戦としては最速であり、世界戦全体でも1992年に平仲明信が王座奪取したときの1R1分32秒に次ぐ記録である(日本開催では最短)[20]

WBA王者との統一戦[編集]

2012年6月20日、ボディメーカーコロシアムでWBA世界ミニマム級王者八重樫東大橋ジム)と統一戦を行った。試合は序盤より両者の持ち味を発揮したが、八重樫の両まぶたを腫らすなど的確な有効打を集めた結果、3-0(115-114,115-113,115-113)の判定勝ち。WBC王座3度目の防衛ならびにWBA王座獲得に成功。日本人による初のWBA・WBCの(男子かつ同一階級の)世界王座統一を果たした。しかしながら、WBA・WBC両団体より今回の試合を王座統一戦として認定する条件として「この試合の勝者は10日以内にWBA・WBCいずれかの王座を返上する事」が義務付けられていたため、その条件に従う形で王座統一から9日後の6月29日、WBC王座を返上することを発表した[21]。この試合後はライトフライ級での2階級制覇を目指すことになり[22]、4か月後の10月5日にWBA王座も返上した。

井岡は王座統一後、『リング』誌のランキングを2位から1位に上げた。元1位のヌコシナチ・ジョイは無敗ながら年に1度ペースでしか試合をしない一方で、井岡が楽な試合をせず、王座を統一したことが評価された。また、この選考過程で、同誌ランキング諮問委員の一人からは、「このようにチャンスを掴む行為は報われるべきだ。井岡はプロ10戦目にして王座を統一することで自分自身に挑戦している。これは(若くして実績を残した)ウィルフレド・ベニテスのような功績だ。井岡は非常に過小評価されたオーレイドン・シスサマーチャイを倒して王座を獲得したのであり、忘れてはならないのは、彼がこれらのことを階級を下げてやってきているということだ」という強い支持があった[23]

この勝利により、トレーナーである父・一法は同年度のエディ・タウンゼント賞を受賞した[24]

ライトフライ級転向[編集]

2012年12月18日、WBAがWBA世界ライトフライ級正規王者ローマン・ゴンサレススーパー王座認定に伴って、井岡と元WBA世界ライトフライ級暫定王者で同級5位のホセ・ロドリゲスとの間で行われるWBA世界ライトフライ級王座決定戦の勝者は、同月31日の試合から90日以内にWBA世界ライトフライ級スーパー王者ローマン・ゴンサレスと対戦すること[25]、興行権の入札に至った場合はファイトマネーの75%がゴンサレスに配分されること、井岡一翔 対 ホセ・ロドリゲス戦の勝者 対 ローマン・ゴンサレスの勝者(井岡一翔 対 ホセ・ロドリゲス戦が引分の場合はゴンサレス)は9ヵ月以内に王座統一戦を行い、その王座統一戦の勝者はその試合から18か月以内に指名試合を行うことなどを記載した2012年12月6日付の文書と共に発表した[26]

2012年12月31日、ボディメーカーコロシアムで元WBA世界ライトフライ級暫定王者で同級5位のホセ・ロドリゲス(メキシコ)とWBA世界ライトフライ級王座決定戦で対戦し、井岡がロドリゲスから1回と6回の合計3度のダウンを奪い、6回2分50秒TKO勝ちを収め、日本人選手最短のプロ11戦目での2階級制覇を達成した[27]。上述のWBAからの通達に基づき、勝者となった井岡がこの試合から90日以内にゴンサレスとの一戦に臨むことが決定した。

2013年1月7日、2012年の年間表彰選手選考会で井岡が最優秀選手賞を受賞した。また「井岡一翔 対 八重樫東戦」が「年間最高試合」を受賞した。「年間最高試合」に選ばれた「井岡一翔 対 八重樫東戦」での勝利と上述のホセ・ロドリゲスとのWBA世界ライトフライ級王座決定戦を制して2階級制覇を達成したことが評価された結果である[28]

