五十嵐俊幸
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | 五十嵐 俊幸 |
| 階級 | フライ級 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1984年1月17日(28歳) |
| 出身地 | 秋田県由利本荘市 |
| スタイル | サウスポー |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 16 |
| 勝ち | 14 |
| KO勝ち | 10 |
| 敗け | 1 |
| 引き分け | 1 |
五十嵐 俊幸(いがらし としゆき、男性、1984年1月17日 - )は、日本のプロボクサー。秋田県由利本荘市出身。現日本フライ級王者。元日本同級暫定王者。帝拳ボクシングジム所属。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] アマチュア
秋田県立西目高等学校でボクシングを始め、2000年2年時とやま国体少年ライトフライ級3位になり由利本荘市栄光賞を授与され、2001年3年時にインターハイライトフライ級・新世紀・みやぎ国体少年ライトフライ級の2冠を達成。これにより由利本荘市特別栄光賞を授与される。
高校卒業後、東京農業大学造園科学科に進学し、2003・2004年全日本選手権ライトフライ級を連覇。アテネオリンピックにも唯一の日本代表として出場。しかし1回戦で敗退。アマチュア戦績は95戦77勝18敗である。
大学卒業後の2006年、帝拳ボクシングジムに入門しプロ転向。オリンピック代表のプロデビューは1988年ソウルオリンピックの東悟、瀬川設男以来18年ぶり20人目となった。
[編集] プロ
2006年8月12日、後楽園ホールで金然兩(韓国ミニマム級3位)に3RKO勝ちでデビューを飾る。
2006年11月13日、明在成(韓国フライ級7位)に6RTKO勝ち。
2007年2月3日、マナチャイ・シットサイトーン(タイ)に1RKO勝ち。
2007年5月3日、半田友章(宇都宮)に判定勝ち。
2007年8月4日、岡田正継(グリーンツダ)に7RTKO勝ち。
2007年12月1日、斎藤直人(角海老宝石)に引分。
2008年4月19日 アレクサンデル・ブッキー(インドネシア)に6RKO勝ち。
2008年8月2日 日本フライ級王者清水智信(大学時代の2学年先輩)が日本タイトルを保持したままWBC世界フライ級王者内藤大助への挑戦を優先させたために設けられた、暫定王座決定戦で金城智哉(ワタナベ)に判定勝ち。日本フライ級暫定王座を獲得。
2008年12月23日、日本フライ級正規王者清水智信との王座統一戦を両国国技館にて行なう。同日にOPBF東洋太平洋フライ級タイトルマッチ(大久保雅史 vs. ジョジョ・バルドン)とWBCフライ級世界タイトルマッチ(内藤大助 vs. 山口真吾)の試合も行なわれ3大フライ級タイトルマッチと銘打たれた興行で10R0-3で敗れ失冠。初の黒星となった。
2009年7月4日、日本フライ級3位としてOPBF同級15位のユーチ・キャリーボーイ(タイ)とフライ級8回戦を行ない、6RTKO勝利で再起を果たした。2010年7月3日にはWBC世界フライ級13位としてレクソン・フローレス(フィリピン)と113ポンド契約8回戦を行ない、初回KO勝利を収めて再起戦以来の4連続KO勝利となった。
2011年2月5日、後楽園ホールにて、清水智信の王座返上により空位となっていた日本フライ級王座を小林タカヤスと争い、3RTKO勝利を収めて同王座の獲得に成功した。
2011年6月4日、後楽園ホールにて同級1位の吉田拳時を8R負傷判定(2-0)で下し初防衛に成功した。
2011年11月6日、代々木第二体育館にてWBC世界フライ級2位のウィルベルト・ウィカブ(メキシコ)を迎え、WBC世界フライ級挑戦者決定戦に挑む。
[編集] 戦績
- アマチュアボクシング:95戦77勝18敗
- プロボクシング:16戦14勝 (10KO) 1敗1分
[編集] 獲得タイトル
[編集] アマチュア
- 第55回インターハイ ライトフライ級 優勝
- 第56回国体少年の部 ライトフライ級 優勝
- 第58回国体成年の部 ライトフライ級 優勝
- 第73回全日本選手権 ライトフライ級 優勝
- 第74回全日本選手権 ライトフライ級 優勝
- 受賞歴
- プロ・アマチュア年間表彰
- 2003年度アマチュア部門 敢闘賞
- 2004年度アマチュア部門 最優秀選手賞
[編集] プロ
- 日本フライ級暫定王座(防衛0)
- 第52代日本フライ級王座(防衛1)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| 暫定王座決定戦 対戦者 金城智哉 |
日本フライ級暫定王者 2008年8月2日 - 2008年12月23日 |
次暫定王者 正規王者・清水智信との統一戦により消滅 |
| 前王者 清水智信 |
第52代日本フライ級王者 2011年2月5日 - 2011年 |
空位 次タイトル獲得者 粉川拓也 |