熊朝忠

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熊朝忠
基本情報
本名 熊朝忠
通称 Little Bear(小熊)
Little Tyson
階級 ミニマム級
身長 150cm
リーチ 152cm
国籍 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
誕生日 1982年10月3日(31歳)
出身地 雲南省文山州
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 28
勝ち 22
KO勝ち 12
敗け 5
引き分け 1
無効試合 0
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熊 朝忠(ユウ・チョウチュウ、英語: Xiong Zhao Zhong1982年10月3日 - )は、中華人民共和国プロボクサー雲南省文山州出身。第14代WBC世界ミニマム級王者。中国の男子プロボクサーでは初の世界王者。

来歴[編集]

雲南省文山州出身でミャオ族の農家にて3人兄弟の次男として生まれる。

2006年8月15日、プロデビュー戦は引き分け。

その後は勝ち星を重ね、2008年3月21日、ABCOフライ級コンチネンタル王座を1RKOで奪取。

2008年11月6日、ジュリアス・アルコスに0-3の判定負けで初黒星を喫すると同時にABCOフライ級コンチネンタル王座から陥落した。

2009年5月26日、東京ディファ有明にてWBC世界フライ級王者内藤大助に挑戦。試合は6Rに内藤からダウンを奪うなど健闘したものの、0-3の判定で敗れて中国人初の世界王座獲得はならなかった。当初、この試合は上海で予定されていたが、直前になって東京ディファ有明に変更となった。

2009年7月7日、再起戦として内藤のジムの後輩で後の日本フライ級王者粉川拓也と52.2kg契約10回戦を行うも、0-3の判定負け。

2010年1月24日、昆明のエキスポガーデンホテルでヒーロー・パタナカーンジムとABCOライトフライ級コンチネンタル王座決定戦を行い、3回KO勝ちを収めABCOコンチネンタル王座2階級制覇に成功した。

2010年7月9日、昆明のエキスポガーデンホテルで佐藤靖明(西遠)とABCOライトフライ級コンチネンタル王座の初防衛戦を行い、10R判定勝ちを収めて初防衛に成功した。

2010年12月18日、昆明でポンパン・パタナカーンジム(タイ)とIBFパンパシフィックライトフライ級王座決定戦とABCOライトフライ級暫定王座決定戦を行い、4RKO勝ちを収めてIBFパンパシフィック王座とABCO暫定王座の獲得に成功した。

2011年11月19日、昆明にて飯田大介(三津山)と対戦し、3-0(119-107、118-109、119-108))の判定勝ちを収めた[1]

2012年4月22日、富山県立山町の立山町民会館で小野心(ワタナベ)と対戦し0-3の判定負け。

2012年6月16日、昆明にて空位のWBC世界ライトフライ級シルバー王座決定戦に出場。オスバルド・ラゾン(メキシコ)と対戦し3-0(115-112、115-112、114-113)の判定勝ちを収めて王座の獲得に成功した。

2012年11月25日、昆明にて井岡一翔の王座返上に伴って空位となっていたWBC世界ミニマム級王座決定戦に出場。同級5位のハビエル・マルチネス(メキシコ)と対戦し、3-0(116-114、116-112、119-110)の判定勝ちを収めて中国人男子選手としては初の世界王座獲得に成功した[2]

熊朝忠に中国でのボクシング人気構築を期待するWBC会長ホセ・スライマンは熊と強豪デンバー・クエリョとの対戦を回避させる為、クエリョに対戦待機料として25,000ドルを支払っている[3]

2013年6月28日、ドバイドバイワールドトレードセンターでWBC世界ミニマム級1位でWBC世界同級シルバー王者のデンバー・クエリョと対戦し、初回にダウンを奪われるがその後クエリョが右肩を負傷したことで持ち直し、2-0(113-113、115-112、113-110)の判定勝ちを収め初防衛に成功した[4]。その後、現地のプロモーターがクエリョのファイトマネー2万4千ドルを含む、熊のファイトマネー、航空運賃、会場費、ジャッジへのギャラなどを未払いであることが発覚した[5][6]

2013年11月30日、馬関県にて当初はWBC世界ミニマム級7位のオマリ・キンウェリと対戦する予定だったが、試合直前に入国審査が通らなかったため代理挑戦者のルークラク・キァッマンミーと対戦し、5回1分59秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[7]

2014年2月5日、海口市の海口体育館でWBC世界ミニマム級2位のオズワルト・ノボアと対戦したが、試合は開始からノボアのペースになり、2回には右ロングフックをもらって終了間際はレフェリーストップ寸前まで追い詰められた。3回には連打からダウンを奪われると4回に連打を浴びた所でレフェリーストップ。自身初のKO負けとなる5回2分36秒TKO負けで3度目の防衛に失敗し王座から陥落した[8]

戦績[編集]

28戦22勝(12KO)5敗1分

獲得タイトル[編集]

受賞歴[編集]

  • ABCO表彰式
    • 2012年度年間最優秀選手賞[9][10]

脚注[編集]

  1. ^ 新浪新聞 2011年11月20日
  2. ^ 中国に初の世界王者 内藤と戦った熊が殊勲 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年11月24日
  3. ^ Zhong Make Weight For WBC Title Showdown”. Boxing Scene.com (2013年6月27日). 2013年6月29日閲覧。
  4. ^ 熊、クエリョに2-0勝利 ダウン挽回でV1 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年6月29日
  5. ^ Jaro Protests Zhong-Cuello Over Anti-Doping Violations”. Boxing Scene.com (2013年7月4日). 2013年7月20日閲覧。
  6. ^ WBC Prez is Disgusted With The Cuello Fiasco in Dubai”. Boxing Scene.com (2013年7月2日). 2013年7月20日閲覧。
  7. ^ 熊、代理挑戦者に圧勝 WBCミニマム級 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月1日
  8. ^ 熊が王座陥落、WBCミニマム級 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年2月6日
  9. ^ ラウンドアップ ボクシングニュース「Box-on!」 2013年3月18日
  10. ^ WBC ASIA AWARDS DAY アジアボクシング評議会公式サイト 2013年3月19日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

空位
前タイトル保持者
井岡一翔
第14代WBC世界ミニマム級王者

2012年11月25日 - 2014年2月5日

次王者
オズワルト・ノボア