2013年1月24日、同年2月23日までの30日間でローマン・ゴンサレス 対 井岡一翔戦が両者にとって次戦となるよう交渉して合意するようにとWBAより通達を受けたが[29]、同年2月7日、WBAは同月18日に最低価格を米ドルで8万ドルとする入札を行うと発表した。この為ファイトマネーの配分がゴンサレスが75%、井岡が25%となることが確定した[30]

しかし、2013年2月15日、ゴンサレス戦に消極的だった井岡陣営からの要望により入札は中止となり、ローマン・ゴンサレス 対 井岡一翔戦は延期されることとなった[31][32][33]。 一説には井岡陣営が12万5千ドル払って回避したとも言われている。また、父親でありプロモーターでもある一法氏は、ゴンサレス戦回避の理由について準備期間が短かったことと、統一戦はラスベガスで行うべきとゴンサレス陣営と意見が一致したことを挙げている。だが、その後ゴンサレス 対 井岡戦の実現に向けた動きは見られていない。

2013年5月8日、ボディメーカーコロシアムにて元PABAライトフライ級王者でWBA世界ライトフライ級3位のウィサヌ・ゴーキャットジム(タイ)とWBA世界ライトフライ級王座の初防衛戦を行い、9回2分51秒KO勝ちでWBA王座初防衛に成功した[34]

2013年6月1日、トレーナー兼プロモーターの父・一法氏が井岡ジム会長に就任し、元世界2階級制覇王者の叔父・弘樹氏が大阪市浪速区桜川に新設された井岡弘樹ジム(井岡ボクシングトレーニングジム)会長に就任したことに伴い、井岡ジム(井岡ボクシングジム・プロフェッショナル)所属となった[35]

2013年9月11日、ボディメーカーコロシアムにて元WBAミニマム級王者でWBA世界ライトフライ級5位のクワンタイ・シッモーセン(タイ)と対戦し、7回2分17秒KO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[36][37]

2013年12月31日、ボディメーカーコロシアムにてWBA世界ライトフライ級4位のフェリックス・アルバラードニカラグア)と3度目の防衛戦を行い、3-0(115-113、119-110、119-109)の判定勝ちを収め3度目の防衛に成功した[38]

2014年2月28日、前述のとおりローマン・ゴンサレスと戦うことなく、フライ級に転向する為にWBA世界ライトフライ級王座を返上した[39][40]

フライ級転向[編集]

2014年3月13日、WBAが最新ランキングを発表し、井岡はWBA世界フライ級3位にランクインした[41][42]

2014年4月17日、IBFが最新ランキングを発表し、井岡はIBF世界フライ級8位にランクインした[43]

2014年5月7日、ボディメーカーコロシアムにてアマチュア時代に対戦経験のあるIBF世界フライ級王者アムナット・ルエンロン(タイ)と対戦するが、1-2(113-114、119-108、115-112)の判定負けで、日本人選手最短のプロ15戦目での3階級制覇達成とはならなかった[44]

2014年9月16日、後楽園ホールにてWBA世界フライ級14位のパブロ・カリージョコロンビア)と対戦し、3-0(98-92、99-93、99-91)の判定勝ちを収め再起に成功した[45]

2014年12月31日、ボディメーカーコロシアムにて元WBA世界フライ級暫定王者のジャン・ピエロ・ペレスベネズエラ)とノンタイトル10回戦で対戦する予定[46]

スタイル[編集]

ボクシング関係者からは距離感、左ジャブ、駆け引き、冷静さ、コンビネーションなどが評価されている。井岡一法の語る井岡の強みは、距離感と打ち終わりのポジショニングなどのディフェンス面。切れのある左ジャブからの多彩なコンビネーションパターンを持ち、鍛えられた下半身から振り子のようにパンチを放つ。得意のパンチにはアマチュアの国際試合で学んだ、拳の角度を変えて当てる左のロングフックなどが含まれる[47]

オスカー・デラホーヤを理想とし、そのコンビネーションについては「(デラホーヤは)ここでパンチをまとめたらレフェリーが止めてくれるのを知っているかのように連打する」と表現する[47]。幼少期からアマチュア時代のデラホーヤのビデオを繰り返し観ており、全ての動きを攻撃につなげる攻防一体の「超攻撃型」を目指している[48][49]

エピソード[編集]

  • 村上水軍の末裔で山口県周防大島で漁業を営んでいたと自称している。[50]
  • 入場曲は世界王座初獲得より複数の楽曲をミックスしたものを使用している。
  • 世界王座を奪取した日はボクシング映画「あしたのジョー」の公開日でもあったため、直前には井岡ジムに主演の山下智久(当時NEWS)、香川照之らが訪れる[51]など、コラボレーションも行われた。また、中継には香川がゲスト解説に入ったり、2度目の防衛戦では山下(NEWS脱退後)が特別リングアナを務めた。
  • 2011年4月には「オールスター感謝祭」に出演し、笑福亭笑瓶渡辺正行島田紳助の芸能人3人と1R1分、1発でも芸能人が当てたら勝ちのルールで勝負をして全勝した。
  • 2度目の防衛戦直前の12月26日に放送された「炎の体育会TV」における黒木優子(後のWBC女子世界ミニフライ級王者) vs 柴田英嗣アンタッチャブル)のボクシング対決に内藤大助とともに告知も兼ねてゲスト出演し、花束贈呈役も引き受けた。
  • エーケー・グローバル・エージェントと契約後、タレント活動も並行して行うようになり、内藤とは上述の「炎の体育会TV」の他、CBC製作TBS系「ホンネ日和」やフジテレビ系「ボクらの時代」(竹原慎二とも)でも共演しており、内藤の引退セレモニーも井岡の2度目の防衛戦の前に行われた。また、東京での初防衛戦は内藤の所属先だった宮田ジムがプロモートした。同事務所は井岡の東農大の先輩でもある清水智信とも契約している。
  • 2度目の防衛戦はTBS系の大晦日特番「ビートたけしの勝手にスポーツ国民栄誉SHOW2011」内で中継され、試合後に館内の大型ビジョンを使用して東京のスタジオのビートたけしと中継を繋いでトークを展開した。たけしは「試合が早すぎて、1時間も余計にしゃべらないといけなくなった。腹立たしい限りです」と冗談交じりでコメントした[52]
  • 一方、北野武監督の映画作品のファンであり、WBA世界ライトフライ級初防衛戦の前には「アウトレイジ ビヨンド」を観て戦意を高めた[53]
  • 関西人という事もあってお笑い番組を好んで視聴しており、2012年に開かれた第33回ABCお笑いグランプリのプレゼンターに招かれている。
  • BIGBANGの大ファンであり、入場曲にはBIGBANGやそのメンバーであるG-DRAGONのソロを使用したこともある。また、BIGBANGが「笑っていいとも!」の「テレフォンショッキング」に出演した際には井岡も花を贈っている[54]。逆に同コーナーに井岡が出演した際にもBIGBANGから花が贈られた。
  • 湘南乃風メンバーの若旦那が2度目の防衛戦を観戦しており、これがきっかけで2012年4月25日発売のソロ曲「俺が俺が〜世界中が敵になっても〜」のプロモーションビデオ(PV)に出演を果たした[55]
  • 在日韓国人モデルのソンミとの交際を報道されている[56]

戦績[編集]

  • アマチュアボクシング:105戦95勝 (64KO・RSC) 10敗[1]
  • プロボクシング:16戦15勝 (9KO) 1敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 2009年4月12日 3R 0:26 TKO トンタイレック・ポーウォラシン タイ王国の旗 タイ プロデビュー戦
2 2009年7月26日 2R 2:59 TKO 松本博志角海老宝石 日本の旗 日本
3 2009年12月29日 10R 判定3-0 國重隆大阪帝拳 日本の旗 日本
4 2010年4月18日 10R 判定3-0 ヘリ・アモル インドネシアの旗 インドネシア
5 2010年7月25日 9R 1:57 TKO アルバート・アルコイ フィリピンの旗 フィリピン
6 2010年10月10日 10R 1:57 TKO 瀬川正義横浜光 日本の旗 日本 日本ライトフライ級王座決定戦・王座獲得
7 2011年2月11日 5R 1:07 TKO オーレイドン・シスサマーチャイ タイ王国の旗 タイ WBC世界ミニマム級タイトルマッチ・王座獲得
8 2011年8月10日 12R 判定3-0 フアン・エルナンデス メキシコの旗 メキシコ WBC防衛1
9 2011年12月31日 1R 1:38 TKO ヨードグン・トーチャルンチャイ タイ王国の旗 タイ WBC防衛2
10 2012年6月20日 12R 判定3-0 八重樫東大橋 日本の旗 日本 WBAWBC世界ミニマム級王座統一戦
WBC防衛3・WBA王座獲得
試合詳細あり
11 2012年12月31日 6R 2:50 TKO ホセ・ロドリゲス メキシコの旗 メキシコ WBA世界ライトフライ級王座決定戦
2階級制覇
12 2013年5月8日 9R 2:51 KO ウィサヌ・ゴーキャットジム タイ王国の旗 タイ WBA防衛1
13 2013年9月11日 7R 2:17 KO クワンタイ・シッモーセン タイ王国の旗 タイ WBA防衛2
14 2013年12月31日 12R 判定3-0 フェリックス・アルバラード ニカラグアの旗 ニカラグア WBA防衛3
15 2014年5月7日 12R 判定1-2 アムナット・ルエンロン タイ王国の旗 タイ IBF世界フライ級タイトル獲得ならず
16 2014年9月16日 10R 判定3-0 パブロ・カリージョ コロンビアの旗 コロンビア
17 2014年12月31日 - - - ジャン・ピエロ・ペレス ベネズエラの旗 ベネズエラ 試合前

獲得タイトル[編集]

アマチュア時代[編集]

プロ入り後[編集]

受賞歴[編集]

  • プロ・アマチュア年間表彰
    • 2005年度アマチュア部門 新鋭賞
    • 2009年度プロ部門 新鋭賞[57]
    • 2011年度プロ部門 殊勲賞[58]
    • 2012年度プロ部門 最優秀選手
    • 2012年度プロ部門 年間最高試合賞(=2012年6月20日 WBA・WBC世界ミニマム級王座統一戦 井岡一翔 vs. 八重樫東)
    • 2013年度プロ部門 敢闘賞
  • 堺市栄誉賞(2009年・2011年)[59]
  • 第18回日刊バトル大賞 ボクシング部門MVP・敢闘賞(2011年)[60]
  • 第7回関西MIB賞(2011年)[61]
  • 第55回関西スポーツ賞 特別賞(2011年)[62]
  • 第19回日刊バトル大賞 ボクシング部門MVP・敢闘賞・ベストバウト賞(2012年)[63]
  • 第8回関西MIB賞(2012年)[64]

関連項目[編集]

芸能活動[編集]

PV[編集]

若旦那俺が俺が〜世界中が敵になっても〜」(2012年4月25日)

TV番組[編集]

イベント[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 井岡一翔アマで95勝10敗、高校6冠 日刊スポーツ 2009年4月12日閲覧
  2. ^ AIBA(国際ボクシング協会)によるアムナー・ルンルーンの主な試合結果 (英語)
  3. ^ 井岡を破った男が初代IBFアジア王者に! ボクシングニュース「Box-on!」 2013年2月18日
  4. ^ 林田はNHKのインタビューで「後半2Rはポイントを取られて負けたと思った」と語った。
  5. ^ 秋田国体団体は熊本が優勝 少年は全階級RSC決着月刊ボクシングワールド」オフィシャルサイト 2007年10月8日閲覧。
  6. ^ 千葉、広島が同点優勝 - 大分国体 「月刊ボクシングワールド」オフィシャルサイト 2008年10月2日閲覧。
  7. ^ a b 井岡一翔、プロの世界で輝け スポーツ報知大阪版 2009年1月21日
  8. ^ 井岡一翔がTKOデビュー 日刊スポーツ 2009年4月12日閲覧
  9. ^ 井岡一翔「5戦目世界奪取」見えた! 2回TKO勝ち スポーツニッポン 2009年7月27日閲覧
  10. ^ 井岡氏おい一翔世界挑戦計画 日刊スポーツ 2009年12月30日閲覧。WBA Ratings as of December 2009 January 2010World Boxing Council Rarings Lt. Flyweight (108-48.988)
  11. ^ 井岡一翔、判定勝ちも生涯初のダウン スポーツ報知 2010年4月20日閲覧
  12. ^ どつき合い制した井岡「次はタイトル」 朝日新聞 2010年7月25日閲覧
  13. ^ 井岡プロ初タイトル ガンボアの眼前で ボクシングニュース「Box-on!」 2010年10月10日閲覧
  14. ^ 井岡の返上日本王座 家住-黒田で決定戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年12月22日
  15. ^ 亀田大毅も井岡と同じ1989年の早生まれだが、タッチの差で昭和64年。
  16. ^ 井岡7戦目で世界つかむ オーレードンを5回TKO WBCミニマム級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年2月22日閲覧。
  17. ^ Doug Fischer (2011年2月15日). “Ring ratings update: Ioka in rare company, earns 105-pound ranking” (英語). RingTV.com. http://ringtv.craveonline.com/blog/126399 2012年12月29日閲覧。 
  18. ^ 井岡強かった初防衛 日刊スポーツ 2011年8月10日閲覧
  19. ^ 強い!井岡 1R、TKO勝ちで2度目の防衛 スポーツニッポン 2011年12月31日閲覧
  20. ^ “一翔、今年も1RでKO! 胸囲3センチ増でパワーUP「相手ぶっ飛ぶ」…WBA世界ライトフライ級”. スポーツ報知. (2012年12月29日). http://hochi.yomiuri.co.jp/osaka/sports/article/news/20121229-OHO1T00059.htm 2012年12月29日閲覧。 
  21. ^ 井岡WBC王座返還「次へのスタート」 日刊スポーツ 2012年6月29日閲覧
  22. ^ 井岡2階級制覇へ「自分自身に厳しく」 日刊スポーツ 2012年9月20日
  23. ^ Michael Rosenthal (2012年6月26日). “Ring Ratings Update: What to do about Tarver and welterweights” (英語). RingTV.com. http://ringtv.craveonline.com/blog/173563 2012年12月29日閲覧。 
  24. ^ “井岡一翔パパに「エディ賞」”. ボクシングニュース「Box-on!」. (2012年12月22日). http://boxingnewsboxon.blogspot.jp/2012/12/blog-post_22.html 
  25. ^ 井岡×ロドリゲスの勝者VSロマゴンで統一戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年12月20日
  26. ^ Ioka vs Rodríguez van por título vacante de las 108 libras WBA公式サイト 2012年12月18日
  27. ^ 井岡、6回TKOで最短2階級制覇…WBA世界ライトフライ級戦 スポーツ報知 2012年12月31日
  28. ^ MVP井岡、技能 山中、殊勲 内山 2012年間表彰 ボクシングニュース「Box-on!」 21013年1月7日
  29. ^ WBA orders Roman Gonzalez and Kazuto Ioka to negotiate WBA公式サイト 2013年1月24日
  30. ^ Chocolatito” Gonzalez and Kazuto Ioka to Purse Bid WBA公式サイト 2013年2月7日
  31. ^ Ioka Could Be Walking Away From Roman Gonzalez Shot BoxingScene.com 2013年2月13日
  32. ^ “Chocolatito”González vs Ioka Purse Bid cancelled WBA公式サイト 2013年2月15日
  33. ^ ロマゴン vs. 井岡統一戦は入札回避 帝拳ジム公式サイト 2013年2月17日
  34. ^ 井岡、右ボディーKO!V1成功で「伝説のボクサーに」 スポーツ報知 2013年5月8日
  35. ^ 一翔の父「井岡ジム」会長に!弘樹氏は新ジム設立 スポニチアネックス 2013年5月28日
  36. ^ 井岡お見事 7回KOで2度目の防衛 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年9月11日
  37. ^ Ioka retains and Miyasaki is absolute champion WBA公式サイト 2013年9月11日
  38. ^ 井岡が大差判定でV3成功 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年1月1日
  39. ^ Kazuto Ioka relinquished his 108-pound belt WBA公式サイト 2014年2月28日
  40. ^ 井岡がタイトル返上、3階級制覇へ Boxing News(ボクシングニュース) 2014年3月2日
  41. ^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト 2014年3月13日
  42. ^ WBAランキング発表、井岡はフライ級3位 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年3月14日
  43. ^ IBF Ratings IBF公式サイト 2014年4月17日
  44. ^ 井岡3階級制覇ならず、アムナットに1-2判定負け Boxing News(ボクシングニュース) 2014年5月7日
  45. ^ 井岡一翔が再起、カリージョに判定勝ち Boxing News(ボクシングニュース) 2014年9月16日
  46. ^ 井岡一翔、大みそかは元WBA暫定王者と無冠戦 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年11月20日
  47. ^ a b MACC出版「井岡父に聞く、チャンピオン一翔の強さ」、『アイアンマン』3月号増刊(『ボクシング・ビート』3月号)、フィットネススポーツ、2012年2月15日、 26–27頁。
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  50. ^ 一翔祖父の墓前に2階級制覇誓う”. スポーツニッポン. 2012年12月7日閲覧。
  51. ^ ““あしたの王者”の肉体に驚嘆!山P「やっぱりすごい」”. スポーツニッポン. (2012年2月5日). http://www.sponichi.co.jp/battle/news/2011/02/05/kiji/K20110205000188420.html 
  52. ^ “スピード決着「腹立たしい限り」たけし“暴走””. スポーツニッポン. (2012年1月1日). http://www.sponichi.co.jp/battle/news/2012/01/01/kiji/K20120101002347570.html 
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  54. ^ 報告!!”. 2012年4月27日閲覧。
  55. ^ “井岡一翔&若旦那コラボ 新曲PVに初出演”. デイリースポーツ. (2012年4月4日). http://www.daily.co.jp/gossip/article/2012/04/04/0004942272.shtml 
  56. ^ 井岡一翔 “セレブモデル”ソンミと熱愛 USJ、梅田でデート目撃”. 2013年1月16日閲覧。
  57. ^ 長谷川が2年連続MVP 最高試合は西岡×ゴンサレス戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年1月6日
  58. ^ 年間優秀選手決定”. 日本ボクシングコミッション (2012年1月6日). 2012年1月11日閲覧。
  59. ^ 井岡を堺市が表彰「夢と感動与えた」”. デイリースポーツ (2011年3月8日). 2013年2月21日閲覧。
  60. ^ 大池和幸 (2011年12月22日). “日刊バトル大賞2冠井岡は元日1面を狙う”. 日刊スポーツ. 2012年1月11日閲覧。
  61. ^ 井岡、第7回関西MIB賞初受賞”. デイリースポーツ (2011年12月30日). 2012年1月11日閲覧。
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  64. ^ “井岡が2年連続「関西MIB賞」”. 日刊スポーツ. (2012年12月25日). http://www.nikkansports.com/battle/news/f-bt-tp0-20121225-1064090.html 2012年12月29日閲覧。 

映像資料[編集]

  1. ^ 川内将嗣 キングスカップ素材 荒編3 (試合後インタビュー). 善理俊哉(格闘技ライター)のYouTubeチャンネル.. (2011年9月2日). 該当時間: 4:15. http://www.youtube.com/watch?v=jCQ-kvj3qLs 2012年10月8日閲覧。 

外部リンク[編集]

空位
前タイトル保持者
宮崎亮
第33代日本ライトフライ級王者

2010年10月10日 - 2010年12月15日(返上)

空位
次タイトル獲得者
黒田雅之
前王者
オーレイドン・シスサマーチャイ
第13代WBC世界ミニマム級王者

2011年2月11日 - 2012年6月29日(返上)

空位
次タイトル獲得者
熊朝忠
前王者
八重樫東
第21代WBA世界ミニマム級王者

2012年6月20日 - 2012年10月5日(返上)

空位
次タイトル獲得者
宮崎亮
空位
前タイトル保持者
ローマン・ゴンサレス
第27代WBA世界ライトフライ級王者

2012年12月31日 - 2014年2月28日(返上)

空位
次タイトル獲得者
アルベルト・ロッセル